カレの動揺。
「クラスマッチ練習とか、だるいわー」
「ほんとほんと、早く終わらせて打ち上げいきたいよなあ」
男子更衣室で、男子が本音をぽろっとこぼす。
この時期になると、学校の体育館でクラスマッチが行われるのだ。
全員参加だから、体調不良とかにならない限り、まず出場はまぬがれないだろう。
「いいよなあ、蓮は」
「え、俺っ?」
「応援してくれる可愛い可愛い女子が、たくさんいるんだもんなー」
「羨ましいぜ、ほんと」
いきなり呼ばれた名前に驚いて振り返ると、同じクラスの男子達が俺を見て、不服そうな顔をしていた。
「蓮のせいにするなよ」
「…………康平」
体操服を着ようとする手を止めて、康平は男子達に視線を移した。
康平の言葉は、妙に説得力あるんだよなあ。
なんか、心の奥が熱くなる感じ?
康平の言葉に、男子達は小さく頷いた。
「まあ、蓮は顔だけがいいわけじゃないからな」
「だな、悔しいけど……悪いとこがぱっと出てこねえ!」
「羨ましいぜ、ほんとに!」
そう言って笑い飛ばしながら、俺の背中を叩く。
俺からすれば、こいつら皆彼女いたっておかしくないと思う。
だって、こんなに面白くてかっこいい、いい奴らばっかなんだから。
………………それを阻んでるのは、俺なのか?
そう考えると、胸がちくりと傷む。
自分を求めてくれる女子の為に頑張ろうとしてる俺の行動は。
周りの男子達を、傷つけているのかもしれない。
でも、今更やめるなんて…………
女好きの肩書きを否定することなんて…………
できるのか、俺に?
「何してんだよ、蓮」
「あっ……わり」
気づけば、授業開始のチャイムが更衣室にまで響いていた。
心配そうに見てくる康平に、俺は笑顔で返事をした。
***
「で、実際どうなんだよ?」
「は!?またその話かよ……点入る度に聞くのやめろって!」
「いいじゃん。気になるんだからさ!」
クラスマッチの種目、俺はバレーを選んでいた。
その練習中に、男子達が俺に代わる代わるしてくる質問。
「実際、誰が好きなんだよ?」
あああああああもう!
その質問はもう、ほんとのほんとに聞き飽きた。
まあ、まともに返事しない俺も俺なんだけど。
「いくら女が好きだからって、その中でいるんだろ?
自分にとって、特別で他の人とは違うような人」
特別な………………人。
その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、あいつだ。
けど、好きとかそんなんじゃないってことは、俺が1番分かっていた。
確かに、周りとはどこか違う雰囲気を持ってると思うし。
俺の御門への態度も、他の女子に比べたら一目瞭然だ。
ただ、 それに決して恋心があるわけじゃない。
あったら、もっとこう………ドキドキするだろうし。
ちらりと何気なく、女子のバレーチームへと視線を向けた。
───ドキ
いま…………御門と目、あったよな?
慌てて逸らしちゃったけど、俺が見てたの気づかれたかな。
え、それってやばくね………
……って、いやいや!
なに御門にドキドキなんてしちゃってんだよ、俺は!
まあこの間俺がした、あの大胆な行動を思い出すのも無理はないけど。
「キス、されるかと思った?」
あんな意地悪で悪魔的な言葉が、俺の口から出てくるなんて……
───正直、御門が目を閉じるなんて、予想外だったし。
やっぱり引かれてるよな、御門は男嫌いなんだし、余計。
目を閉じたのだって、近くにある男の顔を見たくない、御門の自己防衛だったのだろう。
普通の女子なら、喜ぶかもしれないけどさ。
いや、喜ぶのは少女漫画とかのイケメンとやらに憧れてる女子くらいか?
あいつを見てたのは、様子を観察して、どう落とそうかを考える為で………
そうだよ、全然やばくねえって、見てるくらい!
理由が理由なんだからな!!
ようっし、そうと決まったら堂々と見てやる………
ってか、あいつ何してんだろ?
練習試合が始まってるのに、ずっと得点盤の近くに突っ立ったまま。
思えば、御門がクラスマッチで試合に参加してるのなんて、今まで見たことないかも。
もしかして、ずっと試合に参加してない、のか?
自分の意志で?それとも………
いや、どっちにしてもさ。
それって、ものすごくつまらないじゃん。
「お、おい………湊人!?」
なんでこんなに入り込んじゃうんだろうな。
わからないけど、とりあえずは自分の意志に任せてみる。
俺は気づけば、練習をそっちのけで歩き出していた。
見据えるその視線の先には、御門がいて。
まだ俺が来ていることには、気づいてないみたいだ。
なんで、こんなにムシャクシャするのか分からない。
でも、なんか嫌なんだよ。
はっきりとした理由もないのに、俺は………
動き出さずにはいられなかった。
***
「あ、蓮じゃん!どうしたの?」
「湊人君~練習はいいの?」
「ん、ああ。そっちは大丈夫」
笑いながら、俺は軽く頭を掻いた。
チームの中には朱里もいて、不思議そうに首を傾げながら、俺を見ていた。
「なんで御門、試合に入れてやらねえの?」
「えっ…」
俺の言葉に、顔を見合わせ目を丸くする女子達。
何か言いにくそうにしてるところを見ると、やっぱりか。
「まあ、確かに御門って何も話さないし、試合で息を合わせるなんて難しいことだと思う」
朱里達は、口を噤んで俺の言葉に耳を傾けている。
俺は、更に言葉を重ねた。
「けどさ、それを避けるのはもっとダメだろ?
