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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

毒ほどき

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 デトックス効果といったら、知っている人は多いんじゃないかな?

 デトックスは、「解毒」という意味がある。

 ゲームだったら毒を消すアイテムや魔法で、ちょちょいと回復できることも珍しくないが、てきめんに効くものがそうそうない現実では、時間をかけて解決することが多い。

 食事、運動、睡眠を含めた生活習慣が、自然とデトックスをもたらす。その内容によっても促される効率は変わり、とる行動によってもまた変化していく。


 涙を流すことにも、デトックス効果があるといわれるな。

 心の中にため込んでしまったダメージを、涙と一緒に外へ排出することで、少しでも早い心の安定を取り戻そうとする。

 世間体などを気にしなければ効果的ではあるんだろうけど、人間社会においてはなあ……おいそれと涙を見せがたいものだ。

 しかし、大自然においては、そのようなことおかまいなし。「涙」と呼べそうなものは、必要とあらば遠慮なく姿を見せる。

 最近聞いた昔話なのだけど、聞いてみないかい?


 むかしむかし。

 とある土地をおさめていた豪族の頭領が、亡くなったときのことだ。

 齢八十九と米寿を上回るほどの長生き。当時としては驚異的だったのは想像に難くない。

 自らの代で領地を大きく広げ、それに伴い大幅な開墾を行い、家を大きく飛躍させた傑物……という評価は、人々の間で揺るがなかったという。

 彼自身の遺言により、古墳のたぐいが作られることはなかった。人夫徴用に要する、もろもろの費用をかえりみてのこととされる。

 他の者とほぼ変わらない、とはいえ見れば、その豪族と分かるような家紋の刻みをたたえて遺体は葬られたんだ。


 しかし、その数日後。

 かの地域に豪雨が降り注ぐことになるのだが、それが「襲う」とは例えがたい、不可思議な降雨だったんだ。

 かの豪族の墓を含んだ、墓地の一帯のみをすっぽりと閉ざすかのような雨と雲。

 墓の敷地内を訪れる者は、ことごとく雨に濡らされるが、離れればまたことごとく、雨の止むのに居合わせる。

 まるで天から何かが見張って、墓地にのみ雨桶をひっくり返し続けているかのようだった。


 それでも豪族の身内を含め、墓へ参る者はいる。

 みのや笠を身に着けながら、したたかに打ち付ける雨に、手向ける花が少しでも痛まないようにと、場所を選んで寝かせていく。

 そうして花を置いていった者が気づいたのだけど……花を置いた際に、地面がうねった感触がしたとのことだった。


 指が土へ触れた瞬間、波打つ水面へ突っ込んだときのごとく、沈んでは浮く感覚を覚えたんだ。

 しかし、はたで見ていた者は、特に怪しいところはなかったと語る。錯覚のたぐいじゃないかとうわさもされるが、奇妙な雨の降り方も変わっていない。

 雨自身に問題があるのでは……と踏む者も現れはじめる。彼らは雨の降る区域にまでおもむくと、それらを桶に何杯分か汲んで持ち帰る。

 とある場所では常温で。とある場所では地下の冷え切った空間で。とある場所では別個に用意した川水や井戸水と混ぜ合わせてみて、実態を探らんとしたんだ。

 一日、二日では、いずれも目立った変化を見せない。

 占いなどで、月単位の辛抱を課せられることもあった当時の人にとっては、この程度はまだ序の口。

 引き続き、雨水の様子を探ろうとしたのだが、事態もまたおとなしくしていてはくれない。


 雨水の回収をしてから、三日後。

 墓地に降り注いでいた雨が、ぴたりとやんだ。これまで、にわかに雨へ降られていた墓地の敷地に入っても、なんともなくなっていたんだ。

 長く渡った降雨に、もはや地面は沼と大差ないほどふやけてしまっていたが、その中にあっても豪族の墓は、なお目立つたたずまいとなっている。


 豪族の墓石には、すでに植物の根が絡みついていたからだ。

 長く生きた緑たたえる幹。それを支える土台は、本来時間をかけて、根のよりどころを探すはず。

 それが、成人と大差ない大きさ、太さの墓石を根でほぼ覆い隠すばかりか、その幹を石の倍以上高く伸ばして、その先に葉をたっぷりと茂らせていた。

 この短い間に育ったとしか思えない。これも、歴代屈指の偉業を成し遂げ、長く生きた頭領の成せる業かと、当初は感心した人々。

 しかし、実態が異なるかもしれないことに、気が付くのはそう先のことではなかった。


 人々が葉の先々に、花が次々につくのを見たのは、その半日後のこと。

 白い花弁たちは無数に花開くや、風もないのに、木ごとその身体を大いに揺すった。

 わっと、花弁から飛び立つのは視認できるほどに多く、色濃い黄色の花粉たち。近くといわず、遠くといわず、無遠慮に彼らは旅立っていったんだ。

 そして、その花粉の降り立ったところからはもれなく、次々と木が生え始めたんだ。

 のんきに芽や双葉を介することはない。はじめからそこに隠されていたとしか思えない育ちぶりで、木々は土をかき分けながら、すくっと立ち上がった。

 そばに、他の者の墓や家屋のたぐいがあろうと、おかまいなしだった。それらの木々もまた見る間に育ち、葉を茂らせ、たっぷりと白い花をつけていく。

 そして、飛ぶ。

 最初の木が散らしたように、自分たちも黄色い花粉を遠慮なく。そして花粉たちは降り立った先から、そこに何があろうと遠慮なく新たな木を引っ張り出し、新たな花に同じ仕事を課せていく。

 そうして、一晩が過ぎるころには、かつての豪族が開き、耕した土地の大半は、手を入れられるより前の、木々がたっぷり生えた森に戻ってしまっていたとか。


 住まう人にとってはおおいに助かった開墾も、自然には大きな苦しみであったのだろう。

 それを頭領という毒の源がなくなったのを機と見て、あの雨を涙として流し、毒の結果となっていた田畑の土地を、元の姿へ戻していったのではないか、と人々は思ったらしい。

 人に汲まれたあの雨水たちは、いかに手をくわえようと、地面にぶちまけても、あのような木々を育むことはなかったとか。

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