第一話 墜落(オチオチ)プリンセス! A-partの2
とん、とん。
ドアがノックされる音。
廊下に、すでに誰かいる……!
「くぅちゃーん。朝だよぉ。起こしにきたよぉ。ほらほら、早くしないと学校に遅刻しちゃうぞ♪」
ヤバい。最悪の展開になっている。
「……『幼馴染』がッ!! 起こしにきたッ!!」
「だから何なんですか!? そんな引きつった顔で言うことですかそれ!?」
『異界姫』の突っ込みはもっともだ。朝、『幼馴染』が部屋に上がり込んできて起こしてくれる。ハーレムラブコメの王道中の王道シチュエーション。モテない男なら誰もが夢見る幻想譚。
しかし、この状況には致命的に間違っていることが二つある。
「いいか、よく聞け。……まずオレと空也に幼馴染はいない」
「……え?」
どん、どん、どん、どん、どん。
ドアを叩く音が徐々に大きくなっていく。
「くぅちゃーん。開けてよぉ。ねぇ、くぅちゃーん。開けて、開けて、開けて」
「そしてここはオレの自室であって空也の部屋じゃない」
「えーっと……つまり?」
どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん!
「開けてよぉ!! 開けてよくぅちゃあああああん!! どうしてっ!! どうして開けてくれないの!? あたしのこと嫌いになっちゃったの!? ねえ!? 開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けてえええええええええええええええっ!!」
ぐちゃあ!――などというおよそ器物の破壊音とは思えない生っぽい音とともにドアが砕け散る。その向こうに立っていたのは……紛れもなく『幼馴染』だった。
オレと空也が通う高校の女子制服の上に、ピンク色のエプロンをつけている。そのエプロンが身体の大胆なラインを強調して、おっとりした印象のおさげ髪とのギャップがたまらない。
可愛い女の子だ。本当にこんな女の子が『幼馴染』だったらどんなに幸せなことだろう。
「くぅ、ちゃん?」
『幼馴染』はにっこりと笑って、まずオレを見た。次に横の『異界姫』を見た。
そして一瞬、白目を剥き出して叫ぶ。
「誰よその女ああああああああああああああああああっ!?」
「いやお前が誰なんだよっ!?」
この自称、『幼馴染』。未だにオレは本名を知らない。っていうか知り合って数ヶ月しか経ってないはずなのだが、何故か弟の『幼馴染』として自然に生活に入り込んできている現在もっとも警戒すべきオダリスクの一人だ。
「くぅちゃん……ヒドいよ!! あたしというものがありながら、こんな薄汚いアバズレと一夜を共に過ごしていたなんてえええええええっ!!」
さっきは白目を剥いていたが、いつの間にか表情は悲劇のヒロイン的な可愛らしい泣き顔になっている。まあ、ヒロインは普通アバズレとか言わないが。
「それにくぅちゃんがまた新しい女を連れ込んだなんて知ったら、あたしはともかく他の女の子達がどんなに哀しむか!! くぅちゃん、女の子を泣かせてばかりじゃいけないよ!! 責任取らなきゃ駄目だよ!! だからあたしがくぅちゃんと合体して責任の取り方を教えてあげる!!」
謎の理論を提唱しながら『幼馴染』がじりじりとオレの方へとにじり寄る。
「ちょ……ちょっと待ってください!! わたしはそんなただれた関係なんて結んでませんよ!! そもそもそれ以前にこの人はクーヤさんじゃありません!! 双子のお兄さんの……ええと、て、て、て、テンなんとかさんです!!」
「天我です!! と……ともかくそうだオレは天我だ!! 空也じゃない!! よく見ろ!!」
「テン……ガ?」
『異界姫』とオレの言葉に、『幼馴染』の動きが止まる。
そして『幼馴染』は何かを思いついた様子で、何故かポッと頬を赤らめた。
「そ、そんな卑猥なグッズの名称を突然言われても困りますっ!!」
「そっちのTENGAじゃねえええええええええええええええっ!!」
ああそれ全国のテンガさんが本気で傷つくネタだからね! みんなあの健康グッズの存在には苦労させられてるんだからね!
「兄貴だよ!! 空也の双子の兄貴!! もう何度も会ってるだろ!?」
「あに……? あの、申し訳ありませんが、あたしの幼馴染はくぅちゃんだけなんで、あなたはくぅちゃんでしかあり得ないんですよ。くぅちゃんとあたしの絆は唯一絶対なので、そこに他の異物は不要なんです」
真顔。あくまで真顔で『幼馴染』はそう呟く。
わかってはいたことだが、こいつは本当にどうしようもない。
「――言っても無駄か。こいつやっぱり、オレと空也の区別がついてねえ」
となると、非常にマズい。すでに『幼馴染』の侵入成功は他のオダリスクにも伝わっているはずだ。外の様子に耳を傾けると先ほどまでの激戦の音がピタリと止んでいた。
「空也くん……?」
「空也くんが帰ってきた……?」
「家にいる……空也くんが家にいる……」
「クンカクンカ、間違いないこの匂いは空也くん……」
「空也……ついに長かった空也断ちが終わるんだ……」
「もうすでに誰か空也くんと逢ってる? 私より先に逢ってる……?」
「ユルセナイ……空也くんはみんなの空也くんなのに、ヌケガケナンテユルセナイ……!!」
地獄の底から這い出す餓鬼の呻きみたいな声がする。数百人の女の怨嗟と嫉妬と焦燥が渦を巻いて迫ってくるのを感じる。
そしてオレの目の前には、今まさにエプロンの中からぎらり輝く出刃包丁を取り出した『幼馴染』が立っている。
「くぅちゃん、すぐに異物を排除するからね♪ 早くあたしだけのくぅちゃんに戻ってね♪」
とびっきりの笑顔でそう言って、包丁の先を『異界姫』へと向ける。
「あ、あわ、あわわわわわわわ……。あ、あのー? 何かわたし殺されそうな雰囲気なんですけど?」
「実際殺されるぞ、このままだと確実に」
「何でーっ!?」
「お前が空也に助けを求めにきたからだよ!! いいか? 何度も言うがオレの弟はモテるんだ!! あいつに救われた女は例外なくあいつを好きになる。そしてあいつの恋人、妻、たった一人のパートナーになりたいと願う。だがその結果どうなるか……世界の危機を引き連れてくるような人外魔境の女どもがたった一つの弟の嫁の座を奪い合ったらどうなるか……その答えがこの状況だ!!」
出刃包丁の切っ先が『異界姫』の頬をかすめる。オレは『異界姫』を抱き寄せ、天使のような笑顔の『幼馴染』から距離を取ろうとした。だが部屋は狭いうえに物が散乱した状態。逃げ場などない。
窓の外を見る。すでに多くの女どもが庭に侵入し、うち数人は壁に取りつき他の女を蹴落としながらジリジリと部屋に迫っている。
もはや一刻の猶予もない。
「クウヤクゥゥゥゥゥゥゥン……!!」
「誰よその女ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「またライバルが増えてる……!! 排除しないと……!! 排除しないと……!!」
オレは意を決して『異界姫』の耳元に囁いた。
「――飛ぶぞ」
「はひ?」
返事は待たなかった。オレは『異界姫』を抱えたまま割れた窓枠に足をかけ、そのまま一気に空中へと飛び出した。