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草原を行く(2)

 馬車の中はしんみりとしていました。そして、同時に緊張にも包まれていました。カーディナルはたたき起こされ、ねぼけまなこのままぼんやりとしていましたので、何が起こったのかは、理解できていませんでした。


 ウォルナットも、ずっとカーディナルと一緒に寝ていて、また馬車の中で寝ていました。そして、寝不足のカーディナルも、揺れる馬車の中でうつらうつらとしていました。


 彼らが、闇夜の中を出発すると、フクロウやヨタカ、そして夜烏が彼らの道案内の為に空に飛び、行くべき方角に飛んでは、どこかに消えてゆきました


 御者の、ヘンナはその鳥を追い、馬を走らせました。


 そして、ゴブリン達が寝静まる頃に。ろくろく寝ていない仲間や、疲れて口から泡を吹き始めた馬の為にも、ヘンナは、馬車を止めました。


「隊長、いい加減ここいらが限界でさぁ」ヘンナは、疲労のため御者台に座ったまま、腰を前におりまげ、重い息をつきました。


「ああ、ここで朝食を兼ねて一旦休もう」バーントの声も、疲れ切っていました。「全員休憩だ」彼は、できる限りの声を張り上げました。


 ドワーフ達は、ため息をつきながら馬車の中で、楽な姿勢を取りました、最初は炊事係だけが馬車を降りましたが、彼らも疲れきっていたために鍋や食材を出す度に、落としたり、倒れたりするものですから、休んでいた者達も見ていられないとばかりに、馬車から降りて、必要な調理道具や、食材を下ろすもの、周りを歩きながら薪を拾ったり、竈をつくるための石を運んでくるものなど、皆で手伝いました。


 樽に入った水を鍋に入れ、そこに平らにした麦の粒と、塩漬けの肉、乾燥した野菜などを放り込み、火をおこしました。


 塩漬けの肉がそのまま調味料にもなるので、他の調味料は不要でしたが、肉の匂いが強いので、乾燥させて保存していた香草がたっぷりと入り良い香りが鍋から漂いました。


 あとは、硬いパンが皆に分けられました。あまりにも硬いので、肉が入ったスープでもないと、食べるのが大変なのです。


「モロッコよ、たまには旨いものでもないのかね」ヘンナが、スープを飲みながら言いました。


「ゴブリンの襲撃を受けて、くぬぎ山から必死になって逃げる時に、これ以上のものを持ち出せるわけがないだろう、旨いものを食べたいなら、うさぎでも、捕ってこいよ」とモロッコは、自分のスプーンを振りながら言いました。そのスプーンの先が、たまたまカーディナルに向いたものだから、思わずカーディナルは、目を左右にきょろきょろさせました。ドワーフ達の目が一斉に彼に注がれたからです。


「お願い、僕を食べないで」と、カーディナルは思わず声を上げました。おおきなうさぎの耳がふわふわと揺れました。余りにも必死な声に、ドワーフ達は、笑い声を立てました。


「お前は食わないから大丈夫だよ」モロッコが、スプーンを引っ込めました。「耳だけがうさぎでも、その体じゃあ食べる気も起きないよ」


「はぁ・・・」カーディナルはほっと息を吐きました。


「それにしても、お前は不思議な生き物だな」モロッコは、じっと彼を見ました。「人間の子供の様にも見えるが、耳だけが違う。たしかエルフの耳も先っぽが大きいというから、エルフの仲間かい?」


「ううん、時人君のぬいぐるみだよ」カーディナルは答えました


「ぬいぐるみ?あの中に綿が詰まった子供の遊び相手かい?」モロッコは、確認しました。

「そうだよ」とカーディナルはうなずきました。


「なんで、それが動き回っているんだい」


「僕にも、よく分からないよ」カーディナルは、硬いパンをかじりました。彼の肩では、ウォルナットも、小さく砕かれたパンを必死にかじっていました。


「硬いなら、スープに浸けてみるといい」モロッコは、自分のパンをスープに浸けてから口に入れてみせました。しかし、他のドワーフ達は、硬いパンを頑張って咀嚼していました。カーディナルは、さっそく真似をしてみると、パンはスープを吸って柔らかくなりました。


「俺のパンも柔らかくしてくれ」とウォルナットが頼むので、カーディナルは彼から、パンを受け取って、スープに浸けてから、ノームに渡しました。


「そういや、皆にちゃんと紹介していなかったな」とビスタが、立ち上がってカーディナルの側に寄り彼の頭をぽんぽんと叩きました。


「カーディナルだ、よく分からないが、元は人間界のぬいぐるみで、こっちにさらわれてきて、こんな姿にされたらしい。俺たちは、救援を求めてエルフの元に向かうが、人間界のものは、向こうに戻さなければならないから、この子の扱いもまたエルフに委ねなくてはならないため、俺たちと同行する事になった。そして、肩に居るのが、何故か一緒に付いてきたノームだ、彼が俺たちをエルフの元に案内する・・・筈だよな?」


