第25.5話 最後の挨拶と、君は言う
………あれ?シリアス……?
「…………最後の、挨拶に来たわ」
地下室の牢屋の中。
煌びやかなピンクのドレスを着た金髪に珊瑚色の瞳を持つ王女の言葉に、おれは息を詰まらせる。
「あぁ……明日だったな。アンタの結婚式」
「えぇ」
彼女は……このルーデント王国の王女アウラ・レニ・ルーデントは泣きそうな顔で笑う。
これでちゃんと笑えてるつもりなんだから……馬鹿げてるよな。
「ありがとう、スイハ。一ヶ月間。沢山の話を聞かせてくれて」
アウラには沢山、話をした。
美しい海の中にある王国や温泉が多い土地。
幻想的な森の話に、竜が住まうおれの大陸。
その旅の話は、この国から出たことがないアウラにとって……とても魅力的だったようで。
いつも、目を潤ませて聞いていた。
「……………感謝されることか?」
「わたくしにとっては、感謝しかないわ」
おれは竜人種であり、身体能力が異常に高い。
加えて、魔力の扱いに長ける一族でもあるため……狙った獲物の声は、どんなに遠くても聞くことができる。
加えて、グランとリジーも情報収集してくれてるみたいだから……この情報に間違いはない。
おれは、彼女に静かに聞いた。
「お前の婚約者。お前と結婚しても、あの女と付き合うの止めないぞ」
「………分かってるわ」
こいつの婚約者が親しくしているのは、男爵令嬢らしい。
アウラも報告は聞いているみたいだが……所詮、政略結婚。
婚約者が他の女と何をしていようが、アウラはどうしようもできないと諦めてしまっている。
「冷たい関係だな」
「そうね。貴方の一族がやっぱり羨ましいわ」
おれの一族は一夫一妻制で、番だけを愛する。
浮気をしようなんか考えもしない。
というか、女どもも強いから……他の女を見ようとするなら、血の雨が降る。
「………わたくしも、いろんなものが見たかったわ」
「………諦めたかのような口調だな。外交とかで外に出る機会があるんじゃないのか?」
「…………それは、王配の仕事になるでしょうね。なんだかんだと言って、やれ子を産めとかで自由に動けなくなるのが関の山だと思うわ」
アウラはどこか遠い目をする。
そんな彼女を見て、おれは問うた。
「アウラ。もし全てを捨てれば自由になれると言われたら……どうする?」
「………あら?どうして?」
「なんとなく、だ」
「そうねぇ……」
彼女は考える。
でも……答えは、分かりきっていた。
「無理ね。わたくしは王女。この国を導く一族だもの。民達を守りたい。だから、捨てられないわ」
だろうな……。
おれは思わず苦笑してしまう。
分かってたんだ。
アウラには王族としての責務がある。
だから、無責任に全てを捨てることはできない。
例え、悲しみがあろうとも。
苦しみがあろうとも。
アウラは全てを隠して、微笑みながら国民を守らなくてはならない。
おれは、凛と立ちながら告げられたその返事に……小さく苦笑した。
「だと思った」
「ありがとう、スイハ。とても……楽しかったわ」
アウラはそう言って、牢屋から出て行く。
王女の結婚に伴い、囚人達には恩赦が与えられるから、おれと会うのは今日が最後だと思ってるんだろうな。
でも。
「アウラ」
優しい声で彼女の名前を呼ぶ。
アウラは振り返らずに「何かしら?」と返事をした。
「またな」
「………………」
アウラは何も言わずに歩き出す。
彼女が今、何を思ってるかは分からない。
だから、後で聞こう。
「さよなら、スイハ」
顔を見ずに、アウラは牢屋を去る。
「またな、アウラ」
だから、おれは……もう一度同じ言葉を繰り返した。
*****
わたくしは、牢屋から自室に帰り……崩れ落ちる。
頬を伝う涙を拭って、彼の姿を脳裏に思い浮かべる。
綺麗な薄水色の髪。
優しい金色の瞳。
人ならざる美しさを持っていたスイハ。
だけど、話し方は凄く適当で。
沢山の、見たことも聞いたこともない色とりどりの世界を知っていた。
ただ王位を継ぐために、国を守るために生きてきた……つまらないわたくしに。
世界はとてもとても鮮やかで。
泣きそうなほどに美しくて。
残酷なのだと教えてくれた人。
彼との語らいは楽しかった。
政略結婚で、幸せになれないと分かっている未来を……ひと時だけ忘れられた。
優しく語るその声が。
柔らかなその眼差しが。
わたくしの心に、深く深く残っていて。
もう会えないということが悲しくて。
あれ以上一緒にいたら、願ってしまいそうだった。
わたくしをこのまま、連れて行ってと。
貴方と共に、生きたいと。
(………………あぁ……わたくし……スイハのことが、好きになってたのね)
道具としてしか扱われてこなかったわたくし。
だけど、彼はわたくしを〝アウラ〟として見てくれた。
それがどんなに幸せなことか。
きっと、わたくしは忘れない。
「ありがとう……ごめんなさい……スイハ……好きよ」
わたくしは、暫くの間……涙を流し続けた。




