乙女ゲームの世界らしいです
まともなヒーローなど存在しない
私こと、アリティリア・ルグナントは、誉れ高き、レイルーズの侯爵家の娘。
気品と知性を求められ、現王の子が私と年が近ければ、妃として求められたであろうと言われております。
もっとも、皇太子様は、なかなかのお年でして。そのお子様も、先頃ご懐妊という話しを聞きましたので、私に妃の順番が回ってくることはございません。
そう言う意味では、悠々自適に過ごしてきたと言って良いのでしょう。国母となるべく教育されるとなれば、今ほど自由に動くことは出来ないでしょう。庶子も通う学園などもってのほか。
ですから、私は、なかなかに恵まれているとそう考えております。
ただ、私は面倒くさがりでして、あまり人と深く関わることを得意といたしません。そのため、私を必要以上に恐れている方もいらっしゃいますが、それこそ面倒だということに早く気が付いて、心の平穏を取り戻していただければと、切に願わずには居られません。
ええ。なにより、誤解を解いてゆくのも面倒ですし。
けれども、なにがご縁か分りませんが、友人らしきものもでき、この秋、学園へと入学を果たしたのですけれど、そこで、私達を大変怪訝そうに見詰めている少女が居りましたの。
初めの頃は全く気にもしていなかったのですけれど、頻繁に視線が合えば、どうしても気になるものです。
まして、私に対する視線が、今にも射殺さんという程に憎しみが籠もっているとなれば、流石に気になるというもの。
面倒くさがりの私にしては、積極的に動きましたのよ。もっとも、指示をしただけですけれども。そんなわけでして、色々と手伝って貰い、本日やっと彼女と対面が叶ったというわけです。
「初めまして」
一方的に互いに顔は知っているけれど、こうして言葉を交わすのは、本当に初めてというのが、何とも感慨深いですが、彼女は憮然とした表情で椅子に腰掛け、私を睨んだままです。
「困りましたわね。お話が出来なければ会話も成り立ちませんのよ」
一方的に話しているだけでは、理解も出来ませんし。
「そうです。アーリーさまに対しての数々の無礼、即刻謝りなさい。いいえ、むしろここで」
「はいはい。落着いてちょうだいね。ルーティ」
今にも物騒なことを口走りそうになっているルーティを諫めると、彼女は、今にも目がこぼれ落ちるのではないかと言うほどに目を見開いて、ぽつりと零した。
「なんで、ヒロインが庇うの?」
何を言っているのか分からないという顔を私とルーティがしていると、彼女はがたんと椅子を倒して立ち上がり、行儀悪く私を指さして罵りはじめました。
「だって、この女はアナタに酷いことをしてるんでしょう。何でこんな女をアナタが庇うのっ」
肩で息をしながら、彼女はそう叫んで、そのままぺたりと座り込みました。響いてくる嗚咽に、流石に私も、ルーティも彼女の先ほどの無礼を咎める気にはなれず、仕方なく彼女を椅子に座らせると、感情が落着くのをじっと待ちました。
涙を拭いて、そろりと顔を上げた彼女は、先ほどの勢いがまるで嘘のように、迷子のような心許なげな顔をしています。
「私の知ってる世界じゃないの?」
必死に縋り続けていた根底を否定され、足下が危うくなったかのような表情。
ここで返答を間違うと、彼女が壊れてしまうと感じ、私は、慎重に言葉を選びました。
「アナタの言う世界とは、どんな物なのかしら?」
なるべく穏やかな声を努めて出したつもりなのですが、彼女は、怪訝そうな表情で私を見詰めます。
そこまで私は不審人物ではないと自負しているのですけれど。人の感じ方までは制限は出来ませんから、仕方のないことではあるのですが。
「一つ」
意を決したという顔をして、彼女は私たちを見詰めました。
「どんな荒唐無稽な話でも、最後まで聞くだけ聞いてくれる?」
彼女の真剣さは嘘ではないようです。私としても、事を荒立てる気はないので、彼女の言葉にそっと頷きました。ルーティが頷いたのを確認すると、彼女はゆっくりと話し出しました。
