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茨街道の馬達(1)

 茨街道は、その名の通りかつては道の両わきに沢山の茨が植えられていました。その

茨ときたら、棘が長くしかも沢山ついていたので、草原に住む粗暴な生き物やゴブリンなどの危険な生き物が、道に入り込まないようになっていました。しかし時とともに、多くの茨は枯れたり、ゴブリンの襲撃で燃やされたりした結果、その名残は薄くなっていました。


 その代りのように、今では大きな樹木が街道沿いに育ち、いくつかのものは、大きな虚を持つほどに育っていました。


 そのような道の姿は、茨の手入れが成されている次の宿場近くまで続いているのでした。その道を、馬車にゆられながら櫟山から逃げてきたドワーフ達は、疲れた体を馬車に委ねていました。


 するとかすかに、風に乗って歌が聞こえてきました。


 馬たちよ戻っておいで

 まもなく陽が落ちる

 温かな干し草のベッドで眠りなさい


 馬たちよ戻っておいで

 オムラドに近づくな

 その水を飲めば永久に寝る事になる


 馬たちよ戻っておいで

 ゴブリンを寄せ付けないために

 円陣を組んで夜の守りを固めなさい


 馬たちよ戻っておいで

 可愛い私のともよ

 草原は私達の家、伴に過ごそう


 馬たちよ戻っておいで

 エポナの立つ場所へ

 私達の平穏は誰にも邪魔させない


「エポナの歌声だ」ウォルナットは、うっとりと目をつぶりながら寝言のように言いました。「この歌を聴くことがあるなんて」


「エポナって?」カーディナルは、眠りそうになりながら訊きました。


「エルフの女性よりも、純白の雌馬に恋をしてしまったエルフの男が、その馬に生ませてしまった、馬とエルフの混血だよ。

 馬の子であると伴にエルフの力も宿しているから馬を統べる者として、馬の女王とも言われているんだよ。常に草原を放浪しているから、誰も見た事がないけど、昔から伝説として僕らの種族で伝わっているのさ。しかしあの歌声はまさにエポナの馬追いの歌だよ。まさか本当に居たなんて」


「綺麗な声だね」カーディナルは、風の中を漂う声に眠気を覚えました。頭の中では、きっとケンタウロスのような姿なのだろうなと思い浮かべていました。


 やがて、街道のそばにある一本のとても大きな木の下で一行は馬車を止めました。

「ここで今夜は野営をしよう」バーントが御者の隣で皆に伝えました。


 すると早速ドワーフ達は、馬車から飛び降りてテントを張り始めました。バーントは、大きな木の周りをぐるりを周り、ドワーフなら5人は入れそうな洞を見つけました。


「こりゃ、寝心地が良さそうだな」と中に入ってみれば、ほんのりと温かく、眠気を誘いそうな感じがします。


「どれどれ試しに」と体を横たえると、今までの疲れがどっと押し寄せてきたのか、瞼が重くなり、いやいやこうしちゃおれん、皆に指示を出さねばと思うのですが、ちょっとだけなら構わないだろうと、目を閉じてしまいました。


 そして、バーントは大きないびきをかいて眠りに落ちてゆきました。しかしその洞の内側からは、じわり、じわりと木の脂が染みだして、バーントの上に滴りおちて来ました。

 さてテントが張り終わった頃になると、ドワーフ達の間で騒ぎが置きました。隊長のバーントが姿を消してしまったのです。


「疲れてどこかで寝てしまったんだろ」ビスタが、周りをなだめるように言いました。「そのうち起きてくるさ」


 しかし、ビスタとは違って真面目なバーント隊長が、こんな時間になっても姿を見せないのはおかしいと、皆が口々に言うものですから、彼らは少人数でグループを作ると、四方に散って隊長の名を大声で呼びました。


 ただ、よもや近くの大樹の中に居るとは思いつかないものですから、ドワーフ達は大樹から遠のくばかりです。野営地から遠くまで行って草を分けてみたり、動物が掘った穴を覗いては、中にいる動物に吠えられて慌てて逃げ出したりしていました。


 時間ばかりが過ぎ、彼らは仕方なく集まってくると、流石に腹も減ってきましたので、互いに手伝いながら調理を始めました。

 ただ出来たものは、具があまりないスープ、それでもドワーフ独自のハーブが入っているせいか良い香りが草原に漂いました。

 

