入浴と睡眠と
「どうでした?」
「美味しかった?」
「俺よりは、な」
二人が作った夕飯は、俺よりも美味かった。料理を初めてそう時間が経っていない筈なのに、何故だろうか。
「どうしてこんなに料理が美味いんだ?」
「私達の母は、元々皇帝専属のメイドでした。それは私達の国で『皇帝の侍女』(メイド・オブ・エンペラー)の称を受けた者がつける職業なんです。だから、私達は家事全般が得意なんです」
「料理のコツとか、お母様が色々話してくれたの」
レイが若干額に汗を浮かべながら、レンは嬉しそうに母親の事を話す。余程好いているのだろう。そこで、一つの提案を思いついた。私達の国、とレイがいっているのだ。この国では無いのだろう。なら、せめてレイとレンが好いている母親くらいには、二人の所在を教えても良いだろう。
……非常に、危険且つ危ない橋ではある。が――。
「レン、レイ。母親に、手紙を出そうか?」
「出来るんですか?」
「本当に?」
私は提案してしまった。甘いにも程があるだろう。本当に。迂闊だと他人から罵られても仕方がないほどに。
「ああ。字は、書けるか?」
「私は書けますが、レンちゃんが…」
しかし、二人の笑顔を見てしまうと、そんなリスクすらどうでもいい様な気になってしまう。
だが、レンは読み書きが出来ないのか、なら、レイと一緒に教えるか。
「今回は、レイが代書してやってくれ。次までに、レンには字を覚えてもらおう。それが目下の目標だな」
「そうですね」
レイが答える。レンは少しボーっとし始めている。早めに眠らせたほうが良さそうだ。
「レイ、はやく風呂に行ってこい。レンが眠そうだ」
レイがレンを見て、動いた。風呂場へ。レイに首輪の鍵を渡しておく。
二人が出ていき、これから少しの時間の暇の潰し方を考えようとした時、レイが戻ってきた。
「ルシア様」
「どうした? レイ」
「その腕で、お一人でお風呂に入られるのですか?」
俺はその事を完全に失念していた。この状態ではまともに服を脱ぐ事も出来ない。
「それは、どうしようと言う事だ?」
「よろしければ一緒に。と、言う事です……よ?」
レイが少し赤面している。やはり、恥ずかしい事は、恥ずかしいのだろう。しかし、俺はこれを逃すとトンデモナイ事になる。
「……悪いが、頼む」
「はい」
今度は俺も一緒に風呂場へ向かう。脱衣所ではすでにバスタオル一枚になっているレンが居た。
「あれ? ルシア様。どうしたの?」
「腕がこうだから、レイに頼んで体を洗ってもらおうと思ってな」
「そう言う事なの。レンちゃん、いい?」
「私はいいよ」
レンは何故か笑顔だ。やはりレイよりも精神的に幼いのかもしれない。まだ羞恥心と言うものが無いように見える。
レイが俺の服に手を掛ける。上着を器用に脱がし、下の肌着も左腕を気遣いながら脱がしていく。流石に下は自分で脱いだが。
そうして腰にタオルをつけて浴室に入る。威張れる事ではないが、この浴室は広さが結構ある。大人三人が余裕で浸かれる浴槽、それ以外の場所は大人が五人は座って居られる。
まず、レイに腰の周囲以外の場所を洗ってもらう。そして少し離れて後ろを向き、タオルを外して洗い残してある部分を洗う。そこまでレイにさせるわけにはいかない。
今度は蛇口を捻り、シャワーでお湯を浴びる。左肘でシャンプーボトルの頭を押し、右手でシャンプーを受ける。そして頭を洗う。しかし、どうにもやりづらい。
「ルシア様。やりづらいんですか?」
レイが俺の背後に立っている。レイもバスタオルを外しているので、俺は凝視できずに目をそらす。
「少しな。悪いんだけど、やってくれるか?」
「はい」
レイは俺の髪を洗い始める。
「ルシア様の髪って、綺麗ですね」
「そうか?」
「はい。髪だけじゃなくて、肌だって白くて目立つ傷は一つとして無いし。女の人みたいに造形も良いし。
眼も神秘的な、一点の曇りも無い夜色ですし。
とっても綺麗ですよ」
「そうかな」
俺は自分の容姿その他に別段気がかりは無い。だが流石にここまで美辞麗句をいわれると少々恥ずかしい。
しかし、容姿について言うなら物心ついたときからこんなものだったし、それ以来人との係わり合いを避けて暮らしていて、そんな事を面と向かって言われた事は無かった。ただ、貴族の娘達が言い寄ってくる事はあったので、そこそこ見れる顔だと言うぐらいにしか考えていなかった。
「私も、髪の色は銀じゃなくて金の方が良かったな」
「レイとレンの銀髪も、綺麗だと思うぞ」
