草原を行く(3)
馬車は、草原を走り続けました。行く先々でマンモスの糞が落ちていましたが、すでに空の袋は使い切ってしまったので、かれらは前をゆく大きな動物の追跡を続けました。
やがて、マンモスの群れが停止しているのが見えました。そこには木々が沢山茂っていました。
「泉らしいですぜ」ヘンナが、手綱を静かに引き、馬をゆっくりと歩かせました。「馬たちにも水を与えましょうや、こいつらもいい加減疲れきってしまった」
一行は、馬の速度を緩めながら、木々が生い茂る木立の中に入ってゆきました、マンモスの群れは、木立の中である一本の広い獣道だけを通り、他の木には傷をつけない様にしているのか、倒れている木は一本もありませんでした。
そして木立の中にやがて、大きな泉が現れました。マンモスは、その泉の周りに立ち、長い鼻で水を吸っては口に運び、澄んだ水を飲んでいました、一行は、大きな生き物たちから離れた場所に馬車を止めると、ヘンナや他の御者達は、馬を牽いて泉の畔に歩き、他のドワーフ達は、空になった水樽を抱えて、泉にやってきました。
服を汚したマルーンだけは、小さい洗濯用の桶を抱えて、皆にあっちいけとか、言われてしまったので、皆から少し離れた処で、桶に水を汲みそこに自分の服を入れて洗濯を始めました。
「良い水だ」馬が水を飲んでいる間、その横で両手ですくった清らかな水飲んだヘンナが言いました。「櫟山の湧き水には及ばないが、良い栗酒ができそうだ」
「山に帰りてえな」同じ御者のチェスナットが、馬を撫でながら言いました。「みんな生き伸びたかなぁ」
「ああ、王の指示が早かったからな」ヘンナは、自ら納得するように頷いていました。「皆は、どこまで落ち延びたかねえ」
「ああ榛山のヘアーブラウン王の元に行くように指示が出されたが、わしらは皆住み慣れた山の洞窟が一番だ。血気盛んな連中や、死ぬなら生まれた場所だと言っていた連中は皆、剣を取っていたが・・・」頬に大きな傷をつけた御者でも高齢のローアンバーが馬に櫛を入れながら言いました。
「あんなの戦いじゃねぇ」チェスナットは、地面に座り込みました。「ウンカのように山に押し入ってくるゴブリンたちめが、切っても切っても押し寄せてきやがった。」
「しかし、タンの奴が、いち早く気がついてくれたから、逃げる奴は逃げたし、俺たちもエルフの応援に出る事もできた。あれがなければ、俺たちは全滅だった。」ヘンナもチェスナットの隣に座りました。馬たちは大人しく側で水を飲んでいます。
「全くだ」チェスナットは、手で地面を探り、一個の小石を拾うと、ぽんとゆるい弧を描いて石を投げました。ぽちゃんと言う音と伴に同心円に波が立ちました。「でも、俺たちや、避難した連中を守る為にしんがりを務めたやつらは、多分誰も生きてはいないだろう」
「そうだな、しかし洞窟の中は俺たちの領分だ、簡単にやられはしないさ」ヘンナは、軽口を叩きつつも、それでも多勢に無勢、チェスナットの言う通りだなと思いました、そしてチェスナットを横からみれば、彼の目尻から涙が落ちているのがわかりました。「家族がが、しんがりを務めたのかい?」
チェスナットはうなずきました。「俺の二人の息子と、兄貴の息子がね」
「そうか・・・」ヘンナも、石を泉に投げ込みました。「俺もお前も、息子達のおかげで、此処に居られるんだな」
「おめぇらだけじゃねぇ、多くの若いドワーフが、死んじまったんだ」ローアンバーが、泉の周りで休んでいる仲間達を、手にしたブラシで指しながらいいました。「みんな誰かしら、親戚や友人を亡くしているんだ。俺たちは、なんとしてでも、エルフに力添えを頼まんといかんぞ」
そこへ、洗濯を終えたマルーンが、やって来ました。桶には洗った服を入れていますが、素っ裸です。
「乾くまで、誰か服を貸してくれないか?」マルーンは、情けない声を出していました。
「着替えを持ってきていないのか?」ヘンナが苦笑いをしながら言いました。
