茨街道の宿
陽が傾く中、茨街道をドワーフ達を背に乗せた馬達がひずめの音を響かせて、疾風の様に駆け抜けて行きました。草原地帯はいつの間に過ぎ去ったようです。街道の左右にはぽつんぽつんと、高い石垣に囲まれた家と、木の柵に囲われた畑や牧場があらわれてきました。そしてはるか前方には木々に覆われた高い山が近づいて来ました。水晶山と呼ばれている山です。
かつては、ドワーフ達が住んでいましたが、鉱物が取れなくなってからは、そこに住んでいたドワーフ達は、山を去りました。今は彼らが縦横無尽に掘った穴が残されているだけです。そしてその水晶山の向こう側に、エルフが住む赤の森があるはずでした。
道は、水晶山麓に向ってまっすぐに伸びて居ました。エポナの健脚な馬たちは疲れを知らぬように走り続け、夕方にひとつの宿場に着きました。宿場は石を積んでできた高い壁とその手前にある水の無い堀に囲まれていました。
運良く一行は、門番が入り口の堀にかかる跳ね橋を揚げようとした時に到着しましたが、門番のランドヴェッティルは不満そうでした。ランドヴェッティルは、皆背か高く、男は長い顔に長い髭を伸ばし、女は髪を長く伸ばしている種族です。男女とも、長いローブのような服に、綺麗な刺繍が編み込まれた柄のエプロンに似たものを服の上に着ていました。
「ドワーフ達め、何しに来た」門番は、さっさと門を閉めたかったですし、ドワーフと言ったら無作法で酒飲みで、あちこちに穴を掘りまくるという知識しかなかったので、彼らをさっさと追い返すつもりで門の上から声高に言いました。
「赤の森に行く途中のため、一夜を此所で過ごさせていただきたい」バーントは、馬からとび下りると、恭しく礼をしました。それに倣うように後続のドワーフ達も馬から下りました。
その仕草が、余りにも礼儀正しかったので、門番は思わずそれ相応に対応をしないと思い、門の上から降りて来ました。
「今、ゴブリン禍のためあちらこちらで物騒になっている。部屋が空いているかは分からぬぞ」門番は、背の低いドワーフ達を見下すようにして眺めました。そのドワーフ達といったら、全身が汚れ、満身創痍という有様なのですが、馬はどれも立派なものばかりでした。
「これだけの丈夫な塀に囲まれておれば、土の上でも易々と眠れそうです」バーントは、本心から答えました。いまや疲労困憊で、安全な場所でさえあれば、どこでもあっという間に寝てしまいそうでした。
「仕方あるまいなぁ、入って手続きをしてくれ」門番は、手で彼らを促す仕草をしました。「門を閉める時間が過ぎてしまった」
「ありがとう、ございます」バーントは、会釈をすると手綱を牽きながら、門を通って行きました。後続のドワーフ達も、ため息を何度も付き、門番に会釈をして村の中に入って行きました。
彼ら全員が門をくぐり終えると、後ろで跳ね橋が上がり、重い音を立てて門が閉じられました。
ドワーフ達が、閉じた門を背にして、さて宿を探そうとたむろをしていると、そこへ、一人の背の高い老人がやってきました。白い頭髪、白く深いあごひげをして長い顔には、小さくも優しそうな目、白い服の上に細かい模様が刺繍された赤いエプロンのような物を付けていました。
「ようこそ、水晶山の村へ…私は、エイリークと申す。」エイリークは、身を屈め、顔の位置をドワーフ達に合わせるようにして言いました。
「私は、櫟山のドワーフ、焦げ茶部隊の隊長のバーントと申します。どうぞ、普通にしてお話ください、十分聞こえますので、エイリーク殿」バーントは前に進み出て、お辞儀をしました。
「では失礼して」とエイリークは身をすくっと起こしました。
「門番から聞き及びと思いますが、今やゴブリン禍のためという事もあり、この宿場では入門と出門の記録と取っておりますので、あちらの建物にて記帳をお願いしたします。また出来たら、此所に来たいきさつを教えていただきたいものです」エイリークは、レンガを積んでできた丈夫そうな平屋を指しました。
「分かりました。ただ、何人かは字が不得手ですので、代筆もよろしいでしょうか?」
「ええ、人数さえ合っていれば代筆でも構いません」
一行は、馬を広い厩に繋ぐと、案内された建物の中に入ってゆきました。中は屋根と壁があるだけの粗末なもので、長机が4台が置かれていましたが、ドワーフにとっては高い机であったので、エイリークは部屋の隅に重ねられていた踏み台を、各々の机の元に置きました。
