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空を飛ぶぬいぐるみ

以前あった、ぬいぐるみをテーマにした、童話にしようとしたのですが、期限に間に合わないまま、頭の中で物語りだけが膨れ上がってしまいました。終わりだけ、決めたのですが、途中はまだ未定のまま。自分でもどうなるか判りません。こういうパターンでコケるのだよなぁ

ゆっくりと書き進めてゆくつもりなので、何時終わることやら


長い冬もようやくその終わりの片鱗を見せるような日差しの中、都市近郊の大きなマンションのベランダには沢山の洗濯物と一緒にひとつのぬいぐるみが、日差しを浴びて、干されて居ました。そのぬいぐるみの風体はちょっと変わっていました。


 ちょっと変わったというのは、いっけんするとそれはうさぎのぬいぐるみなのですが、その背中には小さい翼を持っていて、赤いチェックのチョッキを着ていたからです。背中に翼をもったうさぎなんかどこにもいませんよね。そのうさぎは、片耳をピンチに挟まれて、春風にゆられてぶらぶらとしていました。


 高い場所にあるマンションのベランダからは戸建ての家の甍がさざ波の様に広がり、あちこちに、公園や神社仏閣の境内に生えた木々が小さな新緑の島を作っているのが見えました。


 ぬいぐるみは久々に浴びる日差しに大きな欠伸をしていました。その欠伸は人には聞こえない程ささやかなものでしたが、その欠伸を何回も何回もやっている内に、次第に体が軽くなっていく感覚にぬいぐるみは喜んでいました。湿気で重くなった中綿から、ため息と共に、湿気が出てゆき乾いてきたので、軽くなってきたのです。それはまるで今にも空を飛べそうな感じでした。


「ん~今日は気持ちいいなぁ」ぬいぐるみは思わずまた欠伸をしてしまいました。「おてんとうさまの光がちくちくして気持ちいいぞ」

 しかし、よくよく考えてみれば朝からずっと、同じ耳が挟まれているものですから、どうにも居心地が悪い感じが抜ける事がはありません。それに、風景も変わらないものですから、見飽きてまた欠伸をしてしまいました。


「時人くんの夢みたいに、あちらこちらに行けたらいいのになぁ」時人くんは、このぬいぐるみの持ち主でした。でも今は、学校に行っているのでここには居ません。ぬいぐるみは毎晩の様に、時人くんに抱かれて寝ていましたので、そんな夢が何時の間にか複雑に絡んだ綿に染みこんでしまっていたのです。


 ぶらぶらしたままのぬいぐるみに向かって、ベランダの手すりに止まったメジロが馬鹿にした様に声をかけました。


「よくまぁ、一日中そんな恰好でじっとしていられるなぁ」


「動けないわけじゃないぞ、今、詩を作っているんだ、静かにしろ」ぬいぐるみはまけじと言い返しました。


「ほほう、詩が作れるのかい?」メジロは、綺麗な声で鳴きました。


「君には、分からない様な、愛とか冒険とかを詩にしているんだ」うさぎは、時人くんの夢に出てくる魔法の国で活躍する人々を思い浮かべました。


「ふん、自由な心が無ければそんなのは無理さ」とメジロは手すりからぬいぐるみを吊しているハンガーに飛んで来ました。しかしゆらゆらして、止まるのが難しそうでした。何度か挑戦をしてようやくそこに止まりました。