やってみなきゃ分からないし、御門だってきっと、皆と楽しみたいと思ってる」
それだけ言い、俺は鼻から小さく空気を吸い込んだ。
…………………あれ、俺。
な、ななななに言ってんだ!?
我に返ると、数分前に自分の言った言葉が、じわじわと俺の顔を真っ赤にさせた。
こんなこと言うつもりなんて、少しもなかったのに……
バカじゃねえの、俺!
今すぐここから立ち去りたいと思った瞬間。
俺の隣に、静かに歩いてきた御門が並んだ。
「…………私、自分から見学したいって言った
けど…」
「え」
思わず間抜けな声がもれる。
なんだよ、なんだよそれ!!
それじゃあ、ただ俺が熱く語ってただけじゃねえか…!
目を見開いて周りを見渡すと、クラスメイト達は皆、俺を見て笑いを堪えていた。
「な、なんて恥ずかしいこと…」
「いーや、カッコよかったぞ♪蓮っ」
恥ずかしさで髪をくしゃりと潰す俺の顔を、朱里は両手で包み込んで、満面の笑みを浮かべていた。
「いや、カッコよかったとかじゃねえだろ…」
くっそ、朱里の奴……分かっててわざと、俺が熱く語ってんのを黙って聞いてたのかよ………!
後で覚えてろよ、という顔で俺は朱里を睨みつけた。
「そんな真っ赤な顔で睨まれても、怖くないんですけど?」
その朱里の言葉に、体育館全体からどっと笑いが起きた。
絶対、俺の反応見て楽しんでるよな。
「御門さんも気にかけてあげるなんて、ますます好きになっちゃったよ!」
「私も~~」
「蓮君カッコいい!」
辺りの女子達が、俺を見てきゃいきゃい騒ぎ出す。
「~~~だから、俺は」
───!
なんて言えばいいのか分からず、言葉を濁している俺の隣から、小さく笑う声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには手を口に当てて、控えめに笑ってる御門がいた。
こいつ…………こんな風に、笑うんだ。
俺の中で、時が止まったように感じた瞬間だった。
***
「なんだ、普通に笑えるじゃん」
「え……」
御門の方を見ることなく、俺はぽつりと呟いた。
「私だって、笑う時…あるし」
「ん、分かってるって」
微笑みながら、御門を横目でちらりと見る。
なんだ、こうして話してれば、御門も普通の女子なんだな。
ちょっとでも俺に反応してるってことは、心を開いてる証拠か?
それなら、もうひと押しすれば……
「こらっ、いつまで楽しむつもりだよ」
「いって…」
いきなり頭を叩かれて、慌てて振り返ると、そこには俺のバレーチームの男子達がいた。
あ…………やば、長居しすぎたか。
「んじゃ、まあ仲良く……な!」
最後は笑顔でしめて、俺は足早にその場から立ち去ることにした。
だって、こんな恥ずかしい勘違い、カッコよくもなんともねえんだから!
「……ありがと」
「えっ」
思わず振り向くと、そこには俺を見つめる御門がいた。
今のって、御門が………
驚いて目を見開いている俺に、御門がふっと小さく笑った。
「おーい、蓮!女子とはまた後で!今は練習!早くしろっ」
「お、おうっ。いま行く……」
俺はひょっとしたら、ものすごくバカかもしれない。
だって、絶対にあるはずのない気持ちが、いま俺の中で膨らんでいる。
………嬉しかったんだ。
御門が笑ったことが、すごく。
あれ、おかしいよな、俺。
ありえねえよな、俺。
───今更、思ったこと。
落とすなんて、簡単に言ったけど………
それって、もしそうなったら御門を傷つけることになるんじゃないのか?
だって、俺を好きになったとして、そしたらもうおしまいだろ?
そりゃあ、本人に「落とす」なんて言ったから、御門だって俺の行動の意図が分かってるはずだけど。
…………嘘だろ。
偉そうにあんなこと言ったくせに、俺…………
「やば、俺がハマっちゃってるじゃん……」
御門を落とすことだけ、考えてればよかった。
御門が傷つこうが傷つかまいが、考えることないと思ってた。
それなのに………
ほんとに俺、御門のこと気にかけてるじゃねえかよ。
俺は無意識に唇を噛み、髪をくしゃりと潰した。