それは本当に、荒唐無稽としか言い様のないものでしたが、話を聞き始めてしばらくして、私とルーティは奇妙な親和性に首を傾げました。
「ちょっと待ってくださる」
話も多分半ば頃というところで、私は思わず彼女の話の腰を折りました。
「なんですか? 信じらんないとか狂ってるとか言う話なら、とりあえず最後まで話し聞いてからにしてください」
なんだか吹っ切れた様子の彼女は、ぞんざいにそう言いますが、私は別に、彼女が狂人で話が聞くに堪えないから、話に差し込んだわけではありません。
「違うのよ。その話、その後、ルーティが孤立して、マルグースが助けに入るのかしらと思って」
彼女は逆に私の言葉に驚いたようだった。
「そう。そうよ。マルグースが助けに入って、ルーティが孤立している状態から脱出できるの」
そう言ってから、彼女は、きょとんと首を傾げて私たちを見詰めました。
何の不思議もないことです。
「アナタの言っているお話は、一昨年あったことです」
「一昨年?」
一昨年は本当に酷かったのです。この学院に入るために、貴族階級の生徒は、平民の諸氏と混じることに慣れるために、二年ほど、学園に通うための学園という何とも奇妙なところに通います。
貴族階級ではない平民の諸氏と学園内でも格差はありますが、それを引け目と感じさせるほどに威圧をしてしまっては、部下となるべく育つにも傷が付くやも知れません。
私たち貴族は、民草と同じくらい、城仕えの者達を育てなければなりません。ひいてはそれが国を作っていくのですから、傲慢な者は、この二年でしっかりと性根をたたき直すという目的もございます。
多少であれば目こぼしはされますけれど。
そんな多少の目こぼしが積み重なって、ルーティの孤立となり、マルグースが癇癪を起こし、学園の一角を損傷させたという大騒ぎに。
私は常に傍観しておりましたが、流石にこれを止められるのは私だけでしたので、致し方なく、仲裁のようなものをすることになりました。
もっとも、やるならもっと周りに分らないように上手くやれと、暗に言っただけですが、マルグースは正しくは取らなかったようで、バレないように口封じをすれば良いという結論に達したようです。
以来、ルーティは私に懐き、常に行動を共にしておりました。
マルグースに遭遇すると、身が危険だと本能的に察したようです。
「あー。腹黒脳筋」
そう言った彼女の目は大変遠いものでした。
地位もありますし、顔も人並み以上。黙っていれば、正に美丈夫と言った所ではありますが、中身は大変残念な方です。
言葉の意味は分りませんが、どうやら彼女は、所謂マルグース派だったわけではないようですね。
「てっきりマルグースの事が好きなのかと思いましたが」
「止めてっ。顔が良くても中身が残念な男はお呼びじゃないのよっ」
きっぱりとした物言いに、ルーティがにんまりと笑みを作っています。言い寄られて困っているようでしたからね。孤立の原因になったのも、マルグースが原因だったというのだけは、流石にルーティにも言ってませんが。
「だいたい。うっかりでも、自分の取り巻きに、身分の低い女性が気になった。何て言うのなんか、本当アホだし。それを助けるとか飛んだマッチポンプだわ」
彼女の言葉に、ルーティが愛らしく首を傾げて私を見ていますが、あえて無視して話を進めましょう。
「まあ、マルグースはどうでも良いので、話を続けましょう」
「ああ。じゃあ、だいぶ端折るけど、それで、えっと、ラディル、マルグース、トーリの三人と、恋仲にならなかった場合の友情エンドでのみ、主人公とアリティリアは和解をして、仲良くなるの」
だいぶ端折りましたわね。一気に最後の落ちだけを話し、彼女は、深い溜息を吐きました。
「でも、やっと分った。ここって、エンディング後なんだ」
自分の知っていることが何一つ起こらない上に、本来彼女の知識の中では、敵対しているはずの私とルーティが仲が良いというのも、彼女に取ってみれば、不思議なことだったのでしょうね。
「あーあっ。この世界が私の知ってる乙女ゲームの世界にそっくりだったときには、リアルでゲームが展開されるっ。とか、ドキドキして、凄いがんばってここに入学したのに。既に終わった後だったとか、詐欺っ」
