茨街道の馬達(2)
ドワーフ達は、まずは腹ごしらを手早く済ませました。ずっと眠ったままのバーントは、馬車の中に寝かせましたが、馬は馬車から軛を解かれエポナの馬と一緒に草原に行ってしまいました。
「エポナの馬に比べてば、俺たちの馬はまるで子どもみたいにちっさいなぁ」御者のシェンナが情けなそうに、枝を拾いながらぼやきました。
「全くだ、エポナの馬に馬車を引かせれば、明日には茨街道の宿場に着けそうだよ」チェスナットが同意しました。彼もまた、小脇に沢山の枝を抱えていました。完全に陽が暮れるまでに、働き者の彼らは、落ちている大小の枝を拾い、茨街道の両わきに生えている茨の枝気をつけて切って集めると、オムラドの木の周囲にぐるりと阻塞を作りました。
そもそも茨街道の両わきに生えている茨は、ゴブリンを寄せ付けない為のものでしたので、その悪鬼たちから身を守るには有効なものと思われました。
阻塞を作り終わると、ドワーフ達は松明も焚かず。まるでオムラドの木を守るような円形の陣営を組み、各自戦斧を手に持ったり、腰に挟んだりして闇の向こうに、わずかな月明かりを当てにして目を凝らしていました。
緊張のあまり誰も口を利きません。戦いに不慣れな、カーディナルと小さいウォルナットは、オムラドの木の虚の中に隠れ、オムラドはその虚を小さな隙間を残してあとは閉じてしまいました。
やがて平原の中を太鼓の音と伴に青白い炎が移動してくるのが見えました。ひとつ、ふたつ・・・そしてさらに炎の数は増えてきます。ドワーフ達は、掌の汗を服で拭い、斧の柄を力強く握りしめ、ごくりと大きな音を出して唾を飲み込みました。
太鼓の音はどんどん増え、そして近づいて来ます。青白い炎は、ゴブリン達が持つ松明の明かりでした。その炎がオムラドの木の周りに集まってきました。
「本当にエポナ様は来るのか?」不安そうな声が、ドワーフ達の間から囁かれました。誰の手も震えてこれから始まる戦いに緊張を高めていました。
やがて、ドワーフ達の周りは、すっかりゴブリン達に囲まれました。暗がりとはいえ、月と青白い松明の明かりで、ゴブリン達の顔や姿、そして手に持っている、錆びた山刀もよく見えます。闇夜でもよく見える大きな目、匂いを嗅ぎ分ける鼻の穴は大きく正面を向いています。なにより、口から飛び出した上下の犬歯がこの生き物の凶暴さを物語っていました。
やがて、そのゴブリンの中でも大きいものが前に進み出ました。それは背に大剣を背負い、手には大きな棍棒を持っていました。その重たそうな棍棒で何度も地面を打ち付けました。地響きが周りにこだまし、その度、周りにいるゴブリン達は、「殺せ」と大声を上げ剣を高く掲げました。それは、不気味な大合唱のように平原に響き渡りました。
そして、大きなゴブリンが、棍棒を掲げるとすっとその不気味な合唱がすっと消えました。ゴブリン達は松明を地面に落とし、炎を足で踏み消すと、各自錆びた山刀で地面を叩き始めました。大きなゴブリンは、咆哮をひとつ天に向ってあげると棍棒を地面に力強くたたきつけました。まるで地割れでも起こしそうな程の振動が周囲に伝わりました。
すると、ゴブリン達は雄叫びを上げながら一斉にドワーフ達が作った阻塞に向かって、駆けて行きました。そして、茨の柵に阻まれると、山刀でそれを力任せに叩き、それを破壊して進もうとしました。
「まだエポナさまは来ないのか」ドワーフ達は、茨の後ろでいよいよ柵を破ろうとするゴブリン達を迎え撃とうとしました。そしてまさに一匹のゴブリンが、茨の棘に刺されながらも強行突破をしようとしたとき、そのゴブリンはいきなり「ヒェ!」と声を上げて戻って行きました。すると、木の上の方で風を切るような音が立て続けに発生し、柵にとりついていたゴブリン達が、いきなり後退してしまいました。
「何があったんだ?」ビスタは、エポナが来たのかと、周りを見回しましたが、そんな様子はありません。ゴブリン達は、柵から離れ、山刀で地面を叩きながら「くそったれ」とわめいています。中には、血を流して倒れている者も居ました。
「ひるむな!全員で突撃しろ、下がった奴は棍棒で潰す」と大きなゴブリンは、逃げてきて地面に伏している仲間を棍棒で叩き潰してしまいました。
それに恐怖心を煽られたゴブリン達は、山刀を振りかざして再び突進を始めました。オムラドの木の中でまた、ヒュンという音が一斉にしたかと思うと、ゴブリン達の何人かが倒れました、その倒れた者を踏みつけ後続のものが、突き進みました。
オムラドの木から飛んできた実に恐れをなし、ひるんだものは、後続から進んできたゴブリンに叩き殺されてしまいました。
