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ぬいぐるみ、名前を貰う

「こりゃあ、まいった。 とんでも無い場所に落ちてしまったなぁ」ぬいぐるみは、のんびりと浮き上がろうとしました。しかし、背中に何か重いものが乗っているようで、立ち上がることができません。


「ねぇ、誰か上に乗っているでしょう」ぬいぐるみは、声を上げました。

「奇妙な物が落ちてきたと思えば。 こりゃ喋るのかい」嗄れた声が上の方から聞こえました。


「ねえ、降りてよ」ぬいぐるみは、首を回して声の主を見ようとしましたが、押さえつけられているせいで、なかなか回せません


「まあまあ」と声の主はゆっくりと脚をあげると、靴で踏みつけていたぬいぐるみを両手で抱えて持ち上げて眺めました。


 声の主の姿は痩せた老人で、黒いマントに黒い服黒くて先の尖った帽子といういでたちで、顔も頬はこけて、歯はあちこちが抜けたまま、鼻は鷲鼻で目だけは黒く爛々と輝いていました。


「どうやら、あんたは人間界で新しく生まれた妖精だね」老人は、じっとぬいぐるみを見つめました。「しかも誤って誰かに召喚されたみたいだ」


「・・・・」ぬいぐるみは、どう答えていいか判りません。しかし、老人はそんなぬいぐるみの気持ちに関係なく言葉を続けました。


「たまに、人間の夢を吸い過ぎて妖精になってしまう物があるんだが、この世界に関係のある人の子を呼ぼうとした者が、間違って妖精を呼び寄せてしまったようだな。」老人はぬいぐるみを手の中で回しながら、あちこちを調べるように視ました。「しかし、この世界で、その恰好では不便だろうて、この世界だってぬいぐるみが動き回ったりせんからな」そう言って、老人は、ぬいぐるみを地面に降ろすと。手にしたおんぼろの杖でぬいぐるみをポンと叩きました。


すると。 ぬいぐるみはみるみる内に人間の少年の姿そっくりになってしまいました。ただ、耳はうさぎのままでした。


「・・・え?」少年の姿になったぬいぐるみは、何が起きたのか分からないまま、茫然と立ちすくんでしまいました。


「うむ、そっちの方がいいのう、じゃあな、若いの。まあ、達者で暮らせ」老人は、けらけらと笑ったと思うと。老人の居た場所でぽんという音とともに煙が立ち上り、何時の間にやら老人は消えてしまいました。



 人間の姿になってしまったぬいぐるみは、ずっと両手を眺めているだけで、ちっとも状況が分かっていませんでした。


「おい、坊主・・・」甲高い声が,ぬいぐるみの耳に入りました。彼は、耳を立ててあちらこちらを見ましたが、声の主は見当たりません。



「こっちだ、こっち、坊主」声は、足下から聞こえました。彼が地面に目を向けると、自分の掌位の大きさのノームが見上げていました。ノームは、白い髭で顔の下半分が覆われ、茶色の服を着て、右肩にスプーンの様なシャベルを担いでいました。


「あんただあれ?」彼は、ぼんやりとしたまま言いました。


「それは、こっちの台詞じゃ。早くてめえのその足をあげねぇかいそうしねぇと、ヘイゼルの奴が穴からでられないじゃないか」


そう言われて二歩下がると確かに足跡の真ん中に鼠が出入りする様な穴が空いていました。するとその穴からやはり茶色の服を着た同じ様なノームが顔を出して、辺りを見回し少年の姿を目にするやいなや、直ぐに又穴の中に引っ込んでしまいました。


「全く、ヘイゼルの野郎びくびくしやがって」先程から居たノームは、その穴に近づくと頭の穴に突っ込んで大声を出しました。


「こら、てめえ何びくついてやがんだ。穴を堀りに行くぞ」


「あにぃ…」小さい声が穴の奥から細々と聞こえました。「でっけえ、化け物が外にいるだろ。な、今日は日がわりぃからやめようや」


「何が、化け物だい、たかだか人間のガキ一人じゃねぇか」そう言われて、ヘイゼルは穴から顔だけ出してそっと上を見上げました。


「本当だ、人間の子じゃないか。」彼は穴からのんびりと出てくると少年の姿をしたふとんの足下に、偉そうな足取りで歩いてきました。そして、「この餓鬼! 威かしやがって」とまるで蟋蟀の様な可愛い声を挙げていきなり少年の踝を蹴りつけました。


