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封印があるらしい3

「グリムはあなたが聖女にならないよう、様々な妨害を仕掛けてくるでしょう。あなたが十分な力をつけるまで、一人で行動するのは避けなさい。窮屈に思うかもしれませんが、それしか方法がないのです」


 聖女は私の手を強く握った。


「過去の聖女候補者のような過ちを繰り返してはいけません。もう、あなた以外の聖女候補者が現れるのを待つ余裕がないのです」

「過去の候補者……? あの、もしかして長い間、聖女が現れなかったのは……」

「私たちが候補者を見つける前に、グリムに見つかってしまいました。窮屈な生活に嫌気がさして、逃亡した者もいます」


 逃げた候補者がどうなったのか、聖女は言わない。聞かなくても理解してしまった。


 グリムが聖女になるかもしれない者を逃すわけがない。

 グリムに操られた者を、この国が放置するわけがない。


 一周目の私が辿った末路と同じ。


「今日は疲れたでしょう。魔力の消耗も激しいはずです。聖女となるための訓練は、また後日に行いましょう」


 聖女はそう言って、私の手を離した。


「殿下。彼女をよろしくお願いします」

「ええ。お任せを」


 レナルドが聖女の願いに頷くと、聖女は部屋を出て行った。


「さて、セドリック。打ち合わせ通り、メルシェローズ嬢の護衛を任せてもいいだろうか」

「いいも何も、最初からそのつもりだ。他の誰にも任せる気はないよ」

「頼もしいことだ。メルシェローズ嬢、魔力が回復したあたりに、また封印の修復に来てもらいたい」

「私で役に立てるなら」


 レナルドも封印の手伝いで疲労したのだろう。顔色が良くない。だがふらつくことなく部屋を出ていった。


「あの聖剣はグリムの封印に使うのね」


 単にグリムを攻撃するための武器だと思っていたわ。


「聖剣が作られたのは、グリムの封印からずっと後の時代だよ。何らかの事情で聖女が力を発揮できなくなった時のために、グリムに特化した剣を鍛えたんだ。あの剣は、聖女が持っている杖と同じ性質だよ」

「じゃあ、聖女も聖剣で封印を強化できるってこと?」

「そうだよ。王族には聖女の血が流れている。王族と歴代の聖女が積極的に婚姻をした結果、聖女のような力を発揮できるようになったらしいよ」


 剣の鍔に触れたセドリックは、私へ向かって帰ろうかと言った。


「レティ。お疲れ様。初めてなのに凄いね。レナルドたちが数日かけて修復していた範囲が、数分で終わったよ」

「本当? これで外へ出てくる鱗が減るといいわね」

「少しは減ったと思うよ。でも鱗は封印の小さな隙間を押し広げて出てくるんだ。それに、どんなに地下の構造を複雑にしても、地中をすり抜けて出てきてしまう」

「大元のグリムを倒さないと駄目なのね」


 私はグリムが封印を壊して出てきたところまでしか知らない。セドリックたちが倒したのか、再び封印をしたのか、確かめる術はないわ。


「グリムを倒すのは難しいね。封印から出てきたなら、完全に力を取り戻すまでの間にとどめを刺さないと。転移能力で逃げられてしまう。過去の聖女たちは甚大な被害を出して、封印するのがやっとだったらしい」


 少し考えれば分かることよね。グリムを倒す力があったら、とっくに昔の聖女がやっているもの。


 過去の人が封印を修復しながらグリムを閉じ込めていたのは、倒せない理由があるから。時代が進んだからといって、解決できるようなものじゃない。


「レティ。君はグリムを倒そうなんて考えないでね」

「そんなこと考えてないわ。つい最近、グリムの鱗を消せるって知ったばかりなのよ? 封印に近づくだけでも恐ろしいわ」


 あの封印の間は、一周目の私が死んだ場所でもある。封印の中にいるグリムに、じっと見つめられながら修復作業をするのは怖かったわ。


 たかだか数枚の鱗を消しただけで、グリムまで倒せるなんて思わない。私は否定したけれど、セドリックは信じていない様子で微笑んだ。



***



 家に戻るなり、フルールは温かい飲み物を持ってくると言った。


「魔力の消耗には甘いお菓子と飲み物がいいのです。今日はジーナさんがお休みの日ですので、私が厨房からもらってきます。レティシア様はここで休んでいてほしいのです」


 なぜかしら。セドリックから離れる口実が欲しいと言っているように聞こえたわ。疲れているみたい。


「気が効くね。レティはサロンで休憩しようか」


 セドリックに連れられてサロンに入った私は、ようやく家に帰ってきた実感が湧いてきた。王城とは明らかに違う、我が家の調度品に囲まれていると落ち着くわ。きっと私の身の丈に合っているのね。


