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倒したいらしい3

 隣にいたはずのセドリックがいない。いきなり私だけ別の空間に放り出されたのが理不尽だわ。私じゃなくてセドリックだったら、無傷で帰ってこられそうなのに。


 白かった世界に変化が起きた。ぼんやりとした影が現れて、徐々に人の形になっていく。


 黒く艶やかな髪が床に広がっている。影は女性になったわ。座った姿勢で私を見上げている。どこかでみたような顔ね。


「……聖女様?」


 そう、グリムを封じた初代の聖女よ。肖像画とは雰囲気が少し違うけれど、髪や瞳の色、着ている服は同じだわ。


 聖女は私へ向かって、可哀想にとつぶやいた。


「あなたもこちら側へ来たのね。悪魔を封じるために利用されて、死ぬ未来しかないのに」

「私以外の人も、ここへ来たの? 悪魔を封じるために?」

「いいえ。悪魔を倒そうとして、失敗したのです」


 悪魔とはグリムのことだと思うわ。グリムの封印を維持していることは知っているけれど、グリムを倒そうとしたなんて知らない。これも王家が隠している歴史なの?


 聖女は長い間、ここでグリムを封じていたって解釈してもいいのかな。


「この場所は?」

「封印の内側」

「グリムはどこに?」

「私の中にいます」


 聖女の日記に書いてあった通りね。自分の中にグリムを閉じ込めて封印に閉じこもる。並の精神力じゃできない方法なんだけど、目の前にいる聖女は長い間可能にしたと思っていいのかしら。


 どうして彼女は冷静でいられるのか不思議だわ。封印されているとはいえ、いつ自分が負けてグリムに侵食されるか分からないのに。


 聖女の日記を信じるなら、ここで彼女を倒せばグリムを討伐できる。ここにいるのは私しかいない。

 彼女を殺すってことよね。


 持っている武器は杖だけ。一応、攻撃魔術は知っているけれど、人間を殺したことなんてない。


「あなたは悪魔を倒したい?」


 私を観察するように見ていた聖女は、静かに問いかけてきた。


 考えていることを見透かされた気がして、私は返事をするのが遅れた。澄んだ瞳を向けてくる聖女から目を逸らしたい。私、今とても良くないことを考えているから。


「え、ええ。可能ならね」

「必要なのは大量の魔力と、あなたの勇気だけ。大丈夫。あなたが倒すのは悪魔です」


 聖女と協力してグリムを倒す。今の私には、それ以外の有効な手段はない気がする。

 私が動かないと事態は変わらない。ずっとここにいるなんて嫌。外へ出たいわ。まだ生きていたい。


 死に戻って、グリムに侵食されていない人生になったのよ。この先も無関係でいたいわ。


 どうしてセドリックは私の杖に細工をしたの。私だけでグリムを倒せるなんて思っていないはず。別の意図があるって思っていてもいいの?