当然、小さいノームの蹴りなのでちっとも痛くは有りません。でも、ヘイゼルは満足気な気分で足下から去り、もうひとりのノームの側にやってきました。


「この、餓鬼は何処からきたんだい、ウォルナット?」ヘイゼルは、親指を立てて、後ろに立っている少年を指しました。


「判るわけ無いだろ、出口を塞いで立っていたんだから、でもこの時期には稀に人間の子がこっちに迷い込んでくる事があると言うからなぁ」とウォルナットは、少年を見上げました。


「しかし、古の約束で紛れ込んだ人間の子は、あちらの世界に返さないといけないと聞いた事があるな。」 ノームは、続けて大声を出しました。「おい、子供! 名前はなんと言うんだ!」


「うさぎだよ」と彼は言いました。


「へ!?」ウォルナットは大きな口を開けたままでした。


「うさぎ?あの、ぴょんぴょんする動物かい?」


「そうだよ、だってほんの一寸前までは、うさぎのぬいぐるみだったんだもん」ぬいぐるみだった子は、笑みを浮かべて頷きました。


ヘイゼルは、こっそりとウォルナットの耳の側で、こいつはおかしいから係わらない方がいいんじゃないかと言いました。


「そうだな、しかしまずは、爺に訊いてみないとな。扱い方を誤って惨事にでもなったら大変だ。」ウォルナットは、腕組みをしてヘイゼルに言いました。


「じゃあ、おいらが爺を連れてこようか」ヘイゼルが、うなずきました。


「そうしてくれないか、俺はこのでかい坊主の相手でもしている」ウォルナットが言うと、ヘイゼルは出て来た穴に戻ってゆきました。


「さて、ぬいぐるみだった人の子よ・・・」ウォルナットは、少年を見上げました。


「なに?」彼は、下の小さなノームを見下ろして返事をしました。


「名前がうさぎでは、紛らわしいから名前を付けようか」


「名前を付けてくれるの?」彼は、わくわくしました。


「そうだな、その赤い服にお似合いな、カーディナルという名前はどうだい?赤い色の名前をしめす言葉なのだけどね」ウォルナットは、彼を小さな指で指しました。


「赤い服?」とカーディナルと名を付けられた彼は、自分の着ている服を初めて見ました。ぬいぐるみだったときに着ていた服がそのまま上着やズボンにもなってしまったようで。赤いチェック柄の上下を着ていました。「本当だ、うんカーディナルでいいよ」彼は頷くとしゃがみ込みました。


「名前をありがとう・・・えーと」カーディナルは、じっとウォルナットを見つめました。


「俺は、ウォルナットだ。さっきこの穴から出て来たのは、ヘイゼルだ。」


「ウォルナットさん、僕は元の場所に帰ることができるの?」カーディナルは、小声で訊きました。


「うーん、わかんねぇ。まずはどうしたらいいか、爺に訊かないとな・・・おっと」ウォルナットは、目の近くにカーディナルの大きな顔が迫ってきたので、おもわず後ずさりしました。「それより、どうやって此処に来たんだい、見た目は人の子に似ているが、普通人の子はこの世界には来られない筈なんだよ」


「うーーん何か、変な大人達に捕まって、霧の中をづっと飛んでいたんだ。だからどうやって此処にきたか判らないの」


「大人に捕まったって、人の大人かい?」


「うん、多分。でも気味が悪くて、冷たくて、真っ黒で・・・不気味な感じがしてた」


「それは幽鬼かもしれねぇ」ウォルナットは、嫌な言葉を口にしたかのように、言ったあとで唇をぐっと閉じました。


「幽鬼?」


「その名をあまり口に出すな。下手をするとやつらが来るかもしれねぇ」ウォルナットは、叱るように言いました。「あいつらは、まともな体を持っていないから、こっちや人の世界をするするっと行き来できてしまうからな」


「じゃあ、ゆう・・・そいつらに頼めばまた元の場所に戻る事ができるかな?」カーディナルは、そう言ってみたものの、霧の中ではとても怖い思いをしたので、できれば出会いたくはありませんでした。


「元の場所どころか、体から魂を抜かれててめえまで、仲間にされちまうぞ」


そこへ、ヘイゼルが穴から出て来ました。そして穴に手を差し込むと、一人の老いたノームをひっぱりあげました。


「はぁはぁ、急がせるな息がきれるわい」老ノームは、地面に座り込むとぜいぜいと息を吐いたりすったりして休みました。額には多くの皺を集め、目から下は白い髭で覆われていました。「全く、年寄りを急かすものじゃあない」


