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裏があるらしい2

 私には幼い頃から婚約者がいた。貴族の義務だから、だなんて難しい言葉で誤魔化されたけれど、大人の都合で自分が結婚する人を決められたのが嫌だったわ。


 顔も名前も知らない人と、いきなり家族になれるわけないじゃない。大人達は、これから時間をかけて仲良くなるのです、なんて教科書にでも載っていそうなことしか言ってくれなかった。


 私の体は私だけのものなのに、私の人生は全て他人に決められている。そんな理不尽なことってないわ。だから私は婚約者と会うのが憂鬱だった。彼も私から自由を奪う人だと思っていたから。


 実際は違っていたのよ。


 初めてセドリックに会ったとき、私はうまく返事ができなかったわ。


 絵画の中から出てきた天使だと思ったの。銀髪に太陽の光があたって、本当に輝いているように見えたわ。当時は可愛いかった顔と紫色の珍しい瞳も、天使らしく見えた原因でしょうね。


 今では可愛らしさは消えて、すっかり格好良くなったけれど。


 私たちの交流は穏やかだったわ。セドリックは年頃の男の子みたいに乱暴じゃなかったから。


 唯一、不満があるとすれば、セドリックは婚約者の義務で私と会っているところ。でも仕方ないわ。彼だって、大人に人生を決められたのよ。


 私が婚約者という記号でなくなればいいだけ。セドリックに好かれたい。そのためなら、いくらでも努力できるわ。


 ベルレアン公爵家に嫁入りすれば、王族との交流が増える。私の家は伯爵家だけど、教育は公爵家の令嬢と同じ内容になった。勉強は面白くないけれど、仕方ないわ。私のせいでセドリックが辛い思いをするのは避けたいから。




 お母様とメイドのジーナが亡くなった日から、私の生活は少しずつ捻れていった。


 何を言っても、言わなくても、私の悪評が増えていく。あんなに親しかった友人たちでさえ、私と関わるのを避けている節があった。最初は身内を亡くした私を腫物扱いしているのかと思ったけれど、単に仲間はずれをされているだけだった。


 私が影で傷物と言われているのは知っているわ。魔獣に襲われたせいで、左腕には消えない傷があるから。事実を誤解されやすい言葉で装飾して、面白おかしく言いふらしている人がいるのよ。


 だからセドリックには同情が集まって、私には悪意が向けられている。


 どうして私がセドリックの婚約者なのかって言われても、私が決めたことじゃないわ。私が子供の頃に、大人達が勝手に決めたのよ。子供のわがままで決まるようなことじゃないのは、貴族なら知っているでしょう?


 屋敷で療養している私のところに、次代の聖女が見つかったと報せが届いた。王城で保護をしつつ、聖女の勤めが果たせるように訓練をさせるらしい。


 私と同い年の女の子。


 私が襲撃された日、彼女も魔獣に襲われた。でも彼女は偶然にも居合わせた王太子が助け、無事だったそうだ。


 彼女の訓練には、セドリックも参加する。セドリックは王子の補佐をしていて、順位は低いけど王位の継承権を持っている。聖女を守る一人として適任だった。


 私の理性的な部分は理解しているのよ。セドリックの仕事が忙しくなって、私と会う時間が作れないことは。私の感情的な部分が、受け入れたくないと言っているの。だって婚約者が他の女性と会っているのよ。


 どうして今なの?


 私もあの女性も、魔獣に襲われた。似ているけれど、私と彼女の境遇はまるで違う。片方は傷だらけで、もう片方は聖女として大切に守られている。


 セドリックと会えなくなって、二ヶ月が過ぎた。彼は今日も彼女のところにいるのでしょう。だって、聖女の護衛以上に大切なことってある?


 私が悪評に抵抗する気力を失ったころ、秘密の友達ができた。


 小さな体に、花びらのような服。背中には蝶のような羽。特別な人間しか見ることができないという、妖精だ。

 妖精は私の悲しみを理解してくれる。

 妖精は、あの女が聖女であることを疑っていた。


 ――あなたの婚約者を独占しているのがおかしい。若い王族や将来有望な男性も侍らせ、賓客待遇で城に住んでいる。結界が急激に弱まっているのに、修復しようともしない。皆を騙しているのだろう。


 妖精は私が感じていた不満を言語化してくれた。


 そう、あの女は怪しい。聖女になるためと言いつつ、セドリックたちと遊んでいるところを見かけた。グリムの鱗が国中に溢れているというのに。


 このまま放置していたら、国が滅んでしまう。

 あの女を排除しないと。


 まずはセドリック達から引き離して、本物の聖女かどうか証明させる。聖女の力があるなら、役目を果たしてもらおう。


 だって、おかしいじゃない。婚約者の私がセドリックと会えないのに、あの女はセドリックと二人きりで会っているなんて。きっと聖女ということを盾にして、無理強いさせているのよ。


 貴族の義務を熟知しているセドリックが、あからさまに浮気するなんてあり得ないの。


 妖精は教えてくれたわ。人は怒っている時や追い詰められた時に本性が出るって。だから聖女と名乗る女を怒らせたら、きっと化けの皮が剥がれる。


 彼女が聖女として紹介される日、私は彼女にワインをかけようと思った。妖精からもらった羽の粉を混ぜて。本物の聖女なら何も起きないわ。でも偽物なら、羽の粉に秘められた効果で苦しむそうよ。


