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Imitation

作者: 綿雪

 ――カチ、カチカチ……。


 早朝。携帯のキーを叩く音が耳に入り、私はうっすらと目を開けた。彼に気づかれないよう、薄目で彼の様子を眺める。

 どこか嬉しそうに、懐かしそうに、切なそうに……様々な形容が出来そうな表情で、彼は携帯を見ていた。

 私はそんな彼を見ていられず、寝返りを打つ。

 その瞬間だけ、キー操作の音が止んだ。しかし、起きてないと判断するや否や再び不愉快なその音が聞こえてくる。


 ――カチ、カチ、カチ……。


 彼は、私が気づいている事に気づいていない。デート中、誰かを探していることも。私を見つめるその瞳に、別の誰かが映っていることも。こうして、過去の誰かに思いを馳せていることも、全部全部気づいている。

 きっと私は模造品。過去の誰かに似ているだけの代理品。

 自嘲的な考えのその裏に、それでもいいと思ってしまっている自分がちらちらと見え隠れする。決意が揺らぎそうになる。

 私は思考の海から逃れるように、ぎゅっと強く目を閉じた。



   Imitation<イミテーション>



「あんた、あいつと別れたほうがいいよ」

 友人にそう忠告されたのは、どれくらい前の事だったか。彼と付き合って一ヶ月も経っていなかった私はその忠告を右から左へ聞き流していた。初めて出来た彼氏ということもあったし、むしろその忠告にいらだつ事もなくスルー出来た自分が今思えば凄い。

 そんな私の態度を見て呆れたように頬杖をついて、半眼気味に私を見つめていた。

「まぁ、恋は盲目って言うしね。一度ぐらい痛い目にあったって損はないでしょ」

 ため息に乗せたその言葉は、宙に霧散し掻き消えた。


 それから数日後のことだった。

 風の噂で、彼の昔の彼女が私に似ているということを聞いた。いや、彼女と私が似ている、というべきか。いずれにせよ、あまり嬉しい話ではなかったし、それを押し殺して我慢できるほど私の精神は完成していなかった。気は決して強いほうではなかったが、ほんの一握りほどの勇気を振り絞って彼に聞いてみた。

「私と、前の彼女が似ているっていうのは本当ですか……?」

 フェードアウトしていく語尾に、彼は泣いてしまうとでも思ったのか、慌てた風にこう言い訳した。

「俺の好みが偶々そうってだけだよ」

 取り繕うように笑う彼はそれを一切、否定しなかった。


 それからというもの、何気ない彼の行動が目に付くようになった。

 例えば、誰かを探すような眼差しとか。

 例えば、私が見てない間にこっそりと携帯を見ていたりとか。

 例えば、デート中ぼんやりと私を見ていることがあったりだとか。

 滑稽だと思った。気づかれてないなんて思ってへらへら笑っている彼も。それでも彼を信じていたい私も。

 確信しきれず、小骨が喉の奥で引っかかっているような気持ち悪い日々を、私はそれから暫く続けた。


 ある日、私はとうとう堪えきれなくなってしまった。ばれたら彼に嫌われてしまう。それでも、真実を確かめたい。そう思って、私は彼のいない隙に携帯を覗き込んだ。

 あの時ほどショックを受けたことは、後にも先にもない。

 データフォルダには、私によく似た、だけど全然違う女の人の写真がたくさんあった。満面の笑顔で笑う彼の傍には、私には出来ない軽快な笑みを浮かべた女の人がいる。その女の人との写真は、三桁もの枚数があった。

 私との写真は二桁に届くか届かないかという枚数だった。

 つっかえていた小骨は取れた。変わりに、太い釘が心臓に打ち込まれたような気がした。


 私は彼にとって私ではない。気づいてから、一人で泣いた。それでも彼が好きだった私は、どうにかして私を見てもらおうとした。

 彼が好きだといっていた髪型を変えてみたり、彼の好みに合わせた服装を自分らしくしてみたり、化粧を少し落ち着かせてみたり。私を見て。そうアピールするために。

 結果は、散々なものだった。

「なんでそんな格好をしているんだ!」

 その一言で、私はもう一つ事実に気づいた。

 模造品は模造品であり、オリジナルを越えることなどありえない。故に私という模造品は見られることなどなく、そこにオリジナルの面影を見出して初めて価値が生じる。


 初恋は実らないなどと、世間一般の人は言う。

 その通りだと、私も思う。

 最後の最後まで、彼は私を見てくれなかった。途中で、そんなこと気づいてた。私はその事実に蓋をして隠し、目を逸らし、現実から目を背けていた。自分でも歪んでると思うほど、彼に執着していた。




 そんな日々に、今日で終止符を打とう。

「別れて下さい」

 朝食を食べているときに、私は前置きもなくそう切り出した。きっとぐだぐだと前置きをしてしまえば、彼に付け込む隙を与えてしまうから。彼が漬け込める隙が出来てしまうから。

 衝撃に歪む顔に、私の心は揺れ動く。でもダメだ。彼が私を見ることは、ありえない。

「どうして」

「あなたは私を見てくれない。私は前の彼女じゃない。私は私でありたい。だから、あなたと一緒には居られない」

 彼が驚いたような顔をした。今の今まで気づかれていないとでも思っていたのだろうか。だとしたら、とんでもなく彼は間抜けだ。あんなに筒抜けだったのに。刺さっていた釘が抜け、ふっと心が軽くなった気がした。

 その後、彼が何かを言った。その言葉が私の心に留まることはない。全てが空白の、耳を傾けるだけ無駄な虚ろな言葉だと、今となっては冷静に聞ける。

 ……あぁ、ようやく、分かった。すとんと腑に落ちる。

 私は、途中から初恋に恋をしていた。なんだ、そういう意味で、私も彼を責める権利なんてない。お互いがお互いを見ていなかったのだ。そうと知ってしまえば、もう私を躊躇わせるものはない。


 それでも、最初から私を見ていなかった分だけ、やっぱり彼のほうが少しぐらい悪いんじゃないだろうか。そんなこと考えて、私は席を立つ。

 捨てられた子猫のような表情に、私は苦笑してしまう。

「さようなら。頑張って新しい模造品(イミテーション)を見つけてくださいね」

 傷つけられたんだし、最後にこれぐらいの仕打ちは許されるだろう。


 そうして私は部屋を出る。

 釘の抜けた痕はまだじくじくと痛むけれど、時間がきっと癒してくれる。

 私は私として、また新しい恋をしよう。

にじファンが潰れるということで、とりあえずオリジナルの超短編を投稿してみました。

英単語をじーっと見て突発的に書いた作品なので、ただ書きたいことを書き連ねただけの小説になっています。


男性と女性の違いは様々ですが、一つに未練がましさがあるとよく耳にします。今回は偶々目に付いたimitationという単語とその話題を意識して書いてみました。

しっかし、よくもまぁわれながらこんな黒い話を書いたなぁと思います。自分はもっと爽やかな恋愛物が好きですよ、とここで一応公言しておきます(汗


それでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか新鮮でした。 相変わらず文章に引き込まれていってしまう。 「さようなら。頑張って新しい模造品を見つけてくださいね」 この嫌味、いいと思いました。最後の最後で彼氏はキツイ言葉をもらいま…
[良い点] いかにも悲劇に酔った風ではなく、どこか突き放した視点で自分と彼の欺瞞的な付き合い方を見詰める文章に引き込まれます。 前の彼女の面影をヒロインに求めている事実を決して否定しない彼の様子や、…
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