「赤い森についたらね」ノームは、カーディナルの肩の上で胸を張って答えました。


「頼むぞ、ちっこいの」モロッコが声を掛けました。


その時、大きく太い声が空気を震わせませした。

「何だ」ビスタが頭を回しました。


「でかいやつだと思う」ウォルナットが、言いました。


「でかいやつって?」ビスタが訊きました。


「俺たちはでかいやつって呼んでいるよ、とにかくでかい」ウォルナットは、特に慌てた様子もなく言いました。しかし、ドワーフ達は、剣を抜き円陣を組んであたりを伺いました。


「危険なのか?」ビスタも剣を抜いて周囲を伺いました。


「手を出さなければ、怖くないよ。でも下手に逃げると、追ってくるから気をつけないといけない。普段は、大人しい動物でね、草原の草を食べながら移動をしているみたいだね。でかいやつが居ないと、きっとこのどこまでも草原の草は伸び放題になっちまうかもしれないくらいに草を食うんだ。そしてでっかい糞をする」


でかいやつの声は、さらに近づいてきました。そしてその姿が大きく草原の中に見えてきました。ゆっくりとした足並みに見えますが、一歩一歩が大きいので、意外と早くこっちに向かってきていました。

「本当にあれは、生き物なのか?」ビスタは思わず唸りました。


 大きく毛むくじゃらの体を支える4本の脚はまるで、くぬぎ山で100年以上生きた木の幹の様に太く。背から伸びた毛が地面に付きそうになっています。顔の先端からは、一本の長い管が地面まで届くほどに伸び、それをぶらぶらとさせています。そして顔の両わきについた耳も大きくて、それを羽ばたかせると空でも飛べそうなくらいです。


「あれは、マンモスじゃないかな」カーディナルが、大きな生き物を見て言いました。「僕の中にある時人くんの記憶がそう言っている。あの顔の真ん中にある長い部分は鼻だよ、時人くんの世界では絶滅した生き物だよ」



 マンモスは、長い鼻を器用に使い、草原の草をそれでむしっては管の元にある口に、草を運んでは食べているようでした。


 その大きな生き物が、どんどんと近づいてきます。地面は揺れ。大きな声は、ノームやドワーフ達の鼓膜を破きそうな程に響きました。


ドワーフ達は、恐怖のあまりに、剣を構えて今にも襲いかかりそうな具合でした。


「じっと通り過ぎるのを待て」ビスタは、大声で命令しました。

マンモスは、群れを成していました。それが、ドワーフ達の間や、馬車の隣を、静かに、そしてだれにもぶつからずに進んでゆきました。


 ドワーフ達は、剣を構えたまま、身動きもせずに、命令通りにじっとでかいやつが通り過ぎるのをひたすら待ちましたが、流石に大きな声で吠えられると、ドワーフ達は思わず耳を塞ぎ、ゆらゆら揺れる鼻がぶつかりそうになると、あわてて避けたりしていました。


 やがて、やっとマンモス達の群れが通り過ぎると、地面は踏み固められたり、食べる為に草がむしられ、地面が見えていましたので、そのまま野営ができそうになっていました。


「みんな無事か?」ビスタは、周りを見回すと。一人だけ無事で無いものがいました。


「マルーンが糞を食らっちまった」マルーンと同僚の鍛冶職人であるローシェンナが鼻を摘まみながら言いました。


「隊長・・・」マルーンは、綺麗な金髪も服も、でかいやつが落とした糞を真上から受けてしまったので、全身糞まみれになっていました。糞のあちこちから、未消化な草が突き出しています。なさけない声を出して周りを見回しています。しかし、仲間達は、マルーンに近寄ろうとしませんでした。


「くらっちまったな」ウォルナットが、カーディナルの肩から腕伝いに地面におりました。そしてちょこちょことマルーンに駆け寄って、慰めました。「でも臭くないだろ?」


マルーンは、そう言われて、袖についた糞をそっと嗅いでみました。「あれ、臭くないぞ」


「だろ。俺たちは、でかいやつの糞を集めて乾かして燃料にしているくらいだ」ウォルナットは、マルーンを見上げながら言いました。「俺たちにしてみれば、お宝を体中に付けているようなものさ」


「ほう、確かに臭くはないが、流石に、このままって訳にはいかないし、こいつを洗うのに、貴重な水は使えないしなあ」いつの間にかビスタが近くに来て頭からつま先まで、マルーンを舐めるようにみました。


「どこかに、綺麗な川か、泉はないものかな」とビスタは、ウォルナットに向けて視線を落としました。


「でかいやつの後を追うとだいたい水場に辿り付くと言われているよ」ウォルナットは、指笛を吹きました。すると、一匹の小鳥がやってきてウォルナットの近くに降り立ちました。小鳥は綺麗なさえずりをなんども繰り返し、ウォルナットも指笛を使いながら鳥の声を真似ていました。


 やがて、小鳥は空に飛び立ちました。

「やっぱり、でかいやつの後を追うのが良いみたいだ。大きな泉があるらしいよ」ウォルナットは、小鳥に手を振りました。「あと、俺の意見としてだけどでかいやつの糞を集めて持って行った方が、あとあと便利だと思うけど?」


「ああ、使えるならそうしよう。空になった袋は結構あるからな」ビスタは頷くと、仲間達に空になった袋に大きな糞を入れる様に指示しました。


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