ドワーフ達は、わいわいと特に整列を作るわけではなく、だからと言って我先にと争うわけでもなく、何となく順番に記帳を済ませては部屋の隅に自然と集まって雑談に興じていました。ただ、最初に自分と文字を書けない者達の記帳を済ませたバーントは、エイリークと共に建物から出てゆきました。
建物の陰でエイリークは、近くにあった木の箱に腰掛けました。それでも、顔の位置ははエイリークの方が上にありました。
「門番とのやりとりを聞いていました。赤の森に行かれるそうですね」エイリークは背をまるめ、バーントの顔に近づけて言いました。
「赤のエルフに助けを求めようかなと思っています」バーントは、腰の袋から煙管を取り出しました。
「バーント殿、この街では煙草は遠慮願いたい」エイリークは、そっとおおきな掌でバーントの煙管の上を覆い、顔を左右に振りました。
「え…」バーントは、思わずエイリークのどこか悲しげな表情を見ました。そして、この老人はいつも悲しげな顔なのだろうかと思わずにいられませんでした。
「普段なら構わないのですけど、この辺りでもゴブリンどもが徘徊してましてね、その中のスニッファが周りを嗅ぎ回っておるのです。この街は、我らの手によりゴブリンから気配を感じられないようにしていますが、匂いだけは、どうにもならないようです。煙草のにおいで、あなた方が見つかってしまいます」
「そうでしたか、それは皆に注意しておかないと」バーントは、煙管をしまい込みました。
「赤のエルフは、探し当てるのは困難ですよ」エイリークは、肘を膝にのせ、大きな掌で顎を支えるようにして言いました。
「聴いています、櫟の山から着の身着のままで逃げ出した時には、手辺り次第に探し回ろうと思っていたのですが、ノームの一人が見つける手助けをしてくれるとのことで、それを連れております。」
「なるほど、ノームなら森の動物とも話ができるから、見つけ易そうですな、ただ赤の森に辿りつくまでは、悪鬼どももうろついています、どうなされるつもりですか。」
「そこは覚悟しています。いざとなれば戦うしかないでしょう。私達は逃走したとはいえ、あわや絶滅という戦いの中を生き延びたのですから、自分で言うのもなんですが、強者が勢揃いですよ」
「確かに、小さくもドワーフの勇猛さは有名ですから、ただ、ゴブリン以外にも悪鬼どもがフリントの元に集まりつつあるようです。それにゴブリンにも有能な司令官が出てきています。」
「それは、先だっての戦いでも薄々感じています。昔は襲ってきても烏合の衆だったのに、今回は何か作戦に沿って動いていたようでした。でも、エイリーク殿、此所で私に言うべきことは、そういう事ではないのでは?」バーントは、エイリークがわかりきった事を伝えるために、この場に誘ったように思えなかったので、あえて訊いてみました。
「ええ、その通りです。この先の街道をゴブリンが抑えておるのです。旅人の話では、既に砦のようなものを築き、先を尖らせた木を並べて封鎖しているそうです」エイリークは、目を閉じそしてまた深い悲しみを浮かべたような目を開きました。
「それは不味い、他に道はありますか?」
「あります。ただそれには案内が必要です」
「その道案内を雇う事は可能ですか?」
「いえ、実は雇うというより我らの仲間を同行させていただきたいのです」
「そうして頂ければこちらも都合が良いですけど」
「それは有り難い、実を言えばある物を赤のエルフに託す為に使者を立てたのですけど何分、この様な情勢ですし、われら一族は争い事には不得手ときています。道案内をします故、その者の護衛をお願いしたいのです」
「そういうことなら、お互い様ってことですね、ご同行する方は?」
「明日の出立時につれて行きますので」
「かしこまりました」
「なお、この件は、内密にお願いします。どこに鬼どもの内通者がいないとも限りませんので」
「わかりました。この話、我らの仲間にも知らせずにおきましょう」それで話は終わりかなと、バーントは思いましたが、エイリークは小声でさらに話しを始めました
「で、あなた方の中に人間の子の様な者がおりますが…」
「ああ、あれですか、話を聞くところによれば、あくどい魔法使いに人の形を無理矢理押しつけられたぬいぐるみらしいです。元々ノームの地に居たのですけど、魔法の解き方なぞ、エルフなら何か知っているかもしれないと、伴に連れてきました。それに人の世界から来た者は返さねばならない盟約もありますから」」
