ランドヴェッティルの砦
一行は、山を目指して進み続けました。暫く進むと、徐々に路が広くなり、両脇には廃屋が並んでいました。
「かつては、この先の灰色川を渡る前にこの辺の宿で一泊したものですけど、悪鬼達が跳梁跋扈するようになってから、旅人も来なくなってしまいました。」ゼニスは、馬の上から左右を見回しました。「いまでは、かつての宿場町は完全に廃墟です」
「すると、野宿に逆戻りってことか」ゼニスと馬を並べていたバーントは、久々に良い寝床で一夜を過ごせたので、また野宿に戻ると思うとがっかりしました。
「まあ、野宿には近いですけど、灰色川の橋の袂にランドヴェッティルの砦があります。ベッドはありませんが、そこなら悪鬼に気付かれることなく安眠できると思いますよ。」ゼニスは、笑みを彼に向けました。
「安眠できるなら、草枕でも素敵なベッドですよ」バーントは、後ろを並足で走り続ける一行を振り返りました。「日が高い内にそこに入れそうかい?」
「この宿場を抜ければ、間もなくです。」ゼニスは、目を進路方向に向けました。遠くに大きな緑で覆われた塚のようなものが見えます。そのてっぺんには大木が天に向って伸びている姿が見えました。
ゼニスの言う砦は、見た目とても人工物に見えるものではありませんでした。もしゼニスが此所ですと言わなければ、全員が素通りしていたことでしょう。
こんもりとした大きめの塚には沢山の草木が生い茂り、その一番上には太い幹を持った大木が枝を四方へと広げていました。近くに寄れば、回りの茂みは燃えにくい灌木で覆われて居るのがわかりました。
その灌木が余りにも密集して生えているものですから、ゼニスの言う取りに砦があるとすれば、入り口の切れ目があるはずなのに、全くそういうものが見当たりません
各自は馬から降り手綱を牽きながら、先頭をゼニスに任せてぞろぞろと付いて行きます。すると目を凝らせば木々が密集していない箇所があるようで、するっとゼニスが木の間をすり抜けると、後ろを付いて歩いているドワーフ達も肩に木の葉が触れるか触れないかのように、歩けるのです。
「不思議なもんだなぁ」後ろの方で声がしました。
それに応じようとバーントは一瞬口を開きかけましたが、ゼニスを見失う訳にはいかないので、無言のまま彼の後を付くしかありませんでした。
「自然を友にしている、ランドヴェッティルならではの砦だな」後ろの方で魔法使いの声が彼の代わりに応えたようでした。
「草木や大地が彼らの意図を汲み、自然とこんな見事な造形を作り出すんだ。ただ時間が掛かるのが難点だがね」
木々の迷路としか言えない通路を伝い、彼らはやがて小さい丘の中心にそびえ立つ大木の基に辿り付きました。そこからでは回りの木々で辺りを見渡せませんが、木に登れば相当に遠くまで見渡せそうです。そしてその大木にはハシゴも立て掛けてあります。
それにしても、その木の幹の太い事、いま此処にいる全員が手をつないで、幹の周りを囲んでも、足りなさそうです。
「ここでの野宿なら結構いいかもしれないな、木の葉の大きな天蓋があるし」バーントが後ろを見れば仲間達は、馬の荷を下ろそうとしていました。
「いえ、大きな木の洞がありますので、そこから中に入ってください。馬は木の回りに置いてもらえれば、ここで勝手に休みます」ゼニスは、そう言って手綱を放し大木をぐるりと回るように歩くと、大きな洞の前で立ち止まりました。
「この中ならいざという時に、隠れていることができますので」ゼニスは大きな洞の入り口をのぞき込みました。
「これはこれは」その洞の大きさに、バーントは感嘆の声をあげました。その後ろでもドワーフ達は、ざわざわしながらやがて洞の回りを取り囲み、やがて、ゼニスが入ってゆくと、ぞろぞろと全員がついて行きました。
その洞の中でドワーフ達は各自で寝床を作る準備を始め、炊事当番の者が外でたき火の準備を始めると、ゼニスが慌ててそれを制止にかかりました。
「ここでたき火をすればいくら何でも目立ち過ぎます。」
「じゃあ、今晩は飯抜きにしろってのかい?」炊事当番は仏頂面で応えました
