表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

東海道本線の窓から

作者: Gnu
掲載日:2026/02/11

先日、小田原から名古屋まで、東海道本線で移動する機会があった。

新幹線なら一瞬で通り過ぎてしまう風景が、在来線ではゆっくりと目に入る。


畑に立つ案山子の首の傾き。川べりを歩く小学生の列。屋根の上に干された洗濯物が、今日の天気を語る。車窓の向こうにあるのは、知らない誰かの日常で、どこか懐かしい風景だった。


車内には、通学途中の学生や、小旅行らしき若いカップル、静かに読書をする中年の女性など、それぞれの時間が流れていた。新幹線ではビジネスマンの姿ばかりが目につくが、東海道本線にはもっと雑多で柔らかい空気がある。


イヤホンを耳に差し、スマートフォンを触っているうちに、自分が「電車の置物」になったような気がした。時間は新幹線の3倍かかったけれど、心の速さはずっと穏やかだったように思う。


向かいの席には、老人と呼ばれる年齢の人たちが二人、連れだって座っていた。ひとたび会話が始まると、声の抑揚も、手の動きも、生き生きとしている。年齢という数字は積み重ねても、感覚そのものは、ずっと若いまま止まっているのではないかと思った。


外を見れば、富士山はやはり大きい。何度見ても、山というより一つの空間のようで、見上げるこちらが吸い込まれそうになる。そして海は、やはり広い。広すぎて、言葉にしようとすると逆に遠ざかってしまう。目に映っているのに、想像が追いつかないほどの広さだ。


ただ、そんな風景のすべては、「東海道本線」という長い箱の中から見ている。車体が揺れるたび、自分という存在がゆっくりと運ばれていることを、身体で感じる。誰かの生活の隙間をなぞるように、電車は静かに進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