そんな事を言っていると、どうやら終わったようだ。すぐにシャワーで泡が流され、さっぱりとした気分で蛇口を閉じる。今度は浴槽に一足先に入る。レイはレンの元へ戻り、今度はレンの頭を洗っているところだ。
「あー。ルシア様ずるーい。一人だけ先に入っている」
「レンちゃん。動かないの。後少しだから」
レンが恨めしそうな目で俺を見ている。その隙にレイがレンに頭からお湯を被せる。
「はい。お終い」
レイが言うのが速いか、レンが動くのが速いか、レンは走りはしなかったが急いで浴槽にきた。そしてその後にレイが続く。こうして見ていると、レイとレンは年齢に差があるように見えてしまう。
「レイ、レンとは双子だよな?」
「はい。そうですよ」
何故か俺を中心に左右にレンとレイがつく。そして俺の質問にレイは答えた。
「レンとお姉ちゃんは双子の姉妹だよ。見て分かるでしょ?」
「確かに外見は良く似ているが、見ていると、年齢に差があるように見えてくる」
俺の率直な感想だ。するとレイは少し苦笑した。
「仕方ありませんよ。レンちゃんは私と違ってずっとお母様の所に居ましたから。甘やかされているんですよ」
「そんな事、無いもん」
レンがレイの言葉を否定するが、どうやら思い当たる節があるらしく、完全に否定しきれていないようだ。レンは口までをお湯につけてぶくぶくしている。やはり子供っぽい。
「私はレンちゃんよりも先に知性を覗かせましたので、その分早くに『教育』が始まったんです。だから、私とレンちゃんには歳の差があるように感じるんですよ」
そう言われて俺は納得した。それなら仕方ないだろう。早くから他人を付き合う事のあった者と、長く身内だけといた者ではその精神面での成長に差が出るだろう。レイとレン、二人はその端的な例と言う訳だ。そしていう事を言い切ったレイは、すっかり脱力して、顎辺りまで湯に浸かるような格好をしている。目も閉じられて今にも気の抜けた声を出しそうな感じだ。
「こら、二人とも。あまり長い時間浸かっているとふやけるぞ」
俺は二人に声を掛ける。
「「は、はぁい」」
情けない声まで揃っている。やはり双子だな。そして、そんな事で感心してしまう自分。
「ほら、出た出た」
二人を急かしながら俺も出る。脱衣所で体を拭き、服を着る。俺は本当に情けないながらもレイにしてもらう。
「はい。出来ました」
「ありがとう」
レイに礼を言う。これは当然の礼儀だ。相手が誰であろうと。
レイとレンは自分の首に首輪をかける。そしてレイは鍵を俺に返す。それを受け取って部屋へ向かう。当然ながら、左右に二人を連れてだ。
「えへへへへ」
レンは妙に上機嫌だ。何がそんなに嬉しいのだろうか。俺には皆目見当がつかなかった。表情も困惑を浮かべてしまう。
「レンちゃん。こうして人と一緒にくっついているのが好きなんです。それが特に自分の気に入った人だとこうなんです。
ルシア様、レンちゃんに気に入られたんですよ」
俺の心を読んだかのようにレイが喋る。
「ルシア様が、聞きたそうな顔してましたから」
そんなに顔に出やすいのだろうか。俺は。
「まぁ、怯えられるよりは良いけど。こういうのは、慣れてないからな」
「あれ? ルシア様、女の人と付き合ったことないの?」
「俺の傍に、ここまで近づいているのはお前たちが初めてだよ。
俺は今まで、人を遠ざけていたし、そんな俺に、寄ってくる人間もいなかった」
そこで言葉を一旦区切る。二人の顔は見ない。
「最近は……そう、お前達がきてからは、この近さで人と一緒にいるっていうのも、悪くは無いかな。って、思い始めてる」
そこで、自然と顔が緩み、微笑している形になるのが分かった。本当に、最近はよく笑うようになったもんだ。自分でもそう思う。――少し前なら、顔を緩めることも無かったのに。
「「ルシア様」」
俺の右側にいるレイが右腕に、俺の左側にいるレンが胴体にしがみついてきた。この温もりも、本当に悪くない。いや、むしろ心地良い。そう、人の温もりが本当に心地良いものだと知ったのも、レイとレン。二人がきてからだ。
「さ、早く寝よう。湯冷めしてしまう」
部屋に戻り、ベッドに入る。二人は言っていた通り、また俺の左右につく。左腕の方は二の腕だけ使う。そこから先は固定されている。
「「おやすみなさい」」
「おやすみ」
二人と就寝前の挨拶をして目を閉じる。今日は疲れた。睡魔はすぐにくるだろう……。今日は、骨折以外は良い事が多かった。