東へ……東へ……
なにかを思う間もなく衝撃が走り、俺は暖かいものに包まれる。
それがなにか気付いたのは、地面に転がっていることを認識して、俺を包む暖かな正体に気付いた時だった。
「し、師匠!?」
師匠が俺を抱きしめ二人して地面に横たわっていた。
「な!? お、おま! な、何を??」
かーっと頭に血がのぼり、口がうまく開かない。
ドギマギして心臓がバクバク早鐘を打つ。
(な、なんで? 何だこれ? 俺どうしちまったんだ!?)
抱き締められ暖かさを感じる。
何故か身を固くして縮こまってしまう。
「あ、あの……し、師匠?」
俺は必死に言葉を絞り出す。
ううう……何だこれ? 体が動かなくて全然声がでねーぞ!
師匠が俺を抱き締めたまま口を開く。
「大丈夫か? 怪我していないか?」
「あ……うん」
俺は訳が分からずただ返事して頷く。
顔が熱くなり頭クラクラして大丈夫では無いけど……怪我はしてない。
「そうか、良かった」
師匠はそう言うと、俺から離れて体を起こした。
俺は地面に横たわったまま固まって動けなくなっていたが……それを目にして声を震えさせる。
「し、師匠! それ……」
師匠の右腕が……消えていた。
(は? なんだこれ? 師匠の右腕が無くなって……血が吹き出して……)
唖然とする俺を背中に庇い、師匠が立ち上がり向き直る。
その数メートル先には、あの正体不明の生き物がいた。
「ルル、立てるか?」
「あ、ああ。 大丈夫。 それよか師匠、腕が……」
俺はすぐに立ち上がると回復魔法を唱えようとしたが、その前に師匠の左手が頭にぽんと乗せられた。
「ルル、よく聴け。 ここから東にまっすぐ行けばすぐに王都に辿り着く。 今すぐそこへ向かえ」
「は? 何言ってんだよ!? 師匠怪我してるじゃねーか! 今治してやるから……」
「私はいい、私に構うな。 それより今すぐ走れ! 王都に向かうんだ」
師匠はじっと正面の生き物から目を逸らさない。
……あいつか? あいつが師匠の腕を?
俺は黒いカマキリヤローに向き直ろうとした時、
「ルル手を出すな!」
師匠が鋭く告げる。
「だ、だけど」
「あいつの狙いはお前だ、ルル」
「え? 俺あんな奴知らねーぞ!」
「言っただろう。 お前は魔王に狙われていると……あいつは魔王配下の魔族だ」
その言葉が聞こえたのか、魔族が腕をこちらに向ける。
「『シールド』!」
同時に師匠が守護魔法を発動する。
バンッ!!
師匠の張った『シールド』の魔法に、光線が直撃して打ち消し合う!!
光線は魔族の腕から放たれていた。
(ま、まさかあれってさっきの?)
先程あいつが俺に腕を向けた……その後師匠が俺を押し倒して腕が無くなっていた。
師匠が……俺を庇った!?
「し、師匠!」
「気にするな、弟子を守るのも師匠の努めだからな」
「だから、何で考えている事が……って、そうじゃねー」
俺は師匠の横に並び立つ。
「何をしている? 早く行けと言っている」
「俺と師匠の二人ならあんな奴一捻りだろ?」
「……」
師匠は何も言わない。
いや……多分怒っている。
俺があまりにも馬鹿だから。
言う事を聞かないから。
そう思っていた…………師匠の涙を見るまで。
「し、師匠!? どうして……?」
師匠が初めて流した涙を見て俺は動揺してしまう。
「……ルル、お前は本当に良い子だ。 私はお前に出会え、お前を弟子と出来た事を誇りに思う」
「あ、ああ。 だからこれからも……」
「……師匠として初めて命令する。 行け! 王都を目指せ!」
「っ!? な、何だよそれ! 俺はこれからもあんたと一緒に……」
ポン!
と、頭に手が乗せられ……続いてコツンと小突かれる。
それは『私の言う事は正しい……信じろ』そう言う事。
「そ、そんな……い、嫌だ」
「ルル、私が時間を稼ぐ。 ……いや、稼ぎきって見せる。 お前が王都に着くまで必ずこいつはここに留めておこう」
「師匠はどうなるんだよ!」
「私は……『シールド』!」
再度光線が放たれシールドに当たり霧散した!
「どうやら連発は出来んようだな」
「二人なら倒せるって! 一緒に旅してくれるんだろ! なぁ!?」
師匠は残った左腕で俺を抱き締めた。
そして小声で、
「私は一緒には行けない。 すまない」
そう言って俺を突き飛ばした!!
ヨロヨロと師匠から離れた俺は、
「まだ全然教えてもらってねーよ! 師匠、頼む! ううん、お願い!!」
俺にもこんな面があったのかと思う程弱々しい声が出た。
しかし師匠は俺に背中を向けたまま、
「駄目だ! 早く行け、行かないと言うなら……」
初めて聞く声。
冷たくて怖くて……俺は二度とあの師匠の声を聞きたくない。
「師匠……」
俺は……躊躇しながらも……気付けば走り出していた。
俺の背中に声が届いた。
それは小さく……そして初めて聞いた嬉しそうな声。
「ルル、ありがとう……」
師匠に言われた様に東へ……東へ……。
(くそっ! なんで俺は!! 師匠……師匠……)
何もない暗い中、ただただ言われた方向へ走る。
転がる岩に足を取られつつ、ただひたすらに走る。
涙が溢れて止まらない。
あの日、師匠に初めて会った時以来の涙だった。
悔しい……どうして俺は師匠を置いて走っている?
悔しい……『聖者』なんてスキルを授からなければ良かったのに!
「クソっクソっクソっ!!!」
俺は溢れ出る涙を袖で拭いながらも走る。
いくら拭いても溢れる。
足は止めない……師匠が小突いたから……俺は走る。
その代わり、師匠に聞こえる様に大声で叫んだ!!
「師匠!! さよならは言わねーからなぁ!! また今度魔法教えろよ!!」
星明かりしかない暗闇の中を俺は駆け続けた。