傍観者を決め込むつもりだったらしい彼女の言葉に、私は不思議そうに彼女を見詰めた。
彼女があげた三名は、家格で言えばこの学園内で一、二を争う。女性にとっては、相手として申し分ない相手のはず。まして、彼女のいう乙女ゲームとやらの知識を駆使すれば、相手に愛された上で望まれると言うことも、決して不可能ではないはずなのに。
「い・や・よっ。腹黒脳筋マルグース、陰険眼鏡トーリ、お花畑ラディル。傍で見てる分には目の保養だけど、関わったら幾つ体があっても持たないわっ」
「素晴らしい程に端的に言い表しますわね」
トーリは眼鏡をかけていて、実に口うるさく、人の揚げ足を取ったりと、少しばかり鼻につく。一方ラディルは、これがもう、なにも考えてはいないのではないかという、少し間の抜けた行動と、軽率な行動が多く、親族一同、いつも胃痛の種であると、頭を抱えていた。
「凄い。ちょっと今、あたし、アナタを尊敬しました。ミーチェ」
ルーティが初めて彼女の名前を呼びました。ミーチェという名前でしたのね。
「いや、そんなキラキラした目で見られても、私が考えたわけじゃないから」
謙遜というより辟易といった表情でルーティを見ています。
どっと疲れたというようにがっくりと肩を落としたミーチェは疲れたように笑うと、私を見詰めました。
「私ね。ゲームのアリティリアって嫌いじゃなかったの」
ぽつりとミーチェは語り出しました。その表情は、どこか憑き物が落ちたかのように穏やかで、なんとなく私もほっといたしました。先ほどは、壊れてしまうのではないかとも思いましたから。
「でも、ゲームと現実は違うじゃない。現実でああいう性格の人と一緒にって言うのは辛いなって思ってたんだ」
「そのアナタの知っている私ってどんな人間ですの?」
「え? 傲慢を絵に描いたような、正に貴族。でも、貴族としては正しいなって思うところもあるなって今は思う」
貴族とは、上辺も重要で、中身が伴っていなくとも、上辺を取り繕えば何とかなるという部分もないわけではありません。
人に弱みを見せないため、傲慢な態度を取られる方はいらっしゃいます。けれども、確かにそう言う性格の人間と付き合うとなると、遠慮をしたいと思うのも無理からぬこと。
「けど、ここに居るアリティリアって、ゲーム後だからとかそういうの関係なく、何て言うか、凄い面倒臭いって全身から醸し出してて、イメージ違いすぎて、どうしようかと思って」
そこまでバレているとは流石に思っていませんでしたわ。私も上辺を取り繕うことは決して怠っていたつもりはないのですが。
「先入観が少ないから」
ミーチェは笑って私を見ています。今までの緊張なんて、もう何処にもない程に。でも、私の考えを先読みして答えるのはやめていただきたいものです。
「ごめんなさい。不快な思いをさせて。私の知ってるとこ全部終わってるなら、こっから先は、シナリオなしの人生だし、気ままにやるわ」
ミーチェは清々しい顔をして、私たちの前から去って行きました。
「ちょっと、アーリーっ」
ミーチェが凄い勢いで怒っていますが、私の所為ではないのです。
「だって、ミーチェもあの三人嫌いなら、仲間だと思ったんです」
独断専行は、ルーティですよ。
「なに素知らぬ顔してんですかっ。この子のやりそうなこと何て、分ってんでしょっ。止めなさいよっ」
そう。止めもしなかったですね。
「仲間同士固まっていた方が何かと身動きが取りやすいと思いますのよ」
くすりと笑って私は、ミーチェの耳元で囁いた。
「ラディルがアナタに目を付けてましたから」
「げっ」
にっこりと笑うと、ミーチェはがっくりと肩を落としました。
どうやら、こうしている方が得策であると言うことは理解いただけたようです。
彼女のいう、乙女ゲームのその後は、如何に万難を排し、学園を生き抜くかというものになっている気がしますが、面倒臭いことは苦手なので、出来るだけあの方々とは関わらないよう、過ごしたいものです。