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薄暗闇の最中



初投稿になります。不定期的に更新していきますので、感想などドシドシいただけると嬉しいです。



 その女が現れたのは、僕が37人目の死体を解体している時だった。鬱蒼と繁った山中に、およそ似つかない白いワンピース、ブロンズの髪、薄く輪郭が発光しているようにも見えた。一言で述べるなら──


「神々しい、でしょう? 日暮呉葉(ひぐらし くれは)さん」


 先に言葉を発したのは女だった。無論、僕は周りの警戒を怠ってはいなかったし、そもそもこの山中に人間がいることはありえないはずだった。


「人間、なら」


一息置いて。


「いないでしょうね」


 手に持っていたノコギリを地面に置く。懐から農作用の鎌を取り出し女を見据える。ノコギリ自体に殺傷力がないわけではないが、ノコギリの歯は固定された物体を引き切る時に真価を発揮するわけで、生物を殺傷せしめるには、ナイフや鎌などの刃物を腹部に刺突するか、首筋を切り裂いてしまう方がよほど有意義であることは、最近の経験でよく堪能することが出来た。それにノコギリでは、木々が邪魔をして小回りが効かない。


 足元の小石を蹴りあげる。石は女を通過して、背後の樹木に当たり鈍い声を上げた。


「なるほど、神々しいってのは言い得て妙だ。神様が今更僕を咎めに現れたのか」

「いえ、いえ。先ずもって貴方はいくつも勘違いをしています。その一に、私は神ではありません。しかし貴方の目にはより現実感が湧かないように、非現実の権現として私は顕現しています」


 距離を詰めようと歩み寄る。彼女との距離は詰まらない。お互いを挟む宵闇が、無限に逆流しているようだった。或いは何かから逃げる夢でも見ているように、蹴っても蹴っても前に進まない。


「その二、貴方を咎める必要はありません。今現在、貴方が死亡した状況を再現し、世界を構築しています。貴方が36人目の人間を殺し、弱冠17歳の偉業を成し遂げた後、後部から頭を殴られ死亡した、その状況の直前です」

「待て、36人?」


 そうなると、誰か逃したのか。まあ小さな小さな村とはいえ、村にいた全員を殺すために、とにかく時間が惜しかったから、一人一人の死亡を確認したと言うと嘘になる。罠にかけ身動きを封じ火を放つなどの殺害もしたので、なるほど、一人しか逃してなかったのはある意味奇跡だろう。


 であるならば、当然の報いとして始末される。生き残った誰かにはその権利があるし、生き残ってしまったばかりに、もう普通の生き方は出来ないだろう。


「なるほど、じゃあ君は死神か天使様か。僕をあの世に連れてこうってわけだな。まあ死んだものはしょうがない、こういう風に生まれた日から、どんな死に方をしても仕方ないって堪忍していたさ」

「勘違いその三になりますね。貴方が連れていかれるのはあの世ではありません。とはいえ、この世とも言いがたい。ちょうど今年、異世界交換留学の年になるからです」

「急にハイカラな固有名詞が出てきた……」


 僕は生まれつき、生き物を殺したいという欲求を持っていたわけではない。ただ自然体で、最初は物を壊し、虫を潰し、小動物を切り刻み、そして今夜、生まれ育った山奥の農村を廃村にしてしまった。


 興味の向くままに、人を燃やし、成り行きのままに人を刺した。


 殺したいではなく、殺してしまった。


何一つ、後悔こそしていないが。やる気がなかったのは事実だ。


「つまるところ、この世界とは別の世界、所謂異世界に我々の世界から交換留学生を送り、向こうから交換留学生を迎える。こういった交流を数十年置きに行っています」


 女が淡々と告げる。思えば彼女は足元の死体には一切目を向けず、その双眸は僕に注がれ続けていた。なるほど、神々しいというより、機械的。どこまでいっても機能的でしかない。


 現状、彼女の言葉を信用する理由はないが、彼女に石が当たらないし、こんな真夜中の山奥に汚れひとつないワンピース姿で音も立てず近付いてきたということを考えれば、十分に彼女は異質なモノなのは理解できていた。


 不思議なくらいに自分の死を、認識できていた。その瞬間の記憶がないのは、損なのか得なのかはわからないが。


「もちろん、我々の世界を代表する人間でありますから、生半可などこにでもいるような人間ではいけません。我々の世界が誇る若い才能を、より研磨して恥じないように送り出さねばなりません」


 僕が言葉を返さないでいると、質問なしと判断したのか彼女は言葉を続けた。質問がないのではなく切り口がない。しかし辛うじて今の発言だけは切り返せそうなので、多少の挙げ足を取りに行く。


「それなら世界が模範とするような人間にすればいいじゃない。僕はこの通り、返り血まみれた人でなし。どう考えてもその異世界交換留学生とやらに関係があるとは思えないけど」

「それは我々の世界の現代社会に即した価値観でしょう。貴方は確かに、世界に誇る殺人の才能がありますよ」


 ──計画性もなく、ただただ淡々と人命を消し続け、36人もの死者を出した。この事実を片田舎の高校生を以て成せるならば、善悪を度外視して偉業と呼ばざるをえないでしょう。


 事実ではあるが、僕の行為を誉められたことではないのは僕が一番理解している。僕の罪は僕のモノであって、世界の誇りでも何でもない。


 僕の苛立ちを感じ取ったのか、女が初めて口元に綻びを見せた。今まで彼女は役割以上の機能がついていないのか、張り付けたような無表情を保っていたが、ここに来て初めて見せた悦びは、彼女の性格由来のモノなのであろうか。


「もちろん、貴方はまだ世界に誇る才能の一つでしかありません。今年に死亡した、15~22歳の男女の内から世界に誇る才能を持った人物を選定し、剪定し、最後に残った一人が交換留学生として、異世界の方に旅立つ。これが異世界交換留学の全容になります」

「最後に残った一人って? 学校かなんかに通わせるのかい?」


 まだ行くとも言ってないけど、興味本意から僕は聞いた。ああ、これを聞かなければ、僕は永遠に虚無を枕にして、終わりのない闇の底に沈んでいたことだろう。僕の質問を、予想していたかのように、淡々と女は答えた。


「今年の競技は殺し合いです。我々の用意した仮異世界を舞台にして、それぞれの手段を以て、最後の一人になるまで殺し合ってもらいます。良かったですね? とても有利で」





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