「自由な心は、こうして自由に飛べる事から始まるのさ」メジロは、ちょっと疲れたように息をあげていました。


「そんな事はないさ」とぬいぐるみは、時人君の夢について語りました。


  春の夢は、エルフとの出会い

  花咲く野辺で踊るエルフと輪になって踊る

  透き通る音色の楽器に合わせて

  可憐な歌声

  赤のエルフ達は、陽気に誘うよ


  夏の夢は、ゴブリンに追われる

  昼も暗い山道でゴブリンから必死に逃げる

  叩かれる太鼓の音が不気味

  太い歌声

  黒のゴブリン達は、未だおってくるよ


  秋の夢は、トロルと木の実拾い

  真夜中の山林で、冬の前の蓄えを準備

  木を叩いて動物を追い払え

  大きな歌声

  灰色のトロルは、気は優しくて力持ち


  冬の夢は、ドワーフとたき火を囲む

  暗い洞窟で、宝物の話しに興じる一夜

  笛を吹いて、お酒を飲んで

  愉快な歌声

  茶色のドワーフはずっと宝探し


  春の夢、赤のエルフがほら貝を吹く

  山も川も平野も海も、鳴りひびく

  勇者が、エルフの元に集まる

  大きな歓声

  黒の騎士が戦いを告げた。


  僕の夢、天を駆け、地を走り、海を行く

  エルフ達とともに、武器は勇気

  未来への希望が、前進させる

  勝ち鬨をあげよ

  黒の騎士が膝を折る日は近い。



「なぁに、そんな夢、何れ誰でも、時が経てば夢も希望も現実に縛られて、野放図な夢なんて忘れてしまうのさ」とメジロが偉そうに言いました。「特に時間とか重力に捕らわれているやつらは皆そうなる運命なんだ」


「でもさ..」とぬいぐるみは言いよどんでしまいました。反論を考えようと、最初に言葉を発したものの、考えがまとまらないのです。


「でも、知っているかい?」とメジロは陽気にぬいぐるみの周りを旋回しました。「本当は、子供達もそのぬいぐるみも空を飛べるって」


「まさか」ぬいぐるみは、けらけら笑いました。「でも僕はぬいぐるみだよ。翼はあるけど、飾り物だしね」


「飛びうさぎなら、そらを飛べるさ」メジロは甲高く笑うと空に消えて行きました。


「まったく、ぬいぐるみをからかって何が面白いんだか」ぬいぐるみ、騒がしい来客が消えて、ほっと溜息を付きました。


 ただ、ベランダでずっとぶら下がっているのがどうにも具合が悪いものだから。ちょっとだけ、体をねじってみました。それには少しだけ春の強い風が助けてくれたので、ぬいぐるみは自分で移動できたとは考えてもみません。ちょっと動いたことで、暫くのあいだ具合の悪い所が移動したのでちょっと気が紛れましたが、やはりずっとそのままだと、また痛くなってきてしまいます。


 ぬいぐるみは、また動きました。そして少しづつ少しづつ移動して行くと、ぱちんという音がして、ピンチが外れてしまいました。一瞬、風に乗って飛んだような感じがしましたけど、ぬいぐるみはマンションの敷地内の、芝生の上にどさっと落ちてしまいました。


「ありゃ、どうしよう」ぬいぐるみはすっとんきょうな声をあげました。「汚れちゃうよう」でも、落ちた所は芝生の上でしたから、決して痛くはありません。むしろ、程よい草の香りと芝の柔らかさに、心地良さを感じました。

