表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

進めないらしい2

 レティシアからの手紙は、極端に減った。セドリックは聖女の護衛で忙しく、不審に思わなかった。仕事を理解してくれているのだろうと、楽観的な見方をしていたのだ。


 グリムを封じることができる聖女は、貴重な存在。その聖女の護衛に選ばれたのは名誉なことだ。聖女を優先するのは当然という風潮が、国内には満ちていた。


 セドリックが何もしなかった結果は、新たな聖女を祝う場で現れた。上流階級が集まるダンスホールで、レティシアを侵食したグリムは、新たな聖女を害そうとしたのだ。


「レティシア嬢はグリムに加担して、聖女を殺そうとした」


 聖女を襲うレティシアを目撃した者たちは、その言葉を疑わなかった。


 行動を起こしたのはグリムだ。彼女は操られていただけ。すぐに疑いは晴れて、彼女は許されるだろうとセドリックは考えていた。


 ところがレティシアに対して行われたのは、大勢の前で断罪されて裁かれることだった。次々とレティシアの悪事が告発され、彼女は追い詰められていった。


 悪事のいくつかは、グリムに侵食された実行犯が捕まっている。それなのにグリムに操られた者全員の行動が、レティシア一人の悪事にすり替わっていた。挙げ句の果てに、彼女がグリムの鱗をばら撒いた張本人とまで言われる始末だ。


 今も昔も、鱗をばら撒いたのはグリムしかあり得ないのに。


 馬鹿馬鹿しいと思っていた。そんな罪の捏造なんて、すぐに消える。グリムに侵食されて操られた貴族の令嬢が、犯罪者の烙印を押されるはずがないと思い込んでいた。


 自分は、とことん甘かった。


 一連の騒動を静観して、後悔した。レティシアにしてみれば、セドリックの静観は彼女を見捨てたことと同じ意味だ。グリムに操られて犯罪に加担させられた挙句、誰も声をあげて味方してくれなかったのだから。


 セドリック以外には、グリムに操られた事実など関係ない。レティシアという令嬢が悪事を働いたことだけが注目されて、なぜそうなったのかという過程は一切、顧みられることはなかった。


 セドリックがレティシアの擁護を始めた頃には、もう遅かった。


 自分の言葉は濁流に投げた小石のように、なんの効果もない。大きな流れに逆らえないまま、レティシアが追い詰められるのを見ていることしかできなかった。


「馬鹿な人たち。誰も本当のことを知ろうとしないのね」


 レティシアを侵食したグリムは、皆の前で笑っていた。


「それとも知ろうとしないの? 与えられたものだけで満足しているのね。幸せな人達」


 レティシア――グリムはそう言い残し、どこかへと消えてしまった。


 すぐさまレティシアの捜索が行われたが、彼女は見つからない。グリムの封印がある地下には誰も入っていないが、念のために探すこととなった。





 準備に必要な時間を考慮して、夜明けと共に地下へ降りることとなり、一旦は解散した。


 帰宅したセドリックは、手紙を持った使用人のフランクと出会した。セドリックの身の回りから雑用を引き受けている男だ。特に秀でているところもなく、たまに仕事が疎かになる。他の使用人に対し横柄な物言いが増えてきたこともあり、近いうちに別の者と交代してもらう予定だった。


 フランクはセドリックと目が合うと、バツが悪そうに手紙を差し出してきた。その行動に引っ掛かるものを覚えたセドリックは、手紙を受け取りながら尋ねた。


「これは、いつ届いたものだ?」


 封蝋にはレティシアの印が押されている。蝋を垂らす時に動揺でもしていたのか、必要ない部分にまで散っていた。


「四日前です……」

「四日前だと?」


 ここ連日は家に帰っていた。フランクは自分のすぐそばにいたのに、手紙を見せなかったというわけだ。


「なぜすぐに持って来なかった?」

「それは……その、お忙しそうだったので……」


 いくら忙しくても、自分宛に届いた手紙を読む時間ぐらいはある。


「聖女様の護衛って大役の邪魔になるかと判断したんです」


 言っている意味が理解できなかった。聖女の護衛は、確かに重要な役目だ。だが貴族にとって婚約者は、家を存続させるために必要不可欠な協力者だ。どちらも重要で、天秤にかけるものではない。


