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倒したいらしい4

 亀裂を抜けた先は、封印の間だった。振り返るとオレンジ色に染まった封印がある。ここに閉じ込められていたのね。


「レティシア様!」


 フルールの泣きそうな声がした。


「ご無事ですか? 怪我してませんか? 気分が悪かったりしませんか? レティシア様に何かあったら……私……」


 私は今にも倒れそうなフルールを抱きしめるように支えた。彼女は真っ青な顔で震えているわ。こんなに心配してくれる人がいたのね。


「レティシア様に何かあったら、セドリック様が魔王化してしまいます。お願いですから、無事って言ってください!」


 おかしいわね。私のことを心配して言っているんじゃなかったの?

 荒れ狂うセドリックを見たくない気持ちは、よく理解したわ。


「大丈夫よ。無傷で帰ってこられたから」

「良かったです……」


 とりあえず一段落ね。そう思っていたのに、封印の近くから可愛らしい掛け声と水っぽい音がした。


 ロザリーが例の鈍器を振り回して、飛散している鱗の群れを襲っているわ。鱗はロザリーを襲おうとしているけれど、動き回る彼女には追いつけないみたいね。


「レナルド様! これ全部倒してもいいって本当ですか!?」

「ああ。遠慮しなくていい。鱗が地上へ出る前に片付けてくれ」

「やったぁ!」


 嬉しそうに笑うロザリーはとても可愛らしいのだけれど、言っていることは物騒だわ。セドリックが教育しただけのことはあるわね。彼ほどではないけれど、敵への対処がそっくりよ。


「ああ……またそんな乱暴に扱って。ちょっと! 水晶の部分で鱗を殴っちゃ駄目だからね!」


 ロザリーへ向かってクロードが叫んでいるけれど、彼はもう半ば諦めているみたい。大きなため息をついて、飛び回る鱗に電撃を当ててロザリーがいる方向へ弾いている。


 私とフルールの周囲には結界があるから鱗は入ってこられない。きっとこの結界はフルールの仕事ね。

 レナルドは戻ってきた私を見つけると、挨拶のように微笑んだ。


「戻ったか。無事で何より」

「殿下はセドリックの計画をご存知だったんですか?」


 だって、フルールほど動じていないもの。これは共犯者と思っていいのかしら。


「ああ。セドリックが失敗したときは、俺がグリムを倒す手筈になっている。その時は甚大な被害が出ているだろうが、国が滅びるよりはいいだろう」


 ものすごくあっさり言っているけれど、安心できない状況ってことよね。セドリックを置いて私だけ外へ出てきたけれど、良かったのかしら。


 私とは対照的に、ロザリーは生き生きと鱗狩りを楽しんでいるわ。令嬢らしく上品に笑いながら鱗を追いかけて、時に追い越して鈍器で殴る。鱗が消滅しているということは、一応浄化しているのでしょうね。私、ここにいる必要はあるのかしら。


 ふと、セドリックが封印へ向かって祈っていてほしいと言っていたことを思い出した。私の力がグリムを弱らせるって。封印の修復と同じようにすればいいのかしら。


 私が祈り始めてすぐ、杖から出た光が封印の裂け目に吸い込まれていった。私が出てきたところだわ。


 本当にセドリックの助けになっているのかは分からない。でも彼を信じてみようと思うの。核心の部分を話してくれないセドリックだけど、私を陥れたり傷つけることはしなかった。私を守るためにしていることは確かね。


 徐々に飛び回る鱗の数が減ってきた。主にロザリーが消滅させ、レナルドは近づいてきたものだけを相手にしている。レナルドはセドリックが失敗した時に備えているからでしょうね。


