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魔法騎士~ルーン・ナイト~  作者: 神海 十夜
第二章
9/10

始めは小さな猜疑心


 一体何分だったのだろうか、それすらも分からない。


「ルシア様?」


「ルシア様、どこ~!」


 俺を探す声が上から聞こえてきた。これはレンとレイだ。手紙は書き終わったのだろうか。俺を探していると言う事は終わったのだろう。


 このまどろみから、抜けなくては。


「ここだ。今から、戻る」


 俺は一気に意識を覚醒させ、体に活を入れる。反応の鈍っている体だが、動いた。いや、動かない筈は無いんだが。


 中庭から屋敷の中に戻る。すぐに二階へ登り、自分の部屋に入る。


「あ、ルシア様」


「手紙、出来たよ~」


 二人はやはりそこにいた。僅かな間しか一緒に居ないのに、何故だか二人の居そうな場所がわかる。渡された手紙の封筒の裏に俺の名を書き記しておく。


「それでルシア様。この手紙、どうするの?」


 レンの質問はもっともな事だろう。手紙を出した事の無い者が、一番最初に突き当たる疑問だ。


「郵便局と言うものがあって、そこに手紙を持っていき、金を支払って配達を頼むんだ。今日は、俺が動けないから明日行こう」


「わ~い♪」


 レンの頭を撫でながら言うと、レンは外に出られると知ったら、凄く喜んでいる。現金な奴だな。


「それで、今日の残りの時間は、お前たちにまだ見せていなかった地下を案内しようと思う」


「地下、ですか?」


 レイが不思議そうに俺を見る。まぁ、地下なんか案内されてもしょうがないと思っているのだろうが、それは間違いだ。


「そうだ。


 この家は古い。何度も増築を繰り返しているが、その度に地下に部屋を増やしていった。


 図書室、魔法実験室、この家の歴史がしまわれている部屋、宝物庫、そして、俺の収集品保管室。果てには避難所まである。


結構面白いぞ」


自分で言っておいてなんだが、確かに、この屋敷の地下の部屋は面白い。俺は今まで散々見て回ったが、まだ全部を把握しきれていない。地下と言う空間に、無造作に建て増ししていった結果、所々入り口が変なところについていたりして、まだ二つ三つ入っていない部屋が存在する。


そんなこんなで、今まで俺が見つけた部屋を案内しようと思ったわけだ。最低でも避難所は知っておいてもらわないと困る。俺がこの家に居ないとき、何かあった場合はそこに居てもらうからだ。だが、そんな事にはならないだろう。この国の騎士団は、俺が所属している団も含めて全部で六つある。


一つは俺の所属する王立治安騎士団。他には王室近衛兵団。王室警護騎士団。王立侵略騎士団。王立攻撃魔法騎士団。


そして、国最強の少数精鋭の花形、王立魔法騎士師団。この六つがある限り、他の国は迂闊に攻めてこられない。逆に返り討ちにされるのが関の山だからだ。この大陸では、最も魔法の強力な国がここだ。そして歴史を持ち、数多くの人民を抱えている。外壁も並みの攻城兵器では攻略できない。まさに、難攻不落の鉄壁の都市だ。


「ルシア様」


「どうした?レイ」


「そろそろ、お昼です」


「そうか」


 もうそんな時間になっているとは、全く気がつかなかった。やはり、寝すぎたようだ。





 その後、昼食を完食し、今は地下だ。


「二人とも、俺から離れないようにな」


 この地下、無理な立体空間となっていて、所々袋小路がある。迂闊に迷い込むと、しばらくは出られなくなる。俺はここで、二日間迷った。


「ここ、地下ですよね? 何でこんなに明るいんですか?」


「小さい照明石が数多く使われてるんだ。だからだ」


 ここは通路の壁に小さい照明石を散りばめてあり、光度は十分だ。それでも、微妙に薄暗いが。


「ルシア様~。どこに行くの?」


「とりあえず、図書室だ」


 まずはこの地下室が作られた際、一番最初に完成した場所、この地下室群の中心に案内する。ここから残り全ての部屋に移動できる。


 突き当たりの扉を開け、中に入る。


「はぁ~」


「うわぁ~」


 入ったとたん、二人は感嘆の声をあげた。それはそうだろう。ここの蔵書量は半端では無い。下手をすると、内容だけは王立図書館すら凌ぐかもしれない。物量でも、それに匹敵する気がする。


