第一話 墜落(オチオチ)プリンセス! A-partの1
「こーーーーーーーふぉふぉふぉっ!!」
壊れた窓の外から届く、少女の高笑い。
「こ、このフォースの暗黒面に片足突っ込んだような間違えた高笑いは、まさか!?」
更に次の瞬間、今度は天井の大穴の向こうから雷鳴にも似た轟音が降り注いだ。
「な、何ですかこの音!? 雷ですか!? 雷怖い!! 超怖い!! ストラスフィアは天上の王国なだけに雷が鳴り出すとすぐにネット回線が切断されるのが凄く嫌なんですよ!! 対戦中とかに切れるともう最悪です!!」
「お前の異界人設定について早くも色々突っ込みたくなってきたが、今はそんな場合じゃねーか……とりあえず外から見えない位置に身を隠せ!! 今、他の連中に新しい『オダリスク』なんか発見されるわけにはいかねぇ!!」
まったく状況を理解していないであろう『異界(?)姫』の手を強引に掴んで、オレは部屋の壁際、窓からも天井の穴越しにも外からは見えないであろう死角へと滑り込んだ。
直後、青空を切り裂きながら特徴的なデルタ翼を持つ鉄の塊が超高速で飛翔するのが見えた。あの機影は確か、最新鋭のステルス戦闘機だ。現在の地球上であんなものを所有し運用することが可能なのはアメリカ空軍と――
「『お嬢様』の私設武装執事隊だな!! あのバカ、またポケットマネーで兵力増強しやがったな!!」
その予想を裏づけるように、外で再び奇矯な笑いがこだまする。
「こーふぉふぉふぉふぉっ!! 仰ぎ!! 恐れ!! 震撼なさい庶民ども!! これぞわたくしの新たなる金の力ッ!! 一機につき一億五千万ドルのところ、五機編成と空中給油機とついでに空母もセットにして圧倒的お値打ち価格で購入しましたわ!! 言うまでもなく、キャッシュでですわ!! 敢えて庶民言語で言えば、現ナマでですわ!! そして今、この地点から半径10キロ圏内のご家庭にはもれなく七泊八日ウルトラセレブ級旅行券をプレゼントし住民退去は完了済ッ!! 保険契約も変更済ッ!! さあさあさあ、わたくしの忠実なる執事兵の皆さん、今こそわたくしの金の力による絨毯爆撃を許可します!! この街ごと他のオダリスクどもを一匹残らず焼き尽くしておしまいなさいッ!!」
いきなり恐ろしい発言してやがる。
だが――。
すぐさまオレンジ色の光とともにさっきとは別の種類の爆音が空に轟いた。見上げると、戦闘機がデルタ翼から火を吹き、きりもみ状に回転している。
……あれ、もう一機撃墜された?
「ああーっ!! わたくしの金がーっ!!」
脱出装置が作動してパイロットが蒼穹にきれいな弧を描きながら飛び出していく。
ご丁寧なことに、こんな時でもパイロットは『お嬢様』の下僕らしく燕尾の執事服だった。パラシュートが開く瞬間、「申し訳ありませんお嬢様~!!」みたいなことを叫んでいた気がする。
「ジャークユ。たとえ高度なステルス性能を持つラプターといえど、わざわざ見せびらかすように低空飛行してくださるのならば携帯火器による撃墜は容易です」
いやいや無理だろ。どこのバランス崩壊FPSだよ。というか、今の声は『メイド』か? あいつは弟にくっついてたんじゃなかったのか? いつの間に帰ってきて『お嬢様』との戦闘に突入していたんだ? 一体、今この家の周辺はどうなっているんだ?
湧き上がる不安をよそに、我が家の周囲は急速に騒然さを増していく。ざわざわとした人の群れの蠢く気配。オレは慎重に慎重を期しながら窓際に寄って外を見た。
「うげっ!!」
思わず呻く。どこから湧いてきたのか、すでに家の周辺は人、人、人。人の海!
それも当然の如く全員、女! 超人気アイドルグループのサイン会か年末特売セールの会場か、はたまたオタク系女子の同人誌即売会かのような異常な熱気が空気を歪めるほどの濃さで充満している。
その集団の先頭に立っている少女が、拡声器を使って大声を張り上げた。
「てめえらーッ!! 大朱鷺空也がッ、好きかーッ!!」
YES! YES! YES! YES! YES! YES! YES!
拡声器の声に追従して、集団が一斉に怒号を上げる。地を埋め尽くす女どもの声は振動となり地響きとなり、世界を言葉そのままの意味で震撼させていく。
「大朱鷺空也をッ!! 愛しているかーッ!!」
LOVE! LOVE! LOVE! LOVE! LOVE! LOVE!