「なんか、ふわふわ,ちくちくして気持ちいいな」ぬいぐるみはぼんやりと独り言を言いました。

「こらこら」キーキーと合唱の様に何処からと無く声が聞こえました。


  こらこら、上の乗ったら痛いんだ。

  こらこら、俺たちの体は、ナイーブなんだ。

踏まれれば痛い。

殴られれば痛い。

それを知らないとは言わせないぞ。


こらこら、そこに居たら暗いんだ。

こらこら、俺たちだって、明るい所が好きなんだ。

陰口されるのは辛い。

無視されるのも辛い

それを知らないとは言わせないぞ。


「だれ?」ぬいぐるみは、甲高い合唱を歌っている者達を捜しました。


だれだれって、此処にいる。

おいおい、俺だって名前がある。

踏まれる運命

無視される運命

それでも、俺たちは西洋芝。

それを知らないとは言わせないぞ。


「何処にいるの?」ぬいぐるみは、もう一回言いました。


「お前の下敷きになっているんだよ」沢山の声がハーモニーで答えました。

「え~僕の?」

「そうだよ、痛いし、暗いし、重いし。 退いてくれよ」

「そんな~僕、動けないよ」 ぬいぐるみは情けない声を出してしまいました。

「じゃあ....」 ぬいぐるみの下敷きになっていた、芝生達はそわそわを動きました。


くすくすくすくす、くすぐちゃえ。

くすくすくすくす、くすり屋はどこ

くすくすくすくす、くすの木はあそこ

くすくすくすくす、くすだまどっかん

くすくすくすくす、くすり指はちっこい

くすくすくすくす、くすんだ空だと雨がちかい

くすくすくすくす、くすくすは何処のたべもの

くすくすくすくす、くすぶっているおきびを消そう


「うわ!」ぬいぐるみは、身を翻しそうになりました。「くすぐったい」


「当たり前だ」今度の声は、落ち着いた声でした。「くすぐっているんだから」


「止めて、お願い」ぬいぐるみはげらげた笑い出しました。「死にそう」


「おい、みんな止めな」声は言いました。 芝生達は動きを止めました。


「私は、 芝生の長老の芝太郎だ」


「あ、始めまして」ぬいぐるみは未だ息をあらげていました。


「僕は、時人くんのぬいぐるみです」


「ぬいぐるみである事は知っている。 私は,長生きをしてきたから何でも知っているんだ」

「す、凄いですね」とぬいぐるみは、言いました。


「で、 早く退いてくれないかね? ぬいぐるみくん」


「でも、僕はぬいぐるみだから動けないんです」


「それは、君がそう思っているからだよ」


「・・・・」


「君は沢山、夢を吸い取っているから、その夢の力で 飛べるはずなんだけどね。」


「まさかぁ」


「じゃあ、騙されたと思って、飛べるのが常識と思ってごらん」 ぬいぐるみは、騙されたと思って、そう信じました。


太陽の日差しは温かく、さらにぬいぐるみは軽くなった体を感じました。眠いような感覚が全身を駆け抜け、本当に飛んでいる様な気が した瞬間。


うさぎのぬいぐるみは、ゆらりゆらりと、風に吹かれれる様に舞い上がってしまいました。


「ほら~」芝生が大声で言いました。「私の言った通りだろう」


「本当だぁ、凄い!」ぬいぐるみは、自分で自分が信じられなくなる様な興奮を感じました。


「やれやれ、これでやっと光合成ができるわい」 芝生は、溜め息をついて空を見上げました。


「それにしても、なんであんな物が飛べるんだろうな」 芝の長老は腕組みをして居ました。


「冗談から本当とは良く言ったものだ」


ぬいぐるみが空に上がって行くのを見送って、芝生達は歌を歌い始めました。


  良い天気だ、光合成の季節がきたぞ

  暖かな空気を吸え

  光を受けろ

  さぁ芽を伸ばせ仲間達


  良い天気だ、風が気持ちいいぞ

  土にはほのかな湿り水分を吸え

  光を受けろ

  さぁ芽を伸ばせ仲間達


  良い天気だ、面白い風景が見えるぞ

  乾いて軽くなったぬいぐるみをみろ

  光を受けろ

  さぁ芽を伸ばせ仲間達


  良い天気だ、春風に乗って飛んでいる

  まぬけなぬいぐるみをみろ

  光を受けろ

  さぁ芽を伸ばせ仲間達


  良い天気だ、こんな珍しい現象みたことない

  飛んでいるぬいぐるみを見たけりゃ

  さっさ起きろ

  さぁ芽を伸ばせ仲間達



******


 高見からの見物は素晴らしいものでした。ぬいぐるみは、短い翼をはためかせて風に乗り、色々な色の屋根を見ては溜め息をつき、遠くに霞んで見えるビルを見ては歓喜の声をあげました。


さてと、何処に行こうかな…ぬいぐるみは、高く、高く飛びながら考えました。でも、余り遠くに行くと時人くんのお休みの時間に遅れるから気をつけなくっちゃ。


 しかし、生憎と時人君のお母さんがぬいぐるみが盗まれたと、騒ぎ立てるであろうという事は全く考えにはありませんでした。


「こりゃまぁ」ぬいぐるみの上で大きな声がしました。


「ぬいぐるみが空を飛んでいるぞ」

 ぬいぐるみは、体を捩じって声のする方向を見ました。


「なんだ、鳩さんかぁ」


「なんだじゃないぞ、 私は空を飛んで当たりまえだが、何でぬいぐるみが空を飛ぶんだ」


「違うよ、鳩さん」ぬいぐるみは胸を張って言いました。「ぬいぐるみが空を飛ぶのが当たり前なんだよ」


「そんなの、理論的じゃないよ」鳩は目を真っ赤にして言いました。「僕だって、ちゃんと航空力学という理論が有るからとべるんだよ お前はどういう理屈で飛んでいるんだい?」