 私は一人で会場へ乗り込んだ。


 仕方ないじゃない。セドリックを誘っても、返事をくれなかったんだから。もしかして、あの女が私の手紙を握り潰していたのかしら。セドリックを独占するために。


 これ以上、私から奪わないで。



 ***



 また一周目の夢だ。


 私がグリムの封印を解く直前ね。新しい聖女を紹介する場で、私はロザリーが偽物の聖女だと証明しようとした。黒い蝶からもらった粉をワインに混ぜ、ロザリーにかける予定だったわ。でも私は直前になって、計画を取りやめた。


 いくら真実を暴くためとはいえ、人に飲み物をかけるなんて行儀が悪いわ。そんなことをしたら、噂通りの悪女レティシアになってしまう。だからワインは人目につかないところで捨ててしまおうと思っていたの。そんなこと、黒い蝶が許すはずがないのにね。


 私は黒い蝶に操られて、ワインを飲んでしまった。今なら分かるわ。あの粉はグリムの鱗だったのよ。結果、私はグリムの侵食が早まって、私は完全に体の主導権を失った。あとは皆の前で好き勝手に暴れて、グリムの封印を解いたってわけ。


 一周目で刺された腹部が痛い。今の体に傷はないけれど、痛みの記憶が消えてくれない。


 のろのろと起き上がった私は、ここがセドリックの家だと気がついた。セドリックが魔獣の襲撃から助けてくれたあと、気絶した私を寝かせていた部屋よ。


 黒い蝶を捕まえて、セドリックが来たところまでは覚えている。彼は私を家から連れ出したってことよね。


 このまま部屋にいても答えは出ない。

 私はベッドから出て扉を開けようとした。でもドアノブを掴もうとしても、見えない壁に手がぶつかってしまう。


「……閉じ込められたの?」


 窓から脱出するのはどうかしら。高くて降りられなかったら、また別の方法を考えるわ。全ての窓を開けてみたけれど、私の体は外へ出られなかった。床や壁を触ってみても、都合がいい隠し通路なんてない。


 さんざん探し回って疲れた私が椅子に座って休んでいると、扉を叩く音がした。返事をする前に扉が開き、セドリックが入ってくる。


「おはよう、レティ。魔力は戻ったかな?」

「セドリック……どうして私を閉じ込めたの?」

「外は危険だからだよ」


 セドリックは持ってきたポットを小さなテーブルに置いた。私をソファに座らせて、テーブルに伏せてあったカップを手に取る。


「グリムが君を狙っている。あの黒い蝶が証拠だ。今回は運よく捕まえられたみたいだけど、何度も同じ手が使えるわけじゃない。安全が確認されるまで、ここにいて」

「グリムの封印はどうするの? まだ全部を修復したわけじゃないでしょう?」

「あれはね、もう何年も前に限界がきていたんだよ」


 セドリックが傾けたポットから、赤い茶が流れた。薄いカップに溜まり、花の香りを漂わせている。


「グリムの鱗が観測されたのは、だいたい八十年ぐらい前だね。その時に封印が崩壊していることが確認されている。聖女と王家で応急措置をして、なんとか機能させているだけ」

「新しく封印をするのは無理なの?」

「無理ではないよ。初代の聖女が行った方法ならね」


 セドリックはカップに蜂蜜を垂らした。静かに混ぜて私のところへ持ってきてくれたけど、受け取って飲む気にならない。


「レティ。魔力の急激な消耗は、体に良くない。聖女も飲んでいる薬草茶だから安心して」


 受け取ったカップに口を付けると、甘い果物の味がした。体の内側からじわじわと温かくなり、魔力が満ちてくるのが分かる。


「私がここにいたら、封印の崩壊が早まるんじゃない? 初代の聖女様はどうやってグリムを封印したの? やり方を知っているのに誰もやらないのは、どうして?」

「言うのは簡単だけど、やるのは難しいからだよ。本人はもとより、親しい人ほど反対するからね」


 空になったカップは、セドリックが回収した。


「レティ」


 私の隣にセドリックが座った。近くから注目されると照れるから、離れてほしい。でも嫌っていると受け取られそうで、何も言えない。セドリックへの苦手意識は残っているけれど、傷つけたいわけじゃないのよ。


 セドリックから目を逸らして床の辺りを見ていた。でも、もう一度名前を呼ばれて、私は諦めて顔を上げた。


 この状況から逃げたいなら、どんなに恥ずかしくても流れに身を任せるしかないのよ。苦い薬と一緒。いつまでも先延ばしにするから、辛くなるのよ。


 紫色の瞳と視線が合うと、セドリックは愛おしげに私の頬に触れた。


 私、今たぶんきっと真っ赤な顔になっているはずよ。セドリックに恋をしていた、一周目の記憶が蘇ってきているから。彼の何気ない一言で喜んで、悲しくなって、毎日が忙しかった頃の。


「恨んでもいいよ。でも絶対に、この部屋から出ないで。俺はレティを守りたいだけだから。出会った時から、俺の気持ちは変わってない」


 視界がぼやけてきた。体が怠い。もしかして、さっき飲んだお茶に何か入っていたの?


 傾いた私の体をセドリックが受け止めた。セドリックはしっかりと私を抱きしめて離そうとしない。


「レティ。今度こそ、失敗しないから」


 何を、と聞き返したくても唇が動かなかった。悲しんでいるような声だったから、その原因を知りたかったのに。

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