戦績、三位か四位
相手の大振りを簡単に避けて、
「げふぅ」
柄尻を相手の鎧の隙間から脇腹に突き入れる。対戦相手が情けない声を出しながら倒れ伏す。
「しょ、勝者、ルシア。これにより、ルシアの準決勝進出決定」
所要時間三十秒程度。相手は隊長格最弱と噂の第六分隊の隊長だ。俺とどっちが弱いのか。と、言う事で話の種にされている、ついていない男。準々決勝まで残っていたが、噂の真偽は俺のほうが強いということで決着するだろう。しかし、あの第六分隊隊長のいたブロックは弱い者ばかりが揃っていたようだ。
次は準決勝戦。俺の部下はラングスとヴィークがベスト十六に入って、ウィンセントはなんとベスト八に入った。約束通り、後で褒美をやらないとな。
「隊長、勝ってくださいや。そうすれば合計で金貨五十枚が手に入るんすから」
ウィンセントは勝手な事を言ってくれる。準決勝の相手は第一大隊隊長、王立治安騎士団最強の男と言われる騎士団団長のムガツハーク団長だ。さすがに俺だって勝てる気が全くしない。
「無茶を言うな。団長を相手に俺が勝てるわけ無いだろう」
俺がそう言ったとき、後から声を掛けられた。
「ルシア」
「はい?」
振り向くと、そこには、今話しに出ていたムガツハーク団長その人が立っていた。
「次の試合、楽しみにしている」
それだけ言って、団長は消えた。
そんなに期待されても困る。俺はそんなに強くは無い。
「隊長。時間ですよ」
ヴィークに促されてその場を後にする。ついに団長との試合だ。
フェイス・ガードを下げ、リングに上がる。
「団長。未熟者ですが、お願い致します」
剣を構え、団長と対峙する。団長は静かに頷いた。
始まる。
団長の姿がぶれる。俺の目に映らない速度で移動された! そう認識するや否や、俺の体は咄嗟にその場所から離れる。
弾け飛んだリングの破片が鎧に当たって軽い音を立てる。
振り向くと、団長の姿が見えた。振り下ろした剣でリングを抉っている。
「団長、人間じゃないのか?」
俺が思わず漏らす。あんな怪力は人間の域を脱している。洒落にならない。しかし、ここで簡単に逃げ出すわけにはいかない。少々、書物から再現し、編んでいた技を出さないとならない事態だろう。
構える。そして極限近くまで集中する。また動き出した団長に、負けず劣らずの速度で動く。こんな事もあろうかと、ラーシェ・ジェン王国の魔力応用技術を用いて超速移動を可能としていた。ただ、現状の再現率ではやりすぎると足を中心に筋肉断裂や毛細血管破裂などの諸症状が出てしまう。体をそんなに鍛えていない上に原理の理解と把握が不十分だからだ。
だが、やらなければいけない時だ。往くぞ、俺の限界の動き!