 そうして暫く荒い息を続けていましたが、やがて大きく深呼吸をして地面からようやく視線を上にあげました。それから、老ノームが落ち着くのを目の前で待っていた。ウォルナットに目を向けました。

「急ぎの用ってなんだい、ウォルナット」と訊きました。


「人の子らしいのが、居るんでさあ」ウォルナットは、老ノームの後ろの方を指しました。


「人の子だと?」と老ノームは座ったまま、振り返りそして「こりゃまた」と声を上げました。


「耳はうさぎっぽいけど、人の子ですよね。エルフの子でも無さそうだし」ウォルナットは、老ノームに訊きました。


「ああ、エルフなら目も髪も銀色、耳の先っぽはちょっととんがっているが、こんなうさぎ耳ってことはないからな、こいつの目は真っ黒、髪もまっくろで人の子っぽけど、耳はうさぎ耳だ。人の子とも思えないぞ」老ノームは首を傾げました。


「この子が言うには、少し前まで人の世界のうさぎのぬいぐるみだったと言いやがるんですが、あるいは、ただの嘘つきかもしれねぇですね」


「ぬいぐるみだろうが、人の子だろうが、あちらの世界から来た者は、送り返す盟約があるのは、古からの決まりごとだ。ただ、この子を元の世界に戻すには、わしらには荷が重すぎる。これが、本当に人の世界から来た者かを含めて、森のエルフに相談するしかないだろう」老ノームは、そしてため息をつきました。「なにやら、フリントの山が騒がしい時期にこんなやっかいなものが来るなんてなぁ」


「爺、やっぱりそれしかねぇか」ヘイゼルもうなずきながら、そっと少年を横目で見ました。


そして、ウォルナットは、また大きな声を出しました。「カーディナル!」


「何?」少年は、しばらくぼんやりと草原を眺めていたので、ふたりのやりとりは聞いていませんでしたので、いきなり声をかけられて、すごしだけびくりとしました。


「よし、じゃあカーディナル、ここはお前の居るべき世界じゃないからこれから、お前を人間の世界に戻さなければならない、しかし、おめぇは図体がでけぇから、はっきり言って俺たちには 荷が重すぎる。だから、これからちとメンバーを選んでてめぇを森のエルフの所に連れて行ってやるから、そこで事情を話した上で元の場所に戻して貰いな」


「ねぇ、本当に帰れるの?」カーディナルと名を付けられた少年は、これで時人くんの元に帰る事が出来ると思いました。


「わかんねぇよ」ウォルナットは、つっぱねる様に言いました。「でも、ここでじっとしていたって帰れる訳でもねぇだろ」


「そうだね」カーディナルは、うなずきました。


「よし、物分かりがいい子だ」ウオルナットは、右手の親指とひとさし指で環を作るとそれを口に突っ込んで甲高い指笛を鳴らしました。すると、あちらこちらの地面の穴からノーム達が弾けるように飛び出して来ました。なかには、大きな土龍に轡を噛ませて馬同様に乗って着た輩も居ますし、モグラに荷車を引かせてやってきた者もいました。そうこうしている内に、ウォルナットとヘイゼルを取り囲む様にして沢山のノーム達が、集まって来ました。今まで風の音しか聞こえ無かったような 殺風景な草原は、沢山のノームが勝手気儘に喋る声で騒然となって いました。


もちろん彼らの話題は、ノーム達の輪の中心でぼんやりと突っ立っている人間の子に集中していたのです。


「静かに、静かに」ヘイゼルは、手を叩きながら大声を上げました。しかし、ノーム達のお喋りは森の中のキリギリスの様に何時までも続いている有り様でした。


ウォルナットは、何度も大声を出し続けるヘイゼルの肩を叩いて、無言のまま首を横に振りました。そして、上を向いてカーディナルに手を叩いてくれと頼みました。


もちろん彼はその通りにしましたが、いくら子供の手といってもノーム達の手に比べれば遙かに大きいですから、瞬く間に騒がしい妖精達を静めてしまいました。


 それでやっと、ウォルナットは人間の子を返す為に森のエルフ達の元に彼を連れて行く必要があること、そしてその案内をする者を募りたいと説明しました。


「森のエルフの所なら、鳥に乗ってゆけば直ぐだろうけど、その子は流石に乗れないしなあ。」沢山のロープを体に巻き付けた一人のノームが言いました。「でも、そんな怖いのに乗りたくはないし、俺の6頭だてのモグラ馬車でも、途中の河から先は難しいものな」


