主婦転生 〜美少女に変身してチートスキルで世界征服だってできちゃう!?〜
早見加奈子は目を覚ました。
途方もなく広い空間にいる。大理石の様な滑らかな床が広がるばかりで、天井も壁も見えない。遠方は暗闇だ。
状況が分からない。まず、自分のことを再確認する。
早見加奈子、二十九才、A型、夫がいて九才の息子が一人。あとは……。
突然背後に、人の気配がして振り返る。
そこには、紺色のスーツを着た二十代前半位に見える男が立っていた。加奈子が感じた印象は「御曹司」だった。
「お目覚めですね」
「……あなたは誰ですか? ここはどこですか? 私は何故、ここにいるんですか?」
「一つずつお答えします。私はあなた方が神と呼んでいる存在です。ですので、ここは天国ということになりますかね。あなたがここにいる理由……。分かりませんか?」
「真面目に答えて下さい! 神だ天国だって信じる訳ないでしょう! 馬鹿にしないで下さい」
彼は少し驚いたようだ。
「疑ってるんですか?」
「当たり前です!」
彼は小さく首を振ると右手を掲げた。空中に、巨大なスクリーンが浮かんだ。
「これを観て下さい」
加奈子は圧倒されて何も言えない。
スクリーンには自宅と周辺が上空から撮影された動画が映っている。ドローンでの映像だろうか。しばらくすると玄関から人が出てきた。息子の守だ。ランドセルを背負っているので、今から学校だろう。
玄関からまた人が出てきた。私だ! 手に紙を持って慌てている。何か、思い出せそう。
映像内の加奈子は自宅から道路へ飛び出した。そこへ自転車が突っ込んで来る。
映像はスクリーンごと消えた。
「思い出しましたか?」
そう、今朝は守が提出するプリントを忘れてたので、慌てて追いかけた。道に出たとこで自転車が来て……。
「私、死んだんですか? 自転車にぶつかって」
「残念ながら」
加奈子は床に座り込んだ。床の冷たさにただの悪夢ではないと感じる。しかし、クルマじゃなくて自転車なんて。「打ちどころが悪かった」の一言でこの無念は片付けられない。
「……ただ少し、我々の方に手違いがありまして」
「手違い?」
「率直に言うと、あなたは死なないはずでした。衝突のダメージ入力にミスがあったのです」
加奈子は耳を疑った。
(なによ、それ?)
同時に希望を感じた。
「じゃあ、生き返らせてもらえるんですね」
「それは規則により、出来ません」
加奈子は納得出来ない。出来る訳がない。
「なら、事故の前まで時間を戻して下さい。私、走りませんから」
「それも規則で」
「結局、何も出来ない、黙って死んでくれってことですか!?」
加奈子は腹が立ってきた。
「いえ。そうは言いません。このままだと、あなたが天寿を全うしたときまでに、受け取る幸福が余るのです。あなたは八十才まで生きる予定でした。五十年分以上の幸福です」
「で、どうしてくれるんですか?」
「あなたがいた世界とは異なる世界に転生させてあげます。あなたが受け取るはずだった幸福など、比較にならない幸福を約束します」
彼は自信たっぷりに語った。
「他に選択はないんですか?」
「あります。生きることも死ぬことも出来ずに俗に言う地縛霊として惨めな存在を続けることです」
彼の説明はもはや脅しである。
「とにかく一回経験してみましょう。まず、あなたがなりたい外見の女性を教えて下さい。何回でも変更可能ですから軽い気持ちでいいですよ」
特になかったのでテレビでよく観たアイドルを挙げる。
彼は空中にキーボードのようなものを出現させて何か入力した。キーボードは消えた。
「それでは行きましょう。素晴らしい世界に!」
加奈子は石畳の上に立っていた。慌てて周りを見渡す。古いヨーロッパの町並みのような景色。遠くで馬車が走っている。
(なにこれ?)