更に加速させる。団長の動きが普通に見える。ここからは正に神速の領域だ。団長には、俺の姿が霞んで見えているはずだ。肉体の加速の他、それ以上に神経系の加速が著しいこの技、結構あれだ。体が思うように動かなくて苛々する。
団長の目の前に滑り込み、下から真上に一閃。
耳障りな金属音が響く。
鎧に刃の無い剣が当たり、金属が擦れる音がする。火花も散る。だが、団長の甲冑には予想よりも深く傷がついていただけだった。それと、フル・フェイスの兜が吹き飛んだだけ。
団長自身には何らダメージが無かったようだ。団長が手にする、模擬剣のロング・ソードの、殺人級の斬撃が、俺を襲う。
咄嗟に自分の剣を盾にする。大した緩衝材にはならにだろうが、無いよりはマシ程度に添える。
だが、予想通り団長の斬撃に耐え切れず、あえなく剣が砕け折れる。それでも団長の剣は止まらず、そのまま折られた剣に添えられていた左腕に喰い込む。
甲冑の一部、篭手の部分が斬れずに陥没した、剣に添えていた篭手の下の左腕が折れる音が身体の中で響いた。これで、俺の負けだ。降参する。
「参りました。左腕が、折れました。
俺の負けです」
俺はそう宣言して試合場を後にする。団長はまだリングの上に立っていたが、知った事では無い。砕けた左腕が、本気で痛い。痛みで意識が飛びそうになる。それを強引に押さえ込んで、そのままの格好で医務室へと向かう。
こんな怪我をするのは一年ちょっと前以来だ。痛みには慣れていない。叫ばないだけマシだ。
くそ、思考も怪しくなってきた。
「ルシア分隊長? いかがなされました?」
詰めている医者が俺に聞く。鋭痛の後に来る鈍痛、これが交互にきて意識が危ない。
「左腕、骨折。治療を」
「分かりました
失礼」
拉げた篭手を外し、骨折の程度を見る。触診されるのでかなりの激痛が走る。
「くぅっ……」
思わず呻き声を上げてしまった。
「見事に二つにされています。添え木をして、固定しておけば大丈夫です。痛みが酷いようなので鎮痛剤を処方しておきます」
医者はてきぱきと仕事をこなし、治療はあっという間に終わってしまった。まずは粉末の鎮痛剤を水無しで飲む。……正直、苦い。
「ありがとう」
「いえ、無理はなさないよう。
ルシア分隊長なら、全治一ヶ月です」
俺は医務室を後にする。この後は表彰式があるが、俺の成績は三位か四位、注目の的ではないし、この怪我を理由に辞退させてもらおう。ああいったかったるい式典の類は苦手だ。
「隊長。どこ行くんですかい?」
ウィンセントが正面に居た。
「帰る。式典のほうはお前に任せた。明日は休む。骨折が酷い」
「た、隊長?」
それだけを告げ、俺はさっさと帰路につこうと、着替える為に控え室へ向かう。当然誰も居ない。皆、表彰式に参加するために会場に集合している。俺のような不真面目なもの以外は、の話だが。
片腕での着替えに少々手間取り、時間が微妙に遅れたが、概ね予想通りの時間に家へついた。
玄関の扉が勝手に開く。こういうとき、魔法鍵を使っていると楽だ。
二人はどうしているかな、と考えながら一歩玄関から家の中に入る。
「お帰りなさい。ルシア様」
「お帰りなさ~い」
玄関から家の中に入ると、玄関にレイとレンの二人が居た。
「た、ただいま」
少し驚いてしまった。まさか玄関で待っているなどとは思っていなかったからだ。これは完璧に予想外の出来事だ。
「あ、ルシア様。どうしたんですか?」
「左腕、包帯してる」
「今日の訓練で左腕を骨折した。全治一ヶ月だ」
予想外の二人の行動を聞く前に、俺の怪我の事を聞かれてしまった。.これは暗に気にするな、と言うことだろうか。
しかし本当に、指が動かないわけではないが、腕が折れて満足に行動できない。まったく、団長も少しは手加減をして欲しいものだ。これではしばらく仕事が出来ない。
「と、言うわけだ。明日急に暇になった。よって明日、お前達の服を買いに出かけるぞ」
俺がそう言うと、二人は互いに顔を見合わせ、満面の笑顔を浮かべた。それを見ていると、俺もつい口元が緩んでしまう。こういう暮らしも、悪くない。そんな風に思えてしまう。
「今日から俺はしばらく家事全般が出来なくなった。二人には、頑張ってもらうぞ」
「「はい」」
二人は笑顔で答えてくれた。
「あの、それで相談なんですけど」
「今日も、明日も、明後日も、昨日みたいに一緒に寝て欲しいの」
「……まぁ、そのくらい別に構わないぞ」
二人は更に笑顔になる。しかし、この二人、どう見積もっても俺と二つか三つしか違わない筈なのに、どうしてこう子供っぽいのだろうか。何か、理由がありそうだ。
「じゃあ、夕飯から家事を頼もう」
「「はい!」」
二人の笑顔が、俺には眩しい。