 フランクはセドリック付きとなったことで、気が大きくなっていると他の使用人から聞いている。このままセドリックが公爵家を継いだ時、自分にも役職が与えられると勘違いしているようだ。ついに家令の真似事まで始めてしまったらしい。


 セドリックは怒鳴りたくなる気持ちを抑え、ゆっくりと言った。


「これの他に、届いたものはあるか?」

「え、ええ。はい。捨てていませんので」

「どこにある?」


 フランクは言葉に詰まった。


「どこにあるかと聞いているんだ。答えろ」

「それは……」

「お前の部屋か」


 早足で歩き出したセドリックの後ろから、フランクの焦った声が届く。


「すいません。サボっていたわけじゃないんです!」


 言い訳にしか聞こえなかった。

 セドリックは他の使用人を見つけると、不快な声の発生源を突き出した。


「君、こいつを捕まえておいてくれ」


 返事を聞く前にセドリックは目的の部屋へ向かった。扉に鍵はかかっていない。こじんまりとした室内へ入り、手当たり次第に物色していった。やがてベッドの下から蓋のない箱を引き摺り出し、手紙の束を見つけ出した。


 差出人名を見る前から分かる。上質な紙で作られた封筒は、埃まみれの場所には似合わない。届けられる手紙が極端に減った時から、ここに入れられていたのだろう。


「セドリック。一体、何があったんだ」


 騒ぎを聞きつけた父親が、部屋の外まで来ていた。


「フランクが、俺宛の手紙を意図的に隠していました」

「わざとじゃないんです! セドリック様が心置きなく聖女様の護衛ができるように!」

「俺は手紙の仕分けなど頼んでいない。誰かに私生活を管理されるような子供でもない」


 フランクはまだ反論しようとしていたが、セドリックが睨むと大人しくなった。


「二度と俺の前に姿を見せるな」

「そんな……」

「父上。この男を雇い続けるなら、俺と関係ない仕事に回してください」


 使用人の人事権は公爵家当主の父親にある。セドリックの気持ちとしては、フランクを屋敷から叩き出してやりたい。だがいずれ当主となる者として、規則を無視した行動はできなかった。


 状況からフランクの罪を察した父親は、ため息をついて首を横に振った。


「……誰宛の手紙であっても、本人の了承なく預かるなどあってはならない。見過ごせる範囲を超えている。今すぐ荷物をまとめて屋敷を出なさい」

「どうして……」

「皆、手伝ってやりなさい。支給した物は全て回収するように」


 最初に動いたのは、フランクの被害に遭っていた使用人たちだった。常日頃の態度でフランクに嫌気がさしていたのだろう。手際よく鞄に荷物を放り込んでいく。


 後のことは父親たちに任せ、セドリックは自室へ向かった。上着を脱ぐ手間も惜しみ、レティシアからの手紙を机に広げる。


 どれが一番古いものかは、開けてみないと分からない。束の一番下にあったものを選び、ペーパーナイフで封を開けた。手紙の最後に書かれた日付は、聖女の護衛に任命された日よりも前だ。これが古い手紙だろうと仮定して読み始めた。


 手紙の中のレティシアは、たびたびセドリックと会うことを望んでいた。母親と親しかったメイドを一度に亡くし、慣れない王都での生活に苦労している様子が窺える。ところがある日を境に、レティシアに明るさが戻っていた。


 手紙を読み進めていくと、秘密の友人ができたのだと書いてある。名前も性別も明かされていないが、セドリックと会えた時に紹介したいと締め括られていた。


 自分は、これらの手紙に一言も言及しなかったことになる。レティシアから手紙が届いているとは知らず、当たり障りのない内容を書いて送っていた。婚約者の冷たい態度に、レティシアは傷ついたことだろう。


 セドリックは残りの手紙を開封した。レティシアの字が、ところどころ歪んでいる。体調がすぐれないと書いてあり、意識がなくなることがあると書いてあった。


「……グリムか?」


 グリムの鱗による侵食は、徐々に行われる。侵食されている本人が気がついた時には、何の抵抗もできないように。


 日付が進むにつれ、文字の歪みは酷くなっていた。意識が朦朧とする中で書いたのか、読めない箇所もある。レティシアは己の体が動く合間に、セドリックへ解決策はないだろうかと訴えていた。


