妖精と地球の危機とボクとミサキちゃん
この世界は誰の物なのか?
人間たちがワガモノ顔で闊歩する世界。
人間たちがそれぞれの思惑で自然を破壊する世界。
地球が悲鳴を上げている。
私たちの地球が……
今日、ボクのところに手紙が届きました。
手紙の内容は次のようなものでした。
この地球に住む全ての妖精たちへ
私たちの住むこの地球に危機が迫っています。
これ以上人間たちに任せていると、この地球はダメになってしまいます。
私たちが立ち上がる日がやって来たのです。
皆様の御意見を伺いたいと思い、会議を開く事に致しました。
今週の土曜日、河童が守る沼の小島にてお待ちしています。
これは誰からの手紙なのでしょうか?
この地球に住む全ての妖精たちへって書いてあったけれど、ボクは妖精なんかじゃないです。ただの小学一年生なのに……。
だいたい、河童が守る沼ってどこだろう?
何も解らないまま土曜日の朝が来てしまいました。けれど、なぜか行かなくてはならない気がしました。どこに行ったら良いのか解らなかったけれど、とにかく駅に向かう事にしました。
家を出た所で、隣に住んでいるミサキちゃんに会いました。
「ユウキくん、どこへ行くの?」
ボクは返事に困りました。だって、どこに行けば良いのか解らないからです。
「う、うん。どこに行けば良いか解らないんだ」
「なにをしにいくの?」
「解らないんだけれど、妖精さんの会議があるらしいんだ。そこに行かなくちゃならない気がして……」
「ユウキくんにも手紙が来たの?」
「えっ? ミサキちゃんにも来たの?」
「来たよ。それで、お父さんに聞いてみたら、『この辺で河童の沼って言ったら牛久沼だろう』って言っていたの」
「牛久沼? どこにあるの?」
「茨城県って言うところらしいよ。電車に乗って行かなくちゃならないの。ユウキくん、お金持ってきた?」
「うん、お年玉を全部持ってきた」
「アタシもお年玉を持ってきた。じゃあ行こうか?」
ミサキちゃんと一緒に行く事になってとても安心しました。だってボクはどこに行ったら良いのかさえ解らなかったのだから……。
ミサキちゃんはとても頼りになる子です。ミサキちゃんはいつもボクにいろいろな事を教えてくれます。いつもボクの世話をやいてくれます。同じ歳だけれど、ミサキちゃんはボクの事を弟だと思っているみたいです。
近所のオバサンたちは、ミサキちゃんの事を「オシャマサンね」って言うけれど、オシャマサンってなんだろう?
ボクとミサキちゃんは電車に乗る為に駅に向かいました。ボクは自分で切符を買った事が無かったから、どうやったら切符を買えるのか解りませんでした。いつもママが買ってくれたから……。
困っていると、ミサキちゃんがボクの分の切符も買ってくれました。
「ユウキくんは切符を買った事が無いの? こういうときは男の子が買って来た方がカッコいいんだよ」
「う、うん」
そんな事を言われたって、買ったことが無いんだから仕方が無いです。でも、大丈夫。ミサキちゃんが切符を買うところをちゃんと見ていたから、次からは自分で買えます。帰りはボクがミサキちゃんの分まで買ってあげようと思いました。
ボクたちは電車に乗って、「さぬき」って言う駅で降りました。ミサキちゃんのお父さんが教えてくれたそうです。ここで降りれば牛久沼はすぐそこらしいって……。
駅を出ると、ミサキちゃんは歩いているオバサンに「牛久沼はどう行ったら良いんですか?」って聞いています。ボクには出来ない事です。だって、知らない人とお話しをしちゃダメだってママが言っていたし……。
オバサンに教えてもらった通りに歩いて行くと、大きな沼がありました。ここが牛久沼らしいです。でも、手紙には沼の小島で待っていると書いて有りました。
「ユウキくん、小島ってどうやって行くんだろう?」