「取るものも取りあえず、この馬車に乗せられたんですよ」マルーンは、むくれて言いました。「着替えなんかあるわけないでしょ」
「そういや、俺も着た切り雀だ」チェスナットがうなずきました。「はっきり言って、俺の服も加減服も臭くなってきたな」と服の胸元から立ち上がる匂いを嗅ぎました。
「わしもだ」ローアンバーも、げらげら笑って自分の服の匂いを嗅ぎました。周りが臭いから気がつかなかったわい」
「着替えは無さそうだな」ヘンナも、自分の服の匂いを嗅いでしかめっつらをしました。「俺も洗うか・・・」と服を全部抜いで、泉に飛び込むと、服のもみ洗いを始めました。
すると、俺も、俺もと、ローアンバーと、チェスナットも服を脱いで、洗濯を始めました。
その様子に、気づいた他のドワーフ達も、次から次へと、泉に飛び込んでしまいました。
慌てたのが、バーントです、右腕であるビスタも止めるまもなく、泉に飛び込んでしまったのですから
「まぁ、ゴブリンが来ない事を祈るか」と彼もまた、服を洗いに水に入りました。
「泳げないドワーフが、自ら泉に浸かるなんて、こりゃ見物だな」ウォルナットが、大きな葉っぱの上で寝そべりながら、笑いました。
「僕も水に浸かってみようかな」カーディナルは、水に浸かりながら気持ちよさそうにしているドワーフや水の掛け合いをして遊んでいるドワーフを見て羨ましそうに言いました。「でも、ぬいぐるみが濡れると、あとあと、大変なんだよなぁ」
「何、言っているんだ。今のお前さんは、誰が見てもぬいぐるみじゃねぇよ」ウォルナットは葉っぱから降りると、地面についたカーディナルの手の甲をぽんぽんと叩きました。「とても、水を吸うとは思えない」
「そうかな?大丈夫かな」と彼が、湖に向かって、足を踏み出したとき、マンモス達が、そわそわし始めました。
ドワーフ達は、まだ水に浸かって良い気持ちでいるせいか、微かなその動きに気がつきません。
カーディナルの耳が、ピンと立ちました。「なにがが来るみたい」
「分かる、動物たちが、浮き足だっているみたいだ」ウォルナットも、耳をそばだてていましたが、やがて指笛を吹くと、いち羽の小鳥を呼び寄せ、その背にのって高く飛び上がりました
カーディナルは、水の中でくつろいでいる、ビスタの元に駆け寄りました。
「どうした、カーディナル、お前も水に浸かってのんびりするか?」
「何かがこっちに向かっています」と大きな声で、伝えました、
「何?」バーントも、その声にぎょっと振り向きました。
「何がこっちに来ているんだ?」バーントが大声を出して、水の中を歩きながら、カーディナルの居るところに来ました。
「今、ウォルナットが鳥の乗って見に行ってます」カーディナルが、上を指して言いました
「昼だから、ゴブリンではないと思うが・・・」ビスタが、近くにやってきた、バーントに言いました。
「おれも、そう思う、この格好だが、全員に剣を持って待機させよう」バーントは、ビスタにそういうと、ビスタは、水の中を駆け回りなら、「帯刀用意!」と声を掛けました。
すると、そこへウォルナットを乗せた鳥が戻ってきました、ウォルナットは鳥の背に乗ったまま「でかいやつのさらにでかいやつがこっちに向かっている」と言いました。
「でかいやつなら、大人しいだろ?」バーントはほっとしたようでした。
「いや、はぐれものだ、やたらと気が立っているみたいで危ないかもしれない」ウォルナットは、きんきんした声を大きく響かせて答えました。「でかいやつ同士で喧嘩になるかもしれない」
「どういうことだ?」バーントは、訊きました。
「はぐれものが、この群れのボスの座を狙ってきているんだよ」
そのとき、地面の揺れを、陸に上がった、ドワーフ達は感じました。彼らは、裸のまま剣を鞘から抜きました。
「どうすればいい?」バーントは大きな獣がたてる地響きで湖面にさざ波が立つのをみました。「また、やり過ごせばいいか?」
「それが一番だけど、妙に気が立っているみたいで・・・とりあえず、もうちょっと様子を見るよ」とウォルナットは再び鳥と伴に空にあがりました。