 私が知らないことで計画通りに事が運ぶなら、一人で悩んでいる時間も彼には必要だってこと。


 ――レティは何もしなくてもいいよ。グリムを殴るのは、俺がやるから。


 セドリックはそう言っていたわ。

 じゃあ私がやるべきことは。


 私が結論を出したとき、背後から大きな音がした。扉を蹴っているような騒音が続いている。誰かが無理やり押し入ろうとしているみたいに。


 聖女にも正体が分からないようね。私を見上げてくるけれど、私にだって分からないわ。

 激しかった音がしばらく続き、不意に止まった。


「……何だったの?」


 油断していた私の近くで空間が裂けた。人の手が現れて、亀裂を広げていく。


「ひっ……」


 こちら側と侵入者を隔てている壁が、いとも容易く破壊された。亀裂は木を引き裂くような音をたてて広がり、とうとう人が通れる大きさにまで拡張された。


 誰かが入ってくる。

 見覚えがありすぎる銀色の髪。私を見つけた途端に、優しくなる紫色の瞳。


「レティ。来たよ」


 来ちゃった。


「セ……セドリック?」

「お待たせ」


 そんな、デートの待ち合わせみたいに軽く言わないで。まだ恐怖で心臓が激しく脈打っているから。


 待って。後ろから抱きしめないで。嬉しそうに頬擦りしているみたいだけど、私には獣が捕食する前の動作にしか感じられないわ。


「アレの誘いを無視してくれて、ありがとう。何もしなくてもいいって言ったこと、覚えていてくれたんだね」


 全部、聞こえていたのね。


「理由までは言ってくれないから、どうしようか迷ったのよ?」

「だってレティは顔に全部出るからね」


 やだ。演技ができないって知られていたわ。


「彼女は誰なの?」

「グリムだよ。悪魔が無害そうな人物に変化して人間を騙すのは知っているよね?」


 聖女の表情が険しくなった。


「妨害するだけでは飽き足らず、私のものを横取りするのか」

「横取り? レティを俺から横取りしようとしているのは、そっちだろう。お前の居場所を特定するために協力してもらっただけで、餌にするつもりなんてないよ」


 私の杖に細工をしたのは、このためだったのね。事前に作戦を教えて欲しかったけれど、セドリックは私の演技力を信じていないから仕方ないわ。


「本当はレティを危険に晒したくはなかったけど、こうしないと、いつもお前は出てこないから。もちろん安全対策はしていたよ」


 そういえばセドリックからアクセサリーにしか見えない護符をもらっていたわ。


 私を抱きしめていたセドリックは、私の髪に口付けてから離れた。剣を鞘から抜き、前に出る。


「グリムを倒すの?」


 私が声をかけると、セドリックは振り返って微笑んだ。


「そうだよ。封印なんて生ぬるいことはしない。二度と蘇らないように、潰して、切り刻んで消し去ってしまわないと」


 あら。セドリックの目に物騒な光が見えるわ。


「私を倒す? 馬鹿なことを」


 白い空間に圧力が増した。私は杖にすがるようにして立つのがやっとだった。


 グリムが立ち上がり、竜に似た姿へと変わる。でも顔は聖女のまま。歪で不安を煽る外見だわ。

 手が震えている私とは違って、セドリックはまるで動じていなかった。剣を片手にグリムの方へ歩いていく。


「この体を殺すの? どんなに勇ましいことを言っても、人間は同族殺しを忌避しているじゃない。だから聖女を封じたのでしょう? それに悪魔である私を人間が殺せると思わないで」


 セドリックの剣がグリムの前足を斬り飛ばした。攻撃を仕掛けようとしていたグリムは叫び声をあげて後ろへ下がる。前足はすぐに再生したけれど、グリムはセドリックを警戒して、距離をあけた。


「良かった。"こっち"の聖剣も効くみたいだね」

「ま、待って! その剣は何? あの厄介な剣は王族が持っていたはずよ!」


 グリムは首を横に振っている。


 セドリックが持っている剣は、レナルドが持っている聖剣とは見た目が違うわ。でもグリムに与える効果は同じね。


 セドリックは血がついた刀身を眺め、満足そうに言った。


「死ぬ前に教えてあげるよ。聖剣はね、一本だけじゃないんだよ。お前が封印されてから、何年経過したと思っているの? 悪魔に有効な武器をいくつも作ったに決まっているじゃないか」


 セドリックは楽しそうに笑っている。


「お前よりも下級の悪魔で実験したこともあるらしいよ。だからある程度は効果があるのは分かっていた。お前相手でもこんなに斬れるなんて、嬉しい誤算だね。それとも、レティの魔力を使って弱らせたのが効いたのかな?」


 グリムの顔が青ざめた。セドリックの言葉を疑う余地なんてない。


「この日を何度、夢見たと思う? ずっと会いたかったんだ。レティを殺した原因に。お前を殺すために強くなって、ようやく願いが叶うんだ。ここへ到達するまでに、随分と胸糞悪いものを見せてくれたね?」


 セドリックの声は弾んでいた。嬉しさを隠そうともしない。


「何度も何度も想像したんだ。鱗を一枚ずつ剥がそうか、それとも牙を抜いてやろうかって。でも、まずはレティが傷付けられたところに、同じ傷をつけるのがいいかな」


 異様な雰囲気を感じたグリムは、顔を歪ませてセドリックを凝視した。


「あなた、何を言っているの……?」

「大丈夫。途中で死にそうになっても回復してあげるよ。過去の全てを精算しよう。何度もレティを殺した罪は重いからね」


 困惑しているグリムが私を見たけれど、無駄よ。私にどうにかできるような人じゃないから。

 ところで、何度も私を殺したって何?


「レティは先に帰っていて。すぐに戻るから」

「え、ええ。ありがとう。お言葉に甘えて、そうさせてもらうわ」


 セドリックが入ってきたところ元の部屋へ戻るのかしら。彼が何も言わないってことは、正解よね。

 私は一刻も早く通りたかったけれど、挨拶もなしに帰るのは駄目ね。


「セドリック。気をつけてね。あなたが傷つくところは見たくないわ」

「レティ……」


 セドリックは幸せそうに微笑んだ。


「帰ったら結婚しよう」

「それ、今言わないといけないことなの……?」

「うん。レティがいるから、俺は頑張れたんだよ。向こう側へ戻ったら、封印へ向かって祈っていてね。レティの、聖女の力がグリムを弱らせるから」


 私は門に片足を踏み入れた。背後からグリムの悲痛な叫び声が聞こえてきたような気がするけれど、きっと気のせいね。

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