「島って言うくらいだから、船に乗らなくちゃ行けないんじゃないの?」
「船かぁ……。あっちに公園みたいなのがあるから、行ってみようか」
そう言ってミサキちゃんはボクの手を握り、歩き始めました。ボクはミサキちゃんに引っ張られる様について行きました。
公園に着いたけれど、船はありません。ボクとミサキちゃんはどうしたら良いのか解らなくなって、水辺の手すりにもたれて大きな沼を見ていました。お日さまの光が水面に反射して、キラキラと光っています。
「キレイ!」
そう言いながら牛久沼を眺めているミサキちゃんを見つめていると、ミサキちゃんが急に振り返りました。ボクは慌てて視線を足元に向けました。
「困ったね。ここからどうしたら良いんだろう?」
ミサキちゃんがそう言った時でした。ボクの目に不思議な光景が見えたのです。
ボクの足元を小さな人たちがぞろぞろと列を作って歩いています。その人たちが水辺に集まって来ると、岸から少し離れた所にあった小さい浮島がだんだん近付いて来ました。浮島が公園と繋がると、小さな人たちが浮島に乗り移って行きます。ボクがそれを眺めていると、小さなオジサンがボクたちに話しかけて来ました。
「おーい、あんたたちも乗るんだろう? 俺たちを踏まないように気をつけて乗ってくれよ」
ボクは小さな人たちに驚いているミサキちゃんの手を握りました。
「はい、気をつけます」
ボクはそう言って、ミサキちゃんの手を引いて浮島に乗り移りました。
ボクとミサキちゃんと小さな人たちを乗せた浮島は、沼にある小島へと向かっているようです。きっとあの島が手紙に書いてあった小島なのでしょう。
小島に着くと、小さな人たちが列を作って島に上陸して行きます。ボクとミサキちゃんも小さな人たちの後について小島に上陸しました。
小さな人たちについて行くと、小島の真ん中にいろいろな姿をした人たちが集まっています。
蝶々の様なキレイな羽を持った人。
トンボみたいに透明な羽をキラキラと光らせている人。
真っ白いフワフワな羽を持って、頭に光の環を着けている人。
真っ黒い羽と角と尻尾を持った人。
赤い三角帽子をかぶって、肩に袋を担いでいる白髭のおじいさん。
頭に兜をかぶって、手には剣と楯を持った小さなオジサン。
身体が緑色で背中に甲羅のある人。
その他にもいろいろな人がいました。ミサキちゃんは怖がって、ボクの後ろに隠れてしまいました。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます」
輪になった人たちの真ん中に立っていた人が挨拶をしました。ツヤツヤの黒い髪に、真っ白な肌。ヒラヒラと風になびくドレスを着たキレイな女の人でした。ボクが見惚れていると、ミサキちゃんの肘がボクの脇腹に当たりました。とても痛かったので、ミサキちゃんを見たら、ミサキちゃんがボクの事を睨んでいます。痛かったのはボクなのに、なんでボクが睨まれるのでしょうか?
「みなさん。今日集まっていただいたのは、この地球の危機をどの様にしたら回避出来るか? みなさんの意見を聞きたいと思います。何か意見のある人はいますか?」
真ん中に立ったキレイな女の人がそう言うと、手を挙げて立ちあがった人がいました。
真っ黒い羽と角と尻尾を持った人です。
「奴らは自分達の欲望のために、この地球を壊そうとしている。奴らを根絶やしにする事がこの地球を救う唯一の手段だ!」
島全体から割れんばかりの拍手と歓声が起こりました。
兜をかぶった小さなオジサンが剣を振り回しながら発言をしました。
「そうだ、そうだ。あいつらを生かしておいてはならん! 皆殺しにするのじゃ!」
またしても島中が歓声に包まれます。
大変だ! ここに居る人たちは僕たち人間を殺そうとしている。そんなのはいやだ!
