水晶山の洞窟(3)
時間が不明なまま、なんとなく一同はほぼ同じ時に目を覚ましました。ゼニスは、ずっと火の番をしており、起きた順に出発の準備を促しました。バーントが起きたのは、最期になってしまい、その時には銀鼠がどこからとなく現れてきました。
一行は、銀鼠とゼニスを先頭に塔を境に来た道のさらに向こうを目指しました。道はしばらく左右とも奈落に落ちていましたが、やがてそのまま岩の中へと入って行きました。
暫く進むと、銀鼠がふと立ち止まりました。
「どうした?」バーントは訊きました。
「この先に、色々な財宝があるけど盗んだり拾ったりしちゃだめだよ、それとできるだけ静かに」銀鼠は、人差し指を口に当てて答えました。
「あんたらの物かい?」
「見つけたのは僕だけど、宝物はドラゴンの物だからさ」
「おい、ドラゴンはもう居ないのじゃないのか?」ゼニスが割って入ってきました。「かつて私が通った時には居なかったぞ」
「最近、新しい主が入ったんだ。子育てで必要だからって」
「大丈夫、宝物を取ったり、ちょっかいさえ出さなければ大人しいよ」銀鼠は、胸を張って言い放ちました。
「全く、本当かよ」バーントは、暗い洞窟の天を仰ぎました。そして後ろを振り返ると。「銀鼠の言う通りに、宝物に触るなよ、静かにしろよ」と指示しました。後ろに居た面々は、だまって頷くしかありませんでした。
洞窟の先は、徐々に広くなってゆき、銀鼠の言う通り、宝物が彼方此方に散らばっており、広くなる度にそれも増えてゆきました。やがて足の踏み場さえなくなる程に積み上げられているのでした。ひとつの大きな空間にでると、そこの岩壁にはいくつもの壁龕が作られ、その中では金色の皿に貯められた皿に油が満たされ、その油に浸された芯が赤い炎を上げて辺りを明るく照らしていました。
空間の中には、大きな岩の柱が何本も立ち並び、見上げると、はるか上空に明かりが漏れて入ってくるのが見えました。どうやらそこに大きな穴が空いているのでしょう、その光に柱の一部が照らされていましたが、まだ上があるように思えました。
一行は、ひたすら銀鼠の後を付いて歩き、目の置き所に困る程ある宝物に手を伸ばしたい欲求にひたすら耐えていました。
「なにをしに来た。小さいトロールよ」一つのかろやかな声が洞窟の中で突然響きました。
「あ、こんにちわ」銀鼠は、びくっと体を震わせると声の方向に顔を向けました。そこには一匹の大きな竜が、高く積まれた落ち葉の中に座っていました。炎だけの明かりでは、詳しい色は分かり難いものの、鱗は光を浴びるとあちらこちらで異なる色に輝いている様に見えました。
「今日は、道案内だよ」銀鼠は後ろに続く者達を指して答えました。
「なんだ、お前らは?宝物を盗みに来たのか?我が子を殺しに来たのか?」竜はかっと口を開き、ドワーフ達を睨み付けました。「お前らは、何時も我らを目の敵として、我らを追い払い、殺戮し、それを名誉としているようだな」
「それは、お前らが我らを襲って折角作った、金銀製品などを奪うからだ」思わずバーントは大声で答えました。
「何を言う、我ら竜もお前らも山に住まうもの、山より出でたものを山に返して何が悪い、これら財宝と呼ばれるものは・・・」竜は周りに散らばる一つの金の器を指先で摘まみました。「どれもこれも、山に帰りたいと言うとるわ」
「しかし、我らや他の者どもの命を奪うのは許せないぞ」
「さあ悪いが、それはどこのどいつかな?私は、そんな事はしてはおらんでな。ここの、財宝とてもともとここにあったもの、私は、山を守り、山から糧を得て暮らしておってな、お前さんの言うようなことはしておらんのに、元いた山を追い出されたんだよ。」
「なんと、それは本当なのか?」
「ああ、嘘を言ってどうする。私はここで静かに子を育てたいだけだ、この子が孵るまで既に一月、何も食わずにこうして暖めているだけだよ。」
「なんと、一月もか?」バーントは思わず竜に哀れみを感じました。
「お腹空かないの?」カーディナルは、前に進み出ると小さい声で訊きました
「なんと、人の子がなぜ?」
「人じゃないよ、本当はぬいぐるみなの、魔法使いにこんな姿にさせられちゃっただけ」
「珍しい事もあるものだな、しかし、どうみても人の子だが・・・ああ、腹か、そりゃ減るさ、でもこうしてじっとしていれば、ひもじさもなんとか和らぐものでな」
「これ、少ないけど、食べていいよ」カーディナルは、非常食を取り出すとそっと、差し出しました。
「ありがとう、優しい子、しかし、大丈夫さ、間もなく孵る時期が近いから・・・」そして再び、バーントに目を向けました。「私に危害を加える気が無いなら、通るがよい、あと私がここに住んでいることを他に漏らさないでくれ」
「約束しよう」バーントは、剣を抜くと切っ先を自分に向けました。「我が命にかけて」
「お前の小さい命なんかはどうでもいいがね、話していると体力を使う、さっさと通過してくれ」
一行は、竜の前をしずしずと通り、また細い洞窟の中へと入ってゆきました。そこは銀鼠には、天井が低く彼は背を丸め両手を着きながら進みました。