「ならば戦うことにッ、迷いはないなーッ!!」
FIGHT! FIGHT! FIGHT! FIGHT! FIGHT! FIGHT!
「ならばッ!! 正々堂々と潰し合おうぜッ!! 最期の一人になるまで戦い生き残った奴がッ!! 空也の嫁だあああああああああああ~~~~ッ!!」
WAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRSSSSSSSS!!!!
野獣達の咆哮が天を突き、そして殺戮の宴が幕を開ける。集まった数百人の女達は各々にその特性に見合った武器を手に、隣人との死闘を開始した。ラケットVSホウキ、サッカーボールVSバドミントンシャトル、茶道具VS剪定バサミ、参考書VSマスカラ、バイクVSママチャリ、花札VSトランプ、メガネVSメガネ、ストリートダンスVS民謡、視力検査VS伏臥上体そらし、バスタードソードVSマジカルステッキ、バーチャルボーイVSゲームギアの白いやつ、AK47VSバントラインスペシャル、カレーVSチャーハン……もはや何がなんだかわからない地獄の光景がオレの家の前で繰り広げられている。修羅、こいつらはまさしく修羅だ。
「はいはい、くれぐれもみんな大怪我だけはしないように。あくまで空也くんに相応しい淑女らしさを失わないように。特に学生は警察沙汰になると進学や就職にもマイナスになるから気をつけなさい。嫁になるにもキャリアがいるのが現代社会ですからね」
そんな修羅場で一人だけ、冷静に集団をコントロールしている『委員長』の声が聞こえた。さっきの『女番長』のアオリにも動じずにいたのはさすがだが、別に戦闘自体を止める気はさらさらないらしい。
と――息つく暇もなくお次は玄関とは反対方向、裏の勝手口の辺りからこの世のものとも思えぬ絶叫が上がる。
「おっ兄ちゃんのこくまろ一番搾りいいいいいいいいいいいいいいっ!! 朝帰りしたお兄ちゃんの濃厚本汁をイッキ飲みしていいのは妹だけにゃにょおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「判定、〈否定〉。対象の言動及び精神構造はこの次元層における常態を著しく逸脱していると判断。これよりマスターキー〈クウヤ〉の保全の為、システムtalosを起動します。戦闘フェーズ移行、歴史干渉度をCマイナスに設定。――火力を、戦術核レベルにまで抑制」
「にゃーに、このポンコツぎゃー。そーんな手加減がこの妹様に通用すると思ってんのぉー!? お兄ちゃんへの愛こそが全てを支配するこの大兄萌時代において、妹こそが真の最強であることを教えてあげるよ!!」
あ、あいつらいつの間に裏手に回ってたんだ。寄りにも寄って厄介さではランキングトップランカーでも屈指の『妹(忍)』と『最終兵器』がすでにかち合っていようとは。いや、だがしかしあいつらが互いに潰し合っていなければ一瞬で我が家は侵攻され、今回の戦争の勝敗は決していたに違いない。
勝手口から流れ始めたナメック星の激闘みたいな戦闘音を聞きながら、オレは冷や汗をかかずにはいられなかった。
などと考えているうちに――汗を拭う間もなく今度は上空をまばゆい二色の閃光が飛び交う。屋根の上では純白と漆黒、対極の光を放つ二人が大穴を挟むようにして対峙しているらしかった。
「やれやれ、キミは国土守護の御役目を放り出してこんなところで男の尻を追いかけていていいのかい?」
「これは異なことを。妾達のこの恋ほどに世界の命運を左右する大事など他にないことを、汝が知らぬはずなかろうに。もはや森羅万象の理は空也なしには廻らぬ。妾がそれを娶らんとするのは即ち、救世そのものであろ?」
「フフッ、数多の預言者が幻視した歴史の収束点、終末の詩。すでに第六のラッパは吹き鳴らされ、フェイブルの冬は昏闇へと加速している。カリユガの到来も間近というわけだ。それをたかが極東の、現世当代の『神狩り』如きが止められると思うのかい?」
「それが妾の宿業ならば。そして、この恋心の導く未来ならば!! 今こそ千早布留十拳の刃にて、汝の永劫因果もまた断ち切らん!! 入滅すべし、今生『魔王』!!」
「まさか知らないわけでもあるまい? かつて神話が石碑に刻まれていた時代から、デジタルデータに刻まれるようになった現代に至るまで……『魔王』を殺せるのは勇者くんだけってことをさ!!」
