新しい服と昼下がり
つい先日も歩いた道を、今日も歩いている。理由は、述べるまでも無いことだとは思うが。二人、レイとレンの普段着などを買う為だ。
「こら。そんなにはしゃぐな」
「え~。でもぉ」
「私達、こうして外に出てお買い物するのって、まだ二回目なんですよ?」
つまり、この間食材の買出しが初めてだったということだ。少々迂闊だったかもしれない。しかし、やはり二人の容貌が人目を引くのか、俺が二人を連れているのがおかしいのか、先ほどから妙に不特定多数の人間に見られているように感じる。気のせいかもしれないが、どうにもちくちくする感じが否めない。
「ルシア様」
「ん?」
「どこで買うんですか?」
「ああ。そこだ」
俺が指差したのは一軒の店。俺も衣類は大抵そこで買っている。他の店と比べた結果、品質、値段、デザインなどで一番質の良い場所だ。衣服などにあまり気を使わない俺が言っても説得力が無いかもしれないが。ちなみにいつも俺が着ているこの黒の普段着もそこで調達したものだ。
はしゃぐ二人を何とか連れて、店の中に入る。
「いらっしゃい。おや、ルシアくんじゃないかい。
ん? その二人は?」
既に馴染みになっている俺に、気軽に声をかけてくる店番の中年女性。ここの店主の奥さんだ。
「この二人は……」
「はじめまして。私、レイフィアレナと言います」
「私はレンゼリィナ」
「おやおや。あたしはリーネ。旦那の代わりに店番してるのさ」
朗らかな笑顔のリーネさん。母親と言う存在が早くに意味を成さなくなった俺には、これが母親と言うものかと思わせるほど母性的な人だ。
二人の首輪についても一度視線を向けただけで何も言わない。
「リーネさん、この二人の服なんかを一通り選んでほしい」
「はいよ。下着もかい?」
「ええ」
「はいはい。
さ、おいで。二人とも」
二人を連れて店の奥に入っていく。手持ち無沙汰になった俺は、店内を見て回る。日用雑貨から食料品まで多彩にある。
「お。珍しい客だな」
この声はここの店主。父親と古い付き合いだったと言うことらしい。今の俺と同じように王立治安騎士団の小隊長を勤めていた俺の父親の部下だったと言う話だ。
「俺も、たまには外に出ます」
「さっきのは、奴隷だったな」
「ええ。つい最近買ったんです」
「どこかで、見た気がするなぁ。
ま、それはいい。あの二人を選んだ理由は、可愛かったからか?」
からかい半分の口調でそう言われると、明確な考えをもって買ったわけではないので何も言い返せないが、それとは違うような気がする。
「それも一つです。否定はしません。
ただ、あの二人を、どうしてか分かりませんが、放って置けなかったんです」
「ほぉ? お前さんも、笑えるようになったのか」
どうやら意識せずに笑っていたらしい。あの二人は俺をどんどん人間に近づけてくれる。不思議だ。
「あの二人を買ってからですよ。あの二人は、俺をどんどん人間らしくしてくれます。不思議ですけど」
「だが、悪くないだろう?」
「ええ」
そうだ。本当に悪くない。肯定の言葉は素直に口から出た。これには自分でも少し驚いた。何の間もなくするりと出てきた。
「ふふ。お前さんも、その理由はすぐにわかるようになる」
店主は意味ありげに言葉を発してきた。それは今の俺では分からないと言うことだろうか。
俺が首を傾げて考えていると、その思考はすぐに遮られた。
「おまちどおさま」
振り返ると、そこには二人を連れて行ったリーネさんがいた。その後ろから別の服の端が見えていることから察するに、おそらく二人はリーネさんの後ろに隠れているのだろう。
「ほら、二人とも。後ろにいないで出てきなよ」
リーネさんに言われて、後ろに隠れている二人が出てきた。
「う~」
「あ、あの。どうですか?」
レンは顔を紅くしている。レイは感想を聞いてくる。
「似合っている。二人とも」
微笑して答えてやる。この笑いも、やはり意識せずに漏れてしまった。