「いえ、中に非常食がありますので、お口には合わないかもしれませんがそれを食べて頂けませんか」
「非常食だとさ」炊事当番は、不服そうに言いながら、言洞に戻って行ったゼニスの背中を見送りました。「どうせ堅くて不味いパンだ」
そして摘んだ枯れ枝をそのままにして洞の中に戻って行きました。
ゼニスはドワーフの何人かを募ると洞の中の側面に沿って作られた階段を伝い、上の階へと上って行き、やがて大きな袋や樽を抱えたドワーフと共に戻って来ました。
「配給するよぉ」袋をどすんと床に置いたドワーフが大声を出して、袋の中に手を突っ込み、樽を持ってきたドワーフが栓を抜きました。
各自に配られたものは、枯れた葉に3重に包まれた四角いビスケットのようなものでした。
「やっぱりな」炊事当番だったドワーフがそれを見て愚痴りましたが、甘い香りがその食品からただよってきて鼻のなかをくすぐります。
「なんか、俺たちのパンとは違うなぁ」同じ炊事当番だったドワーフが思わずそれをほおばりました。
「これは、まるでお菓子だ。」
「わぁ、いくつでも食べられそう」カーディナルも自分に渡されたものをほおばりながら笑みを漏らしました。そしてそれを少し割るとそのかけらを膝小僧の上で物欲しそうに見て居るウォルナットに手渡しました。
「これは何かの乳に色々な木の実とか入っているぞ」ウォルナットはそれを食べながら言いました。
「美味しいだけに食べ過ぎると太りそうだなぁ、でも口の中の水分がかなり持っていかれるのは一寸残念だ」
「これは、非常食のため日持ちが良い様になっていますので」いつの間にかゼニスが二人の側に来ていました。そしてゼニスは水の入った木の筒をカーディナルに差し出しました。
「ただの水ですけど、これで流し込むと良いですよ」
「ありがとう・・・えーと、僕はカーディナル、そしてノームのウォルナットだよ」
「私は、ゼニス。しかし人間の子が何でここに?」
「人の子じゃないよ。本当はぬいぐるみなんだけど、こんな姿にさせられちゃったの」
「ぬいぐるみ?」ゼニスは首を傾げました。とてもそんな話は信じられそうにありません。「誰かにそんな姿にされられたのですか?」
「なんか黒いマントのおじいさんだよ、変な帽子を被ってさ、僕のこと、妖精とか言ってた」カーディナルは水を飲みました。すると口の中がすっきりしたので、それをウォルナットの口元にもっていこうとしましたが、なにせ飲み口が大きいので、上から滝のように浴びせてしまいそうでした。そこでウォルナットが両手で碗の形をつくって差し出したので彼はそっとそこに水を垂らしました。ウォルナットはそれを呑むとふうとため息をついてから口を開きました。
「俺たちがこいつを見つけた時はもう人間の姿でな、しかし古の約束があるだろ、こっちに迷い込んだ人の子はあっちがわに返さないとならんと、しかし、その方法がわからんからエルフに相談するために、ドワーフ達と一緒に行動しているのさ」
「ええ、人の子の事は私達も聞いたことがあります。しかし今の触の時期を過ぎてしまうと、難しくなりますね」
「そうなのかい?」
「希に、私達を信じる力が強い子がいると、触の時期にこちらに迷い込む子が居ると聞きます。それだけに今は世界が近くにあるのですけど、徐々にまた離れてしまいます、近い内なら、多分エルフが人の世界へ通じる路を使ってその子を返すことも可能でしょうが、離れるとその路は無くなってしまうそうです」
「触って、いつまであるの」カーディナルは、心配そうに訊きました。
「私には、分かりません。そういう事はエルフが良く知っていると思いますけど、でも貴方は妖精だと言われたのですね、そうなると若干話は変わってくるかもしれません」
「僕は、時人くんのところに帰りたい」
「きっと帰れますよ」ゼニスは、そう言いながらも不安な気持ちでした。
その夜、ドワーフ達が交代交替で見張りをしていると、突然馬が嘶きました。
「どうした」太ったドワーフが馬に駆け寄よると、側を大きな風が過ぎり彼は、後ろから転がってしまいました。