「ねぇ、理論ってなぁに?」 ぬいぐるみは. 尋ねました。

鳩は,すると大声を出して仲間を呼びました。 白や黒や茶色の鳩達が何時の間にか、ぬいぐるみの周りに集まって騒ぎ出しました。


理論ってのは、難しいんだ。

式があって

数字があって

覚えるのが大変で。

理論の理屈なんて、難しいんだ。

想像して

データ集めて

証明をして

理論ってのは大切なんだ

空をとぶのも

落ちるのも

理論があるから出来ること。




「ねぇ」ぬいぐるみは、喧しい歌に口を挟みました。「鳩さんは、考えながら飛んでいるの?」


「そうだ」全員の鳩が答えました。


「ひょっとしたら、考えないと飛べないの?」


「まさか」また全員の鳩が答えました。


「しかし、これは問題だ」最初の鳩がいいました。


「そうだ、問題だ」他の鳩達が、復唱しました。


 そうだ、これは、問題だ。(問題だ、問題だ)

 我々は、理論では理解出来ない現象を観察したぞ。(理解ができない、できない)

 ぬいぐるみが飛ぶなんて有るはずがない。(そんな事は出来ないぞ)

 

 しかし、これは、発見だ。(発見だ、発見だ)

 我々は、誰も見たことが無い、現象を記録したぞ。(見たことがない、見たこともない)

 ぬいぐるみが飛ぶなんて有る筈がない。 (絶対むりだ)

 

 きっと.これは、新理論だ。(新しい理論だぞ)

 我々は、誰も導いた事がない理論を見つけたぞ。(凄いぞ、凄いぞ)

 ぬいぐるみが飛ぶなんてある筈がない。 (でも飛んでいる)



「さぁ、ぬいぐるみ君」鳩が言いました。


「君が飛べるという理論を説明したまえ」


「さぁ、飛べると思ったらとべたんだよ」


「記録しろ!」鳩は叫びました。


「そう、僕に沢山の時人君の夢が吸い取られて、それで夢が夢で無くなったんだと思うな」


「記録しろ!ぬいぐるみは夢を吸着する。」


「記録しろ!夢を吸ったぬいぐるみは飛ぶ!」


「ぬいぐるみ!他にデータは無いのか?」


「解剖しよう!」


「そうだ、ぬいぐるみは死なない筈だ」


「いや、彼は生きている見たいだぞ」


「彼は、綿だぞ」


「いや、羽毛かも知れない」


「いや、取り合えず解析だ」


「技術者を呼べ!」


鳩達は、集まって議論を始めたので、ぬいぐるみはこっそりと更に空に上がりました。空気は薄くなり。強い風が吹き始めたので、またそっと降ります。ただ、ちょっと、強い風だったらしく、あっと言う間に街の外れまで流されてしまいました。


****


郊外には、大きな杜が広がりその真ん中に、神社がひっそりと建っていました。いつごろ建立されたのかは、誰も知りません。ぬいぐるみは、神社の側で一番大きな木の頂上で休む事にしました。


「ふ~危ない危ない」ぬいぐるみは翼をぱたぱたさせて自分をちょっと 扇ぎました。お日様のせいで体が熱くなったからでした。


「解剖されでもしたら、中身が全部空になっちゃうじゃないか」


「おい若いの」太い声がしました。「何処から来た」

ぬいぐるみは、周りをきょろきょろと見渡しましたが、誰も居ません。きっと空耳だったろうと思って、ゆっくりと休んでいると。また、同じ声が聞こえました。


「おい、お前俺の声が聞こえないのか?」


「う~ん、誰?何処にいるの?」ぬいぐるみは、不安そうに言いました。


「よかった、よかった聞こえないかと思ったぞ」声は、ふぉふぉと笑いました。


「ねぇ、誰?」


「おお、自己紹介が、未だだったな、私はお前が休んでいる木だ」


「ええ!?、御免なさい」ぬいぐるみは慌てて飛び出そうとしました。


「いや、いや、休んで居なさい」木はぬいぐるみを引き止めました。「こうして、話相手を見つけるのは久しぶりだ」


「でも、木さんなら、沢山の鳥や雲と御話もできるでしょう?」ぬいぐるみは大きな枝に広がる葉の上に寝そべって言いました。


「いや~最近は私が無口になってしまってね。それに・・・」 ふと、木は話を止めてしまいました。


「なぁに?」とぬいぐるみは続きが気になりました。


「いや、最近夢のある話が減ってしまってねぇ、人とも話す事が無くなってしまった。昔は私も長生きしたものだからご神木とか言われて、人の願いや夢を聴いたものだけど、そういうことがめっきりと無くなったのでね」