オムラドの木の中で、何度も音がしましたが、やがてその音の数が減ってきました。ゴブリン達は、全身に茨の傷を付けながらも柵をよじ登って来ます。それにドワーフ達の戦斧が襲い掛ります。最初の内は、それで柵の中に入ってくる者も多くはありませんでしたが、後ろからどんどん詰め寄ってくるものですから、柵の中でドワーフとゴブリンの戦いが激しくなってきました。
ドワーフ達は、両手に頑丈な斧を持ちそれをぶるんぶるんと振り回して、戦うものですから、たちまち柵の中には多くのゴブリンの死骸が転がってきました。背たけは同じくらいですが、ドワーフ達は常に山の硬い岩盤を掘り、山の中の獣を狩って暮らしていたものですから、斧を使う技の素晴らしいこと、そして疲れ知らずのように戦い続けました。
しかし、それ以上にゴブリンは数で押してきました。流石のドワーフ達にも疲れが見えてきました。それに、ゴブリン達が持つ錆びた剣には、強力ではないものの毒がしみこんでいました。その錆も何度も毒を塗りつけているためにできたものなので、わずかな切り傷が付けられても毒がしみこんだ錆が傷から入り込むと、辛い痛みが続くのです。
ドワーフ達は、片方の斧でゴブリンの頭を落としもう片方の斧で別のゴブリンを袈裟切りにしても、さらにもう一匹のゴブリンが切りつけてくるのですから、致命傷を避けるのが精一杯です。
ビスタも満身創痍でしたが毒の痛みに堪えているのは、単に死ぬか生きるかの瀬戸際のために、痛がっている余裕が無かったからです。
遠くから大きな地響きが近づいて来ました。しかし、戦いに夢中になっている、ドワーフもゴブリンもそれには気づきませんでした。
しかし、突然地面がさらに激しく揺れると、まるで鉄砲水が襲ってきたかのように、月明かりの中を白波のようなものが一番前に沸き立ち、その後ろを茶色の塊が続いて突進してきました。それはまるで、山を下り落ちてきた激流の様に見えました。
それは、草原の中で我先にドワーフ達と戦おうとしているゴブリンの群れの中に突っ込みました。ゴブリン達は悲鳴を上げ、その塊に一瞬にして飲まれると、それが去った後には、地面の上で無惨にも潰されたゴブリン達が沢山横たわっていました。
そしてその塊は、それっきり去ってしまったわけでは無く、直ぐに踵を返して再びゴブリンの群れの中に突っ込みました。それは、何度も何度も繰り返され、その度にぼろぼろになったゴブリンの死骸が地面に残されました。
ドワーフ達は、だからと言って手を抜ける余裕はありません、茨に囲まれた場所の中は、多くのゴブリン達が残っているものですから必死にゴブリン達と戦い続けていました。
しかし、外からさらにゴブリンが補充されなくなったために、今はただ残って居るゴブリンどもを退治すれば良いだけになっていたので、徐々に勢力を挽回してきました。
そしてようやく、ドワーフ達も少しは周りを見る余裕が出来たころには、足下はゴブリンの死骸が転がり、積み重なり、ゴブリンを踏みつける事無く歩くのさえ難しい状態になっていました。ビスタは斧を杖代わりにしつつも、最期に残った瀕死のゴブリンに斧を振り下ろして、大きな息を吐き、目を茨の阻塞の外に向けると、白い大きな馬に乗ったエポナと、後ろに従う大きな馬の群れが、地面に横たわったゴブリン達を踏みつけている様を見ました。
死んだふりをしているゴブリンがいても、馬は前足を高く上げその足でそのゴブリンを踏み殺しました。まだ戦う意思のあるゴブリンも後ろ足で、遠くに蹴飛ばされてしまいました。
まだ、立っているのは大きなゴブリン一匹だけでした。それは棍棒を地面に降ろし、錆びた大剣を振り上げ、ひたすら威嚇をしていましたが、周りを馬たちに囲まれ、行く事も逃げる事もできず、唸り声ばかりを上げていました。
そこに、白い馬に乗ったエポナが、茶色い馬の間を割って入り、大きなゴブリンの前にでてきました。
大ゴブリンは、この白い馬の騎手をやっつければ、周りに居る馬どもも退散するだろうと考え、エポナに向かい突進をしました。
するとエポナは、素手の右手を天に向って伸ばしました。白い馬の大きな瞳は、じっと迫ってくるゴブリンを見つめているだけです。そして、ゴブリンの錆びた剣が振り下ろされそうになった瞬間、エポナの右手がまるで空を切るかのようにさっと振り下ろされました。
その途端、ゴブリンの両腕がぽろんと地面に落ちました。ゴブリンは振り下ろした腕がいきなり無くなった事に、ぽかんとしてしまいました。
白い馬は、前足を高く上げると、その足でゴブリンを地面に押し倒しました。そして、周りに居た馬たちは、そのゴブリンに向って順番に、振り上げた足を落としては、その場を去って行きました。