「初代からずっと集め続けて、こうなった。


 禁断の魔法書、外法とされた医学書、様々な分野の人体実験のレポート、真実を記録した歴史書。失われし技術書など。


 そんなものの大半が、ここに一堂に集結している」


 俺が誇らしげに説明すると、二人はまだ口をあんぐりしている。


「俺の知識の大元は、ここだ。


 ここで、殆どの事が分かる」


「ルシア様」


「何だ?」


「私も、此処を使用してもいいでしょうか?」


 レイは眼を輝かせながら俺に聞いてくる。こういう顔や眼をされたら、断れないじゃないか。


「いいよ。レイは特にまだまだ伸びる。自分の意志で勉強したいと思うなら、いくらでも使うといい。


 道具と言うものは、使うためにあるんだから」


俺の言葉に嬉しそうにするレイ。しかし、レンは何だか早く別の部屋に行きたそうにそわそわしている。

そんな様子を見て、俺は次の部屋に移る事にした。


薄暗い廊下を奥へと進む。やがて三又の分岐に辿り着く。来た道を合わせて三又だ。そこで大きく二つに分かれる。その先は、生体系、魔法系の二つに分岐し、それぞれに研究室、その他が存在する。


「ルシア様」


「どうした?」


「ここ、地下なのに空気が淀んでいませんね」


 そうだ。ここの換気用の細い通路は、網の目のように張り巡らされており、所々に生風石と、二酸化炭素を酸素に還元する特殊な石を配置してある。この地下に篭っても、酸欠で死ぬ事は無い。ここが避難所として機能する最大の理由はそれだ。他にも水源、食料を凍結保存している保管庫などが揃っている。最大十人で三年の篭城が可能だ。


 まずは生体系に向かう。この三又、人の方向感覚を微妙に狂わせる効果がある。始めてきたとき、これに引っかかった人間が言うのだ。間違いない。あの時は、本気で迷った。しかし、左手の法則で考えると、簡単に出られたのに気付いたのは、それからしばらくしてからだった。情けない。


 生体系に先に向かったのにはそっちには見て気分の悪いものがあるからだ。そんなものを最後に見せてもしょうがない。それの最たるものは、人体標本(内臓などの部位単位のホルマリン漬け)だ。女の子に、そんなものは見せない方がいいのだろうが、迂闊に入られて気絶されてしまっては意味が無い。


 三又路を右に折れる。左は魔法研究所だ。


「この先が、生体研究所だ。


 前もって注意しておくが、気絶しないようにな」


「はい?」


「どうして?」


「見れば、分かる」


 二人は怪訝そうだったが、あえて言わないで置く。


 扉を開き、中の照明石を点灯させる。整頓された、とは言いがたいが、決して散らかっているわけでは無い。


 そうして、二人が部屋を見回した。


「はうっ!」


「やっ!」


 二人が悲鳴をあげて俺に抱きつく。理由は、棚に陳列されているホルマリン漬けの人体標本バラバラを見たからだ。


「気絶はしてないな。偉いぞ」


 俺は怯える二人の頭を撫でてやる。震えていたが、撫でていたら落ち着いてきた。それでも微妙に怯えているが。


「ルシア様、あれって…」


「あれは人体標本。


 母親が、医者をやっていてな。その時の名残だな」


 俺も気色悪くて処分できずにいる物だ。


「奥には実験室なんかがある。怪我の治療を本格的に行うときは、向こうへ行ったほうが確実だ。薬品類は、俺が定期的に買い足して、在庫を増やして保存しているから」


 二人は早くこの部屋から出たいようだ。俺の説明など聞いていない。ま、それはそれで構わないが。


「じゃ、次は今分かっている中で最後の部屋、魔法研究室の方へ行くぞ」


 微妙な怯えを見せている二人を生体研究所から連れ出し、さっきの三又路を左に折れる。こっちが魔法研究所だ。


 頻繁に出入りしているから、携帯研究所への道と違って、通路の端に埃が溜まっていない。俺の専門は、基本的に剣と魔法だ。特に、魔法にはこだわりを持っている。破壊力の追求、威力調整、消費魔力の削減、そして、最近研究していたのが魔法の二重発動だ。まだ完成しては無いが、いい所まできている。