 彼らは、硬いパンを囓り、スープでそれを喉に流し込みましたが、隊長の姿が未だに無いために、不安でスープもパンも今まで以上に味気なく、喉をうまく通りません。


 カーディナルも、それは同じでした。そんなとき、彼の耳がピンと立ち左右に動きました。


「あれ、バーント隊長の声が聞こえる」カーディナルが言うと、ドワーフ達が、彼の周りに集まってきました。


「聞こえないぞ」誰かが言いました。実際だれの耳にも隊長の声は聞こえませんでした。

「静かにして」カーディナルは、すくっと立ち上がり、声のする方向に歩き始めました。

「お腹が減ったって言ってる」耳をひくひくと動かしながら、近くにある大木に向かって歩きました。


「お腹が減ったら、出てくればいいのに」とビスタが文句を言いながらカーディナルの後ろを付いてゆきました。その後ろをドワーフ達がさらに付いてゆきました、


 そしてカーディナルは、木の幹から足だけが出ているのを見つけました。どういう訳だか、木の虚はそこにはなくバーントの靴だけが幹から飛び出しているのです。


「こりゃ一体どうなっているんだ?」ビスタがすっとんきょうな声を上げました。


「待ってよ」とカーディナルは、木の幹にそっと耳をあてがいました。すると、助けを呼ぶ声が幹の中から聞こえてきます。


「この中に居るみたい、助けを呼んでいるよ」


「本当か?」とビスタも耳を幹にあてがいました。すると確かに微かにバーントの声が聞こえます。


「隊長!聞こえますか?」ビスタは大声を張り上げました。すると、「聞こえるよ」と微かな応えがありました。


「中に居るみたいだな」ビスタは後ろにいるドワーフ達に振り向きながら言いました。


「しかしどうしてこんな事になっているんだ」御者のシェンナがこんこんと木の幹を叩きました。するとこつんと枝が落ちて彼の頭を小突きました。「かなり弱っている木なのかな」シェンナは上を見上げました。太い枝が四方八方に伸びて頑丈そうには見えますが、末端の枝はどこか弱々しく、葉も多くはありません。「きっと老木なのだろうな」と木の幹をさすりました。


「俺たちの山なら大事にするような老木だけど、隊長を助けるには斧でこのでかい木を倒すしかないようだ。」ビスタが言うと、ドワーフ達は一斉に馬車に戻ってゆき各々、愛用の戦斧を持ちだして来ました。


ドワーフ達は、各々掌をまず木の幹にあて、古から伝わる木に許しを請う呪文を唱えました。そうしなければ、山の怒りが彼らを襲い、山津波を起こし彼らの洞窟の出入り口を塞いだり。地下水があらぬ所から噴出したりして、すみかに住めなくなるからです。


その時、木は突然沢山の枯れ枝を降らしましたので、ドワーフ達は、声を上げながら木から離れました。


「枯れかかっているのだろうな。」沢山の葉っぱや小枝を服から落としながら、ビスタが再び木に近づき、そして斧を振り上げ幹にその刃を食い込ませた時、太い枝の一つがブンと振り下ろされ、ビスタをすくいあげるようにして飛ばしてしまいました。ビスタはぽーんと草原の中に飛んで行ってしまい、ごろごろと転がってゆきました。


「なんだ、なんだ」ドワーフ達は、思わぬ木の反撃に、木を遠巻きに囲みました、再び枝が振り下ろされると、今度は幹に刺さった斧が飛んで行きました。


「何かが来るよ」ふとカーディナルが、耳を立て目を遠くにやりました。「とても沢山」

「ゴブリンじゃあないだろうな」シェンナが嫌な顔をしましたが、その音が直ぐに彼の耳にも届きました。「いやゴブリンじゃあない、馬だ。沢山の馬だ」


やがて草原の中を土煙をあげながら、馬の群れが近づいて来るのがドワーフ達にもわかりました。


「野生の馬の群れだ」シェンナが、手のひらをおでこに乗せて言いました。


「何の音だ」手に斧を持って、よろよろとビスタが戻って来ました。


「馬です」シェンナが答えました。「野生の馬の群れです」


「なんだって、馬だぁ?」ビスタが振り向くと、沢山の馬がこっちに向かってくるのがよく分かりました。「暴走していないよな・・・あいつらの後からゴブリンどもが来てるとかは嫌だな」


 やがて馬の群れを率いるかのように先頭を走る白馬の背に、誰かが乗っているのが分かりました。


「うそだろ、あり得ない」カーディナルの肩の上で目を凝らしてした、ウォルナットがつぶやきました。「歌声どころか、この目であの方の姿を見ることがあるなんて・・・」


 馬はどんどん近づいて来ました。そして、左右に大きく広がって彼らに向かうと、やがて古木を中心にしてドワーフ達を取り囲むようにして停止しました。


 大きな白馬の背には、エルフを思わせる女性が乗っていました。銀色の髪、先のとがった耳、大きな瞳と長い睫、そして乗馬するには相応しくないような、ふわりとした無地の白い生地を纏い、袖からは細く白い手が手綱を握っていました。ただ、鐙を踏む足先はエルフのものではなく、馬のひずめの形をしていました。


