一夜明けて
日が昇るより早くバーントは、テントの前に立ち伸びたあごひげを手で触りながら、ドラブ爺さんの到着を待って居ました。
その足元には、矢に射られたゴブリンが3匹転がっていました。頭には毛がなく、耳も目も鼻も大きく、口は耳元まで裂けるように大きく、歯は全てが犬歯の様に尖っているものが奥までずらりと並んでいます。
ゴブリン達は、それなりの知性があるので、粗末ながら織った布を縫製した上下を一枚ずつ身に付け、腰には短いナイフを刺したベルトを巻いています。腕も足も細く長く、爪は太く鋭いものが伸びていました。
どのゴブリン達も、斥候として本隊より先行していた早足どもでしたが、野営地の周りを見張っていたドワーフによって射殺されたのです。ゴブリンも夜目が利きますが、ドワーフ達も山に暗く長い穴を掘っては、鉱脈を探すのが上手いものですから、ゴブリンに負けず劣らず暗がりには強いのです。
一晩中見張りをしていた、ドワーフの兵の一人があくびをしましたが、バーントを横目で見ると。気を取り直して背筋をぴんと伸ばしました。
やがて、日が昇り出すと。バーントの影が長く地面に伸びました。その影の中で土が盛り上がり、モグラの背にのったノームが現れました。
「大将、じじいが来たよ。」ノームは、土で汚れた髪を左右に振って払ってから地面の上に立ちました。「でもじじいは疲れているから、いまにも寝てしまいそうなんだ。起きているうちに来てくれないか?」
「分かった、ドラブ爺さんはどこに居るんだい」バーントは、しゃがんでノームに答えました。
「大将はここは不案内かな?、ならおいらを大将の肩に乗せてくれよそっちの方が早い」バーントは、手をノームの前に差し出すとノームはその上に乗って、バーントが肩まで持ち上げると軽い身ごなしで肩に飛び乗り、片手でバーントの耳たぶを掴んで遠くを見ました。小さいノーム達は、危険を察知するためにもとても遠くまで見る能力があるのです。
「枯れた水ノ木が見えるかい?」ノームが指を指しました
「水ノ木って、のが分からないのだが」
「あーじれったいなぁ、じゃあ俺をもう一回掌にのせてくれよ。案内するからさ」そう言われてバーントは再びノームを掌にのせ、手を前に差し出しました。
ノームは、その上で方向を指さしました。「あっちだよ」
枯れた水の木の下には、何人かのノーム達が集まり、髭をぼうぼうに生やした一人のノームを中心にして円陣を組んでいました。バーントは、その円陣の隅に胡座をかいて座り、掌のノームをそっと地面に戻しました。
「ドワーフの大将、良く来た」ウォルナットは、円陣の中から立ち上がって両手を合わせる挨拶をしました。「これから、爺さんに赤のエルフの居場所を訊くところだよ」
「頼む、ウォルナット。時間がない」バーントは、胡座のまま身を屈めました。
「爺さん」ウォルナットは髭だらけのドラブ爺さんに話しかけました。声を掛けられたノームは、だれよりも長く白い髭をもち、目は大きくまんまるですが、歳のためでしょう、頬はこけ、頭の髪も全くありませんでした。服は急いできたからでしょう、ゴミや埃が沢山付いていました。
「ふぁぁ、急ぐのかね、できれば一眠りさせてもらいたいだがのう」爺さんは大きなあくびをしました
「うん、急いで赤のエルフの村に行きたいんだ」ウォルナットは、身を乗り出すように爺さんに詰め寄りました。
ドラブ爺さんは、大きな目をゆっくりと閉じると、ひとつ息を吐きました。
「全く…赤の森は知っておるな?」爺さんは、目をつぶったまま言いました。
「行ったことはないけど、確か茨街道の先にある山を越えたところあると聞いた事がある」ウォルナットが、言いました。
「そう、ただ赤の森は深く大きい、赤のエルフはそこを10等分して各々の場所に2年間暮らし、森を整備しては次の区画に移動しておる。だから何時も同じ場所に居るとは限らない、しかし土地の事はモグラ達が知っておるでな、今は多分4区画目におるはずじゃが、詳しいことは森の入り口で赤毛のモグラに訊くといい、ウォルナットよ、お前さんはモグラと話せるよな…」
「爺さん、モグラや鳥と話せねぇノームはもぐりだよ」ウォルナットが、胸を張って言いました。
「ふぉふぉ、確かにそうじゃな。では、わたしゃもう疲れたんでな」そしてノームの爺さんは、大きな目を一度開くと、ふたたび閉じました。
「どうやら、ノームの案内が必要そうだな」バーントはウォルナットを見ました。そしてウォルナットも周りを見ましたが、いつの間にか囲んでいたノーム達はさっさと穴に隠れてしまった後でした。慌てて自分もどこかの穴に入ろうと、考えましたが、じっと見つめるバーントの視線に動けなくなってしまいました。
「わかったよ、でも俺はこんな身の丈だ。森の入り口まではあんたの荷物に紛れ込ませてくれよ、あとカーディナルも連れて行かねばならんから、子供が乗れる馬を用意してくれよ」
「こっちも逃げるのが精一杯で、予備の馬は無いが、馬車に同乗しても問題は無いから、あんたと少年は俺が預かろう」とバーントは言って手をウォルナットの前に差し出しました。
「行こう、ノームの案内人よ」とバーントに言われウォルナットは飛び跳ねる様に掌に乗りました。