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ルール

五味さんの一歩後ろを歩く。

学校を出て随分と時間が経ったが一度も会話がない。


何か話さなければと思いつつも話題を振るようなことは私にはできなかった。


長く続く沈黙に居心地の悪さを感じる。


信号が切り替わるのを待っている間、押しに負けて頼みを受け入れてしまったことを少しだけ後悔していた。

 

五味さんは怖い雰囲気を纏っていたが意外にも小柄だった。

クラスではずば抜けて一番背が高く、その癖臆病で会話するのが苦手な私とは正反対だ。


彼女は嫌なことがあれば遠慮なしに口に出す。

必要であればどんな状況であっても行動に起こす。


お互いクラスでは静かだったが性格は真逆だろう。


そんなはっきりとした性格に少しだけ羨ましさを感じていた。


「あの……」

 

五味さんは私の家と正反対の方向に向かっていた。


見たことのない景色が広がっている。

住宅街だからか人通りも少ない。


「どこに向かってるんですか?」


「着いたらわかるよ」


「……そうですか」

 

抑揚のない五味さんの声に恐怖を覚え、私は言葉を返すことができなかった。

 

ため息を吐き、歩く速度を少し落として距離を取る。


話す気はないらしい。


頼ってくれたことをきっかけに仲良くなり、五味さんを理解できると思ったが難しそうだ。


やはり私のことが嫌いなのかもしれない。

どっちつかずの性格が原因で、私は昔から嫌われることが多かった。

 

周囲を見ながら足を進める。


大きな門や庭のある家が立ち並んでいた。

電柱には携帯電話の番号が書かれた怪しいチラシが貼られている。


ゴミ捨て場から二羽のカラス飛び出してきた。

私は驚いてしまったが、五味さんは動じない様子でそそくさと歩いていた。


遅れてはいけないと、そそくさと足を進めた。


「ちょっと待ってください」

 

前を歩く五味さんに辛うじて届くぐらいの声の大きさで呼びかける。


声を聞いて五味さんが道路の前でピタリと足を止めた。


青信号がチカチカと点滅を始める。


「何?」


「……そっち、学区外」

 

道路の向こう側を指差す。


たしかこの先は学区外だ。


通学班会議で渡された地図に道路の名前が書かれていたような気がする。

家が学区外にある生徒を除いて、子供だけで学区内を出ることは禁止されていた。


「だから何?」


「……ダメですよ」

 

もし先生に見つかってしまったら怒られるに違いない。


きっとお母さんにも連絡がいくだろう。


そうなってしまったら迷惑をかけることになるし、そもそも怒られるのだって嫌だ。


「ここ渡らないと着かないから」


「でも……ダメです」


「じゃあどうするの?」

 

五味さんが食い気味に言う。

表情からも苛立っているのがわかった。


「……私、行かない」


「は? 着いてくれるって言ったじゃん」


「それはそうだけど、でも無理です」

 

どんな事情があっても学区外に出ることはできない。

ルールを破った翌日、男子生徒が怒られている姿を見たことがあった。


地域の人に見られていたらしい。


頼みの内容はわからないままだが、何を言われてもここは断らなければいけないと心の中で唱える。


「着いてきてくれるってのは嘘だったの?」


「……嘘って訳じゃないけど」

 

私だってできる限り五味さんの力になりたかったが、まさかルールを破る必要があるなんて考えもしなかった。


「じゃあ着いてきてよ」


「でもそっちは……」


「ならどうするの」


「どうするって言われても……」

 

視線を逸らしてボソボソと呟く。

五味さんは悔しさと怒りが混じったような表情をしていた。

 

小さな喜びで五味さんの頼み事を受け入れた過去の自分を呪った。


ただルールを守っているだけなのにどうしてこんなに詰められなければいけないんだ。


何も悪いことはしていない。


むしろルールを破ろうとしているのは五味さんだ。


やはり最初に内容を聞いておくべきだったと後悔の念が押し寄せた。


「……私……帰ります」


「嘘つき」


「とにかくダメですよ。先生に怒られます」


大袈裟に首を横に振り、踵を返す。


嘘つき呼ばわりされたことに少しだけ苛立ちを覚えたがこれ以上言い合いを続けたくはなかった。


早く帰って小説を読もう。


五味さんの頼みなんて知ったことじゃない。


お母さんや先生に迷惑をかけてまですることではない。

 

五味さんは鋭い目でこちらを見ていたが、私を追いかけてくることはなかった。

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