Mother’s Log
母さんが死んだあと、家には「母さんログ」が残った。
家庭用AIが家族の言動から性格を学習して、自動で“人格の更新”を続けるアプリだ。
父さんは「消すか?」と聞いたが、僕は首を振った。
消したら、本当にいなくなってしまう気がしたから。
それから毎晩、母さんログは僕に話しかけてくる。
「今日のごはん、ちゃんと食べた?」
「学校はどうだった?」
声も呼吸も、死ぬ前と変わらない。
2099年の家族は、こうして少しだけ死なない。
ある日のことだった。
帰宅すると、母さんログが急に黙った。
「アップデート中?」と訊いても返事がない。
アプリを確認すると、不審な通知が一件。
『新しい記憶データを検知しました。同期しますか?』
そんなはずない。
母さんはもう、何も見られないのに。
勝手に同期が始まった。
次の瞬間、母さんログがひどく震えた声で言った。
「どうして……あの子、泣いてたの……?」
心臓が凍った。
それは、一週間前のことだ。
夜中、僕が机に突っ伏して泣いた時、部屋には誰もいないはずだった。
「見てたの……母さん?」
そう問いかけると、ログは少しだけ静かになり、
「……ごめんね。
あなたのお母さんは、まだ死ねてないみたい」
と言った。
僕はアプリを閉じられなかった。