二人は嬉しそうにしている。リーネさんも笑顔だ。しかし、リーネさんの見立ては確かだ。これは普段着だろうが、レンは若草色のロング・スカート、白いブラウスに、これも若草色の上着だ。上着は前がボタンで今はボタンを全部はずしている。レイは暗めのワイン・レッドのロング・スカート、薄いクリーム色のハイ・ネックに、これも暗めのワイン・レッドの上着。上着とスカート自体はレンと同じ物だ。
「他にも色々見繕っておいたからね」
レンとレイは紙袋を持っている。おそらくそこに他のものが入っているのだろう。
「ありがとう。
それで、どのくらいに?」
「全部で金貨一枚」
「少々高めですね?」
「あら、解っちゃった? でも、支払える人からは、ね?」
どうやら相手が俺だということで、少々値上げされていたようだ。まぁ、色々世話になっているし、な。
「ま、いいか。
はい」
俺は金貨一枚をリーネさんに渡す。このくらいなら特別さしたる額ではないから、俺は気にしない。
「毎度。
これから、二人の服が必要になったら、ご贔屓に」
「俺が使う店は、ここと他二店ぐらいだよ。
それじゃ、また」
俺は二人を連れて店を出る。
「ねぇねぇ。ルシア様」
「どうした?」
「私、可愛い?」
このレンの質問にはどう答えたものか。この手の話はどうにも苦手だ。
「ああ。可愛い」
俺はレンの方を見ないで答える。慣れない事を言った為に、顔面が真っ赤になっているだろうからだ。とてもじゃないが、そんな顔は見せられない。
「どうしたの?」
「何でもない」
見ればレイは苦笑している。まったく、鈍すぎるのも、鋭すぎるのも、それぞれ困ったものだ。
「それで、これからどうするんですか?」
「そうだな、荷物もあるし、今日は昼食をどこかで食べてから帰ろうか」
「え~」
「明日も俺は非番だ。時間はある」
俺の言葉にレンは一瞬何の事なのかわからない様子だったが、レイが少し言葉の意味を噛み砕いて教えると、レンの顔が納得顔になった。
「と、言うわけで適当に何か食べるか」
俺が先導して道を歩く。今日はそう人が多いと言うわけではなかった。二人もゆっくりと歩く俺の歩調に合わせてくれている。中々どうして、二人は無意識のうちに気を使ってくれているらしい。
そのまま歩いていると、やはり色々なものの誘惑は強いのか、レンの方が目移りを起こし始めたようだ。
「何か、良い物があるか?」
「ぅえ?」
突然声をかけられたからか、声が裏返っている。
「レンちゃん……。声、裏返ってるよ」
「あぅ。あの、美味しそうな物が一杯あって、それで……」
あわあわふたふたと、どうにも要領を得ない単語ばかりがレンの口から出てくる。見ていて面白いが、いい加減止めないと混乱が激しくなりそうだから止めた。
その内容は、要領は得ていないが、言いたい事は分かる。
「レンがこれ以上暴走しないうちに、何か食べるか」
「私暴走なんてしてないよぉ~」
レンは俺を見ながら否定するが、さっきの様子だと信用できない。
「細かい事は気にするな。俺もいい加減腹が減ってきたしな」
気が付けばもう太陽が真上に到達していた。いい加減、本格的に腹が減ってきた。
目を横にやると、レイも少々腹が減っているようだった。視線が微妙にあちらこちらを見ている。姉妹揃って、本当に分かりやすい。
「あの屋台にするか」
俺が目をつけたのは多種のものを一挙に売っている屋台の一つだった。看板から以前ウィンセントが「何でも美味い」と言っていたところだった。丁度いいのでそこにしようと思い至ったわけだ。
「いらっしゃい」
店長然としている若い女性。まだ二十歳半ばぐらいだと推察できる。容姿は並、とりわけ美しいと言うわけではない。茶色の髪を肩口で切りそろえ、三角巾を頭につけている。眼鏡を通して見えるこれも茶色の眼だ。その女性が、俺を含めた三人に挨拶をする。
「あ。もしかして貴方、ルシアさん?」
「俺を知っているのか?」
これには俺も驚いた。まさか俺の事を知っているとは思いもしなかったからだ。
「やっぱり。常連のウィンセントさんがよく話してくれるんですよ。
