進めないらしい3
ぶつかった衝撃で本が落ちた。相手はセドリックに跳ね飛ばされた勢いで尻餅をつく。
濃い灰色の髪が芝生に広がった。艶やかで触り心地が良さそうだ。鮮やかなオレンジ色の瞳は、驚いた色を浮かべてセドリックを見上げている。顔立ちは幼く、未成年であることが一目で分かった。まだ自分に降りかかる理不尽なんて知らない頃のレティシアだ。
時間が巻き戻った。おそらく、初めて出会ったときまで。
「ごめんね。大丈夫?」
セドリックはレティシアに手を差し出して助け起こした。レティシアが生きている嬉しさから頬にキスすると、彼女は顔を真っ赤にして小さな悲鳴をあげた。
少し順序を間違えてしまったが、セドリックはレティシアとガーデンパーティを抜け出した。一周目と同じように、レティシアと語り合って手紙を書く約束をとりつける。この後、両親から婚約の話を持ちかけられるはずだ。
――次は間違えない。
家に帰ったセドリックは、その日の夜に父親のところへ行って、レティシアと婚約したい旨を伝えた。父親は呆気に取られていたものの、婚約を紹介しようとしていた家の令嬢だったので反対しなかった。
二度目は模範的な婚約者などという、退屈な存在にはならないようにした。レティシアとは積極的に交流して、前回は知らなかった彼女の趣味や嗜好を知った。友人に揶揄われても、全く気にならない。自分の小さなプライドなんかより、レティシアが生きているほうがよっぽど大切だ。
レティシアからの手紙を隠すことになるフランクは、自分の身の回りには一切、寄せつけなかった。身の回りの世話を引き受けてくれる使用人には、真面目に仕事をしてくれる者を指名し、レティシアの手紙は最優先で届けてもらったほどだ。
充実していた。それなのに、レティシアはまた同じようにグリムに侵食されていった。
――何が駄目だった?
二週目、セドリックの剣はレティシアを傷つけていない。封印から解き放たれたグリムがレティシアを飲み込み、魔力を回復させる糧にしてしまった。
レティシアの命が尽きた途端、セドリックは過去へ飛ばされた。
三度目の出会いを経て交流を深めても、似たような結果が待っていた。レティシアの母親とメイドを助けるだけでは効果がない。グリムはあらゆる場所に潜んで、聖女狩りをしている。
四度目。レティシアが侵食されないように、王都へ招待しなかった。グリム対策を先に済ませてしまおうという計画だ。ところが、グリムはこれまでセドリックが経験したどの過去よりも早く、封印を破壊して現世に出てきてしまう。セドリックが王都で戦っている間、レティシアは領地でグリムの鱗に侵食された暴漢に殺されてしまった。
セドリックに足りないのは、圧倒的な力だ。グリムの鱗が隠れていても探知できるように。彼女に危機が迫っていても、原因ごと排除できるような。
レナルドや聖女のそばにいては、行動範囲が狭まってしまう。自由に動ける立ち位置を確保しなければいけない。いつでもレティシアのところへ行けるように。
***
ぶつかった衝撃で本が落ちた。レティシアはセドリックに跳ね飛ばされた勢いで尻餅をつく。
何度目だろうか。五回目から数えるのを止めた。やり直した過去の回数など、レティシアが生きている未来に比べれば、さほど重要ではない。
指輪の力は、レティシアが非業の死を遂げると、嘆く暇もなくセドリックを過去へ飛ばした。変えたいと願った出来事が変わらない限り、このループは終わらない。
何度も繰り返し、予防策を張り巡らせ、全ての可能性を潰してきた。それなのにグリムはレティシアを殺してしまう。
芝生に広がる灰色の髪は、何度見ても綺麗だ。透明感のあるオレンジ色の瞳も。幼い顔立ちはセドリックの庇護欲を誘う。彼女はセドリックが守らないと、すぐに死んでしまう。
彼女の悲惨な未来を知っているのは自分だけ。危険を排除して、平穏な未来へ変えることができるのも、きっと自分だけだ。
――いっそのこと閉じ込めてしまおうか。
グリムが忍び寄ってこないように。
大きな箱庭を作って、そこで彼女と共に生きる未来があってもいいのではないだろうか。
病みセドリック誕生




