ドワーフ達と出会う
やがて夜が近づいてくるころ、幾つもの蹄の音が聞こえました。その音を聞くなりまだ倒れていたノーム達は、互いに顔を見合わせて不安そうな表情を浮かべると。何も言わずにさっさと穴の中に隠れてしまいました。その素早さといったら、砂浜で餌を食べていた蟹達が人の気配でさっと砂の中に逃げ込む有り様に匹敵していました。
ウォルナットは、穴から頭だけをだすと、ひとりぽつねんと草の上に座って困ったように周りを見回しているカーディナルに声を掛けました。
「お前もどこでもいいから隠れるんだ。なければ草の中に身を隠せ」そしてさっと穴に潜ってしまいました。
そこでカーディナルも何処かに身を潜める穴は無いかと辺りを見回しましたが、当然そんな大きな穴がある訳がないので、仕方なく草むらの中に腹ばいになりました。
蹄の音は、どんどん大きくそして、こっちに向かってきていました。視線だけ音の方に向けると、真っ黒な大きな動物が向かってきているのが見えました。カーディナルはどきどきしながら唾を飲み込みました。
蹄の音の主は黒い四頭の馬でした。そして馬達は、一台の馬車をひいていました。馬車は、ゆっくりとカーディナルの側までやってくると、御者のかけ声と馬の嘶きと共に停止しました。馬たちはよほど疲れているのか、荒い息を続けていました。そしてブルルという馬の声がします。
「今日のところはここで野営だ」 馬車の中から太い声が響きました。
「隊長、こんな場所じゃ身を潜めるところなどありゃしませんぜ」こんどは、すこし嗄れた声がしました。「もっと隠れる場所まで行きましょうよ」
「判っている。ビスタ、しかしここは" どこまでも草原" の真ん中だ、この先どこまで行ってもこの状態が続く。 その上馬はくたくた、仲間もくたくた 、元気なのはお前だけだ」
「しかし、夜を通してずっと走れば最初の村まで行けるんじゃないですかい?もうそれくらい来たような気がするのですけど」
「いや、少なくともあと2,3回はこの草原で野営は必要だと思う」隊長と呼ばれた声が疲れたように言いました。
「まだそれしか!!」しわがれた声が思わず大声を出しました。すると、シーッと幾つもの声が馬車の中から聞こえました。「すみません。でもそうなら、なおのこと少しでも距離を稼いだ方が良くはありませんか」ビスタと言われた声が、食い下がりました。
「馬が持たないって今いっただろ。 お前の御託など聞きたくない皆降りろ、野営をする。 ビスタ、お前は元気そうだから 塹壕でも掘ってろ」隊長の声が、響きました。
そして、馬車からは沢山のドワーフが降りて来ました。ドワーフの背丈は、人間の大人から見ればまるで子供なので、カーディナルよりは少しだけ高い身長でした。しかし、その体格といったらがっしりとしていて、肩幅も広く、お腹もぽっこりと出ていました。
そして、だれもが長い顎髭を垂らし、そして頑丈そうな鎧に身を包んでいました。 その鎧の立派なこと、装飾は丁寧であちらこちらに宝石や金も飾られていました。
最初に降りたドワーフは、隊長に口答えをしたビスタでした、彼はスコップを肩に担ぎ馬車の周りをうろうろしていましたが、その内鼻をくんくんいわせて「他の奴の匂いがする」と 言いました。 そしてくんくんと鼻を鳴らしながら、カーディナルの方に近づいて来るではありませんか。
カーディナルは、地面に伏せたまま小さい体を振るわせて頭の中でこっちに来るな来るなと念じていましたが、とうとうビスタは「見つけた!」と大声を出してカーディナルの頭を軽く叩きました。
それに驚いたカーディナルは、地面に伏せたまま身を丸くしてがたがたと震えるばかりです。 ビスタはそれを面白がるように、更に頭をぽんぽんと叩いては「取って喰うぞう」とからかいました。それに気付いた隊長が「こらビスタ何遊んでいるんだ、さっさと穴をほらんかい」と後ろから怒鳴りました。
それを穴の中で聞いていた、ウォルナットが驚いて穴から飛び出すようにして出てきてカーディナルの頭の上に登り、ビスタに向かって大声をだしました」
「こら、ここはノームの土地だぁ。 勝手に穴を掘るな。 俺たちの住処が壊れてしまうじゃないか」
「あれ、まぁ。 変な奴が俺たちにびびっていると思ったら今度は、ノームの兄さんのおでましかよ」驚いているビスタの後ろからまた 隊長の声が響きました。
「ビスタ、てめぇ何を一人で喋っているんだ」