そう思ったときでした。赤い三角帽子をかぶった白髭のおじいさんが立ち上がりました。
「フォッ、フォッ、フォッ。皆のもの、少し冷静に聞いてくれんかな。もしも、我々と人間たちが戦いを始めたらどうなると思う? 人間たちはあらゆる兵器を駆使して、我々を倒そうとするじゃろう。そうなればこの地球は戦場となり、ますます危機が深まると思うのじゃが、皆はどう思う?」
真っ白いフワフワの羽を持った人が、みんなの頭上を飛びまわりながら言いました。
「そうだよ、人間たちと戦いなんか始めたら、この地球はすぐに駄目になってしまうよ。人間たちはとても恐ろしい武器を持っているんだから」
蝶々のようなキレイな羽を持った人が、ひらひらと舞いながら言います。
「それではどうしたらいいの? こうして話し合いをしている最中にも、人間たちは美しい森林を伐採し、可憐に咲いている花たちを踏みにじって不細工な街を作っているのよ」
透明でキラキラ光る羽を持った人も言います。
「そうだよ。人間たちの機械が吐き出す黒い粒子。僕たちが大空を飛びまわっていると、あれが体中に張り付いて大変なことになるんだ。黒い粒子のせいで海に墜ちてしまった仲間がどれほど居ると思っているんだ!」
真っ黒い羽と角と尻尾を持った人がまた発言をしました。
「そうだ、人間は皆殺しにしなくては駄目だ! あいつらを生かしておいたらろくなことにならないぞ!」
また島中に歓声が響きました。
ボクがおろおろしながら会議の様子を見ていたときでした。真ん中に居るキレイな女の人と目が合いました。女の人はボクをじっと見ながら言ったのです。
「あなたたちは誰? 妖精ではなさそうね? どうしてここに居るの?」
島中の視線がボクとミサキちゃんに注がれました。
ボクの心臓はドキドキと大きな音をたてています。けれど、ミサキちゃんはボクの背中に隠れるようにしていたから、ボクが話をするしかありませんでした。
「ボクの名前はユウキです。そしてこの子がミサキちゃんです。僕たちは人間の子供です。小学一年生です。えっと……、ここに来るように手紙をもらったから来ました」
キレイな女の人は首をかしげてボクを見ています。怒っているのかもしれないです。
僕はポケットから手紙を出して、キレイな女の人に渡しました。
「なるほどね、招待状がある以上あなたたちもゲストとして迎えましょう。それで、あなたの意見はどうなの?」
キレイな女の人に言われて、ボクは戸惑いました。こんな大勢の前で自分の考えを話したことなんてありません。こんなときはいつもミサキちゃんが助けてくれました。ボクの変わりにミサキちゃんが話をしてくれたから……。
でも、今のミサキちゃんはボクの後ろに隠れるばかりで助けてくれません。ボクが自分で何とかしなくてはならないみたいです。
「えっと、ボクは、えっと……」
まわりから小さな話し声が聞こえてきます。中には「人間の話なんか聞いてどうする」とか「まずはこいつらから殺してしまえ」なんて言う声も聞こえてきました。
ボクは大きく息を吸ってから話しを始めました。
「えっと、ボクは誰も死んで欲しくないです! 人間も妖精さんたちも、みんなが仲良くこの地球で暮らして行ける方法はないのでしょうか? ボクはママもお友達も、みんな大好きだから死んで欲しくないんです。ママもボクを愛しているって言いながら抱きしめてくれるから、ママもボクに死んで欲しくないんだと思います。
そうだ! きっと人間は数が増えすぎちゃったから、『大好き』とか、『愛している』って言う気持ちが足りなくなっちゃったんだと思います。『大好き』と『愛している』をもっといっぱい作ってみんなにあげれば戦いなんかしなくても大丈夫なんじゃないでしょうか? みんなに『大好き』と『愛している』が行き渡れば、みんなが仲良く平和に暮らして行けるんじゃないでしょうか? 人間も木やお花を大好きになればそれを切ったり踏みつけたりしないでしょう? お友達だってみんな大好きになれば、ケンカやいじめだって無くなるでしょう?
ねえ、みんなの力で出来ないかな? 『大好き』と『愛している』をいっぱい増やして、足りなくなった人たちに配る事が出来ればこの地球を守れるんじゃないかな?」
真ん中に立っているキレイな女の人がニッコリ笑って言いました。
「素敵な提案だわ! 私たちなら出来そうね。皆さん、そう思いませんか?」
島中が拍手喝采で包まれました。
会議は終わり、ボクとミサキちゃんは電車に乗ってお家へと帰りました。お家の前に、ボクのママとミサキちゃんのママが居ました。ママたちはボクたちを見つけると駆け寄ってきて抱きしめてくれました。
「どこに行っていたの? 心配したじゃない!」
そんなママたちに手を引かれて、ボクとミサキちゃんはお家に帰りました。
別れ際、ミサキちゃんがボクの耳元で囁きました。
「ユウキくん、かっこよかったよ。ユウキくんのこと、ダ・イ・ス・キ」