「では、本物の人の子ではないと…」
「はい、その通りです」
「しかし、よりによってこんな時期になんで人の世界からそんなものが、来たのやら。」エイリークは、ため息を付きました。「人の子はもう来ないのだろうか」
「かつてのように、妖精の女王でもやってくれば、この不穏な時代も収めることができましょうが、それはもう過去の事ですよ」バーントは、ただ如何にしてゴブリン達を全滅においやり、仲間達の無念を晴らす事ができるだろうかと言う事ばかり考えていました。
□
バーントら一行は、ドワーフ達が好みそうな地中の宿を与えられました。その各部屋や壁龕に収まったランプで灯された廊下には、「禁煙」の張り紙が至るところに貼られてしまい。手持ち無沙汰になった連中は、なんとなく地上にある居酒屋に集ってきました。疲れもあったのですが、お腹も空いていましたし、安心して一夜を過ごせると思うと、気がすっかりゆるんでいました。
酔いも回り、歌が響き渡り、彼らの愉快な踊りが地面を揺らしました。
朝ははよからイノシシ狩り
山超え谷越え川を越え
獲物を担いで住処に戻れば
寝るより先に呑んで食って踊るのさ
昼に起きれば布の木の皮剥ぎさ
木々の間を右往左往
皮の下処理まで済ませれば
寝るより先に呑んで食って踊るのさ
夜に起きれば踏鞴踏みの交代
薪をくべろ、空気を入れろ
とぎれさすなよ、鉄を溶かす炎
寝てはいられねぇ俺たちの鉄
雨が降れば一日中内職さ
やるべきことは山積状態
獣の皮を鞣せ、部屋を掃除しろ
寝る前に終わらないと、かみさんに怒られる
落ち葉が降る前に冬仕事
木の実を探して山巡り
ついでに薪も忘れるな
寝る前に取らないと、冬が越せないぞ
雪が降る前に衣装替え
布の木の糸で機織り
獣の毛で編み物と針仕事
寝る暇もないぞ、俺たちの衣装
雪が降ったらあな籠り
掘れや掘れや鉄鉱脈
はこべや運べ鉄鉱石
疲れたら休んで呑んで踊るのさ
その騒々しさに静かに呑んでいた宿場のランドヴェッティル達が、眉をひそめて店を一人二人と出てゆきました。
ただ一人、深いマントを被った人物は彼らの行いを見ながら、食事を続けて居ました。そのマントはもともとそうなのか風雪の汚れによるものなのか、茶色がかった灰色をしていました。
「なんだあの陰気なやつ」ドワーフの一人がその人物を見ながら仲間にそっと耳打ちをしました。
「なりもみすぼらしいな、旅人じゃないのか」
そこにビスタが割り込んで来ました。腰には鞘に入った剣を差し、やや千鳥足で時々ゲップをしています。
「旅人ならなんか、ひっく、この先の道の事情とか知ってそうじゃないか、訊いてみよう」
「やめておけ、ビスタ、やつらの手先かもしれない」
「なんの、腰の鬼殺しが、ひっく、あれば大丈夫」
「おいおい、折れた剣で・・・あ、いっちまったぜ」
ビスタは、ふらふらと怪しげな人物のテーブルにくると椅子によいこらしょっと座りました。
「旅のお方、ひっく、何処へ行きなさる?」
「まだ決めておらぬ、それよりドワーフ達は何かの祝いなのか?」
「長旅の末にやっと辿りついた宿で、煙草はいかんと言われたんで、ひっく、やけ酒ですわぁ」
「そうだな、スニッファに嗅ぎつけられるからな、しかし騒いでもゴブリン達の耳にお前らの歌が届くぞ」
「ふん、来たら来たで鬼殺しでぶっさしてやるさぁ」ビスタは剣を抜きましたが、それは綺麗に半分に折れ、まるで短剣のようです。
「・・・まあ、折れちゃいるが」ビスタは自分の剣をみて、深いため息をつきました
「確か、鬼殺しと言えば、櫟山のドワーフが持つ名刀と聞いているが」フードの下から男がじろりと剣とビスタを睨むように言いました。
「ああ、先だってゴブリンの襲撃をうけてこの有様、ひっく、でさあ、俺たちは今は敗走中という状況なんだわさぁ」
「負けたのか?」
「勝っていれば、櫟山で呑んでますよぉ」
「この先どうするんだ?」
「まずは、エルフに助けを乞いますよ、他に頼れるドワーフも近くにはおらなんだ」
「この近くだと、赤のエルフか」
「まぁ、そんな所です」
「ほう、なら私も同伴させて貰おうかな」
「へぇ?でも危険ですぜ旦那」
「危険はちょっとあった方が旅は面白いしな、でも騒々しいのは、もっと苦手なので私はもう失礼するよ」