 ソファに座って目を閉じると、疲労を強く感じる。フルールがなぜ目を閉じていたのか分かったわ。色々な魔術を見すぎた。瞼の裏に魔術の文字が踊っているようで酔いそうだ。


「レティ。俺は家の周囲を点検してから、仕事に戻るよ」

「もう行くの?」

「出かける前と後で、変化していないか調べないとね」


 セドリックはサロンのガラス戸を開けて、庭へ出ていった。無表情で周囲を見回した後、玄関の方へと歩いていく。彼の姿が完全に見えなくなり、私は大きくため息をついた。


 今日は気苦労が多い日だわ。


 結界越しのグリムと対面して、封印を修復した。聖剣のもう一つの役割も知った。名前しか知らなかった聖女にも会った。


 一周目の私を殺したセドリックと、それらを見ているのは奇妙な気分だった。自分が敵としてセドリックの前に立った記憶が、まだ生々しく頭に残っている。


 グリムの封印の上に城を築いたのは、王族がグリムの封印を監視していたから。もしグリムが自力で封印を解いた時は、王族と聖女が先頭に立って戦うのでしょうね。文武両道は王位継承の条件だもの。


 生まれた時から役目が決まっていたレナルドは、どんな気持ちでグリムと対峙しているのかしら。もしかしたら自分が生きている間に、グリムが出てくるかもしれない。死ぬ気でグリムと戦わないといけないのよ。


「……セドリックも同じだわ」


 彼も準王族だもの。私が知らないだけで、子供の頃からグリムのことを聞いているでしょうね。でもセドリックは自分の役目について不平不満を言わない。


 私も覚悟しておかないと。


 開けっ放しになっていたガラス戸から、蝶が一匹入ってきた。ふらふらと飛んでいる。黒色が多い羽には、赤や青の色が絵の具を散らしたように散っていた。


 私は、この蝶を見たことがある。


 蝶が私の目の高さまで降りてきた。手を伸ばせば、届かないこともない。


 蝶の胴体は起伏に乏しい人の形をしていた。綺麗な顔をしている。裸の体も相まって、絵本に出てくる妖精のようだった。


 青く澄んだ瞳が私を心配そうに見つめている。


「こんにちは。辛いことがあったの?」


 遠い昔に、私はこの声を聞いたことがあった。


「こんにちは。どうしてそんなことを聞くの?」

「疲れた顔をしているから。あなたの婚約者が遊んでくれないの?」

「そうね。彼は忙しいから」

「せっかく王都へ出てきたのに」


「どうして知っているのよ」

「僕は君のことなら何でも知っているよ。だって、庭の隅から見ていたから。婚約者は会いに来てもすぐ帰っちゃうよね」

「仕事があるから仕方ないわ」

「レティはそれでいいの?」


 蝶は首を傾げた。


「浮気されているかもって疑ったことはない? 本当は嫌われているかもしれない。家の都合で婚約しているだけ。婚約者に優しくするのは仕事の延長。愛情なんてカケラも持ってない。でもレティは大人しくて文句を言わないから、妻にしておくには都合がいい」


 蝶の言葉は痛い。一周目で私が感じていたことばかりを並べてくる。


「ねえ。婚約者を見に行こうよ」


 するりと蝶は私に近づいた。


「婚約者が教育しているらしい人のところへ。その人が次の聖女になるかもしれないんだよね? ちょっと姿を見て帰ろう。話しかけなければ、迷惑にならないよ」

「……そうねぇ」


 私は返事を保留した。


 蝶は聖女と言ったけれど、聖女の補佐のことでしょうね。セドリックだけじゃなく、フルールも彼女達は聖女ではないと言っていたわ。


 セドリックはもう職場へ向かっただろうか。彼が面倒を見ている聖女の補佐たちは、全員が女性だ。仕事熱心で見た目もいいセドリックに興味を持つ女性は珍しくない。


「疑って悩むぐらいなら、見に行けばいいんだよ。もし二人の距離が近かったら、間に割って入りなよ。だってレティは婚約者だよ? 浮気される前に手を打っておくべきじゃないかな?」