「僕なら、沢山の夢を持っているよ・・・」ぬいぐるみは自慢気にいいました。


「いや、いや、お前が空を飛んでいるというだけで、未だ夢が何処かにあると思うよ」


「うん!」ぬいぐるみは頷きました。


「でも、その夢の主の事は黙っていなさい」


「なんで?」


「これはな」と木はとっても小さな声で言いました。「私が夜になって、立ち聞きした話なんだが」


ある、冷たい夜のこと、西からの風に震えながら木は、一人で遠い昔の事を考えていました。未だこの辺にもっと多くの巨木がたちならび。人々が願いを込めて、境内で踊り明かした日と、自分の木陰で、そっと愛を語りあっていた若い男と女、そして沢山のこと。。そんな楽しい思い出を思い出しているところを邪魔するかの様に 耳障りな声が聞こえました。 それは、ともすれば優しく聞こえる声でしたが、反面どうしようも無く悪意を感じる声でもありました。


声の主は、普通の人間の大人の恰好をしている男でした。 そして、時間と共に同じ様な声をした者達が集まって来たのです。


「我々は,この街で新たに夢を奪う作業に入る。作業は今夜から約30日を掛けて行い、目標は主に子供とする。」とひそひそ話しをしていたと言うのです。


「 詳しい事は良く分からなかったよ。」木は言いました。「でもあいつらは、人間じゃないよ。鬼だよ。」


「鬼って…恐いんだよね」ぬいぐるみは時人君の持っているイメージのまま聞きました。

「ああ、恐い。」木は答えました。


「しかし、誰かが阻止しないと」


「まさか、其を僕にやれなんて言わないですよね」ぬいぐるみは言いました。 声が少し震えています。


「でも、君ぐらいしか出来そうにないと思うよ」木は小さな太い声で言いました。


「い、嫌だよ」そう言うとぬいぐるみは、ぱぁ~っと空に飛び上がろうとしましたが、 木が動いたのか、または風で揺れたのか一本の枝が引っ掛ってしまいました。


「うわ~嫌だよう、離して!」 ぬいぐるみは、わめきましたが二股になった枝の間にしっかりはまり込んでしまったので、どうにもなりません。


「まぁ,まぁ」木はそんなぬいぐるみを宥めようと優しい声を出しました。しかし、逃れようと必死になっているぬいぐるみにとっては、そんな声など 聞こえたものではありません。