「この先が、魔法研究所だ。


 基本的に、ここが休日の俺の居場所だ」


 扉を開け、二人を中に入れる。


「あらぁ~」


「ほへぇ~」


 二人は驚いている。それもそうだろう。この魔法研究所は、俺が手を加えまくって居心地のいい環境に作り変えたからな。


 図書室には及ばないが、魔法の資料が壁一面に分類されてしまってある。こういうところでは、俺は几帳面なのだ。


「ルシア様」


「何だ?」


「これ、何ですか?」


 レイが手にしているのは、この大陸で最も忌まわしい、俺の両親の死因となった魔法書だ。本棚の端の方に追いやっておいたんだが、よくもまぁ、見つけたもんだ。


「それか、それは………」


 そこで俺は気がついた。二人には、両親の事を全く説明していなかった。どうしたものか。まぁ、仕方が無い。言っちまうか。


「俺の両親の死因だ。


 俺の両親は、揃いも揃ってその魔法書の魔法を再現しようとして、暴発した未完成の魔法で死んだ。情けない話だがな」


 笑えない話だが、俺はあえて軽く話す。場を、重くする必要は無いからな。


 しかし、俺のそんな思惑とは裏腹に、二人の顔は、曇り始めている。何だか、これって不味い?


「ご、ごめんなさい!」


 レイが速攻で謝ってきた。しかも、泣きそうな顔をしてだ。これじゃ完璧に俺が悪いみたいだ。………。俺が悪いのか。


「謝るな。前に説明していなかった俺が悪いんだ」


 二人に寄って、頭に軽くポンポンと手を置く。簡単には二人の顔は戻らないが、しばらくは仕方が無いだろう。


「さて、ここも奥には魔法実験室がるんだが、ただ物を破壊するだけの場所だから、入らなくても良いな。


図書室に戻ろうか」


二人は返事をしなかったが、大人しくついてきた。


三又路を、左に折れ、図書室に戻る。ふと、眼にしてみれば、レイはあの魔法書を持ってきていた。あれは写本だし、無くなっても問題は無いから持たせたままにしておこう。


二人をそこに立たせ、俺は床の一角を持ち上げる。そこには、ぽっかりと口を開けた更に地下への階段があった。


「この先が避難所になっている。俺が居ないとき、戦争にでもなったら、ここに逃げ込め。最大十人が三年篭城できる蓄えがある」


「はい」


「分かったよ~」


 二人は頷く。これで万が一の時は安心だ。俺が居なくても、この屋敷の敷地には、魔法結界が何重にも張られていて、一つ一つ時間を掛けて解除するか、魔法鍵が無いと入れない。


 これで一通り地下は案内できた。もう上に戻ろう。ここでは時間の感覚が曖昧になる。何故かと言えば、俺が地下に時計を置いていないからだ。毎回設置するのを忘れてしまう。これもまた、情けない。


「じゃあ、ルシア様。私達は夕食の準備をしますから」


「ああ。


夕食も、期待してるからな」


「任せてよ」


 上に戻ると、レイは微笑し、レンは笑って台所の方へ向かっていった。レイは本を持ちっぱなしだ。後で魔法書の読み方でも教えてやろう。しかし、それには魔法(ルーン)文字の基礎から教えないとならないな。