 その意見は素直に心へ入ってきた。どうしようかと悩む私を吹き飛ばして、蝶の言う通りにした方がいいと思わせる力がある。


 私は蝶へ向かって、にっこりと笑った。


「その前に紅茶はいかが? 私、帰ってきたばかりで疲れているの。またすぐに出かけるのは辛いわ」


 お気に入りの果物を入れてあげると言うと、蝶は瞳を輝かせた。

 この蝶は甘いものが好きって知っているのよ。

 私は蝶を連れてサロンを出た。


「お茶菓子は何にしようかしら? スコーンと木苺のジャム? ナッツを入れたクッキーにマドレーヌ。それともクリームをたっぷりつけた薄いパン?」

「全部!」

「私の部屋に、知り合いからもらったお菓子があるのよ。まだ食べていないの」

「早く欲しいな!」


 誰にも会わずに私の部屋に到着した。戸棚を開けて、手頃な瓶を取り出す。


「このジャムなんてどう? 王都を見物していた時に見つけた、バラのジャムよ」

「ビンに巻き付いてる紙が邪魔だよ」

「ほら、これなら見える?」


 私は瓶の中身が見えるように、少し傾けた。


 蝶が漂っている薔薇の香りを嗅いでから、瓶の縁に捕まった。でもまだ中身は見えない。身を乗り出して瓶の中へ頭を突っ込んだとき、私は蓋を使って蝶を瓶の中へ押し込んだ。


 蓋を閉め、フルールに教えてもらった簡易の封印で閉じ込める。蝶が何かを叫んでいるようだけど、私にはもう聞こえてこなかった。


 こいつ、一周目の私を操っていた妖精だわ。グリムの鱗が寄り集まって意識を持った存在よ。人間のように受け答えをしてくれるから、一周目の私は友達ができたと思って喜んでいた。でもそれは間違い。この蝶のせいで、私は徐々にグリムに侵食されていったのだから。


 二度も同じ手に引っかからないわ。


 蝶は王都へ出てきた私が心細くしていると思ったようだけど、今は母親もメイドも生きている。セドリックは仕事の合間を縫って私に会いにきてくれる。一周目のような寂しさはない。


「ジャムの瓶って優秀ね」


 正確には、フルールが教えてくれた結界の力で強化されているのだけれど。細かいことはどうでもいいわ。


 捕まえた蝶をどうしようかと悩んだ私は、まずお茶の用意をしてくれているフルールに見せることにした。彼女がいればセドリックたちと連絡が取れる。まず蝶のような存在がいるって知らせないと。


 体がだるい。

 魔力を消費しすぎたわ。座って休みたいけれど、こんな危ないものを手元に置いておくのは危険ね。早く誰かに託してしまいたい。


 誰かが廊下を走る音がする。この屋敷は、廊下に絨毯なんて敷いてないから響くのよね。


 胸の辺りに嫌な感覚があった。私が蝶を罠にかけようとしているって気付かれたら、どうしようって思っていたの。考えていることがすぐ顔に出るから。幸い、蝶に人間の表情を読み取る知能がなかったお陰で、捕獲できたわ。


 部屋を出ようとした私は、ふらついて瓶を落としそうになった。そんな私を、廊下から入ってきた誰かが抱きとめる。


「見つからないと思ったら、こんなところにいたのか」

「セドリック……?」


 冷たい声だ。帰ったはずのセドリックが、私を支えていた。視線は瓶に向けられている。


 怖い。

 セドリックが探していたのは蝶と私、どちらだろうか。


 彼に刺された腹部が疼く。記憶の中にしか傷はないけれど、私には現実に起きたことと変わりがない。

 ふと、グリムの鱗は利用する価値がある人間を探して、侵食してくることを思い出した。


 彼がグリムの鱗に侵食されていないって、どうやって確かめればいいの?

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