ぼうけんかつげき(雨)
雨の日に出かける。しかも一人で。
学校から帰ってきた僕はふとそんなことを思った。学校で、雨に関する絵を描いてくるという宿題が出ていたためだ。親はまだ帰宅していない。両親とも共働きであるため家に帰ってくるのが遅い。だから今は家に一人。退屈だった。外はぱらぱらと雨がちらついている。これぐらいなら怖くない。そう思い、宿題のプリントと鉛筆と傘を持って、自分用の財布を首にかけて家を出た。ちゃんと鍵を閉める。何かあった時のように親から持たされたお金を使い、僕はバスに乗った。もちろん今まで一人で乗ったことはない。少し怖かったが、昔親と一緒に乗ったこともある。駅名は聞いたことのある駅ばかりだった。
たまに今日みたいな唐突なアイデアが思いつく。今までやってこなかったことをしたい気分になるのだ。一人で出かけて宿題をするというのは、とてもワクワクするものだった。
結局そのバスを途中で降りる勇気がなく、終点まで来てしまった。でも大丈夫、と自分に言い聞かせて見知らぬ町に降り立つ。雨は少し強くなっていた。傘を差しながらプリントと鉛筆片手に歩いていく。近くにあった公園の時計は4時を指していた。大体親が帰ってくるのが6時であるため、まだ2時間もある。大丈夫、帰れる。僕は何となくその町の中の一番高い場所を目指した。上り坂がちょうど前にあったためひたすら上る。僕自身、こんなことをしたら親に怒られるかもしれないと思うが、足は上るのをやめなかった。雨に濡れないようにプリントは折ってポケットにしまう。鉛筆は振りかざし剣として僕を守った。
50メートル走はそんなに速く走れない僕でも坂なら上れる。天井公園という、丘の上に作られた公園の広場に出た。広場の端には柵があり、そこに行くと町全体が望めた。
「すげー!」
周りに人がいなかったため、ついそんな声を出す。いくつもの家がびっしりと並んでおり、遠い向こうの方には青と白の縞々煙突がちょこんと見える。あの煙突の近くが家の近くであることを知っているので少し安堵した。
この景色を描こう。そう思った。
帰り道、坂を下りていった先から道に迷ってしまった。途中の地図を見ても全く分からない。雨はもっと強くなっていった。怖い。バス停がどこにあるかも分からないし、どの駅から乗ればいいかも分からない。僕は少し早歩きになって町を歩いた。知らない看板、知らないお店、知らない学校、知らない人。傘に雨があたる音が僕の何かをはやし立てるようで、どんどんどんどん落ち着かなくなる。なんとか落ち着こうと深呼吸するが、途中でむせてしまう。そのとき僕は自分が泣いてることに気付いた。やっぱりこんなところに一人で来なければよかった。そんな後悔がやってくる。さっきまでキレイと思ってた景色までもが、なぜか敵のように思えてくる。早歩きのまま泣いていたそんな僕に話しかけてきた人がいた。傘を上げるとそこにいたのはおねーさんだった。制服を着ている。
「どうしたの?迷子?」
怖い人に話しかけられてもついて行ってはいけないと習ってきたが、このおねーさんは怖くなさそうに見えた。一瞬で不安だった気持ちが和らぐ。コクリと頷いた。
「そっか、どこに住んでるとか分かる?親とはどこまで一緒だったの?」
僕は一人でバスに乗ってきたことを話し、さっきまで描いていた絵のことも話し、それをおねーさんに見せた。
「すごーい。絵上手いんだね!」
ほめてくれるおねーさんについ照れてしまう。泣いていたのが恥ずかしくなった。おねーさんはバス停の場所まで案内してくれるようだった。
「自分一人でやったことはすごいけど、親が心配するから、もうやっちゃだめだよ?私ぐらい大きくなったら一人でも大丈夫になるからね」
少しだけ怒ったような口調で注意してくるおねーさんに謝ると、頭を撫でてくれた。一緒にバスに乗ってくれて、その間も飴をくれたりして、優しかった。
「じゃあ私は帰るから。また会えたらお話ししようね」
そう言っておねーさんは違うバスに乗って行ってしまった。おねーさんがいなかったら僕は二度と帰ってこれなかったと思う。安心したついでにまた泣く僕だった。
親には結局言わなかったし、何も聞かれなかった。帰ってきたときにはまだお母さんはいなかったし、お父さんはもっと遅い。テレビを見ながら帰りを待っていた。今回迷子になることはとても怖いことなんだと知った。けどその代わりにやさしいおねーさんに出会えた。まだバスで舐めていた飴の味が残っている。気付けば外の雨は止んでいた。