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【異世界漱石】天賦の才を授かりしも、住みにくきは人の世なり【異世界より、硝子戸の中へ】  作者: 旅する書斎(☆ほしい)


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第21話 文明の光と闇の回路

全身を走り抜けた雷撃の痺れは、容易には去らない。

指先が粟立ち、膝が笑い、視界にはノイズのような砂嵐が混じっている。だが、吾輩は倒れるわけにはいかなかった。目の前には、腰を抜かしたまま引きつった笑いを浮かべるガストンと、脈動を続ける不気味な鉄塊――古代兵器がある。そして背後には、恐怖に凍りついた子供たちの視線がある。

「……な、なぜだ。なぜ立っている……!」

ガストンが呻くように問うた。その声は、理解不能な現象に対する根源的な恐怖で震えている。

「言ったはずだ。電気はアースへ逃がしたと」

吾輩は、黒焦げになった袖口を払い、懐から取り出した硝子球を掲げた。

「だが、君が放ったエネルギーの全てを地面に捨ててしまうのは、資源の無駄遣いだ。……少しばかり、有効活用させてもらおう」

「何を……それは、ただのガラス玉ではないか!」

「ただの玉ではない。かつてこの世界に絶望した先人が遺した、文明の道標だ」

吾輩は、硝子球の底にある接点に、未だ体内に残留している電気エネルギーと、空間に満ちる儀式の魔力を集中させた。

切れていたはずのフィラメントが、吾輩の「修復」のイメージによって繋がり、微かに赤熱し始める。

「見ていろ。これが『抵抗』の輝きだ」

電気抵抗。

電流が流れにくくなることで発生する熱と光。それは、スムーズに流れることを由とする「従順」への反逆であり、摩擦を恐れぬ「個」の主張でもある。

吾輩は、硝子球に流し込む電流の値を、天文学的な数値へと跳ね上げた。

『天賦の才《ジュール熱変換・超高輝度》』

カッ!

瞬間、地下祭儀場が、真昼の太陽ごとき閃光に包まれた。

「ぐあああああっ!」

ガストンが両目を覆って絶叫する。

魔導師たちも、子供たちを救出していたレイやミナも、あまりの眩しさに目を閉じた。

それは、魔法の光ではない。物理的な光の暴力である。網膜を焼き、視神経を麻痺させるほどの圧倒的な光量。

影が消える。

地下室の隅々にまで巣食っていた闇が、強制的に暴き出され、白日の下に晒される。

「……目が、目がぁ!」

ガストンが床を転げ回る。

「光あれ、と神は言ったそうだが、過ぎたる光は毒になる。君たちは、あまりにも暗闇でのコソ泥ごとき真似に慣れすぎていたようだ」

吾輩は、光量を落とし、手の中の電球を見つめた。

硝子球は、高熱を帯びて熱いが、吾輩の手は焼けただれたりはしない。熱伝導さえも制御下にあるからだ。

「さて、次はこれだ」

吾輩は、未だにブーンという低い駆動音を立てている古代兵器へと向き直った。

水晶の棺の中で、黒い鉄塊が明滅している。

子供たちを触媒にした魔力供給は、レイたちが儀式を中断させたことで止まっているはずだ。しかし、一度火のついた動力炉は、自律的に稼働を続けている。

(核融合か、あるいは対消滅か……)

吾輩の「解析」の目が、鉄塊の内部構造を透視する。

複雑怪奇な回路。未知の合金。そして中枢にあるのは、極めて高密度な魔力結晶体を用いた、疑似的な永久機関である。

「……厄介な代物だ」

これを停止させるには、単に破壊すればいいというものではない。下手に衝撃を与えれば、蓄積されたエネルギーが暴走し、王都はおろか、この国そのものが地図から消えかねない。

精密な外科手術が必要だ。

「爺さん! あいつ、動き出しそうだぞ!」

レイが叫んだ。

見れば、鉄塊の表面から無数のコードが伸び、蜘蛛の足のように床を突き刺している。それが、ゆっくりと持ち上がりつつあった。

「……寝覚めが悪いな」

吾輩は杖を拾い上げ、よろめきながら鉄塊へと歩み寄った。

「止まれ! 近づくな!」

視力を失いかけたガストンが、気配を察して叫ぶ。

「それは神の落とし子だ! 貴様ごときが触れていいものではない!」

「神ではない。機械だ」

吾輩は冷徹に言い放った。

「作ったのは人間だ。そして、人間が作ったものならば、必ず止める方法がある」

吾輩は、鉄塊の装甲に手を触れた。

冷たい。生き物の温もりが微塵もない、無機質な冷たさだ。

内部を走る電子の奔流。論理回路の明滅。

それらは、「敵を殲滅せよ」という単純かつ残酷なコマンドを、無限に繰り返している。

(……哀れなものよ)

かつての転生者が、何のためにこれを作ったのかは知らん。自衛のためか、あるいは侵略のためか。いずれにせよ、彼はこの機械に「心」を与えることはできなかったらしい。ただの殺戮機械として、数百年も眠り続け、今また他人の欲望のために叩き起こされた。