……毎度のことながら、あの二人の会話は中二マインド溢れ過ぎてて訳わからん。
とりあえず激しく飛び交う破邪の剣閃と神滅魔法は断固無視して、屋根から見えないようにより深く死角に身を潜める。引き寄せた『異界姫』の露出した肌が触れ、汗のぬめりや弾力を感じるがそれは不可抗力だしこんな痴女コスチューム着ている方が悪い。
「あ、あのー」
「我慢しろ。おっぱいは揉まないでおいてやるから」
ちらりと目をやると、『異界姫』は迷子の子犬にでもなったかのように大きな瞳を震わせていた。ついでに胸もちょっと揺れていたが、重ねて不可抗力だ。
「な、ななな何がどうしてどうなってるんですかーっ!? さっきからそこらじゅうでドッカンバッカンずっきゅんばっきゅん、何ごとなんですかこれは!?」
「言っただろ。今日、弟が帰ってくるんだよ」
意味がわかりません――と言いたげな『異界姫』。
そりゃそうだろう。たかが空から降ってきた程度の異界のお姫様にはわかるまい。オレの弟を中心としたこのカオスの深刻さは。
「……オレの弟はな、モテるんだ」
「は?」
噛み締めるように、オレはもう一度同じ言葉を繰り返す。
「オレの弟はモテるんだよ」
そして、その言葉の意味について可能な限り掻い摘んで説明する。
「ガキの頃からオレの弟は人助けが趣味みたいな奴でな……横断歩道を渡れずにいるバアさんの手を引いてやったり、同級生の落とし物を一緒に探してやったり、イジメられてる相手をかばってやったり、まあ我が弟ながらできた奴さ。あいつに助けられた人間はみんな笑顔になって、弟に心から感謝してた。当然、みんな弟のことが好きになったよ、一人の例外もなく」
「へえー、とても素敵なお話ですね」
「……ガキの頃はそれで済んでたんだが」
説明していると、少しずつ胃がきりきりと痛み出すのを感じた。ああ、思い出したくもない記憶が次々に甦る。
「小学校の高学年辺りからだったっけな……弟に助けられる人間が妙に女に偏るようになってきたのは。別に弟が狙ってそうしているわけじゃない、どういう理屈かはよくわからんがオレの弟にはトラブルを抱えた女を引き寄せる天性の才能があったらしいんだ」
そう、そしてその才能は凄まじいものだった。更には経験と成長を重ねるほどに果てしなく進化していったのだ。
「中学に上がる頃には、もう毎日のように新しい女が弟の前に現れるようになった。必ずとんでもなく厄介なトラブルを抱えてな。それでもオレの弟はそいつらを片っ端から助けていったよ。本当に、毎日毎日、寝ても覚めても人助け……。あいつは誰一人見捨てなかった。で、それをひたすら繰り返すうち、弟が関わる女絡みの事件はどんどんスケールアップしていった」
「すけーるあっぷ?」
「ええと、異界の姫に通じるかどうかわからんが、バトルもののマンガとかゲームでは敵を倒すと更に強い敵があとからあとから出てくるだろ。まさにあんな感じ。一つの問題をクリアするたびに、際限なく次の問題のレベルが上がっていく……。やがて弟は警察の世話になり、自衛隊に捕まり、ヤクザと揉め、チャイニーズマフィアの抗争に巻き込まれ、アメリカ政府の最重要機密を暴き、ついにはオカルトだかSFだかまったく意味不明な世界とも関わるようになってきた……!!」
思わず拳を握る。身体のあちこちから血が吹き出しそうだ。この数年間の、地獄すら生温いと感じる激動の日々の傷痕がオレを苦しめる。
「どいつもこいつも、古代ムー大陸の遺産兵器だの世界経済の破綻分岐点だの地球中心核の崩壊だのビッグクランチを加速させる宇宙定数の変動だの無茶苦茶なこと言ってオレの弟を連れ出していきやがって!! そのたびに弟は女を救うついでに世界まで救わされるはめになるんだ!! しかもオレの弟、それ全部解決するんだよ!! 完璧だよオレの弟!! まったくオレの弟がいなかったら人類はここ三年くらいで百回以上は滅亡してるからね!! 危機多過ぎだろ人類!? どうなっちゃってんだよ人類!?」
「あ、あのー? 結局何が言いたいんですか? クーヤさんがとても素晴らしいまさに神に選ばれし救世主であることはわかりましたが、それとこの状況がどう――」
「だぁからッ!! オレの弟はモテるんだよッ!!」
飲み込みの悪い『異界姫』にいい加減イラっとしてオレは声を張り上げた。
と――。
しまった。隠れているつもりで自分から思い切り居場所をバラした。
とん、とん。
ドアがノックされる音。
廊下に、すでに誰かいる……!