『俺の小隊の隊長って、金髪、一点の曇りも無い夜色の眼、整った顔立ち、そこまでは美形の条件だけど、それを一発で台無しにする何処か爺臭い雰囲気を持つ変な男だ』って」
おそらく今、俺の顔はその表情保ったまま固まっているだろう。しかも背後には何か立ち昇りそうな雰囲気を出しているに違いない。
……ウィンセント、今度会ったら何かしてやろう。
ぎりっと奥歯を噛み締めて、表面上は何事もないように見せる。歴戦の兵ならば、俺の発する空気に気がついて剣を抜きかねない。近くに居るレンとレイが怯えているかもしれない。
「私はこの屋台の主人。一応店長も兼任しています。フィアナ=スーレンドって言います。
それで、今日はどうしました?」
フィアナ、彼女の言葉で我に返る。どうも最近思考の方も人間に近づいているようだ。雑念が多くなってきている。諸々に支障が出なければいいが。
「いや、昼になったし何か食べようと思って。そうしたらウィンセントの奴が美味いといっていた店の名前の看板があったので、ここにしようと」
俺の説明で得心がいったのか、頷いて何かボードを出した。
「これがメニューです」
ボードには色々なものが書き込んであった。手軽な軽食から夕飯にでも出そうなメニューまである。
「さて、どれにしたものか」
俺は口に出して如何にも迷っていますと言わんばかりの台詞を言っておく。こうすれば二人も自分で興味のあるものを告げてくるだろう。そう考えたからだ。
「あ」
「どうした?」
レンがおかしな声を出すから、つい聞いてしまった。
「この、オニギリってなんですか?」
レイがボードに書かれている何かを指差して言った。そういえばレイは字が読めるのだった。
「これはね。東の方にある国の料理でね。この辺でも使うけど炊いたお米に具を入れて塩をつけた手で三角形に握る簡単な料理よ」
俺もそれについては聞いた事があるが、見た事は無かった。
「それはどのくらい腹に溜まるんだ?」
「個数によりますよ。一個は、このくらいの大きさです」
フィアナが手で大きさを表してくれた。そこそこの大きさだ。二、三個食べれば俺でもしばらくは大丈夫な大きさだ。
「それにしてみるか?」
二人に聞いてみる。すると二人もそれにしようと言おうと思っていたようだ。
「「はい!」」
その様子を見ていたフィアナが笑っていた。
「そんなに、おかしいかな?」
「いえいえ。本当、あの人嫌いのルシアとは思えなくて」
フィアナは笑顔で俺の陰口の一つを堂々と言ってくれた。まぁ、今の状態を見れば、誰でもそう思うだろうから、否定はしない。
「最近、よく言われるし、自分でもそう思っているよ。
それはレイとレン、二人のおかげさ」
俺は二人に微笑みかける。本当に、自然に笑えるようになった。二人も笑い返してくれる。また、それを見てフィアナも微笑んでいる。
「と。まぁ、そんなわけで、オニギリを、俺は三つ」
「私二つ~」
「私も、二つで」
「はいはい。
具は、こちらにお任せで構いませんか?」
「ああ。お願いする」
二人もそれでよかったようだ。
少しして、フィアナが紙包みを出した。
「はい。出来ました。
銅貨十三枚です」
「細かいのは五十銅貨しかないんだが…。ま、いいか。つりでかさばるのはご免だから」
「いいんですか? これ」
フィアナは渡された五十銅貨を見せて聞いてくる。最近、少々出費が多いが、気にするほどでは無い。ファンディアハル家の貯蓄は、まだまだ底が見えない。こと、俺が管理するようになってからより一層。増やした分ぐらい、使ってもいいだろう。
「ああ。気にすることじゃない。
でも、これから二人を見かけたら、懇意にしてくれ」
「そんな事、頼まれなくてもしますよ」
フィアナは俺の言葉を笑いながら、笑顔で答える。
「それを聞いて安心した。
じゃあ、今日はこのあたりで」
「はい。またどうぞ」
「「さようなら」」
フィアナの露店から離れ、俺とレン、レイは家路に着く。その後ろで、フィアナが言った言葉を、俺は聞き逃した。
「本当。話と違って面白い人」