そんなものだから、ぬいぐるみがおとなしくなるまでは、一時間程も経ってしまいました。

「落ち着いたかね?」木は優しく言いました。


「僕をどうするつもり?」ぬいぐるみはつっけんどんに言いました。


「どうにもしないさ、ただ私の話ともうちょっと聞いて欲しいのさ」


「それだけ?」


「そう、それだけさ」


「わかったよ」

木は嬉しそうに小枝を震わせました。


むかしからの言い伝えさ。

長生きの木だって祖先から聞き伝えで聞いたのさ。

人間がまだ粗末な暮らしをしていたころ。

人と妖精達は一緒に暮らしていた

でも、時と共にだんだんと人の世界から

妖精達は追い出され、やがて人と違う世界に住み着いた


へぇ、だれもそんなこと習わないよ。

空想の話でしょ。



むかし私が見たことさ

ここに住み始めて一つの不思議を見たのさ。

霞が地表を覆い、時間が止まり

妖精達の世界とこの世界が混じった

そう、人の僅かな時間の中で

妖精達は戻ってきて、ここで祭りを行うのさ。


きっと,それは貴方の幻覚

ちょっと医者に見て貰ったら



今、起きているのはちと違う

誰かが何かを企んでいるような,ないような。

人は妖精達の世界にはなじめない

そしたら君がやってきた。

偶然と思うかい、何かが起きるのさ

妖精達の世界で何かが起きているのさ。


でも、僕には不適任

他を当たった方がいいんじゃない。


「そんなに嫌かい?」木はがっかりしていました。


ぬいぐるみは、はっきりと「いやぁ!」と言いました。


「まぁ、仕方あるまい。」


「だったら、僕を離してよ」


「待ちなさい、暫くしたら東風が吹くからね。 そして枝が大きく揺れた所で飛びなさい」

そのまま、ぬいぐるみも木も東風が吹くまでは一言も口を利かず、やがて、吹き始めた東からの風が吹くとぬいぐるみは挨拶もしないで風に乗って飛び去ってしまいました。


「まったく、変なのにかかわっちゃったな」ぬいぐるみはぶつぶつと独り言を呟きながら飛んで家のベランダに戻ろうとしました。陽は、西の空に傾き空はあかね色に染まり始めていました、




 その頃、時人くんは、学校帰りに公園のベンチに座って、古ぼけた本を読んでいました。家の本棚で見つけた、ファンタジーでした。妖精達の世界でくりひろげられる他愛もない冒険活劇でしたが、そこで活躍する女の子の主人公の思いに共感して、時間を見つけては読みふけっていたのです。家に帰れば、勉強、勉強とせっつかれるので、こうした時間の合間に読んでいましたが、少しばかり夢中になってしまい、日が暮れそうになってしまいました。


「そんな本ばかり読んでいてはいけないよ」と一人の男の人の声が、優しく言いました。「さぁおうちに帰って勉強する時間だよ」


 目をあげれば、灰色の上下の背広をきた人が、目の前に立っていました。時人くんは、そっと本を閉じました。知らない人にどう返事をすれば判らず。「うん」とだけ言って、立ち上がると、いきなり本が取り上げられてしまいました。


「返して!」時人君は、まるで身が引き裂かれるような思いに、悲鳴のような声をあげました。


「だめだ、こんな本を読む前に勉強するんだ。大人になって、ろくな職業につけなくなるぞ」男の人の表情がとても怖く感じました。男の後ろから夕日が当たって、よく見えないのですが、本に出てくる怖い魔法使いのような悪意が男から出ていました。


「かえしてぇ!」時人くんは、男に高くかざされた本をなんとか奪い返そうと、なんとも跳ねましたが、届く筈もありません。周りには大人達もいましたが、時人君は本を取り返すのに夢中で気づきませんでしたが、その大人達も目の前の男と同じ格好をしていました。


「この本を私にくれるなら、もっと勉強ができるおまじないを教えてあげるよ」男は言いました。「これを教えたまもるくんは、良い点数を採ったんだよ」


 その言葉に、時人くんは思わず跳ねるのを止めました。まもるくんは、時人くんとよく図書室で本を借りる本友達で、本の借り貸しも互いによく行っていました。でも、最近は勉強が忙しいからと、図書室でなかなか会うことも少なくなっていたのです。そして、最近では算数のテストで100点を取ったと自慢していた事も知っていました。


 そして、時人君は、採点されたテストを自宅に持って帰ると、よくお母さん、お父さんに叱られていたものでした。


「本当?」思わず、訊いてしまいました。


「もちろんだとも!」男は、言いました。「どうだい?これをくれるかな?」


と、その時、何かが空から飛んできて、その本をたたき落としてしまいました。時人くんは、脱兎の様に飛び出すと本を拾い上げて大事に胸に抱えました。

「やっぱりだめ!スカーレット姫は、渡さない」


 すぐに、灰色の男が本を奪い返そうとすると思い、時人くんは、胸に抱えたまましゃがみこみました。何がなんでも、とられたくない思いで、膝の上におでこをつけてまあるくなりました。


しかし、男はそれを取り返そうとはしませんでした。


「あれを捕まえろ!」という声が響き渡っていました。


 本をたたき落としたのは、家にかえろうとしていたぬいぐるみでした。しかし、本を叩き落としたあと、風にうまくのれず、ふらふらとするばかりで、灰色の男達がいきなり周りを取り囲み、手を上に伸ばしながら、ぬいぐるみを捕まえようとするその指先をほんのわずかにかすめるように飛んでいるだけでしたが、とうとう捕まってしまいました。