「美しいでしょう?」
横を見ると彼が立っていて笑みを向けている。
「……はい。凄いですね」
加奈子は少し歩き、綺麗なレンガ造りの家に近付き驚いた。窓ガラスに美少女が映っている。顔を動かすと美少女の顔も動いた。
(これ、私!?)
「満足ですか?」
「はい。凄いですね」
全く同じ返事をしてしまう。
「更にサービスでこの世界限定で使える特殊能力を一つ、お付けします。しばらく生活して希望の能力が決まったら教えて下さい。定期的に私は来ますので」
彼は一旦黙り、付け加える。
「この世界を征服することも可能ですよ」
今度は加奈子の前にタブレットのようなものを出現させた。
「これは形式上なんですが、サインをお願いします。指で書けますよ」
加奈子は了承する。
「分かりました」
一つだけ、希望を付け加える。
「サインはさっきの部屋でさせて下さい。ここは落ち着かないし、大事なサインだから本当の自分の姿で書きたいんです」
彼は加奈子に応じた。
瞬きをするとさっきの空間に戻っていた。目の前に彼が立っている。
「ではサインを」
タブレットを出した。
加奈子はタブレットではなく彼を真っ直ぐ見て、ゆっくりと言った。
「お断りです」
彼は最初、呆気に取られたようだったが、やっと訊いてきた。
「何故ですか? ここで書きたいと言いましたよね?」
「あの世界でサインしたら、もう戻れないような気がしたからです」
「満足そうにしてたじゃないですか?」
「不満そうにしてたらすんなり戻しましたか? あの世界に行ってすぐに感じました。息子がしていたテレビゲームの世界と同じだって。嘘くさいんですよ。全て。慌ててどこかからコピーしてきて作った感じです」
彼は何も言わない。
「だいたい、あなたが嘘くさいです。神という割に規則で出来ない、神なら人の考えなんて読み取りそうなのに会話しないと意思疎通出来ない。そしてあなた、我々って言いましたよね」
彼は加奈子の意図が分からないようだ。
「我々ってことは神はあなた一人じゃない。組織があるんだと思いました。あなたには、人間で言うところの上司もいるんでしょう。私の死は、我々の失敗って言ってたけど、本当はあなた個人の失敗じゃないんですか? ダメージの入力でしたっけ?」
彼は加奈子を睨みつけた。図星だったようだ。
「多分、私の幸福が浮いてどうのこうのという話は本当なんでしょうね。じゃなかったら私を魂ごと消して証拠隠滅するでしょう」
加奈子はまとめに入る。
「あなたは自分のミスを、上司から隠すために急ごしらえで作った異世界? に私を閉じ込めようとした。幸福だけはちゃんと与えて帳尻合わせをしようとした。ってとこですか?」
「ちょっと待て。大事なことが抜けてるぞ」
彼が今まで見せていた紳士的な態度は消えていた。
「このままだとあんたが地縛霊になって、惨めな存在であり続けるのは本当だ。転生したら、何もかも望むままだというのも本当だ」
「だから何だって言うのよ!」
加奈子はまた真っ直ぐ彼を見る。
「あなたがテレビの通販みたいに売り込んだ、あの薄っぺらくて嘘くさい世界でやりたい放題して何が幸福よ! 私を家族がいた世界に帰して! 今すぐ! 上司からの呼び出しに怯えるのはその後にして!」
彼はうなだれ、右手を掲げた。
朝日が照らす道を、守が学校へ行く。もうすぐ夫の優一が出勤するだろう。
あれから……。ずっとここにいる。時間の感覚が曖昧で、一ヶ月経ったのか、一年経ったのか分からない。
とにかく、毎日あたしは家族を見送り、迎える。
いつか優一が再婚して、守に弟か妹が出来てもいい。家族が幸福なら。
私は惨めなんかじゃない。
幸福だ。永遠に。
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