 鱗が減っているのは封印から出てくるものが無くなったから。


 ロザリーが最後の一つを消滅させた。封印に変化はない。まだセドリックが中にいる。


「レティシア様。少し、休憩したほうが……」


 フルールが私を心配して声をかけてくれたけれど、まだ中断したくない。


「これ以上、魔力を消耗したら倒れるのです」

「でも、まだ帰ってきてないわ。私にできるのは、これしかないから」


 私はセドリックから与えてもらうばかりで、何も返していないわ。


 杖から出ていく光が弱々しくなった。もう限界みたい。

 封印の亀裂が音を立てて裂けていく。内側から大きなものが出てくるかのように、こちらへ膨張している。


「下がれ!」


 最初に動いたのはレナルドだった。フルールと協力して、私を壁際まで引きずっていく。レナルドは聖剣を構え、異変に備えた。


 ロザリーは杖を構えて封印を凝視して待っている。クロードも私達の近くで様子を見ていた。


 亀裂から最初に見えたのは、長い髪だった。グリムが姿を借りている聖女に似た、黒くて艶やかな質感をしている。続いて誰かの手が内側から亀裂を掴み、力任せに広げた。


「グリム……?」


 どさりと亀裂から床に落ちてきたのは、封印の中で見たグリムだった。


「ひっ……」


 フルールが小さく悲鳴をあげた。


「まったく、往生際が悪い奴だ。さっさと降参していれば、苦しむこともなかっただろうに」


 気だるそうに言う声には、苛立ちと疲労が濃い。全身から発せられる威圧感が私達の気力を削っていく。底冷えするような殺気にあてられて、私は立っているのがやっとだった。


 ええ、現実を認めて素直に言うわ。セドリックよ。グリムの頭を掴んで、封印から出てきたわ。グリムはぴくりともしないのだけど、あれは死体なの?


 セドリックの見事な銀髪はグリムの血で汚れている。かなり激しく戦ってきたのか、セドリックも怪我をしていた。特に左腕は酷い。行動に支障はないようだけど、大きく裂けた袖から血が滴っている。


 私は亀裂から完全に出てきた時を見計らって、声をかけた。


「……セドリック?」


 私の声が届いた途端、不機嫌そうだったセドリックの表情が明るくなった。輝くような笑顔で私の名前を呼んでくれたわ。私も笑顔で応じるべきだと思うけれど、中途半端な表情にしかならなかった。


 仕方ないじゃない。セドリックの怪我を心配する心と、悲惨な状態になったグリムについて知りたい心がせめぎ合っているのだから。


「ただいま」

「お……お帰りなさい?」


 散歩から帰ったよ、ぐらいの軽い口調でセドリックが言う。やめてよ。私の中にある常識がおかしくなりそう。


「あの、セドリック? グリムは?」

「ああ、これ? まだ死んでないよ」


 セドリックはレナルドが持っている聖剣に視線を落とした。


「長い間、この国はグリムの脅威と戦ってきた。王侯貴族はグリムがもたらす災いから国民を守ることを約束する代わりに、地位の恩恵を受けていたわけだ。だからグリムの消滅は王もしくはその子孫の功績でなければいけないってことだよ」

「そうしないと王権が揺らぐってこと?」

「レティは理解が早くて助かるよ」


 セドリックは穏やかに笑っているけれど、話の内容は穏やかじゃないわ。


 この国はグリムの脅威に晒されてきた。外国にも悪魔に荒らされているところがあるわ。この国みたいに平和なところは少ないけれど。


 グリム消滅を目的に国をまとめてきたから、それに代わるものがないと国がバラバラになるんじゃないかってセドリックは危惧している。いきなり見つかるものじゃないわ。だから王太子であるレナルドはグリム討伐最大の功労者だって既成事実を作りたいみたい。英雄が国民の心を集めて国を治めるなんて話は、昔から好まれているもの。


 レナルドは英雄役として最適なのよ。王太子だから国の現状をよく知っている。元より名前が知られているし、国民の混乱は少ないわ。いきなり新たな英雄が現れるよりもね。


 もしセドリックがグリムを倒して英雄扱いされたなら、王位継承に余計な争いが生まれるわ。正当な継承者と末席ながらも継承権を持った英雄という対立になるから。セドリックははなから王位なんて望んでいない。


