思いの先にあるなにか
何度断っても、五味さんは給食のデザートをくれた。
最初は周囲の目を気にしながら貰ったデザートを食べていたが、三日も経過すると先生は給食に夢中で生徒一人一人の行動など見ていないことに気がついた。
私と五味さん以外にもデザートや牛乳を上げている生徒はたくさんいる。
ゴミを返したり席を外したタイミングで行動を起こしたりと、みんな先生に見つからないようにあらゆる手段を使っていた。
黒板消しをクリーナーにかける。
放課後に残って掃除をするのは今日が最後だ。
結局、他の三人が掃除に参加することは一度もなかった。
交わした会話の数は少なかったが、放課後や給食の時の行動で私の五味さんの人物像は明確になっていった。
一週間前まで抱いていたイメージ像はない。
あまり笑わず、強い口調で話すこともあるが、それは五味さんが不器用だからだ。
きっと自分の中に揺るぎない正義があるのだろう。
人を傷つける時も人に何かを送る時も決して相手を貶めようなんてことを考えてはない。
こうして放課後残って掃除をしてくれていることが何よりの証拠だった。
「結局、道路の先には行ったんですか?」
ランドセルに小説にしまいながら問う。
こうして二人きりで会話を交わすことができるのも今日が最後だろう。
週直でなくなった私たちは、放課後に残ることもなくそそくさと帰路に着くことになる。
異なったタイミングで教室を出て、異なった道を歩いて家を目指す。
「行ってないよ。私一人じゃ意味ないから」
青いランドセルを背負って五味さんが言う。
「他の人には頼めないんですか? お母さんとか」
間髪入れずに五味さんが頷く。
月曜日に初めて声をかけられたあの時からずっと私を頼りにする理由を考えていた。
両親や他の生徒に頼めず、私にしかできないことなど何もない。
「きっと私じゃ力になれないと思いますよ」
笑顔を作り、ゆっくりと首を横に振る。
決して謙遜しているわけではなかった。
自分と他人を比べた時、秀でているものなんて一つも見つからない。
「そんなことない。絶対に大浜じゃないとダメなの」
「絶対にって……そんな……」
躊躇いなく言われて狼狽えてしまった。
自身ありげに話している様子からなにか根拠があるに違いない。
口元に手を当て、目を閉じて思考を巡らせる。
クラスメイトと距離を置いていた五味さんがここまで私を宛にしている理由はなんだろうか。
過去を振り返っても、五味さんに手を貸したような記憶ない。
「……どうしても学区外に出ないといけない理由があるんですか?」
「うん」
私の問いに五味さんは真剣な顔で即答する。
「きっと両親とか先生に怒られますよ」
「覚悟してる。それでも行かないといけないの。ここでルールを破らなかったら後悔することになるから」
そんな返答を聞いて驚いてしまった。
てっきり五味さんは、学区外に出ることを悪いことだと認識していないのだと思っていたがそうではないらしい。
ルールを破らなければ後悔をすることになる。
その一言にハッとさせられた。
私にとってはルールを破ることが後悔に繋がるものだったからだ。
怒られないでやり過ごすことが私にとっての正しさであることを理解した。
私の中の正しさが崩れていく。
同時に、五味さんの中の正しさがどういったのもなのか無性に知りたくなった。
「わかりました。着いていきます」
顔を上げて目を合わせる。
自分からルールを破ることがこれほど緊張するものだとは思いもしなかった。
「本当に……?」
「でもひとつだけ条件があります」
「条件?」
ランドセルの肩ベルトをぎゅっと掴んで五味さんが首を傾げた。
「どうして学区外に出るのか。その理由だけ教えてほしいんです」
私が言うと、五味さんは珍しく表情を曇らせた。
話す時、必ず目を合わせるはずなのに、視線は下を向いている。
その様子はまるで抱えた思いを異性に伝えるヒロインのようだった。
「……どうしても会いたい人がいるの」
少し間があった後で五味さんは顔を上げてそう言った。
まっすぐな瞳を見て本当のことを話しているのだと理解した。
意見を聞き入れるように頷いてみせる。
今まで何度か話したはずなのに、初めて会話を交わしたような感覚だ。
「話してくれてありがとうございます」
誰と会いたいのか、なぜ私である必要があるのか。
そんなことまで聞く気はなかった。
どのみち目的地に到着すればわかることだ。
そんなことよりも、内向的な五味さんが理由を話してくれたことが嬉しかった。
心を開いてくれているかは不明だが、少しは信頼してくれているのかもしれない。
「わかりました。協力します」
私がそう返答すると、五味さんは表情をパッと明るくして「ありがとう」と呟いた。
一度だけ、五味さんの願いを叶えるために悪いことをしよう。
そう自分に言い聞かせて教室を後にした。