ビスタとその仲間達は、呆けたようにその様子を見ていました。そして、ようやく訪れた安堵の気持ちからか、ゴブリンによって負わされた傷の激痛に顔をしかめて、一人また一人と、ゴブリンの死骸が連なる地面に横たわってしまいました。
「良く保ってくれたものだ」エポナは馬から降りると、うめき声をあげるドワーフ達を見つめました。「馬を集めるのに遅れてしまって申し訳ない」そうして、親指と人差し指で輪を作りそれを口に入れて、大きな指笛を何度も鳴らしました。すると、一頭の栗毛の馬が駆け寄ってきました。馬は布の袋を背の左右に背負っていました。
エポナはその袋の口を開けると、そこから掌いっぱいの大きさの袋を取り出し、それを閉じている細い縄を解きました。そして袋の中にある干した草や木の皮などを、口に入れて何度も咀嚼しました。それが柔らかくなると、近くに寝ているドワーフの傷にその汁を塗り込みました。ドワーフは、「うっ」と一度唸り目を開きました。
「しみるだろうが、我慢しなさい」エポナは、静かに言いました。ドワーフは、横になりながらもうなずきました。
そうして、一人一人のドワーフに治療を施してゆきました。それから、ふとどこにも人の子が居ないことに気がつきました。
彼女は「よもや・・・」と不安を感じましたが、もしやと思いオムラドの木に近づくと洞が塞がれているのに気がつきました。「良い場所に隠してくれたものだ」と笑みを浮かべると、幹に手を当てました。「オムラドよ危機は去った、洞を開いておくれ」
すると、洞は開き、中からすやすやと寝ている、カーディナルと見つけました。エポナは、洞からカーディナルを引っ張り出すと、両腕で抱えて地面にその降ろしました。
それから、カーディナルのおでこを何度も撫で、「起きなさい、人の子」と何度も優しく言いました。
やがて、カーディナルは目をぼんやりと開き、大きな欠伸をして身を起こしました。
辺りには月光に照らされた悲惨な光景が広がっています。
「みんな、死んじゃったの?」思わず声が飛び出し、涙が溢れてきました。「苦しいようなんなの、この気持ちは何なの?」
「大丈夫、ドワーフ達は誰一人も死んではいない」エポナは、しずかにカーディナルの頭を撫でました。「しかし、彼らは傷ついている。一時的な治療はしたが、体の中に入った錆は常に悪さをする。お前が本当に人の子なら、彼らを治せる筈だ。」
「僕は、人の子じゃあないから」カーディナルは首を横に振りました。「時人君に大事にされたウサギのぬいぐるみだもの」
「そうか、見た目は確かに人の子ではないが、お前に中に人のオーラを感じるよ」エポナは、カーディナルの頭を撫で続けました。「きっと彼らを治せると思う」
「そうなの?」カーディナルは、不安そうな目をエポナに向けました。「本当にそうなの?」
「そうだとも、お前は今まで一緒に旅をしてきた彼らを、放っておくつもりかい?そう思うなら、それこそ人の子でない証ではるけどね」
「放っておけないよ」カーディナルは、首を横に振りました。「そんなことできない、でもどうすればいいか分からない」
「祈るんだよ」エポナは言いました。「私達の祈りは誰も聞いてくれないが、人の子の願いは、死んでしまった者でさえ生き返せるというから」
「それだけなの?」不安な顔でカーディナルは訊きました。
「そうさ、さあ立って。」とエポナはカーディナルの手を引いて立たせました。そして横たわる一人のドワーフの横につれて行きました。
「シェンナさん」カーディナルは、ドワーフの顔を見て思わず、声を上げ彼の脇に膝を付きました。
「よう坊主、元気でなによりだ」シェンナは、片目を開き手を伸ばして、カーディナルの頭を撫でました。「良かった、良かった」手がぽとんと地面に落ちました。
「シェンナさん、死なないで!!」カーディナルは悲痛な声を上げました。
「勝手に死人にしないでくれよ」シェンナは、目をつぶったまま言いました。「大丈夫こうしていれば治るから」
カーディナルは、後ろを振り向き後ろに立つエポナに困惑の表情を見せました。
「祈りなさい、彼が元気になるように」エポナは静かに言いました。
カーディナルは、シェンナの頭を撫でながら「元気になってね」と心の底から願いました。
シェンナは、痛みを耐えているような顔をほこぼらせ、ゆっくりと寝息を立て始めました。
「それでいい」エポナは、頷き手をカーディナルに差し出しました。「さぁ沢山のお前の仲間が、待っている」
「仲間?」カーディナルは、その言葉にうれしさを感じました。「な、か、ま」
「これから、エルフの村に行くまで、旅の仲間だろ?」
カーディナルは、大きく頷きました。「うん、仲間だよ」
そうして、カーディルは、夜の間中。倒れたドワーフ達の間を巡り彼らの為に祈りました。