 俺は自室に戻る。一つは傷口を見るためだ。俺の体は、普通よりも治癒能力が高い。復元とはいかないが、常人の十倍近くの回復力がある。これは、両親が俺に実験的に使用した魔法薬の作用だ。本当は、獣人化出来る薬だったらしいが、何をどう間違えたのか、治癒力を強化する薬になってしまったらしい。


 そこそこ使えるから、まぁ、その点については感謝だ。


 もう一つ、レイの為に魔法文字の基礎教本を探すためだ。確か、昔使ったものがあった筈だ。


 部屋に戻り、包帯を外す。ガーゼをゆっくりとは剥がし、傷口を見る。傷は鋭利な刃物での裂傷だ。傷口はぴったりとくっ付いている。真皮まで再生したようだ。明日には、表皮もくっ付くだろう。そうなれば、傷口は完治だ。痕も残らないだろう。


 一応包帯を替え、今日の残りは安静を取ることにする。


 続いて本棚を漁り、目的の本を探す。案外簡単に見つかった。本のタイトルは『魔法文字基礎編』とかいてある。


 俺は、机の上にその本を置き、その脇に置いてあった魔剣を手に取る。そういえば、これの作者、銘を調べていなかった。今のうちに調べておこう。


 魔剣にある魔法を掛ける。


「其は悠久の時を越えしもの。其に刻まれし記録を、我が前に映し示せ。


過去を観る女神(ウルト・ヴィジョン)


魔法は、発せられた言葉の組み合わせで効力が決まり、言葉の長さで消費魔力量、威力が決定する。そして、今俺の発した言葉は、組み合わせによって特殊な意味を持ち、それを順序良く発音する事で、俺が保有する魔力を消費して魔法を発動させる。今使った魔法の効果は、物質に記録されている過去の情報を再生する魔法だ。


 剣の作者を調べるなら、こういった魔法が役に立つ。裁判で真実を看破するにも使える。過去ほど、暴かれたくないものは、無い。


 魔法の効力によって、過去の映像が映し出された。


「ほう、こりゃぁ、凄い」


 俺は思わず感嘆の声をあげてしまった。映し出された人物は、名工鍛冶屋として肖像画まで書かれた人物、ラント=ファンだ。これは、本当に掘り出し物かもしれない。こんな名工の作品が、手に入るなんて。


 映像はまだ続く。そこで、この剣についての説明がなされた。魔剣は本来、魔法の力を持った騎士の為に作られるものだ。そのため詐称を防ぐ手段として、剣本体に作者自身が付与された魔法やその他の効果を説明する。そして使用する騎士は、魔法で過去を観るのだ。


この魔剣の作者、ラント本人曰く、この剣はある人物に注文されたものだが、その人物が製作途中に死亡してしまい、作る意味が無くなった為に、誰でも使えるように途中から作り変えた半端なものだと言う事。それと、その代わりに付与されている魔法は五つに上る。


 一つ、炎を纏う火の息子の蹴り(サラマンダー・キック)。二つ、水を纏う水の娘の(ウンディーネ・ファー)。三つ、風を纏う風の娘の吐息(シルフ・ブレス)。四つ、土を纏う土の息子の(ノーム・ハンド)。五つ、確実死の約束一撃必殺(ワン・ショット=ワン・キル)。


…………。一撃必殺?


嘘……だろ……。何でそんな物騒なものが………。


「ルシア様。出来ましたよ」


 俺は慌てて魔法で現れていた映像を消す。この魔法は、映像を見た人間に、無条件で内容を見せてしまう。


「どうしました?」


「何でもない」


 俺は冷静を装い、その場をやり過ごす。レイはちょっと不思議そうな顔をしたが、さして気にしなかったようだ。すぐに俺の手を取って 俺を引っ張っていく。


「ルシア様~。今日は頑張ったよ」


 確かに。レンの言葉どおり、食卓には多彩な料理が並んでいる。しかも、どれもこれも今までで一番美味そうに出来ている。二人の料理の上達速度の凄さを、俺は改めて感じた。この短期間(一週間もたっていない)で、これだけのものを作れるようになるとは。二人には何か才能が有るように感じる。


 俺が感心して一人頷いていると、二人に座るようにせかされる。早く感想を聞かせて欲しいようだ。


 二人に座らせられ、とりあえず目の前にあるものを一口。


 …………。


 もう一口。


 …………。


 美味い。やはり美味い。一体どうして? 何で?