「オムラドの木の悲鳴を聞いた」女性は、透き通るような声で言いました。すると木の枝が動き、ビスタの前で枝が何度も揺れました。


「なんで木を傷づけた」女性は、馬と伴にビスタの前に立ちました。


「木の中に、俺たちの隊長が居るみたいなんだ」ビスタは後ずさりしました。「早く出してあげないと、死んじまう」


「木の中に?」すると女性は、馬からまるで重さが無いように軽やかに下りました。地面の上を女性のひずめが跡も残さずに進みます。そして木の幹の前で止まると、幹から飛び出した足を見つけました。


「おや、おやそういうことか」と女性は、頷くと幹の下の方に細い腕を伸ばし、幹を静かに撫でました。


「オムラドよ、虚を開いておやり」と何度も綺麗な声で囁きながら、幹を撫でました。その声にドワーフ達は、うっとりとする気分でした。


やがて、木の幹に一筋の切れ目が出来ると、ゆっくりと左右に開き始めました。そして、バーントが入ってしまった時と同じ虚がそこに現れました。中では、バーントが木から染みだした樹液にまみれながら、「腹減った」と寝言を言っていました。


「これで良いだろう、ドワーフ達よ仲間を引っ張り出しておあげ」と女性は、その場から下がり、ドワーフ達に命じました。


 すると、ドワーフ達は木の周りに早速集まり、バーントの足を引っ張って虚から引きだしました。しかしバーントは、深い眠りについているようで、何か寝言を言いますが、ちっとも起きる気配はありません。その寝言もお腹減ったとか、助けてとか言うものですから、どうやら閉じた洞の中でバーントが叫んでいたのは、寝言のようでした。


 流石に、寝たままではまずいと思ったのか、ビスタが平手でバーントの頬を打ちながら「起きてください隊長」と大声を張り上げましたが、バーントは、眠りについたままでした。


「寝かせてあげなさい」女性は、再度バーントの頬を打とうと振り上げたビスタの手を握って言いました。「彼には休息が必要だとオムラドは判断したのです。疲れが取れれば自然とおきます」


「エポナさま・・・」突然甲高い声があがりました。声の主は、ウォルナットでした。「あなたはエポナさまではありませんか?」


 エポナと言われた女性は「そうです」と一度頷きました。そして声の主を発見すると、驚きの声をあげました、「おや、ノームではないか、それに人の子まで・・・これは一体どうしたことですか?そもそも、山の民が何故山を捨てたのですか」


「我が故郷の、椚山はゴブリンどもに襲われ、民は四散してしまいました。私たちはゴブリンから追われつつも、エルフの力を頼るべく旅をしているのです」ビスタが、丁寧に答えました、


「おやおや、私はそのゴブリンをこの草原から追い出す為に、巡回していたのだが、やつらはお前らを追っていたのか。残念だが、ゴブリンはかなり近い場所まで来ているぞ、やつらは夜しか動けないが、疲れ知らずだ。今夜にはお前らが何処で休もうとも追いつくだろう。」エポナは、大きな二つの目の間に深い皺を寄せました。


「なんと!!」ビスタは、戦斧を地面に突き立てました。「くそ、せっかく街道にでたというのに、そんな事になっているとは、なら戦うまでだ」そして哀れみの視線で、カーディナルを見ました。「お前を人の世界に返さなければならないのに、すまん。」


「いやゴブリンどもは、私にとっても目障り。」エポナは言いました。「今宵のみ、お前らに力を貸そう」


「しかし貴女は、武器が無いではありませんか」ビスタは頭を横に振りました。「隊長を助けて頂いただけでも、充分です。どうぞ早くお逃げください」


「私の武器は、ここに居る仲間達だ」とエポナが言うと、多数の馬の群れが一斉に嘶きました。「ほら皆は戦う気に満ちている」


「武器が無くては危険です。美しい方よ」ビスタは、さらに逃げるようにエポナに言いましたが、彼女は首を横に振りました。「そういう目で私を見て欲しくはないな、小さき者よ。偉大なるエルフの父と尤も美しい牝馬の間に生まれしこの身、それに宿った力を今宵思う存分見せてやろうではないか」彼女は、握り拳を天に突き上げました。それに呼応するように馬たちが嘶きながら、後ろ足で立ち、前足で宙を蹴り上げました。エポナはそれを笑顔で見ると、腰を曲げビスタの耳に口を近づけました


「もっとも、折角ここにゴブリンどもの餌がある以上は、たんまりとゴブリンには集まって貰わないとな、そこでだ・・・」


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