「ああ、隊長。 変な奴と,ノームがいるんでさぁ」
「なんだと」隊長は、がしゃがしゃと鎧の音を立てながら、カーディナルの側にやってきました。
そして、そこに震えている少年とノームの姿を見ると。
「ビスタ、俺のテントにこいつらを連れて来い」 と言ってさっさとまた馬車のあった所へ戻って行きました。そこでは、沢山のドワーフの兵士達がせっせと大きなテントを張っているところでした。
「へい」ビスタは隊長の背中に返事をしました。
「まぁ、ノームの兄さんよそういう訳だからちと来てくれないか」
「それなら、あんたの掌にでも乗っけてくれ」ウォルナットは言いました。
「そこで、震えている兄さんも来てくれないか?」
「おい、人間の子供」ノームはカーディナルの頭の上でぽんぽんと跳ねました。
「恐くないから立ち上がりな」
「本当?」カーディナルは、未だ震えていました。
「だって皆隠れたじゃない」うつ伏せのままカーディナルは小声で言いました。
「俺たちはなにかが来れば隠れるのが普通なんだ」ウォルナットが言いました。
俺たちはちっこくて弱いのさ
キツネに見つかれば食われる
鷹に見つかれば連れ去られる
でも弱いのは、弱点じゃあない
弱いのを認めないのが最悪の弱点さ
俺たちはちっこくて弱いのさ
キツネに見つかれば穴の奥に逃げる
鷹に見つかれば穴に隠れる
でも弱いのは、弱点じゃあない
その代わり逃げるのが上手いのが長所さ
俺たちはちっこくて弱いのさ
風が吹けば飛ばされて大けがをする
雨が降れば水たまりで溺れてしまう
でも弱いのは、弱点じゃあない
穴掘りは任せてとけ、雨風に強いのさ
俺たちはちっこくて弱いのさ
小さいから見識も狭いと思われる
弱いから遠くに行けないと思われる
でも小さいのは、弱点じゃあない
鳥にも乗れるから世界を知っている
俺たちはちっこくて弱いのさ
身を隠すのは、ここでは一番大事
身の程を知っているからさ
でも小さいのは、弱点じゃあない
小さいからこそできることもある
「そうなの?」
「俺たちドワーフは恐くないから安心しな」ビスタは、努めて優しい声で言いました。それでやっと、頭を起こしたのですがウォルナットはそのままころころと草の葉の上に落ちてしまいました。
「急に頭を上げるなよなぁ」ノームは、地面の上で怒って言いました。
「ごめん」とカーディナル
「まぁまぁ、取り合えず来てくれ」ビスタはノームの前にけむくじゃらの手を差し出しました。ウォルナットはその掌にひょいを乗りました。
「それじゃ、君もな」ビスタは、やっと立ち上がったカーディナルに言いました。
彼は無言のまま頷いて、ノームを落とさない様に慎重に歩くドワーフの後に続きました。ドワーフ達は、暗くなってゆく草原で太い声を小声で歌いながら、テントを張っていました。
月もなけりゃ、星もねぇ
今日はさっさと野営の準備
食い物不味いし、酒もねぇ
今日はさっさとふて寝しよう。
狼恐いし、鬼も恐い
今夜も無事に越せたら幸いだ
剣はピカいち、腕は最低
襲われたら先ず命はないぜ。
恋しい人も、家族もいない
寂しい夜を仲間と越すだけさ
たたき起こされ、歩哨にたてば
安眠しているやつらがうらめしい
早く早く、正確に正確に
テントを張って、早く休もう
もともと、働き者が多いドワーフですから.隊長の一番大きなテントからその他の部下のテントまであっと言う間にたちならんでしまいました。
ビスタは、ノームと人間の子を連れて隊長のテントに入りました。そこでは、隊長がテーブルに地図を広げ立ったまま口にパイプをくわえていました。煙は静かに一筋の糸の様に天井にたちのぼっていきます。
そして、ビスタが連れてきたカーディナルの姿をみると。近くに来るなり。少年に向かって右手を差し出しました。
「ようこそ、ドワーフの焦げ茶部隊へ、私が隊長のバーントだ。」
「あ、僕はカーディナルって言います。初めまして。」彼は、その手を握り返しました。
「俺は、ウォルナットってんだ」ビスタの掌でノームが大きな声を張り上げました。
「お~、これはこれは。ノームのお兄さんかい、宜しくな」バーントは、握手をした手を離しノームを机の上に乗せる様にビスタに命令すると。カーディナルに一脚の椅子を勧め自分もまたテーブルの側の固そうな椅子に腰掛けました。
「実は、二三聞きたい事があるのだがね」バーントはパイプから口を放すと口から輪になった灰色の煙を吐き出しました。
