第49話 魔王陛下の悩み事
シリアスなーりー。
ついでに、スイレンさん目線〜。
さらについでに、時間軸が少し戻る〜。
よろしくねっ☆
部屋から出て行ったリジー殿を見送り、儂は溜息を零す。
初めての出会いから早十数年。
幼子達は大人へと成長し、あんなにも立派になった。
今では友人、と言っても過言ではないだろう。
…………あの破天荒っぷりには困ることもあるが。
まぁ、なんだ?
色々と振り回されることはあったが、悩み事などを語るにはこの上ない適任者だろう。
あやつらは力業で解決するという最終手段を持っているし。
しかし、今回の件は……本当に語るべきか悩んでしまう。
聖女と呼ばれる娘が、呪われていることを。
《龍》という種族の本質は、清浄だ。
つまり、浄化を得意としている。
魔王という汚れの浄化システムに、元々浄化能力を持つ龍が選ばれるのは必然とも言えたのだろう。
逆を言えば、浄化が得意だからこそ……呪いや穢れを感知する能力が高い。
聖女リリィ。
彼女は龍という特に呪いを感知する能力に長けた種族であり……加えて、魔王に選抜されるほどの力を持つ儂でなければ気づかないほどの聖女リリィ自身とほぼ同化しきっている呪いがかかっている。
いや、呪いなんて言葉は甘っちょろい。
アレは……聖女リリィに取り憑いている。
「…………アレは儂でも、ちとキツいかもしれないな」
かつての初恋の少女が彼女だと言うならば、幼い頃の彼女は呪われてなどいなかった。
しかし、この十数年で何があったのか。
あそこまで同化しきった呪いなんて、見たことがない。
あそこまで癒着してしまったら……浄化することができるのかすら怪しい。
だが、それでも……彼女が初恋の少女だというのならば、儂が選ぶ答えはただ一つ。
彼女を呪いから解放する。
脳内で先ほどのリリィの姿、張り付いた呪いを思い出す。
彼女の身体に張り付いた黒い影。
ゆっくりと、ねっとりと、気づかれないように魂さえも黒く染め上げ始めていた。
「…………あの呪いは、侵食系だな」
呪いにも種類がある。
命を奪う呪殺系、様々な状態異常(壊死や身体不全)を起こす異常系……呪いをかけられた者を侵食する侵食系。
それだけでなく、汎用性や専門性など……呪いは多種多様で。
はっきり言って、儂でも把握しきれていない呪いがあるほどだ。
あぁいうタイプは、宿主を侵食し、精神を壊していくことが多い。
最悪なのはリリィと呪いの親和性が高そうなことだろうか。
普通、呪いというのを掛けられると体調に異変をきたしたり、性格が変わってくる。
しかし、リリィという少女はあまり異変が見られていないようで。
異変が出ないというのことは、その呪いは汎用性が高い呪いではなく……聖女リリィ専用の呪いである可能性が高い。
そして、リリィは無意識の内に身体を乗っ取られてしまうことになるだろう。
「個人用の呪いをかけられるなんて……あの子はどんな怨みを買ったんだ?」
そこまで、悪い子には見えなかった。
だが、あそこまで醜悪な呪いにかけられているということは……彼女自身が何かしたのか。
それとも……逆怨みか。
「……はぁ…儂が考えても分かる訳ないか」
何をどう考えても、リリィが呪われているという現実は変わらん。
ガシガシと頭を掻いて、再度呪いの考察をする。
誰にでもかけられる汎用性の高い呪いであれば、儂でもそれほど苦労せずに浄化できただろう。
しかし、個人に作用する呪いは駄目だ。
アレは他の誰にも影響がない分、狙ってかけられた場合は最悪でしかない。
浄化にしにくいだけじゃない。
侵食度が高ければ高い分だけ、浄化時の負担が大きくなる。
だが、あそこまでの怨念を儂一人で祓いきれるかと聞かれれば、それは否であり…………。
「…………やはり、儂一人じゃ駄目か。二人にも協力してもらわねば」
儂は溜息を零しながら、複雑な紋様が描かれた天井を見上げる。
何度も繰り返すことになるが、リリィと呪いはほぼ同化しているのだ。
下手をすれば、呪いの浄化と共にリリィすらも浄化してしまい……死んでしまうかもしれない。
グラン殿もリジー殿も、力が巨大すぎるし……リリィの呪いについて何も言わなかったということは、あの規格外の才を持ってしても、魔法とは少しばかり領分が違う呪い方面の知識、能力には疎いということだろう。