 俺は止めていた手をまた動かし始める。こんなに美味いものを残してたまるか。そこら辺の料理店なんかよりも美味いんだ。最近食生活は向上している。栄養面は完璧だろう。二人が計算しているのかどうだかは分からないが、以前の俺の食生活など比較するのも馬鹿らしい。それぐらいに二人の料理は美味かった。


 俺のそんな表情を読み取ったのか、二人は満面の笑顔でハイタッチをしている。


「二人も、座って食べたらどうだ」


 口のものを嚥下してからとりあえず一言。


「いくら美味い料理でも、一人では、味気ないからな」


 また一言。俺に言われて二人も食べ始める。自分たちで作っておきながら、その出来に驚いているようだ。しかし、この分だと、料理に関して言うならば、俺の出番など殆どどころか全くないな。二人には負担を掛ける事になるが、不味いものを無理して食うという事と比べると、二人に頼んだ方が格段にいいだろう。


 その後、ものの二十分ほどで、食卓に並んでいるものは綺麗さっぱり無くなった。


「二人とも、日に日に料理が上手くなっていくな」


「ありがとうございます」


「えへへへ~。誉められた~」


 後片付けの食器洗い。これは俺も手伝う。


「あれ?」


「どうした?レイ」


「ルシア様。左腕、もう平気なんですか?」


「ああ。俺は常人よりも怪我の治りが凄く早いからな。明日には表皮まで再生しているだろ。三日後には、多分傷跡すらなくなるぞ」


「特異体質ですか?」


「両親の失敗した魔法薬の効力だ。


 本当は自由に獣人化する事が出来るようになる魔法薬だったみたいだが、調合を間違えたらしく、著しい治癒力強化剤になったんだ。おかげでそれを飲まされた五歳以降、怪我の治りだけは妙に早くなった」


 顔やその他に傷跡がないのもそのせいでもある、と付け加えておく。


「便利ですね」


「考えようによってはな。


 だが、良い面ばかりともいえない」


「何か不都合でも?」


「怪我の治癒に体力の六割近くを持っていかれる。大怪我なんかしたら、逆に超治癒力が仇になって衰弱死しかねないんだ」


 一度それで死にかけた。一年ちょっと前の話だ。そういえば、あの二人は元気にしているのだろうか。悪い噂は聞かないし、多分元気にやっているんだろう。あのメイド、最後まで正体が掴めなかったな。


 俺の思考は昔、一年と少し前にあった事件の事を思い出していた。まだ、一人で居られると思っていた時期だ。あの兄妹は元気に暮らしているかとか、その二人についていたメイドの正体が最後まで不明だったとか、そんなことだ。でも、本当にあのメイドの正体はなんだったんだろう。


「ルシア様」


「何だ? レン」


「ルシア様がしてるその指輪」


「これか?」


 俺の右手の人差し指には、一つの指輪がある。一年ちょっと前に、ある人物から貰ったものだ。彼は『もしもの時、これが君を助けてくれる』と、言って俺にくれた。お礼の品と言う事で、断れなかったから貰ったものだが、効果が攻撃魔法の六割を削いでくれる便利な品なので、身に付けているものだ。


「一年とちょっと前に、ある男から貰ったものだ」


「それ、ユトランドの――」


「レンちゃん!」


 レンが何かを言いかけたが、レイがそれを止めた。しかし、今レンはユトランドの、といった。これの元の持ち主を知っている?まさか。そんな筈は無い。彼は貴族以上の地位にいる。一般市民が彼を間近で見ることなんて、ある筈が無い。


