水晶山の洞窟2
やがて一行は、とても広く平らな岩の通路に出ました。通路の端にある欄干まで行き、そこから見下ろすと下は、松明で照らしてもそこが見えない奈落になっています。
周囲を見れば、青白い明かりがあちらこちらで見えますが、この空間全体を照らすようなものではありません。
「光り虫だ」バーントは、つぶやくように言いました。「どうやらこの辺りが、街の中心部だろう、灯りが無いから全体は見えないが、きっと周囲の岩壁に、ドワーフの家があるだろうな」
「そうです」ゼニスがうなずきました。「ここがこの山に住んでいたドワーフ達の街でした。この先に、休める場所がありますので、一旦休憩しましょう」
「ふうん、おじさんは知っているんだね」銀鼠は、言いました。「でもそこにはもう宝物はひとつも残っていないからね」
「知っているよ」ゼニスは、銀鼠に笑みを浮かべながらうなずきました。それからバーントに言いました「行きましょう」
バーントはうなずきました、一行が、くらく広い道を進み続けると、やがて一つの塔のような建物にぶつかりました。その塔を中心にして、十字型に通路が作ってありました。
「凄いな、ここのドワーフはどれほどの技術を持っていたのだろう」バーントは、松明を上にかざすようにしましたが、塔の先端は見えません。
「中に入りましょう」とゼニスは、塔の前でため息をついて立ち止まってしまった一行を促しました。
塔の三角形の大きな入り口を入ると、その中で通路が交差していました。
左右の通路は、やや狭く、直進する通路は同じ幅のまま奥へと続いていました。塔の中には、沢山の彫像が周囲に作られていましたが、どれも頭や腕を落とされたりしたものばかりで、無惨な破壊の痕跡を残していました。松明で照らされたそれらは、不気味な姿をしており、床には何物と知れぬ骨が散らばっているのでした。
「酷い有様だな」バーントが呟きました。
「ゴブリンだな」ビスタが、床に落ちている汚物を骨で突きながら言いました。「ここで宴会でもやっていたのじゃないかな。隊長、ここではとても休む気になれませんぜ」
「しかし、このあたりで休まないと、これ以上進むのは難しいと思う」そうビスタに言うと、ビスタはあたりを見回しました、
仲間達は各々散らばり、残された彫像を見て廻っては、感嘆の声をあげていましたが、少し歩いては、腰を下ろして休み、そしてはまた歩いては、うろついていましたが、やがて、なんとなく一箇所に集まって話したり、横になったりしていました。
そしてビスタもバーントも、そろそろ腰を下ろしたい気分でありました。
「そうですね。私もそうした方が良いと思います。ただ私が通った時は、一日でこの通路を抜けていたので、今は危険かどうか判断は付きませんけど」
「僕は、ここが嫌いだよ」銀鼠が横から言いました。「ドワーフの幽霊がでるのさ」
「幽霊・・・」ビスタが嫌な表情を見せました。幽霊と聞いてうれしがる者も居ませんけど。
「悪さでもするのか?」バーントが訊きました。
「ううん、でもここでうとうとすると、ぞろぞろと歩き回るだけ、でも気持ち悪いだろ」
「わるさをしないなら、仲間に囲まれているとでも思えばいいさ」バーントは、仕方ないと思っていました。命に関わり合いがありそうならともかく、そうでないなら、できるだけ早く仲間や自分を休めたかったのです。
「おーい、休憩するぞ」バーントは、皆に声を掛けました。そして5人のドワーフとカーディナルとゼニス、そしてウォルナットが集まって、寝床として壁に寄り添う場所を選びました。
銀鼠は「ぼくは気味悪いから余所にゆくね」とどこかに姿を消してしまいました。
「あいつ、大人を連れてきて俺たちを食うつもりじゃあないだろうな」ビスタが、なんで行かせたんだよとばかりに、バーントを睨みました。
「もし、そうならとっくにそうしているだろうさ、折角道案内をしてくれたんだ、信じるしかないだろう」
「幽霊に、トロールか、なんかおちおち安心して寝られないよ」といいながらもビスタは、背嚢をあけて食料を取り出しました。「これも、あと何日持つことやら。この山を越えたら赤の森に行けるのだろうが・・・」
やがて疲れ切った一行は、バーントとゼニスを残して寝てしまいました。そのバーントも火の番をしながら、ときどきこっくりこっくりしてしまいます。
「バーントさん、あなたもちゃんと寝た方がいい、火の番は私がしましょう」ゼニスは、そっと言いました。
「しかし、あなたも大分疲れているのではないですか?」
「私達は、夜を徹しての旅にはなれています。起きているようで、半分寝ているような事もできるのですよ。だから心配しないでください、その代わり何か起きたら、あなた方をたたき起こしますからね。」
「本当に寝なくて大丈夫ですか?」