「まったく、ちびのドワーフ達が作った穴道は狭くていやだよ。」銀鼠は、ぼやきなからも進んで行きます。「もうすぐ出口だよ」
やがて、徐々に穴は広くなり一つの大きな広間の先に、かすかに明るい出口が見えました。広間には、何人ものトロールが、手に手に槍や棍棒を持っていました。
「これから狩りに行くの?」銀鼠が声をかけました。
「おう、ちびすけ、どこに行ってた?お前を探しにゆくところだったぞ」大人のトロールが、近寄ってきました。
「このちびさん達を案内しにしてたんだよ」と銀鼠は後ろに並んだ一行を振り返りました。
「そうか、そうか。怪我はなかったかね」大人のトロールは、銀鼠を抱きかかえると、頬ずりをしました。「心配かけおって、でこやつらは何だね?」
「向こうの出口あたりで、宝の部屋を探していたら、道に迷っていたから案内してあげたんだよ」
「おやおや、親切な事をしたね。でもこの穴はまだ解らない所もあるから勝手に歩き廻るんじゃないよ、ドワーフったらあちこちに奇妙な仕掛けを施していることもあるからね」
「そんなこと解っているよ。」
「どうも、お世話になりまして」横からバーントが口を出しました。目の前に出口があるのにいつまで経っても、出られそうにないからです。
「おお、小さいの。あんたはこの岩屋のドワーフかい?」大人のトロールが訊きました。
「いや、もっと遠くからきました。我が山は既にゴブリンどもに襲われてしまい、散り散りになってしまい、我らは赤のエルフに助けを請いに向かっております」
「そっかそっか、最近ゴブリンはどうしたのだろうねぇ、妙に凶悪になってしまって。以前はああじゃなかったのに」トロールは、首を傾げていいました。
「いや、あなた方も温厚なのでびっくりしているのですけど」
「確かに、我が種族も一部では、気がふれたように、暴れたりしているようだが、なんでだろうねぇ」トロールはまた首を傾げてから「今夜はもう遅い、ドワーフ達は寝る時間で、我々は森で狩りをする時間になった。今夜は此所で休んで早朝、我らが寝ている間に出立するといいでしょう」
「いえ、出口付近で露営させていたこうかなと思いますが」
「それは止めておきなさい、この辺には危険な黒狼をおるでな、この穴に居ればやつらは、寄ってこないよ」別のトロールが後ろから声を掛けました。
「黒狼?」
「ああ、ゴブリンどもが山に放ったんでな、馬鹿どもめが迷惑なことばかりしやがるよ。黒狼は鼻が利く。お前さんたちなど、直ぐに見つけられてしまうよ。しかしここなら、わしらの匂いがきつくて気がつかねぇよ」そう言われて、ドワーフ達は鼻をくんくんと鳴らしましたが、どうやら銀鼠と行動を共にしていたせいか、匂いに慣れてしまったようで、違和感はありませんでした。
「しかし、朝でも狼は動いてませんかね?」
「黒狼は夜しかうごきまわねぇ筈だ。なんなら、出る時にわしらのくそでも塗って出て行けば、匂いでは絶対わかんねぇよ」
「それは・・・流石に」
「はっ、はっ、臭くて獲物も来ねぇわぁ」
そして、トロール達は、各々手に狩りの道具を持って外に出て行きました。のこされたドワーフや、その他の面々は、行動食だけ済ませ。静かに毛布を被りましたが、念のためドワーフは一人だけ見張りを交代で続けました。
夜明け前に、トロール達は戻って来ましたが、その一人が見張りに小さい声で、皆を起こす様に言いました。まだ暗い中、皆は目をこすりながらなんだなんだと、腰を上げました。
「黒狼の群れが、洞窟前の森で寝ちょる」トロールは伝えました。「わしらは、陽の光を受けると、石になってしもうから、あんたらを守ることができん。いやでも、くそを塗ってから出ていきなされ、匂いで嗅ぎつけられなければ、狼どもは何時までも寝ちょる」
「なんで、狼が?気がついたのか?」
「いんや、うろうろした挙げ句に偶然にもここで寝てしもうただけじゃろ。ああクソは出入り口外のすぐ右にあるからな」
やがて、外が少しづつ明るくなってくると、トロール達は大あくびをしながら、洞窟の奥の方へと去って行きました。
「さて・・・くそか・・・」とバーントは、洞窟の出入り口から顔を出しました。すると、こんもりと築山のようにトロールの糞が積まれていました。そして、早朝からその周りでは沢山の蠅が飛び回っていました。
「凄い量だな」その横から顔を出した、ビスタがため息をつきました。そして後ろを振り向くと皆が、不安そうな顔をして見合わせていました。
「諦めろ・・・」バーントはそう言うなり、外に掛けだして、トロールの糞の山に身を投げました。そしてその中で体をくねらせてから、地面に糞を滴らせながらそこから離れました。そして、汚れた自分の服をため息を付いて眺めてから、静かに「さあ、狼に食われたく無い奴は続け」と険しい目で皆を眺めました。
すると、一人づつ息を大きく吸っては、その中に飛び込み、そして情け無さそうに自分の服を見ては、バーントの側にしょんぼりと立ち尽くしました。しかし、近くに狼が居るとあってけっして大声をだしたりはしませんでした。
一行は、周囲にトロールの臭い糞の匂いを振りまきながら静々と山を下り始めました。




