適性があるらしい2
「セドリック様によると、メルシェローズ伯爵の承諾はいただいているそうです。あとはレティシア様のお心次第。いかがでしょうか。私をそばに置いてくださいますか?」
おそらくセドリックは父親と二人で馬車に乗ったときに、今回の話を持ちかけたのね。
フルールのような同性で年齢が近い護衛なら、同じ部屋にいても平気だわ。異性だとお互いに気を使うから。
「そうね。私もグリムのことは気になっていたのよ。これからよろしくね」
「はい。良かった……魔術塔へ戻らなくてもいいんだ……」
本音が聞こえる。彼女なりに必死だったのね。
フルールが屋敷に滞在することが決まった。部屋はジーナの隣で、もともと物置として使っていた小部屋を使ってもらうわ。もう少し広い部屋を用意しようとしたけど、フルールが反対したのよ。
「できる限りレティシア様の近くがいいのです。それに寝るときしか使いませんので、最低限の家具で十分です」
「あなたがそれでいいなら……でも足りないものがあったら言ってね」
「ありがとうございます」
フルールを護衛として雇うお金は、セドリックが出しているらしいわ。それとは別に魔術塔から給金をもらっている。だから食事も気にしなくていいと言われたけれど、それは私が嫌だわ。
「あなたは護衛だけど、私の先生でもあるんでしょう? 住みこみの教師に食事を提供するのは常識よ」
「そ……そうなんですか? すいません。貴族の生活には疎くて……」
そうでしょうね。
クロードの実家は布を扱う商家よ。つまり貴族じゃないの。クロードは幼少期に魔力の制御がうまくいかず、魔術塔へ通って治療を受けていたらしいわ。本人が魔術に興味を持って貪欲に学んだ結果、魔術塔で働けるほどの実力を身につけた。妹のフルールも似たような境遇でしょうね。
いま私の周囲にいる人の中で、グリムに対抗できるのはフルールだけ。私の悲惨な未来を回避できる手段を持っている人を冷遇するなんてあり得ないわ。恩には全力で報いる主義なのよ。
「私の近くにいるほうが都合がいいんでしょう? 食事の時も例外じゃないわ」
「分かりました。そういうことなら……」
順調に話が進んだところで、私は引っかかっていたことを尋ねた。
「聖女様と同じ力を持っている人は、どれくらいいるの?」
「総数まではちょっと……私が知っているのは、魔術塔に集められた四人だけなのです。一人は聖女と同じく全ての能力を持っていて、残りの人は一つ、もしくは二つの能力が使えます。彼女たちは聖女の補佐として、教育を受けているのです」
きっと全ての能力を持っている人が、新聖女に選ばれるのね。
全ての能力を持たなくても、グリムへの対抗手段になるわ。役割分担をしてグリムの鱗を消滅させればいい。そう判断した王家と魔術塔が連携して、彼女たちを特訓しているそうだ。
「へえ……言われてみればその通りね。今までやらなかったのが不思議だわ」
「おそらく短い間隔……長くても二十年ほどで、聖女になる資格を持った人が現れていたからです。聖女の役目を交代しても、しばらくは二人で活動していたそうです。魔力が衰えていなければ、三人だった時代もあるかもしれません」
待っていても次の聖女が現れないから、自分たちで探すしかなかったということね。
「レティシア様は、聖女がグリムを感知できるように、グリムも聖女を感知できることはご存知ですか?」
「ええ、だから聖女様には常に護衛騎士がついているんでしょう?」
グリムはよく、護衛騎士が邪魔で聖女が殺せないって怒っていたわ。
「はい。グリムは聖女を憎んでいますから。それから、グリムが警戒しているのは聖女だけではありません。聖女と同じ能力を持っている人もまた、危険だと思っているのです」
「聖女じゃなくても狙われるのね」
狙われていても不思議じゃないわ。聖女と同じ能力を持っているってことは、グリムを封印したり傷つけたりできるってことよ。
「聖女の補佐たちは、複数箇所で保護されているのです。一箇所に全て集めてしまうと、グリムが襲撃してきたら全滅してしまうかもしれません」
「だからあなたは魔術塔にいる四人しか知らないって言ったのね」
「はい。今は五人です」
「どういうこと?」
フルールの瞳が元の緑色に戻った。
「レティシア様からは、他の補佐と同じ力を感じます。セドリック様がおっしゃった通り……ちゃんと練習すれば、能力を伸ばしていけるはずです。おそらく私以上に」
「私が?」
心が落ち着かない。ざわざわと嫌なものが渦巻いている。
一周目の私がグリムに侵食されたのは、道具にするためだけじゃなかった?
聖女と同じ能力を持っていたから、グリムにとって都合が悪かった。だから操って排除しようとしていたの?
一周目の私は聖女と同じ能力があると知らず、護衛もいない。グリムには排除しやすい敵だわ。
「いきなりこんなことを言って、混乱されるかもしれません。私だってセドリック様から話を聞いたときは疑っていました。今は信じてもらえなくてもいいのです。でも能力を引き出す練習をしてみませんか?」
私がレティシアとして生きてきた時間が、またグリムに壊される。自分が知らない間に狂わされていく。死に戻りを自覚してから、ずっと感じていた恐怖だ。
あの夢のように、誰にも気づいてもらえないまま、ただ自分が操られているのを見ているだけ。そして虚しく死んでも、誰も気にかけてくれない。
でもフルールは、そんな未来を変えられる方法を知っている。
「あなたが私に教えてくれるのは、グリムの鱗を見つける方法だけ?」
フルールは無言でうなずいた。
「消滅させる方法もお教えします。レティシア様が自分の身を最低限でも守れるようになったら、別の人が封印についてお話しする予定……らしいです」
「やるわ。グリムなんてものに私の人生を台無しにされたくない」
いつから始めるのかと聞くと、フルールは簡潔に明日からと答えた。
「今日はこの屋敷にグリムの鱗が侵入していないか、点検をしたいのです。それから侵入を防ぐ結界を。家の中を隅々まで見て回りたいのですが、お許しをいただけますか?」
「じゃあ私も一緒に行くわ。今日からここに住むなら、皆に顔と名前を覚えてもらわないとね」
「う……はい、頑張ります」
フルールは顔をこわばらせ、またフードを目深に被った。専門的なことはしっかり喋るけれど、それ以外は極端な人見知りになるタイプらしい。なんだか落差が可愛らしくて、好感が持てた。