 俺は自分の考えを論理的に否定する。一緒に居たのはほんの短い間だったが、彼は本当に良く出来た人間だった。そんな人間が、迂闊な真似をする筈が無い。


「レン。見たことがあるのか? これ」


「ううん。やっぱり見間違い」


 奥歯にものが挟まったような物言いだったが、深く聴くことはしない。二人にも、色々と事情があるのだ。一々詮索する必要も無い。二人は此処に居てくれる。それで十分だ。


 食器を洗い終え、今度は自分たちを洗う。


「ルシア様~。一緒に入ろ~よぉ」


 レンのすがるような眼。俺がこの眼に逆らえる筈が無い。簡単にレンに引っ張られて風呂場へ向かう。レイは、レンよりは精神的に大人なので恥ずかしそうに俯いているが、嫌がらない。レイはレンが俺を気に入っているといっていた。レイも俺を気に入ってくれたのだろうか。


 小さな疑問は、すぐに大きくなった。



 レイとレンは眠っている。二人とも気持ちよさそうに、俺にくっ付いて。安心しきっているのか、とても無防備だ。


 これが、世間じゃそろそろ精神的に自立する歳の女の子かねぇ、と、自分でも爺臭いと思うような事を考えてしまう。


 二人を買って、四日が過ぎる。


一日目、始めは怯えていたが、夜にはもう二人は俺を怖がらなかった。そして、その日、俺は久しぶりに笑った。自分でも驚いた。


二日目、二人を家に残して、訓練に出た。久しぶりにやる気を起こしてやりすぎて、骨折をした。これは情けなかった。二人を、心配させてしまったし。


三日目、骨折を理由に訓練を休んで二人を連れて買い物に出た。そのくらいになると、もう人前で自然に笑えるようになっていた。驚くべき進歩だ。


四日目、今日。二人は短期間で料理の腕を上げた。そして、僅かな期間で二人は完全に俺に馴染んでいる。元が他人と馴染みやすいのか、二人の馴染みやすいタイプが俺だったのか、それは定かでは無いが、俺はたった四日で二人が必要になった。それは覆す事の出来ない事実だ。しかし、二人はどうだろう。俺を必要としているのだろうか。気に入ってはくれているようだ。だから、と言うのは可笑しいが、少し安心している。


この疑問を二人に聞くには気が引ける。それとも、俺が臆病なだけか?これじゃまるで、話に聞いた情けない男と、その男が想っている女の関係だ。


友人と言う関係を壊す事に怯えて告白できない男。状況が微妙に違うが、俺は今、その男の気分を間違い無く味わっている。もどかしいものだ。


頭がそんな事を考えつづけて、俺は鬱な気分になってきた。寝る前にこれじゃ、寝起きは悪そうだ。

二人が急に、俺にしがみ付いてきた。同時に、だ。一体何事かと思えば、口が微妙に動き出した。


「ルシア様~。好き~」


「ルシア様………」


 そんな事を言われ、ほんの一瞬、思考が停止してしまった。呆気に取られるとは、このような状態をいうのだろう。


俺が馬鹿みたいな考えをしていると、面白いタイミングで二人揃って似たような寝言を言ってくれる。思わず苦笑してしまう。二人を起こさない様、気を使いながらだ。しかし、いい事を言ってくれる。


 ああ、俺は馬鹿だ。素直な二人の態度を見ていれば、好かれているかいないのか、そんな事はすぐに分かる事じゃないか。嫌いな人間やどうでもいい人間と好きこのんで一緒に居る筈が無いのに。一緒に居てくれると言う事は、少なからずとも好意を持ってくれているという事だ。


 そして、そんな事を考えている俺自身の気持ち。それも、こんな感覚、感情は初めてのことだが、何なのかは理解できる。しかし、どっちだろうか?これが妹を持つ兄の気持ち?それとも愛しい人が出来た男の気持ち?


 微妙な違いだが、大きなズレだ。今までそんな感情に捕らわれた事のない俺には、判断がつかないが、二人が大切な事に変わりは無い。


そう、その点についてだけは、変わりは無い。


 ああ、すっきりした。


 結論を出したら、急に眠くなってきた。明日も、明後日も、今日みたいに平和な日が続くといいな。そうであれば、俺も――。


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