蛇足の話 1
お兄さん達は、この辺は初めての人かね。
いやなに、あまりこの辺に旅の人は立ち寄らないんだよ。見ての通り、物騒なところだからね。
余計なお世話かもしれないけど、この道をこのまま進むのはおすすめしないよ。
腕に覚えがあるってんなら、問題はないがね。そうでないなら、大通りを進んだほうが良いよ。
物取りやら野盗やら、そういうのが出るんだよ。
たまに、俺みたいなのが老婆心から声を掛けたりするんだけどね、聞く耳持たずの連中も多いから。
ああ、そうだ。お兄さん達はどちらまで行くので?
なるほどね。あの辺りに行くには、確かにここを通るのが近道だ。
だけど、地図通りに行くのは、さっきも言ったけどおすすめはしないよ。
こう言っちゃなんだけど、お兄さん達、腕が立つようには見えないからね。
いやいや、悪気があって言ってるわけじゃないんだ。
それだけ、この辺は物騒だ、って話だよ。
ここだけの話、金品盗られるなら良いほうで、捕まってどこぞに奴隷として売られたり、おかしな研究の実験台にされたり、そんなこともあるそうだよ。
人間、危険からはできる限り離れたほうが良いからね、この辺りからはさっさと離れた方が良いと思うよ。
うん? どこを通ると良いかって。
そうだなぁ、来た道を戻って、西側の大通りに出るのが一番だろうね。
まあ、そうなるとちょいとばかり時間がかかるかと思うけど、安全な道を選ぶべきだよ。
えっ、急いでる? ちょっとした回り道じゃないか、そのくらいの時間も惜しいの?
それはそれは、急ぎ旅だったのかい。
とはいえ、このまま進ませるってのもね、ちょっとなぁ。
別の道? あるにはあるけど、ちょっと説明するには複雑なんだよね。
別の道だと細かい路地をいろいろと抜けていかないとならないから、案内人がいたほうが確実だよ。この辺りに詳しい人間がいないと、迷うと思うからね。
案内人には、ここに来るまでに会ってないかい? 俺みたいに声を掛けてきた奴がいたと思うけど。
あら、いなかったのか。それは、運が悪かったなぁ。
俺? まあ、俺も案内はできるけど、そうなると、ある程度はもらうものをもらわないと。
相場としては、銀貨2枚ってとこかね。
えっ、いいのかい。そうか、ならまあ、これもなにかの縁だ、目的地まで案内するよ。
さっきも言ったけど、この先は迷路みたいになってるからね、迷うと厄介だ。遅れずに付いて来て下さいな。
それにしても、お兄さん達も物好きだねぇ。
大抵は、俺が話したような内容を聞いたら、素直に戻っていくんだけどね。
うん? まあ、事情があるのは、何となくわかるよ。ここには、そんな連中が集まってくるから。
国から逃げてきた奴とか、親の反対押し切って駆け落ちしようとする奴とか、逃亡犯なんてのも紛れてくるからねぇ。
ごちゃごちゃしたところだから、いろんな奴が身を隠しに来るんだよ。
お兄さん達は、って、聞かないほうが良いね、それは。
いやいや、良いって。そこまで深く関わる訳にもいかないんだから。
まあ、せめて、お兄さん達のやろうとしてることが上手くいくように祈ってるよ。
ほらほら、そこを曲がって、しばらく進めば、後は一本道だ。
この開けた場所を抜ければ、
おや、こいつはまいったな。
お兄さん達、つくづく運が無いねぇ。ここまで来て、野盗に出くわすなんて。
えっ、どうしてそんなに落ち着いてるのか、って。
そんなの決まってるじゃないか、俺が、お兄さん達をここに連れて来たんだから。
男の方はデミニスにでも渡しておけ。女の方は、チェミニーの娼館だ。見てくれは良いほうだから、良い金になるはずだ。
悪いね、お兄さん達。初めに言ったように、ここはそういうところなんだよ。
良い勉強になっただろう。
*** ***
何だい、あんたら。ここらじゃ見ない顔だね。
そう警戒しなくてもいいさね、客の素性なんざ関係ないんだ。
どんな人間からでも、どんなもんでも買うのが、うちのやり方さ。
物さえ確かなら、値はきちんと付けるよ。物さえ確かならね。
で、何を持ってきたんだい、見せてみな。
何だい、ここまできて、何をまごついてるのさ。
いいかい、ここじゃ、人にしろ物にしろ、氏素性なんてのは関係ないさね。価値がありさえすれば、それで十分なんだよ。
あんたらの持ってるそれが、盗品だろうと何だろうと、あたしは気にせず買い取る。盗品だからって、値を下げたりもしない。あんたらが何者なのか、それも詮索しない。
それが、うちのやり方。
これが気に入らない、ってんなら、他をあたりな。
何だい、やっとその気になったのかい。
で、物はなんだい。さっさと見せな。
ほぅ、四代パサニュラ王時代の銀食器かい。なかなか珍しいもんだね。まあ、その話が本当なら、だけどね。
話だけじゃ、値は付けられやしないよ。現物を見て、それからさね。
だから、さっさと出しな。
なるほどね、なかなか良さそうな品じゃないか。
まあ、待ちなよ。鑑定もしてないのに、本物かどうかの判断ができるとでも。
うちの鑑定は、こいつだよ。
そう、疑似奇跡の力を借りるのさ。
何の因果か、あたしにはちょっとした才能があったらしくてね、こいつを利用して、鑑定をしてるのさ。
そのおかげかね、うちがそれなりに知られるようになったのは。
で、あんたらが持ってきたもんが何なのか、今から見てみようじゃないかね。
