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性格が違うらしい2

 約束した日の夕方、セドリックは宣言通りに私たち親子を迎えに来た。軍服のセドリックは凛とした格好良さがあったけれど、正装の彼もまた外見の良さが前面に出ている。


 たまに物騒な一面が出てくると知らなければ、純粋に衣装が変わったことを楽しめたのに。


 積もる話があるというセドリックと父親が同じ馬車に乗り、私は母親と一緒にもう一台の馬車を使うことになった。


 母親はセドリックに会っても普通に会話ができるほど回復していた。あの日のことは記憶の彼方に消し去ったのかしら。それとも我が家の侍女やメイドたちが心を癒した結果かしら。私は両方だと思う。


 ベルレアン公爵家の屋敷に到着した私たちは、すぐにセドリックの両親に出迎えられた。二人ともセドリックの親だとわかるくらい、顔立ちが似ている。順当に歳を重ねた結果の、内側から滲み出る気品というのかしら。二人に会うと、いつも上品さに圧倒されるわ。


 簡単に挨拶を済ませた私達は、まずサロンへと通された。ここでしばらく歓談を楽しむようね。最初は全員で話していたけど、次第に男女に分かれて話題が進んでいく。そのうち男性陣は食前酒を求めて別の席へ移った。


「レティシアさんは会わないうちに随分と大人びた雰囲気になりましたね」

「恐縮です」


 公爵夫人のリュシエンヌ様に話しかけられた私は、自然な笑顔を心がけて答えた。彼女は社交界の華と謳われるほどの人よ。社交界デビューして数年しか経ってない私とは、生きている世界が違う。


 リュシエンヌ様は嫁いでくる予定の私に、とても親切にしてくれる。礼儀作法を教えてくれる教師を紹介してくれたのも彼女だと、母親が打ち明けてくれた。公爵家ともなれば王族とも普通に交流する。伯爵令嬢に必要な教養と礼儀作法だけでは、私が苦労すると思って手配してくれたらしい。


 それもこれもセドリックと婚約しているからよ。私が自分の力で得た待遇じゃない。だからどうしても引け目を感じてしまう。


「教育のほうも順調だと聞いているわ。とても優秀なのね」

「紹介してくださった先生のお陰です。私でも理解できるようになるまで、何度でも教えてくださる熱心な先生ですから」


 先生は私ができるようになるまで授業が終わらないほど厳しいけれど、できなくて人前で恥をかくことはなかった。失敗しても絶対に笑わないところは好きだけど、もう少し褒めて伸ばしてほしいと思うこともあるわ。


「でも……私がセドリック様の婚約者でよかったのでしょうか。もっと他に相応しい女性がいたのではないかと思――」

「レティシアさん。あの子が何か不快なことをしてしまったの?」


 血の気が引いた顔で、リュシエンヌ様が私の手を握った。決定権が公爵家にあるにも関わらず、まるでこちらが婚約を白紙にする力があると思っているかのようだ。


 人の言葉を遮ってはいけませんと躾けられたはずのリュシエンヌ様が、焦って聞いてくるなんて異常だ。


「た、確かに個性的だけれど、悪い子じゃないのよ? ちょっと愛情が一方的すぎるだけで、あなたを想う気持ちに偽りはないわ。たぶん……」


 そこは言いきってほしかったわ。ますますセドリックの性格が分からなくなってくるから。


「リュシエンヌ様、娘は気後れしているだけですよ。セドリック様は素晴らしい人ですから。そうよねレティシア? そうだと言って」


 母親がリュシエンヌ様を慰めるように言う。


 お母様、目をそらして言っても説得力はありませんよ。暗に何かあったと言っているようなものです。


「もし、レティシアさんが迷っているだけなら、何の心配もいらないわ。あの子のことで悩んでいるなら遠慮なく言って。大丈夫よ、あなたが言うことなら、きっと聞き入れて改善してくれるわ。だから、あの子を見捨てないであげて。お願い」


 ねえセドリック。あなた、家でどんなことを話しているの。あなたのお母様が婚約破棄の恐怖に怯えているわよ。普通は私のほうが婚約破棄されないように努力したり、悩んだりするものじゃないの?


「親戚の中には、レティシアさんが嫁いでくることを反対している人がいたけれど、セドリックが全員を説得したわ。敵意を向けてくる人は一人残らず駆逐されたはずよ」


 駆逐って何ですかリュシエンヌ様。


「良かったわね、レティシア。こんなに愛されているんですもの。安心して嫁げるわね」


 良い話、なのかしら。

 ともかく私はリュシエンヌ様と母親に泣きつかれる形で、婚約を続けることになった。


 おかしいわ。しばらく領地で勉強し直してきますと言って、領地に引きこもる計画だったのに。


 その後の食事会では、婚約に関する話題は一切出てこなかった。私以外の全員が結婚することを疑っていない。会話に加わっていなかった公爵も、妻の様子から何かを感じ取ったのか、私に気を遣っている。


 逆に居心地が悪いから、普通にしてほしかったというのは贅沢かな。なんだか安息地を求めて飛び立ったはずなのに、自分が思っている場所とは別のところに着地しそうよ。


 でもまだ時間はある。グリムに使い捨てられないための第一歩として、セドリックとは距離を置かないといけない。


「レティ。せっかく王都へ出てきたんだから、遊びに行かない?」


 食事会の終了間際、セドリックに提案された。


「それがいいわ。ねえ、レティシアさん。いま王都で流行っている劇があるのよ。とても素晴らしかったから、ぜひ二人にも観てほしいわ」

「君たちの都合がいい日を教えてもらえれば、チケットを用意するよ」


 公爵夫妻がセドリックを援護している。


「で、でも。仕事は?」

「大丈夫。殿下から、いつでも休んでいいとお許しをもらっているからね」


 随分と太っ腹ね。まあ、王太子は器が大きい性格だと評判だけど。


「それにね、休みがないなら作ればいいだけだよ」


 随分と豪快ね。それ、誰かの犠牲の上に成り立ってない?


「良かったわねレティシア。セドリック様が側にいらっしゃるなら安心だわ」

「ああ、本当に良い縁に巡り会えたね」


 両親は心から歓迎している。


 お母様、つい先日に見たことは本当に記憶の彼方へ葬り去ったんですね。もし私が犯罪に巻き込まれそうになったら、彼は迷わずその場で犯罪者を斬り刻みますよ。体は無事でも、精神までは守ってくれないかもしれません。


 お父様は天然を発揮しているだけだわ。


「そ……そうですか。楽しみです」


 ここで誘いを断る勇気は、私にはなかった。


 その後、時間いっぱいまでデートの予定を立てることになった私は、セドリックの手際の良さに圧倒されっぱなしだった。私の興味がありそうなものを次々と提案して、予定に組み込んでいく。一日で消化しきれないぶんは、別の日もあるからと言って次のデートに繋げることも忘れていない。


 さすが王家を支える公爵の子息ね。外堀が秒で埋まっていくわ。


 セドリックから逃げたい私の計画は、またしても失敗に終わってしまった。とりあえず、デート当日は高熱が出るように祈っておこう。



 ***



 レティシアが余計なことを言う前に、こちらの要望を押し通すことに成功した。

 今度は絶対に逃さない。油断をすると彼女はすぐ自分から逃げようとする。それだけは駄目だ。


 彼女の行動は全て掌握している。お互いの両親の協力は取りつけた。

 計画を阻む者は斬り捨てる。


 セドリックは机の上に置いた指輪を眺めて、物思いにふけっていた。

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