儂が予め呪いの核を見抜いておき、そこをピンポイントで狙わねば……。
「………………確か、打ち上げがあると言っていたな」
今夜、会えるならば……早急に呪いの解析を始めた方がいいだろう。
儂は打ち上げの時間になるまで、この部屋で待つことにした……。
*****
『では、只今より……5泊6日の第Ⅱ大陸巡回サバイバル合宿の慰労会を開始します。流石に飲めや騒げやとは言えないけれどね。羽目を外しすぎずに盛り上がろう‼︎』
エドガー殿の挨拶で始まった打ち上げ。
儂は会場の隅でぶどうジュースが入ったグラスを片手に「乾杯」と、呟く。
さて……彼女を探さねば。
キョロキョロと見渡すが、近くにリリィは見当たらない。
儂はサッと歩き出そうとして……「こんな隅でどうしたのじゃ?」という声に、足を止めた。
ゆっくりと振り向けば、そこにいたのは褐色の肌を持ったグラマラスな黒髪美女。
胸を強調するような黒いドレスはどうやら若い男子生徒達には刺激が強すぎるらしく……数多な視線が集まる。
しかし、彼女は気にする様子もなく……いや、いっそ慣れた様子で、優雅に笑っていた。
あぁ……確か。
「《第Ⅲの魔王》殿だったか?」
「うむ。なんだかんだと出会って早十数年は経つのに、キチンと挨拶をしたことがなかったのぅ」
「そうだったか?」
儂は記憶を遡る。
………………本当だな。
「あぁ……ほら。あの時はグラン殿とリジー殿がいたからかもしれぬな」
「む?ふふっ……なるほど。確かに、挨拶を忘れてしまったのも仕方ないな?」
普通ならば出会うことがない魔王同士。
きっと大陸に縛られる魔王がこうした顔を合わせることは、長い歴史で初めてであるぐらいに歴史的出来事になるはず。
だが、グラン殿とリジー殿がいると挨拶すらも忘れるくらいに衝撃が強くて。
すっかり正式な挨拶をすることなく、ここまできてしまっていたな。
「では、ご挨拶が遅れて申し訳ない。儂は《第Ⅱの魔王》水龍のスイレンだ。よろしく頼む」
「うむうむ。妾は《第Ⅲの魔王》精霊族のサンドラ。改めて、よろしくな」
互いに握手をして、微笑み合う。
しかし、サンドラ殿は儂の隣に来るとポツリと小さな声で呟いた。
「本当は、グラン殿達に声をかけた方がいい気がするのじゃが……二人はまだ来ていないようだからな。先にスイレン殿にお伝えしよう」
「何を?」
「何か良くないものが、紛れ込んでおるわ」
ピクリッ……。
儂は一瞬だけ顔に出そうになるが、笑顔を貼り付けてその話を聞く。
「良くないもの、とは?」
「それは分からなんだ。妾は精霊ゆえ霊的存在の感知に優れておる。しかし、妾の大陸ではないからか……精度が悪い。悪いものが、紛れ込んでおるとしか言えないのぅ」
儂はサッと会場全体を見渡す。
…………うん……今のところ感知できるのは、彼女の呪いくらいか?
サンドラ殿が視線を向ける先に、呪いの気配がある。
儂は周りに聞こえないように声を小さくしながら、呟いた。
「…………それは、呪いのことか?」
「…………呪い?アレは、呪いか?どちらかと言えば、死者が取り憑いているような気配に思えるのじゃが……」
「……‼︎なるほど……」
死者の怨念もまた呪いと言える。
死者が取り憑き、肉体を奪おうとしているゆえに……あぁして魂に癒着していたのだろう。
儂はサンドラ殿に感謝を告げた。
「ありがたい、サンドラ殿。参考になった。儂はそれを祓おうとしておったのだ」
「…………アレは中々にキツそうだぞ?グラン殿達にも協力を頼んだ方がいいと思うが?」
「勿論だが、あの二人は力が強すぎる。浄化ついでに宿主も殺しかねん。ゆえに、儂が呪いの解析をしようと思ってな」
「……なるほどな。じゃが、無理はせん方がよかろう。アレは他者にも影響を及ぼすタイプかもしれんからな」
「あぁ。ありがとう」
「武運を」
儂はサンドラ殿に見送られながら、歩き出す。
どうやら呪いの気配を辿り、バルコニーへ向かう。
そこには黒い影が纏わりついた……薄緑の髪を持つ少女の後ろ姿。
儂は着ていた藍色の羽織を脱ぎ、彼女の肩にふわりとかけた。
「春とはいえ、風邪をひくぞ」
「…………え?」
勢いよく振り返り、見開かれる桃色の瞳。
彼女に纏わりつく影は儂の姿を見て喜ぶように揺らいでいて。
「魔王、陛下?」
ーーーーそして、影は彼女を薄く包み込んだ。




