倒したいらしい2
「レティ。グリムの封印にできた穴は、全てレティの魔力で塞いだよ。中にいるグリムは、着実に弱っている。君を危険に晒すことはしたくないけれど、最後の仕上げをしたいんだ」
神官服を着た男をどこかへ連れ去ったセドリックは、物騒な空気を完全に消して私のところへ戻ってきた。
窓から見えたんだけど、あの人は縄で縛られて荷車に乗せられていたわ。セドリックが合図をすると、彼の部下らしき人達がわらわらと現れて、荷車に積み込んでいたのよ。かなり手慣れていたわ。
なんで慣れているのかは知りたくないわね。
「その前に、教えてほしいわ」
「何かな?」
「セドリックが目指しているのは、どんな結末なの?」
少し考えるそぶりを見せたセドリックだけど、ゆっくりと首を横に振った。
「全てが終わってから教えるよ。レティが今、それを知ると計画に狂いが出る」
「私の行動も計画に含まれているの?」
「含まれているんじゃなくて、計画の中心だよ」
セドリックは私に手を差し出した。
「レティ。外へ出ようか」
「グリムのところへ行くの?」
「うん。レティ抜きでグリムに対抗できたら良かったんだけどね」
セドリックが弱気だと、私まで不安になってくるわ。
「レティは何もしなくてもいいよ。グリムを殴るのは、俺がやるから」
あ。この物騒な言葉。いつも通りのセドリックだわ。
私は引きつりそうになる頬の筋肉を総動員して、なんとか笑顔の形にした。
「セドリックがいてくれるなら安心ね……」
グリムに会ったら、目を閉じて耳を塞いでいたほうがいいかしら。精神衛生的に、そうしたほうがいいと思うの。これ以上、婚約者に恐怖心を抱きたくないわ。
私はセドリックにエスコートされて、久しぶりに部屋の外へ出た。ずいぶんと長い間、閉じこもっていた気がするわ。
「レティシア様……」
廊下に立っていたジーナは、私にコートを着せてくれた。
「セドリックを呼んでくれてありがとう」
「仕事ですので。お礼を言われるようなことではありません」
「行ってくるわ」
「はい。お気をつけて」
玄関の外では馬車が停まっていた。公爵家の馬車と分かるように、紋章がついている。でも御者はセドリックの部下だわ。
馬車に乗ると、すぐに動き出した。私の隣にはセドリックが座っている。馬車から見える人は、大人の男性ばかりだった。子供や女性の姿は極端に少ないわ。騎士の巡回も多いのか、武装した集団を見かけたわ。
王城には馬車のまま入っていくみたい。目的地に到着したのか、不意に揺れが止まる。
「レティ」
先に外へ出たセドリックの手を借りて、馬車から降りた。
私達を待っていたのは城の騎士ではなく、ローブを着た人物だった。クロード・ノエね。
「杖、完成したよ」
クロードは持っていた杖を私達に見せた。私専用の杖よ。先端に水晶柱がついている。内側はオレンジ色の炎がゆらめいているように見えるわ。
「悪くない品質だね」
受け取ったセドリックが水晶の表面を撫でて言った。
「他の候補者にも渡した?」
「渡したよ。でもどこぞの馬鹿令嬢は、しつこく言っても杖で鱗を殴るんだけど。どんな教育をしたわけ?」
「やられる前に殺せ。見つけたら即座に殺せ。探して殺せ」
「どこの殺人狂だよ」
奇遇ね。私も同じ意見よ。
ロザリーはこの杖を鈍器代わりにしているみたいね。鱗が近くにいたら、浄化よりも殴るほうが早そう。
「……メルシェローズ伯爵令嬢は、杖で鱗を殴ったりしませんよね? 壊れたら一から作り直しになるんです。何度も壊してくれた馬鹿とは違って、普通に使ってくれますよね? ね?」
「え、ええ。大切に使わせてもらうわ」
クロードから圧力をかけられた私は、素直に頷くことしかできなかった。
王城の中へ入り、地下へ通じる部屋まで来た。私達を待っていたらしいフルールは、私と目が合うと安心したように微笑む。
ずっと会えなかったわね。私もフルールに会えて嬉しいわ。
待っていたのはフルールだけじゃない。ロザリーもいるわ。腕の長さほどの杖を素振りして、暇つぶしをしていたのね。クロードが無表情で舌打ちしているわ。
「ええと、あんなふうに振り回しても大丈夫なの?」
私がクロードに話しかけると、彼は疲れた顔で答えた。
「もう普通の杖を作るのは諦めて、メイスの柄に水晶柱をつけて彼女専用の杖にしました」
それは杖と呼んでもいいのかしら。
「あ。セドリック様!」
ロザリーが素振りをやめてセドリックに走り寄った。可愛らしい顔が満面の笑みに変わる。
一周目のロザリーも、こんなふうにセドリックと会っていたわ。二人が付き合いを始めたという噂が信じられなくて、こっそり探したことがあるのよ。二人は心から楽しそうに見えたの。
今回はどうなんだろう。また惹かれあっているの?