 ――お父様にも相談してみたけれど、眠っていれば治るよ、大丈夫としか言ってくれなかった。以前のお父様なら、私が風邪を引いたら、すぐに医者を呼んでいたのに。なんだか周りにいる人たちも変なのよ。まるで中身だけ別の人になってしまったみたい。


 レティシアの周囲も侵食されていた。王都は聖女と共に見回りをして、グリムの鱗を早期に排除できていたはずだ。


「いったい、どこから?」


 秘密の友人が気になるが、この場で考えても答えは出ない。

 最後の手紙には、震える字で「助けて」とだけ書かれていた。


「……レティ」


 レティシアはずっと助けを求めていた。セドリックがつまらないプライドで距離を置いていなければ、彼女の変化に気がついたかもしれない。まめにやり取りをしていれば、手紙が届かない不自然さに目を向けていただろう。


「全部、俺のせいだ……」


 既に手遅れだ。今更になってレティシアからの手紙を読んだところで、彼女が戻ってくる奇跡なんてない。

 悔い改めたところで、もうすでに遅かった。グリムはレティシアの心を侵食して連れ去ってしまったのだから。


 気がつくと空が明るくなり始めていた。


 セドリックは愛用している剣と、古い指輪を身につけた。指輪は公爵家に伝わっている道具だ。父親から使い方を教わっている時は、まさかグリムの脅威が迫っているなんて考えもしなかった。





 聖女たちとグリムの封印がある地下へ降りると、どこから侵入したのかレティシアもその場にいた。聖女がいれば、レティシアを始めグリムに侵食された被害者を救うことができる。まだ希望は残されているはずだ。


「レティシア……」


 レティシアはどこか遠くを見つめる目で、グリムの封印に片手を添えている。セドリックには視線すら寄越さない。再会した途端に侵食が消えるような奇跡は、物語の中にしかないと知っていても、彼女に呼びかけるのは止められなかった。


「レティシア。気が付かなくて、ごめん」


 彼女が一番苦しんでいるときに、仕事を優先して彼女を放置していた。今更になって謝罪したところで、グリムに侵食された心に響くわけがない。


 動揺した剣はレティシアを牽制するどころか、深く体に刺さってしまった。


 全てが上手くいかない。レティシアを王都へ呼んだときから。もしくは、もっと前から。何かを決定的に間違えてしまった。そんな感覚が拭えない。


「感謝するよ、人間。よく聖女を殺してくれた」


 レティシアの口を借りて、グリムが囁く。


「聖女……?」


 聖女はまだ生きている。ずっと自分たちと一緒にいた。能力を育てて、この日のために一緒に戦ってきた仲間だ。


 振り返ると、聖女の背中が見えた。弱まっていた封印を強化すべく、必死に力を注いでいる。


「哀れな人間たち。自分たちが殺したものが何なのか、本当に守るべきものを知らずに、たまたま似た力を持つ女を崇めているとは」


 グリムは聖女を憎んでいる。自らを封印した相手だから。だから自分たちは聖女となった少女を守っている。


 聖女はもう何年も交代していない。力を持った人物が現れていないから。


 ――本当に?


 もしグリムが意図的に、聖女となりうる人物を隠しているとしたら。


 そもそも聖女とは。


 グリムを封じた女性を讃えた称号だったはず。初代の聖女は、自分がそう呼ばれていることを知らない。グリムを封印した直後に、亡くなったと伝わっている。


 ガラスが割れるような重い音がした。耐えられなくなった結界が壊れて、グリムの本体が這い出てこようとしている。悍ましいとしか表現できないものが、亀裂から聖女を狙って腕を伸ばす。


「セドリック、足止めを!」


 レナルドが聖剣を手に聖女の前へ出た。


 彼が言う足止めとは、セドリックがはめている指輪のことだ。聖女の没後に年月をかけて作り上げた魔術の結晶。聖女を守る役目と共に受け継がれてきた、対グリムの道具。これがあればグリムの動きを止められると言われている。


 秘められているのは、時間を操作する力。サン・ベルレアン家の長子には、この指輪の詳しい魔術理論を教えられていた。きっとセドリックが望んでいることを叶えてくれる。


「レティシア。ごめん。全部、俺のせいだ。君は何も悪くない」


 レティシアの手がセドリックの腕を掴んだ。本体を封じられると思ったグリムが、レティシアの体を使って邪魔をしてくる。


 指輪がほのかに光った。


「今度は間違えない。だから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