 私がすぐに理解したぐらいだもの。レナルドはとっくに気がついていたでしょうね。


 セドリックは掴んでいたグリムの頭を離した。グリムは支えを失って、床に頭を叩きつけられる。だがもううめき声をあげる力もないらしい。かろうじて呼吸をしている状態だった。


「さあ、王太子。トドメを」

「いや、お前……この状態で?」


 レナルドが頭痛を堪えるような顔になった。


 そうよね。もうセドリックが始末してしまっても良かったと思うわ。ここにいる全員、真実を他言しないでしょうし。セドリック一人でグリムを倒しました、なんて言っても信じてもらえないから。


「君の聖剣が綺麗なままだったら、誰も信じないからね」

「そこまで気が回るなら、もう少し元気な状態で渡せ。セドリックだけ怪我をした状態で上へ帰って、疑問に思わない者がいると思うのか」


 そうよ。もっと言ってあげて。セドリックは一人で抱えすぎなのよ。


「だって説明するよりも、自分でやったほうが早いし」


 セドリックは拗ねたようにグリムを足で踏みつけている。


「……今更、お前に言っても仕方ないか」


 早々に諦めたレナルドは、グリムに聖剣を向けた。


「千年にわたる人の恨み、その身で受け止めるといい」


 容赦なく振り下ろされた聖剣は、易々とグリムの皮膚を切り裂いた。空気が震え、私は自分の耳を塞いだ。


 あれはグリムの叫び声だわ。体だけじゃない、魂もえぐられていくような痛みを訴えてくる。


 グリムの体から剥がれた鱗や切り落とされた片腕、潰れている目を見れば、結界の中で何があったのか想像できてしまう。セドリックは楽しんでやっていたわけじゃないと思うの。彼の体についた傷から、そうしなければグリムを無力化できなかったんだって推測できるから。


 レナルドが傷をつけるごとに、叫びは小さくなっていく。人間が鍛えた聖剣では、グリムを徐々に弱らせていく程度の力しか出せない。生命力を削ぎ落とされていくグリムにとって、拷問に等しいわね。


 同情はしないわ。だってグリムは長い間、人間を苦しめていたんだから。悪魔はいつも理不尽に人間を襲う。襲われたから抵抗した、それだけよ。


 叫びは聞こえなくなった。


 グリムの体が灰になって、風もないのに崩れて消えていく。最後に質素な杖だけが残ったけれど、それも同じように消えてしまった。


「……ようやく終わったな。感慨も何もないが」


 レナルドはグリムと聖剣を見比べて言う。

 ひねくれた見方をするなら、呆気なく終わってしまったことについての感想かしら。


「グリムが消えた後のほうが、問題は多そうだ」


 もう今後のことを考えているのか、なんて言う気にはなれないわ。レナルドは王太子として色々な期待がのしかかっている人ですもの。今後はこれにグリム討伐の功労者がついてくるのよ。常に先のことを考えて行動しているに違いないわ。


「俺もあれぐらい、自由に喜びたいものだ」


 レナルドの視線の先には、グリムの死を聞いて喜ぶロザリーの姿があった。クロードの両手を掴んで、踊るように二人で回っているわ。クロードは不本意なんでしょうね。迷惑とか、止めろって叫んで抵抗しているけれど、ロザリーの力には敵わないみたい。


「セドリック」


 私が声をかけると、セドリックは剣を鞘に納めた。血は止まっているみたい。顔色は悪くないけれど、疲れは隠せないようね。


「レティ。終わったよ。全部」

「本当?」

「うん。レティが生きてる。だから終わったんだと思う」

「じゃあ、あなたが私に隠していたこと、教えてくれるの?」

「いいよ。でも、世間が落ち着いてからね。きっと俺もレティも、しばらく会えなくなるぐらい忙しくなるから」


 聖女様、とセドリックに言われて、私は自分の立場を思い出した。

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