馬の嘶きに目を覚ました、ドワーフ達はどうしたどうしたと洞の口に駆け寄ろうとしましたが、出るなという二人の大きな声で静止しました。彼らが振り向くと、ゼニスと灰色のマントの男が立ち上がっていました。
「自然の守りが破られました」ゼニスは、暗がりで手を震わせていました。
「いや、やむを得まい。」灰色の男は右手に杖を持っており、その杖はかすかに青白く光っていました。
「この洞の中は守られておるが翼霊もまた自然の賜物、悪気は無くとも外に居るものは命が危ないな」
「助けてくれ」大きな声が洞の外で響き渡りました。ドワーフ達はどよめいて外に出ようとしましたが、「出るな」とより大きな声が、灰色のマントの男の口から発せられました。
「もう間に合わない」と言う間もなく、洞の中を飛び交う黒いものが現れ始めました。大きな黒くてボロボロの布の様なものが、ふわりふわりと漂い始め、その数を増して行きます。時折、上空に上がったかと思うと急降下もして来ます。ドワーフ達は、寄り添い、剣を抜いて円陣を組み始めました。カーディナルとウォルナットはゼニスの側にじっとしていました。
灰色のマントの男は、口の中で何かをつぶやき続けていました。そして徐々に杖の光は強くなってきました。
ーお前の魂を食わせろー得体の知れない声が、木霊の様に洞の中で木霊します。一匹がドワーフの一人に襲い掛かり、黒い布のようなものでドワーフは包まれてしまいました。回りのドワーフ達は、その布を引き剥がそうとしますが、まるで手にひっかかりがなく、くるまれたドワーフも最初は、必死に抵抗したもののやがて動かなくなってしまいました。そして、布のようなものが飛び立つと同時に、そのドワーフは、倒れて動かなくなりました。そしてそれは次から次へとドワーフ達に襲い掛かって来ました。
やがて、洞の中がマントの男が持つ杖から発せられる光で満たされると、そのボロ布達は一斉に消えてしまいました。
ドワーフ達は動かなくなった仲間達を介抱しましたが、息は途絶えていました。灰色のマントの男が持つ杖は強い光を発し続けていました。
「あんたは、魔法使いか」ゼニスは、杖から発せられる光に目を細め灰色の男の顔を見ました。
「あれ、言わなかったかな?私は、空五倍子と言う。まだこの程度の魔法でも時間のかかる未熟ものでね、犠牲が出てしまって申し訳ない」
「いや、あんたが居なければ全滅ものだった。」バーントは、動かなくなった仲間の上に布を掛けてから空五倍子の方を向きました。
「しかしなんであんなものが」ゼニスは、うなだれていました。「ここは古より安全な地だと聞いていたのに」
「遠い昔、この辺りは戦場だったのだろうな、翼霊は死んだ戦士達の怨念だよ。長い間、鎮魂されていたのに何者かによって再び呪いの力がよみがえったのだろう」空五倍子が杖を振ると光が弱まりました。
「おい、大丈夫なのか魔法使い」バーントが不安そうに回りを見回しました
「浄化はできたからな、今宵、やつらは鎮められた地に戻った筈だ。もっとも今宵だけだろうが」
「そうか、じゃあ外の見張りの安否を確かめないとな」バーントは、近くに居た髭の長い仲間に指示を与えると、袋から小さい冊子を取り出しました。
「戦士は連れてこられたが、祭司は無理だったのでな、生憎と聖典の何処を読めば良いのは分からんが、せめて死者の国で達者に暮らしてくれ」バーントは、ぱらぱらと冊子を開き、読み上げようとしたときに、外から髭の長いドワーフが大変だ!!と大声を出して戻ってきました。
「どうした」バーントは、冊子を閉じてそちらに目を向けました。
「隊長!馬が!!馬が全部逃げてしもうたです」その言葉に、ドワーフ達は一斉に外に出て、馬を繋いでいた木々が葉を散らし、枝が折られている有様を目の当たりにしました。
「どうやら、翼霊に驚いて暴れた挙げ句の果てか」バーントは、大きくため息を付きました。
「明日から歩いて行くしか無さそうだ。まずは弔いを済ませて、今日は明日の為に寝よう。」




