4話 深淵
「最初にオーバードライブを使ったのは失敗だったなエリィ。あれは確かに強力だが、代償として使用後に一定の時間基礎魔法が使えなくなる。仕留められないのが悪い。スキルだけでこの俺、マークス·レタラに勝ってみせろ」
「、、、よくしゃべりますね。遺言ですか?」
「だまれ、喋るヒマもなく殺してやる」
マークスの生み出す風の斬撃は交わりぶつかり合い、巨大な竜巻となってエリィに叩きつけられる。
地面が抉りとられるほどの大量の斬撃が土煙をたてた。
土煙の中からエリィがゆっくりと出てくる。いつの間にか全身に黒い甲冑を着けている彼女に傷はない。
「鎧、、、面白いな。防御もできるのか、それ」
注意がそちらに向いた瞬間、マークスは真横の地面から出てきた黒い槍に貫かれた。隙を逃さずエリィの剣が追撃するように切り刻む。
「へぇ、やっと本気で来てくれた?」
さっきの傷も氷で閉じ、目立った外傷はない。だが戦況は大きく変わる。
マークスの飛ばす風の斬撃はエリィの甲冑を破ることはできない。地面から、時には空中からも生成される黒い槍、次第に彼は翻弄されていく。氷による止血はできても骨折や疲労が治るわけではない。
何かおかしい。 エリィは自分の心を支配する違和感に気づく。どう考えても有利な状況。なのに笑っている。
エリィは気づけなかった。マークスが初級魔法しか使っていないことに。それは彼のスキルを底上げする対価。
マークスの魔力が跳ね上がる。
「<エンドレス·フローズン·フェスティバル>白銀の世界は俺だけの、、、ステージ」
彼の目に写る全てのものが白く染まっていく。
対価を払い大幅に強化された彼のスキル。それはマークスの視界にはいるものを、生物、無生物を問わず絶対零度の霜で凍らせる驚異的なもの。
もちろんエリィも逃れられることはなく、黒かった甲冑は霜で凍てついている。
「今まで戦ったなかでは骨があったぜエリィ=クラリス。さて、あいつを手伝いに行くか」
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魔方陣から放たれる光が俺たちを包み込む。会話契約をしている相手と相互に信頼していること、これを対価に得られるモンスタートーカーの真髄。
それは互いの魔法や魔力を共有すること。
なにかを感じた相手が飛び退く。
『反撃だ。<ボルカノン>!』
灼熱のキャノン砲が前方を焼き払う。
だが少年は一歩も動かずにそれを上にはねのけた。
唖然とする俺に彼は問いかける。
「お前、名前なんていうの?」
「なんで今そんなことを聞くんだ?」
「気に入ったんだ。供養くらいはしてやる、ついでに親にも伝える。息子が行方不明というのは不安だろう」
『スバル、スバル·エルフォルクだ。親は、、、』
転生した俺に親なんているのか?
『親はいない』
「そうか。聞いて悪かったな」
『じゃあ、君の名前はなんだ?』
「ふっ、今から殺す相手に名前を聞かれるなんてな。面白いね、君。僕はオルテガだ。話は終わりにしよう。僕には任務がある。君を殺すという」
「<ワン·ダイレクション>」
彼の手から赤青緑の矢印が放たれる。
『<フレアガトリング>!』
炎のガトリング砲がそれを迎撃する。
「甘い」
『なっ、、』
地を割り飛び出してきた緑の矢印に貫かれた。
痛くない、、、?なぜだ?困惑する俺に赤と青の矢印が飛んでくる。
後ろに飛び退け、、、ない?!
赤青緑三本の矢が突き刺さった俺にオルテガの拳が飛ぶ。体が1ミリも動かない。魔力さえも。
アッパーをもろにくらい体が宙に浮く。オルテガの手、その甲に刻まれているのは青の矢印。
足が地面に着くより速く次の攻撃がくる。このままじゃやられる。
こいつ、、、僕の攻撃をしのいでいる!オルテガは驚かざるを得なかった。致命傷を与えきれていない。スバル、こいつの強さは底が知れない。有利にもかかわらず恐怖を感じた。
もう手の感覚がない。これ以上は避けきれない、、そう思った時、
『<フレイムチャージ>っ!』
『グエン!』
炎をまとった体当たりがマークスを飛ばし木に叩きつける。
『ダイジョブかおめえ、魔力回復が間に合ってよかったぜ。まだ立てるか?こいつを倒すまでオレたちは倒れられねえ』
『わかってる。このまま終わらせるわけにはいかない。神様がもう一度チャンスを与えてくれたんだ使い捨てるつもりはない』
『『<フレイムチャージ>』』
全身に炎が渦巻く。2対1の近接戦で、撹乱させて削りきる!
小柄で高機動なグエンをおとりに、円を描くように攻撃する。攻撃が1人に集中しないよう、必ず1人が視界の外にいるように。
それを崩さずに戦えるのはグエンに実力があるからだろう。
必然的にオルテガの攻撃、防御の回数は多くなる。最初は読めなかった彼のクセがわかってきた。
いける!防御魔法の隙間を縫って、拳を振り抜く。オルテガの顔に動揺が浮かぶ。
『どうした!焦ってるぞ、てめえ!』
グエンの蹴りが決まり彼は空中へ飛ばされる。
『悪いけど、君のことはゆるせない。<オーバードライブ·フレイムコマンド>』
あれ、何が起こった?
頭で考えることに体が追い付かない。
ちがう、もう体が、、、限界なんだ。
一歩も動くことができず俺は倒れこむ。
まばたきの間にオルテガが移動し、拳を叩き込んだ。
なにもできずにいる俺、だが、オルテガの動きが止まる。彼の腹を漆黒の槍が貫いていた。
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数分前、、、
「さて、あいつを手伝いに行くか」
そう言ってマークスが立ち去ろうとした瞬間、彼は無数の棘に体を貫かれ、地面に固定された。
「バカな、、、魔力も凍ってるはずなのに、、、」
「賭けでしたよ。久しぶりに緊張しました」
後ろからエリィの声がした。
痛みにうめきながら、マークスは笑う。とんでもないやつだ。一か八かで地中に潜ったのだろう。黒い甲冑の時から本体ではなかったのか。
エリィが目の前に立つ。黒く底のない淵のような瞳がマークスを射すくめた。
「感情を殺しきれてないな。早く殺せ。昔の俺を見てるみたいで悲しくなる」
「、、、そうですか」
漆黒の剣が彼の首を落とし、エリィは誰にともなくため息をついた。
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「ちっ、今回は撤退か」
青と緑の矢印が現れ、オルテガは瞬時に、消えた。
『逃げましたか』
『エリィさん、もう一人は、、、』
『殺しました』
『何で、、、』
『何でって、殺さなければ私たちが死んでました。わかるでしょう』
『わかるけど、、、』
でも、あまりいい気持ちではない。それでも、エリィさんが生きていて、本当に良かった。それだけは言えた。