「なんで、こんなのがこの世界に現れたんだ」灰色の男の一人が言いました。


「わからない、はやくこれを連れて帰ろう」


「この坊主はどうする?」


「放っておけ、いずれ処置してしまえばいい」


「今日は、ここまでにしよう」


 すると、男達の周りに霧のようなものが立ちこめて、ぬいぐるみも男達もきえてしまいました。


 ずっと、丸くなっていた時人くんが、周りが静かになったので、そっと頭を持ち上げると、誰もいない公園の街灯が灯り始めていました。

「早く帰らないと、お母さんに怒られちゃう」時人君は、本をランドセルに詰め込むと、公園の出口に向かって走り始めました。



 夕暮れ時、洗濯物を取り込もうとした時人くんのお母さんは、ベランダでぬいぐるみが無くなっているのに気がつきました。あわてて下まで降りてぬいぐるみを探しましたが、どこにもありません。息子が大事にしていたものなのに、という哀しみもありましたが、他に不安ももたげてきました。奇妙な胸騒ぎに襲われたからです。忘れさられた記憶のなかから、なにかが呼びかけてくるような、そんな感覚でした。


そんな考えを振り切るように「新しいぬいぐるみを買うしかないわね」とつぶやきながら、エレベータで部屋に帰りました。そして居間に置いてる新しい本や古い本が入っている本棚を見つめました。古い本は、お母さんが小さい頃に読んだ、ファンタジーでした。それらを今度は息子が夢中になって読んで居ることはしってしました。


「こんなのばかり読んでいるから、成績が下がってしまったのかしら。帰ったら、宿題を先にやらせないと」と懐かしい本の背表紙を見ながらつぶやきました。


 ふと、その一冊に手をかけた時に、自分もまた夢中になって読みふけっていたころの記憶が思いおこされました。よくみれば一冊の本が、抜き取られていました。それは、時人くんが読んでいた本でした。



 ぬいぐるみは、わけのわからない濃い灰色の霧に囲まれた空間を、男達に掴まれたまま、飛ぶように移動していました。上も下も判らないような感じですが、誰かに体を強く握られていることだけは、はっきり感じ取れました。


 それは、時人君がぬいぐるみを大事に掴むのとは違い、寒さと恐怖がその手から伝わってくるのでした。


「助けて!」ぬいぐるみは、叫び続けました。そして自分がいなくなったことで、時人君が悲しむと思うと、とても辛い思いでした。


 深い霧の中の移動が続くと、どこへつれて行かれるのだろうと-ぬぐるみは、悲しさと不安で胸がいっぱいになりました。そして二度とあの部屋に戻ることはできないのだろうか、あの風にのって飛んでいったりしなければ、こんな事にはならなかったのに、と後悔の念に心が押しつぶされそうになりました。それでも、だれかがきっと悲鳴に応えてくれそうで、助けを呼び続けました。しかし、ぬいぐるみの悲痛な叫びは濃い霧の中に吸い込まれてきえてゆくだけでした。


 とつぜん「ご苦労さま」と誰かの声がすると、いきなり男達の悲鳴が響きわたり、ぬいぐるみは男の手から解き放たれて、ゆっくりと霧の中を降下してゆきました。それはまるで鳥の翼から落ちた一枚の羽の様でした。そして、ぬいぐるみは、霧の中をあまりにも静かに落ちてゆくので、上下左右の感覚がなくなってしまいました。やがて霧が体にしみこむと、ぬいぐるみは、何も考えることができなくなってきて、突然気を失ってしまいました。


 気がつくと何時の間にか霞は晴れていましたが、ぬいぐるみが落ちたのは、何処かの草むらのなかでした。日差しが、広い草原の彼方から顔を出そうとしていて、光が届かない未だ暗さを保っている空には、星がかろうじて残っていました。そして朝露が、しっとりとぬいぐるみを濡らしました。


 草たちは、まだねぼけまなこで、起きる気配はありません、地平線に近いところの空は、東雲色を残していましたが、その近くには雲ひとつありません。晴れ渡る良い一日が、始まるような予感を感じさせました。


 ただ、空を飛んでいたとき、街の遠くにもこれほど広い草原はありませんでした。ぬいぐるみは、おかしな男達にどこか遠くにつれて行かれてしまったのだろうかと、不安感に襲われました。


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