なるほどねぇ。年代は、間違いなく四代パサニュラ王時代ものみたいだね。
作者は、名の知れた名工、ってわけじゃなさそうだ。良い仕事はしてるけどね。
そうなると、値としはさほど高くはないね。
珍しい年代の物だとしても、それなりに名の知れた人間の作じゃないと、高値は付けられないよ。
あんたらのだと、皿が金貨5枚、グラスが2枚、細々としたのをまとめて4枚、計11枚ってとこだね。
悪いけど、これ以上の値は付かないよ。
値が気に入らない、ってんなら、他に行くことだね。
上手くすれば、うち以上の値を付けるところもあるだろうからね。
何だい、その顔は。
あぁ、なるほどね。他で相手にされなかったから、うちに流れ着いたくちかい。
確かにねぇ、こんな出処不明の品、そうそう相手にはしないだろうねぇ。
こんなもんを扱おうってのは、うちくらいなもんさね。
で、どうするんだい? うちに売って金貨数枚か、それともガラクタとして二束三文か、好きに選びな。
そうそう、それが良いよ。どうせ盗品なんだ、手元にあったところで、良いことなんて何もないよ。
手放して身軽になったほうが良いだろう。
なら、交渉成立だね。
そんな顔しなさんな。あんたらは初顔だからね、色付けてやるよ。
金貨20枚でどうだい。
嫌な顔するねぇ、あんた。変な勘ぐりはなしだよ。
あくまでもあたしからの心付け、それ以上はないさ。
で、どうするんだい。決めたのか、やめるのか、はっきりしな。
そうかい、そりゃ良かった。
これが約束の金貨20枚だよ、持ってきな。
それじゃ、道中気を付けて帰りな。
さて、良い仕入れができたね。
四代パサニュラ王時代のビギュラ作となれば、金貨100枚は最低だよ。
欲しがってた好事家が何人かいたはずだからね、リストを用意しといておくれ。
おや、またうちに流れ着いた客がいるようだね。
さてさて、今度は何が手に入るかいね。
*** ***
いやいや、お客さんは運がいいですよ。なんて言ったって、僕に出会えたわけですからね。
ここじゃ、案内なしに歩き回るのは自殺行為です。
慣れてる方なら問題ないですが、初めての方にはいろいろとわからないことが多いですからね。
ここ、外と比べると特殊な場所が多いので、地図を見ただけじゃその辺りがわからないんですよ。
それで、お客さんのお望みは?
そうですか、捜し物で。
捜し物にもいろいろありますが、人ですか、物ですか?
人探し。なるほど、人探し。
ここで人を探すとなると、なかなか大変ですよ。
木を隠すなら森の中、ではないですが、ここには多種多様な人間が集まりますからね。その雑多な人間の中から、目的の人物を探しださねばなりません。
お客さんの様にこの地に慣れてない方ですと、文字通り、空を掴むようなもの。
ですが、ご安心ください。そのために、僕のような者がいるわけです。
僕と契約いただきましたからには、その探し人、必ずや見付け出してみせましょう。
ではまず、その方がいなくなった頃のことを、できる限りお話いただけますか?
ふむう、そうですか。
その方、この地へは人を探しにいらっしゃった、と。そして、メモ書きには僕の名前が書かれていたんですね。
なるほどなるほど。
覚えがないか、ですか?
先程お名前をお伺いしましたが、申し訳ないのですが、僕のお客ではないかと思いますね。
もしかすると、僕の名を騙った別の人間の元へ行ってしまったのかもしれません。
ここでは良くあることなんですよ。他人のお客を横取りすることが。
その方も、それで僕ではない別人に捕まったのでしょう。
そうなってくると、探すのが少々難しくなるかもしれませんね。
いえ、大丈夫ですよ。ご心配なく。僕らには横の繋がりがありますから、そちらから辿れるかと思います。
そうなると、その方の人相書が必要ですね。まずは、そちらから始めましょうか。
絵心には一応の自信がありますので、僕が人相書をこの場で描きあげようと思います。
その方の特徴を教えていただけますか?
ふむふむ、特徴的な方のようですね。
では、お伺いした特徴をまとめたのがこちらになりますが、いかがでしょうか?
似てますか? そうですか、それは良かった。
この人相書を元に探すとして、後は、服装なんかがわかると探しやすいですね。
そうすると、一般的な旅装束だった。装飾品の類は身に付けては、いなかったんですね。
これで、だいぶ情報がまとまってきましたね。
一次情報としてこれだけあれば、探し出す難易度はかなり下がりますよ。
時期ですか? そこは難しいところですね。
明確な期日がお伝えできれば良いのですが、なにぶん、運に左右されることも多分にあるものですから。
さて、いろいろとお話いただき、ありがとうございました。
おや、何やら客人が来たようですね。
あぁ、あまり手荒な真似はやめて下さいね。折角のお客さんなんですから。
何の真似だ、ですか?
見ての通りですよ。
それと、今、思い出したのですが、この人相書の方、僕のところに来た方でしたよ。
よく覚えていますとも。丁重に、ご案内させていただきましたから。
あなた方と、同じようにね。
今日の方は、いくらほどに?
それはそれは、なかなか良い値になりそうですね。
あの方達の様子からすると、さらに人を呼んでくれそうですよ。
その際は、またのご用命を。