「もちろんです。」
ゼニスに言われ、バーントは横になりました。するとよほど疲れていたのでしょう、瞬く間に彼は眠りについてしまいました。
ゼニスは、左目をつぶってじっと座っていました。そしてしばらくすると、左目を開けて右目をつぶりました。そうした行為を続けているうちに、壁の中から白い湯気のようなものが湧いてきました。それは、ゆっくりと霧のように彼らを包み込んでゆきました。ゼニスは、そこでいきなり両目をしっかり開き、口を開きましたが、体中を何かに押さえ込まれたかのように、身動きがとれません。
やがて、霧はあちらこちらで、固まり始め、すこしずつその固まりはドワーフの姿になってゆきました。霧から作られたドワーフ達は、疲れ切ったドワーフ達の周りをぐるぐる周り続けていました。
「家を取り返しにきてくれたのか?」気味悪い声が響きました。
「われらの救援にかけつけてきてくれたのか?」
「ああ、にっくき竜め・・・我らを住処からおいだし、殺戮し、財宝を奪い・・・」
「ちがう」唐突にバーントが立ち上がりました。目は閉じたままで、ふらふらとしています。
「ちがうのか・・・では、なにゆえに此処を訪れた」声は、地下からわいてくるように、低く、そして恨めがましく響きました。
「我らも、住処を追い出され、放浪の身。救援を求めるためにエルフを訪ねにゆく途中なり」
「エルフ!!ああ間に合わなかった者ども・・・か」
「我らも既に、一族は離散してしまった。だがそれ以上に、闇の勢力が力を増しつつあるのだ。それをエルフの長に伝えねばならないのだ、再び決戦の時が来たかもしれない」
「太古の、戦いの日々が来るというのか?」
「分らない、しかしそうでなくて、何故ゴブリンどもが、いきなり湧いてくるだろう。灰色山脈、暗黒山脈の向こう側で大人しくしていた者どもが」
「この砦は、その古の戦いの頃からあると言う・・・同胞よ、ならば我らの一振りの斧を授けよう。いつかこの洞窟をわれらドワーフの街にもどしておくれ」
すると、いきなりどすんと音がして、錆びた斧がバーントの足下の岩の床に落ちてきて、鋭い刃が岩に食い込みました。
「・・・」その音で、思わずバーントは正気を取り戻しました。足下にある、斧の柄を持つと柄は長年に渡り岩壁についた湿気のために腐ったようで、彼の手のなかでぼろっと崩れました。
バーントは、斧の刃を両手で抱えてぐいっと持ち上げました。松明の揺れる灯りの中で、その刃は錆で赤く染まっていましたが、岩に食い込んだ影響で錆が落ちた部分は、鋼の輝きを閃かせていました。
「これは、上物だ」バーントは思わず言いました。「しかし、この斧ともなれば、相応しい柄の材料に黒鉄木が欲しいなぁ」
「みせてください」体がようやく動くようになった、ゼニスが彼の背後から声を掛けました。
「重いぞ」バーントは、両手で持ったままそれをゼニスに差し出しました。ゼニスはそれを直ぐには持とうとはせず、人差し指でなんどかちょんちょんと触ってから、ようやく両手でそれを受け取りました。バーントの言う通り、ずっしりと重みを感じます。
それを持ったまま、斧の錆びた表面をじっと見つめました。そこには微かにかつて文字か模様かが刻まれた跡が見ることができました。
「かつて、赤の森のエルフと、この山のドワーフは盟約を結んでいた事があった、その時にエルフより贈呈された宝物の一つに、エルフが鍛えた斧があったと聞いています。あるいはそれかもしれません。赤のエルフは盟約を違え救援に来なかった、あるいは来られない理由があったのか、は分りませんが、ここのドワーフ達はエルフを恨みながら此処で死んで逝きました」
「そうか、赤のエルフは、あるいは私達の要請にも応えてくれないかもしれないか・・・」バーントは、うなだれました、「信頼に欠ける者達とは考えもしなかったが、そうなれば他のエルフを頼る事になりそうだ。」
「しかし、私は彼らを信頼できなくても、助力が必要なのですよ」ゼニスが言いました。「時代が暗黒に包まれようとしています。我らやあなた方だけでなく、エルフ自身にも降りかかるような危険が迫っていると思われるのです」
「あんたの仕事ってそれなのかい?」
「それも一つです」ゼニスは斧をそっとバーントに差し出しました。
バーントはそれを受け取り、ずっしりと感じる重さ以上の歴史を感じました。
「寝てください。起きたらまた長い移動がありますから」ゼニスは、笑みを浮かべました。
「幽霊に遭って寝ろと言われてもな」と言いながら、斧を自分の荷物に押し込むを、横になりました。ゼニスは、腰の袋から小さな葉を取り出すと、それを丁寧にもんでから、目をつぶっているバーントの鼻に近づけました。すると、たちまちバーントは大きないびきをかきはじめて眠りにつきました。