疎外感を感じた私は、セドリックから離れた。
私の心情を知らないロザリーは、杖を胸の前で抱えてセドリックを見上げる。
「今日はグリムを殲滅するって本当ですか!? 待ちくたびれましたよ。もうね、単身で乗り込もうかと思うぐらい。早くグリムを殴りたいなあ」
二周目のロザリーは、私の想像の斜め上にいるようね。まさか薔薇色に頬を染めた令嬢の口から、殴りたいだなんて言葉が出てくるとは思わなかったわ。
「どんな音がするんだろう。弱い鱗ってカサついた音がするけど、妖精っぽい見た目になると音が湿り気を帯びてくるじゃないですか。手応えもあるし。グリムって大きな体をしているんですよね? きっと殴り甲斐があると思うんですよ」
「やる気はあるみたいだね。杖は実戦で使ってみた?」
「もちろん! 何度も使って、手に馴染ませてます!」
何かしら、この見えない壁がある感じ。一周目の孤独からくる疎外感とは違うわ。越えてはいけない境界線の向こう側に、仲間になりたくない人を見つけたのと同じ気持ちよ。
ロザリーは戦いに参加できる喜びをセドリックに伝えた後、私を見て首を傾げた。
「えっと、聖女候補のメルシェローズ伯爵令嬢ですよね。どこかでお会いしましたっけ? なんだか一度目じゃないような気がするんです」
「……どこかですれ違ったかもしれないわね。大きな夜会とか、行事で」
私は一周目で会っているから、初めてじゃないわ。
「そうかもしれませんね」
ロザリーは深く考えずに頷いた。
「とにかく護衛なら任せてくださいね。戦うの、嫌いじゃないんで。最初は悩んだりしたんですけど、喋る鱗? グリムの分身体? とにかく敵をたくさん殴るうちに吹っ切れちゃって。鱗を怖がって逃げていたなんて、人生損してました」
「そ、そう。負担じゃないのね。良かったわ」
良かったのかしら。
「自分に群がってくる鱗を一掃する経験をしたら、メルシェローズ伯爵令嬢も癖になりますよ」
いい笑顔なのに目が怖いわよ。
「機会があれば試してみるわ……」
「機会があっても試さないでほしいんですけど?」
またクロードから圧力が届いたわ。ごめんなさいね。ロザリーへの社交辞令だから、本気で言ったわけじゃないの。
「なんだ、もう揃っているのか」
最後に合流したのはレナルドだった。
「聖女様は町に飛散している鱗を浄化してもらっている。補佐とセドリックの部下がついているらしいが?」
「あちらは問題なく片付けているよ」
つまり私達はグリムに集中しろということね。
「では行こうか」
グリム対策の目隠しが終わると、レナルドが言った。
私が心の準備をする暇もなく、地下への転移が行われているわ。
みんな当たり前のような顔をして立っているけれど、今からグリムのところへ行くのよ。しかもセドリックの口ぶりでは、決着をつけようとしているみたいだけど。ついていけないのは私だけのようね。
もっと緊張感というか、準備とか必要じゃないの?
何かを言いたいけれど、うまく言葉にできないうちに転移が終わってしまった。レナルドが最後の扉を開け、両側にいた魔術師に話しかけている。
――作戦のおさらいをしようか。レティは離れたところから支援をしてね。
唐突に、セドリックの言葉を思い出した。聞いたことがないのに。
私がセドリック達と扉の前に来るのは、これで二度目のはず。でもね、何度か似たようなことを繰り返したような気がするのよ。そんなこと、あるはずないのに。
「レティ? 大丈夫?」
「……大丈夫よ。緊張しているの」
私達が扉を潜ると、外にいた魔術師達は扉を閉めた。鍵をかけた様子はない。
グリムの封印はオレンジ色の文字に包まれている。亀裂は見当たらず、完全な球体に近いわ。
「やっと、ここまで到達できた」
セドリックがつぶやいた。
「ようやく会えるね、グリム」
嬉しそうね。笑っているもの。
セドリックの手が私の杖を掴んだ。水晶柱の中でゆらめいていた光が急速に失われていく。
「何をやっているんですか!?」
驚いたクロードが止めようとしたけれど、セドリックに転倒させられた。
杖から光を奪ったセドリックは、私をグリムの近くへ引きずるように連れていく。
「セドリック様、どういうことなのです? どうしてレティシア様の杖を使えなくしたのですか!」
「なんで? 急にどうしたんですか? まさかグリムに侵食されているんじゃ……」
追いかけようとしたロザリーに対し、セドリックは風の魔術で吹き飛ばした。
「どうしたって言われてもね、最初からこれが目的だったんだよ」
セドリックは封印に手をかけた。彼が触れたところから文字が消えていく。毛糸玉のような封印が緩み、中にいる灰色の塊がはっきりと見えた。
「これがグリム……?」
「そう。グリム。レティ、聖女としての最後の仕事だよ」
それは竜に似ていた。ところどころ鱗が剥がれている。立て髪は長く、人間の髪の毛のよう。体に対し手足が細い。なんとも不恰好だと思っていたら、どんどんと縮み始めた。
ずっと見ていると、嫌悪感しか出てこない。
「……来た。聖女を連れてきたの? どうして?」
人間の大きさにまで縮んだグリムから、女性の声がする。グリムが伏せていた頭を上げ、顔が見えるようになった。人間の顔と爬虫類を合わせたような形をしているわ。鱗が生えた体は起伏が少ない。男なのか女なのか判別はできそうにないわ。
「聖女。来てしまったのね」
グリムの真っ赤な口腔から目が離せない。
いつの間にか周囲の風景が真っ白になり、私は一人で立っていた。