「……眠りたまえ」

吾輩は、回路の要所となる一点に、指先を押し当てた。

魔法で破壊するのではない。

電気抵抗を、局所的に無限大にするのだ。

『天賦の才《電気抵抗・絶縁》』

回路の一部を、完全な絶縁体へと書き換える。

エネルギーの流れが遮断される。

行き場を失った奔流は、逆流し、安全装置を作動させる。

プスン、という間抜けな音がした。

鉄塊の明滅が消え、蜘蛛の足のようなコードが力を失って垂れ下がった。駆動音が止まり、地下室に本来の静寂が戻ってくる。

「……止まった?」

ミナが恐る恐る顔を出す。

「ああ。ブレーカーを落としただけだ」

吾輩は、どっと押し寄せてきた疲労感に膝を屈した。

「……爺さん!」

レイが駆け寄ってきて、吾輩の体を支えた。

「無茶しやがって。……黒焦げじゃねえか」

「服がな。……中身はまだ、生煮えくらいのものだ」

吾輩は強がって見せたが、実際、立っているのがやっとであった。

「……おのれ、ナツメェェェ!」

ガストンが、充血した目でこちらを睨みつけていた。

彼は懐から短剣を取り出し、盲滅法に振り回しながら突進してくる。

「貴様だけは! 貴様だけは許さん!」

「往生際が悪いぞ」

レイが前に出ようとしたが、それより早く、影が動いた。

「そこまでだ、ガストン」

凛とした声と共に、一閃の剣光が走った。

ガストンの手から短剣が弾き飛ばされる。

「……あ?」

ガストンが呆然と立ち尽くす。

その喉元に、白銀の剣が突きつけられていた。

剣の主は、いつの間にか広場の入り口に立っていた、シルヴィアであった。

その背後には、武装した騎士たちと、そして――国王アレクサンドロス三世の姿があった。

「へ、陛下……?」

ガストンが崩れ落ちる。

「……見損なったぞ、ガストン」

王の声は、怒りよりも深い悲しみに満ちていた。

「余は、国を守るために力を求めた。だが、民を、子供たちを犠牲にしてまで得る力など、魔王のそれと同じではないか」

王は、解放された子供たちの方を見た。彼らはレイやミナに保護され、まだ怯えてはいるものの、外傷はないようだった。

「アルフレッドから全て聞いた。……余が間違っていた」

王はガストンを見下ろし、静かに宣告した。

「ガストン、そちを国家反逆罪および禁忌魔法使用の罪で拘束する。……連れて行け」

「お、お待ちください! 私は国のために! 陛下のために!」

ガストンの絶叫が、騎士たちによって引きずられていくにつれて遠ざかっていく。

地下室に残されたのは、機械の残骸と、後味の悪い空気だけであった。

「……ナツメ殿」

王が、吾輩の方へ歩み寄ってきた。

「礼を言う。そなたのおかげで、余は取り返しのつかない過ちを犯さずに済んだ」

「礼には及びません」

吾輩は、レイの肩を借りて立ち上がった。

「吾輩はただ、安眠を妨害された腹いせに暴れただけです。……それに、子供の泣き声は、どうにも寝覚めが悪いですからな」

「……ふっ、そなたは本当に、食えぬ男だ」

王は苦笑した。その顔には、初めて会った時のような「値踏み」の色はなく、一人の人間としての敬意が浮かんでいるように見えた。

「この借りは、必ず返す。……王として、いや、一人の親としてな」

王は深々と頭を下げた。

一国の主が、薄汚れた異界の書生に頭を下げる。

その光景を見て、吾輩は少しだけ、胸のつかえが取れたような気がした。

権力というものは、時として人を怪物に変える。だが、過ちを認め、頭を下げることのできる権力者は、まだ「人間」でいられるのかもしれない。

「……陛下」

吾輩は言った。

「返すというなら、一つだけ頼みがあります」

「何だ。爵位か、領地か。何でも言うがいい」

「そんなものはいりません。……ただ、この国で一番美味い菓子屋を教えていただきたい」

王は目を丸くし、それから腹を抱えて笑い出した。

「ははは! 菓子か! これは一本取られた!」

笑い声が、陰惨な地下室の空気を払拭していく。

「よかろう。王室御用達の菓子職人を、そなたの宿へ遣わそう。……存分に味わうがいい」

「それは楽しみだ」

吾輩もつられて、微かに口元を緩めた。

地上へ出ると、夜は明け始めていた。

東の空が白み、白亜の塔が朝焼けに染まっていく。

「……終わったな」

レイが大きく伸びをした。

「ああ。長い夜だった」

吾輩は、朝の冷気を含んだ風を吸い込んだ。

ミナが、保護された子供たちに手を振っている。子供たちも、涙を拭いて手を振り返している。

「師匠! 私たち、やりましたね!」

ミナが満面の笑みで駆け寄ってくる。

「……騒々しい。耳元で叫ぶな」

吾輩は耳を塞いだが、その声にはいつもの刺々しさはなかった。

「さて、帰ろう。……三毛猫が腹を空かせている」

吾輩は杖をつき、歩き出した。

体はボロボロだ。服は焦げている。金貨の報酬もない。

だが、懐に入れたエジソン電球だけは、朝日を受けて、誇らしげに輝いているような気がした。

智に働けば角が立つ。

だが、その角で切り開いた道の先には、案外、悪くない景色が広がっていることもあるらしい。

吾輩は、異世界の夜明けを見つめながら、そう独りごちたのである。

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