「聞きたいと言っても僕はここが初めてだから何も知りませんよ」カーディナルは小さい声で答えました。
「何を知っているか知らないかは、私が決める事だ。何も端から何も知らないと決めつけるのは良くない。」
バーントは、パイプをひっくり返して中に溜まったもえかすを地面に落としてから、ヤニで茶色になった歯を見せて和やかに笑みを見せました。
「そうだろ?」
「うん」
「取り合えず、一番重要なことなんだが君は何者なんだい。みたところ人間の世界から来た子供のようだけど、耳がうさぎ耳になっている」
「でも、人間じゃないんだよ」カーディナルは頭を横に振りました。
「ほほう…しかし、その姿恰好、そして匂いもどうみても人間の子供だがなぁ」
「僕にも良く分からないけど、本当はね、ぬいぐるみだったの。」とカーディナルはこれまでの経緯を話しました。バーントは、その話しに驚くやら呆れるやらで、どうやら自分の手に負えないなぁと思いました。
「まぁ何れにしても、我々も森のエルフのもとへ行く予定だったからな」
「俺たちもそうしようとしたんだよ」とウォルナットが机の上から大声を上げました。
「そしたらおめえさん達が威かすもんだから皆にげちまって」
「威かすつもりは無かったのだが。」ドワーフは言いました。「今、世界は大変な事になりつつあるのだ。」
「え?」
「ゴブリンの王たるフリントが、この世界と人間の世界の双方を征服しようと企んでいるんだ。今は正に、人間世界に我々の世界が交錯しているし、奴にとっては願っても無いチャンスなんだよ。我々もまた奴らとの戦いの末に破れて逃げている最中なんだ。」
「じゃあ、まさか鬼達の追手がくるんじゃ」ノームは身を震わせて言いました。
「分からない、しかし我々の馬車の馬は、嘗てエルフの大将たるバーガンディが、ドワーフの王に献上したものだよ。こんな歌があってな」
とおい、とおい昔のこと。
一匹の老竜がエルフの町を襲った。
お宝は一つ残らず盗まれ。
エルフ達は、かろうじて身一つで逃げた。
何度も、何度も繰り返し
お宝を取り戻すために竜に戦いを挑んだ。
戦士たちは一人残らず食われて
エルフ達は、悲しみに暮れるばかり。
悲しみ、嘆いている時に
一人の少女がエルフの町にやってきた。
最後の勇者が彼女に恋をした。
最後の希望に何とか火がやっと灯った。
勇気と、知恵をしぼって
エルフとドワーフは竜を襲った
お宝は戻り、竜は息を絶えた
そのお礼に馬とお宝が手に入った。
「まあ、その馬の足の早いことと言えば、法螺貝の音よりも戦場の早く辿り着き、力の強さと言えばドワーフ100人と綱引きをしても散々負かしてしまう程でな」バーントはにやりと笑いました。
「ただ、あの竜を倒した後、あの人間の少女は自分達の世界に帰ってしまったのだよ。それ以来、バーガンディはふぬけになっちまった。空を見ても、河を見ても、山を見ても、溜め息ばかりと付いていやがる。しかし、鬼・・・ゴブリンと真向から戦える力と知恵を持った奴と言えば、奴しかいねぇときてやがる。だから、これから奴に会いに行くのさ。しっかりしろって、活を入れるためにな」
「でも、ドワーフの隊長さんよ。森のエルフの居所は知っていらしゃるのかな」とウォルナットがしゃしゃり出ました。
「それは、赤の森に行かねば分からないだろうな。昔とは全く違う場所に居所を変えたということしか分からないからな、とりあえず、何でもしっている森の番人にでも聞くさ」
「まぁ、ところがどっこい。我等がノームのドラブ爺さんは知っているのだよ」
「こりゃまた、土の中からなかなか出てこないノームさんが知ってらっしゃるとはなぁ、でそのドラブ爺さんとやらは何処にいるんだい」
「今、土龍乗りが迎えに行っているよ」
「それで何時に此処にくるんだい?」
「明日の朝にでも・・・」
「それなら、到着を待って明日の朝に此処を出立しよう。何れにしろ我々は、同じ場所に一晩以上止まっている程の余裕は無い、いくらわれ我等の駿馬がこの世界で一番早かろうとも、疲れを知らぬ悪鬼共の足はこの夜にでも距離を縮めてくる筈だ。ともすれは、早ければ明日の昼にでもこっちに来るかも知れぬ、だがやつらの斥候は、深夜にでも出くわすかも知れんな。」
「な、なんだって、何でそれを早く言わないんだよ。」ウォルナットが大声で叫びました。