「誰か地上からエルフの所に行った奴は居ねぇのかい」ウォルナットが大声で訊きました。もともとノームは地の精ですから、何処に行くにも穴を掘って行くのが普通です。だから土の中の地理には詳しくても地上を歩いて行ったりしたら直ぐに道に迷ってしまうのが落ちです。土龍乗りの言葉に皆顔を見合わせるばかりで、誰も行く者が居そうにありません。


「此処には居ないけど、ドラブじいさんなら何か知っているかも」誰かが言いました。


「あの、じいさんかぁ」ウォルナットは、腕組みをして空を扇ぎました。


「最近全く精彩は無いし、すっかり陰気になっちまって、まったくどうしちゃったんだろ」


ドラブ爺さんと言えば、大昔から変わり者が多い家系に育ち、若い頃から穴も掘らずに、あっちこっちを歩いて旅をしつづけたノームでした。そのせいで一人身のまま大変な歳寄りになってしまい、今では、他人が掘った穴にひっそりと庵を構え、滅多に外に出る事が無くなってしまいました。噂では、長い旅をしている間に沢山の財宝を手に入れ夜な夜なその金銀宝石を眺めては一人悦に入ってるという事でした。


「でも、爺さんなら確かに森のエルフの元に行く道は知っていそうだなぁ」ウォルナットはそう思いました。


「おい、土龍乗りよ!」彼は体中にロープを巻き付けた大土龍乗りに声を賭けました。


「なんだい?」


「ドラブ爺さんを此処に連れて来れるかい?」


「さてどうだか」土龍乗りは、自身無さそうです。でも、他のノーム達が土龍乗りの回答を期待を持った目でじっと待っているものですから、とうとう土龍乗りは頷いてしまいました。


「これから行って、連れて来ても夕方か明日になるかもよ。草原の外れにいるからな」


「夕方は嫌だな、明日の朝にしよう」


土龍乗りは、早速土龍と共に土の中に入ってしまいました。そして、休み無く土龍を走らせて、ようやくドラブ爺さんの元に辿り着きましたが、それはさておいて、ぬいぐるみが変じて少年になってしまい、カーディナルとまで名前まで付いてしまった彼は、沢山のノームの囲まれたままただ成す術もなくたちすくんでいました。


しかし、それはノーム達にとっても同じ事。 一応、慰めにカーディナルの側に来たり、ちょっとした話し相手になったりするのですが、どうも勝手が違うようで直ぐに何処かに行ってしまいます。


その内の一人は、カーディナルの指先にちょこんと乗ってしまいそうな小さい焼き菓子を与えましたが、ちっとも役に立たないどころか 彼の胃を刺激してしまって、それからずっとおなかの虫を泣かせる事になってしまいました。


見兼ねた、ウオルナットは集まったノーム達にできるだけ沢山の焼き菓子を持ってきてくれる様に頼みました。 集まった焼き菓子は、それぞれの家の個性ある代物なのですが、もともと地中を長い間旅をするときに携帯する保存食料なので 固く、水分が少ない点では共通していました。


若し一個ずつ食べていれば、ほのかな花や木の実の香りや味が楽しめるのですが、焼き菓子はとても小さいですし、おなかが空いたカーディナルにとっては、味あう余裕なんてありませんので、両手に一杯積まれた沢山の小さなお菓子は一口で少年のおなかに入ってしまいました。


さて、そんな様子を見て困ってしまったのが、ウォルナットです。いっぺんにこれほど沢山の食料を食べられてしまってはいくら焼き菓子を持っていっても目的のエルフのもとに辿り付く前に 無くなるのが目に見えています。


そんなノームの考えもつゆ知らぬカーディナルは、「喉が乾いた」と呟きました。

確かに、全く水気の無いものをいっぺんに食べたのですから喉が乾くのも当たり前なのです。しかし、ノーム達には水を桶に溜めるという習慣は無く地下のあちらこちらにはりめぐらされた通路のそこかしこに作ってある井戸や天然の泉を使っているだけなのです。

仕方なく、ウォルナットは一番近い井戸から茶碗でもバケツでもいいから水を汲んで来るようにお願いしました。そんなものだから、まるで蟻の行列の様に穴からカーディナルの足下までノーム達の長い行列ができて、小さい容器のバケツリレーとなってしまいました。


そして、何とか喉の渇きが癒えたころには、疲れ切ったノーム達が地面の上に大の字となって倒れている始末でした。


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