世の中ゼニや
前回の続き。
女子短大と中学校が設立されたのは、
戦後の池田内閣の時代。
「所得倍増」
「高度成長」
戦時中の空襲をかろうじて生き抜いた人たちの中から、
「2つの学校の敷地内に、空襲で亡くなった人たちの慰霊碑を建て、
毎年1月の正月明けに追悼の公的行事が必要ではないか」
という声が出たが、
当時の日本は国中が拝金主義で染められ、
過去の歴史を真摯に省みる風潮はきわめて弱かった。
この「拝金主義」は、後の田中内閣の時代にも「主流」になり、
「日本列島改造論」の元で、地価が高騰。
「負の遺産」を建立する思想は隅に追いやられた。
太平洋戦争を体験した住民は年々少なくなり、
生活向上で「消費は美徳」の風潮が幅を効かせ、
過去を反省する思考が表に出ない時代が続いた。
(続く)