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彼女のお願い

五人で行うはずだった放課後の掃除は二人で行った。

三人のうち一人は予定があるからと私に残して帰ったが、他の二人に至っては何も言わずに教室を出ていった。


残ってくれたのは五味葛乃さんだけだ。

五味さんは文句の一つも言わずに淡々と掃除をしていた。

 

箒を入れて掃除用具入れの扉を閉じる。

静まり返った教室で金具のぶつかる音が鳴った。


横目で五味さんを見る。

彼女は青色のランドセルを使っていた。


女の子なのに青色が好きなのかと不思議に思ったが、五味さんは変わった人だからなんとなく納得もできた。

 

一度も会話を交わしたことがなかったが私は五味さんのことが得意ではなかった。


いつも不機嫌そうな顔をしていて何を考えているのかわからないからだ。

去年、同じクラスの男子を泣かせたという噂を聞いたこともあった。

 

机の中から分厚い本を取り出してランドセルにしまう。


四百ページ弱あった恋愛小説がもうすぐ読み終わる。

ちょうど主人公の恋が実ったところだ。

これから二人は幸せに暮らすのかそれともヒロインの持病が悪化してしまうのだろうか。


期待が高まっている。早く家に帰って続きが読みたい。


「ねぇ」

 

教室の扉を開いた瞬間、背後から小さな声が聞こえた。


ゆっくりと振り返る。


五味さんが私を見ていた。


「大浜っていつも本読んでるよね」


「まあ……はい」

 

顔を背けて小さく頷く。


初めて彼女の声を聞いた。


想像していたよりも高い声をしていた。

 

やはり五味さんは苦手だ。


初対面でいきなり呼び捨てにしてくるなんて普通じゃない。


そもそも呼び捨てで呼ぶことは禁止されていたはずだ。

先生がクラスの男子に注意している姿を見たことがある。


「どうして?」


「どうしてって……それは好きだからで……」


「それだけ?」


「……はい」

 

睨まれているような気がして私は咄嗟に目を逸らした。


求めていた返答をすることはできただろうか。


五味さんの表情を見て不安になる。


今まで、一度も本が好きな理由なんて考えたことがなかった。


「そっか」

 

納得したのか腑に落ちなかったのか判然としない様子で五味さんがそう言った。

 

鋭い目でこちらを見上げている。

怒っているのかそれとも考え事をしているのかもしれない。


「ちょっとついてきてくれない? 頼みがあるの」


「頼み……?」

 

私が首を傾げると、五味さんが左手を腰に当てて頷いた。


「大浜にしか頼めないの。お願い」


「え……」

 

予想もしなかったことを言われて言葉を失った。

 

五味さんをじっと見る。

至って真面目な表情をしていた。


「頼みってなに?」


「詳しくは言えない……言いたくないけど。でも他の人には頼めない」


「……そうなんだ」


私を頼る理由はわからなかったが悪い気はしなかった。


「着いてきてくれる?」


「……その……少しだけなら」

 

早く帰って小説が読みたかったがここまで真剣に頼まれたら断ることはできない。


それにあれほどぶっきらぼうな五味さんが根暗な私を頼ってくれたことが嬉しくもあった。

普段クラスメイトと会話を交わさない五味さんがこうして話してくれたのだ。


きっと何か大きな理由があるに違いない。


「ありがとう」

 

五味さんは無表情のままそう言って足を踏み出した。

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