「そんな事なら、早く皆に知らせないと、穴の奥深くに逃げないと」
「まぁ、焦るな。ゴブリンが目指しているのは、我々であってノームじゃないどのみちゴブリンどもはあんた達と戦うつもりはないだろさ。戦には成らないからな」
「何言っているんだ、このボケ。」とウォルナットは悪態を付きました
「ボケだと。このチビ助野郎が」
「ボケだからボケってんだ。昔この野原は、ゴブリン共に焼き尽くされて俺たちの仲間が沢山やられたんだよ。もう一回同じことされる前に地下の奥ににげなくっちゃ、またあんな悲しい思いをするのはやだよ」
ウォルナットの記憶には、それは未だとてもなまなましいものでした。その頃のノーム達は、草原の中でも日当たりのいい場所に住むのに丁度いい大きさの穴だけを掘って、今の様にまるで地の底に付くまで深い穴などは毛嫌いしていました。
しかし、ある日の事ゴブリン鬼達がこの野原で狩りを楽しんでいる時に…この頃のゴブリン達は決して恐いものでは有りませんでした…もっとも怒らせなければの話しですけど。…もともと悪戯が好きなノーム達ですから。この草原に住む兎やテンや鼠たちを逃がした上にゴブリン達に蟻をけしかけたのです。今晩の食事には悉く逃げられるわ寝床には蟻が押し掛けるはで、怒り狂った彼らは草原に火を放つやさっさと次の狩り場に行ってしまったのです。
まさか、そこまでするとは思わなかったノーム達は急いで穴に逃げそして更に土で蓋をしたのですが、ゴブリン達の火はとても質が悪く三日三晩燃え続けたのです。後に残ったのは、焼け焦げた土と蒸し焼きになったノーム達でした。
生き残ったのは、草原にただ一本生えていた”水の木”の側に住んでいた者達と、沼近くに住んで居たもの達だけでした。その時、”水の木”の側に住んでいた者達は、”水の木”の種が燃えない様に守ってくれる事を条件にこの木に助けてもらいましたので、すっかり、炭になってしまった木の後に種を植え、それを大事に育てていたのでした。
何れにしろ、その恐怖が未だ身に染みている彼らは、深い穴を堀り、水や食料を良く蓄える様になりました。
しかし、その恐怖がまたやって来るのです。普通は険しい山の洞窟に住むゴブリン達が、またやってくるのです。
「何があったかは、俺の知ったことじゃないがそんなに気になるならば、知らせるが良かろう。しかし、そのなんとかという爺は来たらすぐに連れてくるんだぞ。」そしてぼんやりと立っているビスタに向かってウォルナットを元居た場所に持って行くように命じました。それから再びカーディナルに目を置きました。
「君は、在るべき場所に在るべき存在として帰る為にもエルフのもとに行くべきだし、我々はバーガンディの腰抜けを引っ張り出す為に、エルフのもとに行かねばならない。同じ場所に行くならば、一緒に来た方がいいと思うがどうかな?」
当然そうなるとカーディナルは踏んでいたので、うんと言って頷きました。
「所で、おなかは減っていないかな?」バーントは、笑みを彼に見せました。
日が暮れる前に、ドワーフ達はテントを張り、早々と食事を始めました。小柄ながらもドワーフ達は皆大人でしたので、各自静かに酒を飲み。どこかで射捕った鳥や獣を解体したき火で焼き、袋に大事に入れてある塩で味付けをしました。
カーディナルがそれを口にする有様をバーントらはどうかなと見ていましたが、彼は笑みをもらして美味しいという言葉を口にしました。
「始めて食事ってことをするんだけど、うん美味しいよ」
「どうやら、記憶がぬいぐるみというだけで、体は生身の人間と変わらないようだな」バーントは不思議そうに言いました。
「多分、時人くんの記憶の一部が混ざっているのかなぁ、知らない味だけど、美味しいって事は解るよ」
「貴重な我らの山の岩塩にハーブを乾燥させたものが入っているからな」
バーントは自慢そうに言いました。
やがて、日が沈みそうになると、ドワーフ達が各々立ち去り、たき火は消されました。「君は、私のテントで寝なさい」バーントは、たき火を更に踏みつけ、土をかぶせました。
「はい、でもなんで火を消すの?暗いでしょう?」
「ゴブリン達は、暗闇で火を見つけるのが上手い、斥候が見つけようものなら、追手が一気にこっちになだれこんでくるからさ」
「ゴブリンって怖いの?」
「ああ、怖い。一匹ならともかく、群れを成すやつらはやっかいだ」
そして、見張りに立ったドワーフを除いて、皆眠りに就きました。