「俺たちと一緒に行くと言うなら、旅の仲間だ。旦那、ひっく、俺に酒でも奢らせてくれよ」
「いや、今、酒は断っているんでな、それより、いい加減にお開きにした方がいいぞ、店の入り口でエイリークがやきもきしている」
「静粛にお願いします」エイリークの声が店の中で響き、ドワーフ達は動作を止めると入り口に立っているエイリークにばつの悪そうな顔を一斉に向けました。
その暫く後、ドワーフ達はおとなしく地下の部屋に戻り、言葉少なく早々と寝床に着きました。そもそも長い距離を移動して来たのでやはり疲れ切っては居たのです。
そして、ランドヴェッティル達の宿場町から離れたところでは、耳の大きなゴブリンが何人か集まってひそひそと話し合っていました。そしてその中の一人が指笛を鳴らすと上空から一羽の黒い鳥が舞い降りそのゴブリンの肩に留まりました。ゴブリンはその鳥に向かって何かを告げると、鳥は闇の中に溶け込むように飛び立ちました。ゴブリン達は小さな笑い声をたてながら、闇の中へと散らばってゆきました
その一部始終を町の屋根から見て居た者がいました。ドワーフ達が居酒屋で会った茶色がかった灰色のマントを着た男です。彼は、手にした一本の杖を暗い空を飛ぶ鳥に向って振りました。すると、その黒い鳥はゆっくりと上空を旋回しながら、男の足元に降りて来ました。そして鳥が身を震わせると黒い羽根が四方に散らばり、灰色の姿に色を変えました。
「伝言は何だった?」とマントの男が鳥に訊くと
「親分、あなぐらのちびどもめが、水晶山の村にいますぜ」と灰色の鳥はゴブリンの声をそのままの声色で伝えました。
「あの馬鹿ども、やはり気付かれたか」マントの男は、杖でそっと鳥を突くとそれは、灰色の鳥の形をした折り紙に変わってしまいました。
「まあ、これで、伝言を伝える事は出来なくなったし、直ぐにゴブリンがランドヴェッティル達の村に入ることはできまいが、さて今後は街道が心配か・・・」マントの男は、ぶつぶつと言いながら屋根からふわりと飛び降りて、宿場の中の暗がりに溶け込むように居なくなりました。
□
早朝にドワーフ達は、簡単な朝食を済ませ、馬には飼葉を与えました。そして入って来たときと同じ跳ね橋を通って街道に出ると、水晶山を目指して進みました。先頭にはランドヴェッティルの案内人として参加した、白い衣に青いエプロンを付けたゼニスと、その護衛として隊長のバーントが横に並びました。そして、その後ろにドワーフ達一行が続き、最後にマントの男が黒く大きな馬でしんがりに付きました。
ゼニスの風貌は、まだ若い肌をしているにも関わらず、頭髪も眉も髭も白くまるで老人の様でした。そして腕も足も細長く戦いに向くような体格には見えません。
「あんた、本当に細い腕をしているな」バーントの馬はゼニスの馬に比べれば大差ないものの、乗っている者の体格が全然違うものですので、バーントは下から見上げるように言いました。
「今まで戦った事は無かったのかい?」
「ドワーフの隊長殿、あまり体格や見てくれで人を評価するものではありませんよ」ゼニスはまず、隊長の言葉を戒めました。
「我が村は、そこにあってそこに無いように、迎え入れるべきものにしか存在が分からないのです。悪意を持ったものは攻めるどころか、我が村がどこにあるかさえ突き止めることはできないのです。武力なんて必要がないのです」
「ほう、それは素晴らしいが、それだと村の外には出ることは出来ないのでは」
「いえいえ、我らとてこの山や野や川を糧としていて生きて居ますし、畑も牧場もありますので、外に出ることはあります。ただ、我が民は存在感が非常に薄く、気配が野に埋没してしまいますので、鬼どもにもあまり気付かれることもないのですよ」
「それは便利だ。野兎も簡単に手づかみできそうですな」
「いやいや・・・残念ながら野生の生き物には感づかれてしまいます」ゼニスは、一瞬笑いましたが、直ぐに真顔に戻ってしまいました。
「ただ、最近はあの山の周囲では私達のこの性質がうまく働かないのです。」ゼニスは遠くに見える水晶山を見つめました。
「それで、護衛が必要だったのか」バーントの言葉にゼニスは静かに頷きました。
「任せろ、ここに居るのは敗走の兵だが、ゴブリンの囲みを破ってきた強者ばかりだ。」バーントは、トンと自分の胸をげんこつで叩いて見せました。




