獣人と名
ーーー確保した食料が喋りやがりました
「……うぅ……ぐすっ…」
「………はぁ」
驚きのあまりにぎゃーとあげてしまった悲鳴に相手も驚き、それにまた互いが驚くということをして散々混乱した後、食料確保だ!と思い捕獲したそれは、よくよく見れば白いふわふわとした毛皮を羽織った幼い少女であったことに気がついた。
…頭にウサミミ、腰に丸く白いぽんぽんみたいな尻尾がついていたけれども。
とりあえず食料呼ばわりしたことを謝り、ウサミミのことについて話を聞くことにした。
「あぁ、この耳のことですか?特に変ではないと思うのですが…」
「いやいや、頭からウサミミ生えるなんて見たことないし、しかも腰に尻尾まであるし、コスプレなの、それ?」
「えーと、こすぷれ?っていうのはよく分からないですけど、もしかしてあなたはこんな動物の耳や尻尾のはえた“獣人”なる存在をみたこと無かったりします?」
「獣人!?それって獣に人って書いての獣人なのか?」
「えぇ、それです。そして私がまさしくその兎の獣人なのです!!」
そう言ってなぜか胸を張る少女。なだらかな草原が続くようなそれには言及しない。例え異なる世界であっても女性は怖いのだ。
少女の視線がやや冷たくなったのは気のせいだろう。
「そういえば、あなたはいったい誰なのですか?此処等に住んでる人なら獣人を知らないはずはありませんし、私自身もあなたを見たことがありませんし…」
疑いの目というよりは不思議そうに見つめてくる少女。
「俺は三島和成。なんで此処にいるのかっていうのは…まぁ、その、なんだ、気づいたら此処に居ましたよ~的な」
「なんですかそれ。怪しい人ですね。はっ!もしかして私達を捕まえてあんなことやこんなことをしたあげく売り捌こうというのでは!?逃げなくては!!」
どういう訳かよく分からん想像をして逃げだそうとしたので、首根っこを捕まえて近くに引き戻す。
「痛っ!なにするんですか!ナニするんですか!?」
「何を口走ってくれてんだお前は!?くだらない想像、いや暴想をするんでない!全く…、本当に俺は気づいたら此処に居て、その前の記憶はないけれども(異世界で生まれ育った訳じゃあないから異世界における記憶なんぞ持ち合わせてないしな。そう考えると強ち嘘ではない)、ただ自分の名前ははっきりと覚えてるし、今置かれている状況の判断ぐらいはつく。そんな健常な人だ、俺は。仮に俺が変質者であってもお前にはなんもせんよ(笑)」
「む。どういう意味ですか、それ」
勝手に変態にされたお返しに軽口をたたくと、ムッとした顔でこちらを見てくる。表情が結構変わってなかなかに面白い。ただ、これ以上にこの軽口を掘られると厄介なので相手の素性へと話題を変えようと試みる。
「なんだっていいさ。それよりも、お前の名前はなんて言うんだよ。お前が獣人であることしか俺は知らねぇぞ」
はっ、そう言えばそうだった!というような顔をする少女。やはり表情が豊かで面白い。それに上手くごまかせたようだ。よしっ。
「そうでした。私の名前はレミア・アル・ミストルデっていいます。レミアが名前、アルが家名、ミストルデが族名です。…『人の名前を聞く前に己の名前から名乗ったらどうなんだ』という一節が私の好きな昔話にあるのですが、はぁ…、私は…なんてことを…、この言葉を急いでいたからといって頭の片隅に追いやって忘れてしまうなんて…」
なんか聞いたことがあるような一文を言っていたような気がするが、気にしない。良いんだ、ここは異世界なんだから。
「へぇ、レミアっていうのか。聞いた手前、こう言ってはなんだが、まだ会って間もない俺に家名に族名まで教えていいもんなのか?」
「良いんです、別に減るものではないですし、それに私は家名も族名も格好いいと思ってますし、なにより誇りですので!」
そう言うとまた胸を張るレミア。だから…
「さいですか。あぁ、そういえば必死こいて走ってたもんな。急いでたのか。」
話題を戻してどや顔を引っ込めさせる。
「あぁ、はい、そうなんですよ。村の近くに魔物が…ってそうでした!魔物!魔物が近くまで来てるんですよ!!早く行かなきゃ!!」
そう言うとあたふたし始めるレミア。忙しないやつだ、こいつは。というか魔物に関することを忘れるって、もしかして天然?あほの子?うーむ。
あほな事を考えていると、
「ちょっと!なんでそんなぼーっとしてるんですか!!逃げて下さい、ってあなた丸腰じゃないですか、やだーもう」
「いやいや、俺には最強のこの木の棒、○のき棒が…」
「はいはい、あほなこと言ってないでとにかく一緒に村まで来てください。そこまで行けば此処等よりは安全だとは思いますから。」
あほな子(推定)にあほって言われた。屈辱だ。
…そんなことを考える俺は確かにあほらしい。
結局、俺も木の棒一本で魔物には勝てないだろうと考えて、レミアの村に連れていってもらうことにした。なんでも村に行くには一回地下を通って再度地上にでる形でなければならないらしい。そしてその目印が一本の大木なんだとか。
(まさか、な…)
「ではそこまで早急に行きますよ~!」
そう言ってレミアは俺の手を引いて、俺が今まで歩いてきた方角へと進みだす。
周りは変わらない風景が一面に広がっているのに、よく方角を見失わないものだ。自分の家の庭同然なのだろうことを差し引いても凄いなと感心する。そして、今度は彼女の村へと意識をむける。
一体どんな村なのだろうか。どれくらいの規模で、どんな人がいて、どんな暮らしをしているのだろうか。異世界に来て初めての人が大勢居る場所である。心なしか若干気分が高揚しているのを感じる。
そして幾らか進んだ先に一本のある木がーーあの木が見えてきた。
「あの木がそうなんですよ!目印の木です!」
ーーーーーーやっぱりな。




