目指す理由
王都に向かいながら師匠が色々と教えてくれた。
世界には色々な国がある事は教えてもらっていたので、その続きになるような感じだ。
まず、俺達のいるこの国。
名前をフィリム王国と言う。
納めている人はフィリム・ルド・クルーゼ十三世。
今年七十歳になる歳らしい。
そしてその王都……つまり国王のいるお城とその城下町は王都フィリムルドとの事。
っていうか、名前が覚えにくい!
もっと簡単に出来なかったのか!?
フィリム王国は世界の東端に位置する大国で、海側にはいくつもの港町。
陸側には数多くの城・砦・街・村などがある。
人口も多かったが……今は呪いの所為で半分近くがゾンビになっていた。
俺達はフィリム国の西側……つまり大陸の奥側におり、そこから北東にある王都を目指して旅を続けていた。
「なぁ師匠。 俺達このまま王都を目指している場合なのか? まだまだ苦しんでいる人達がいるんだろ?」
王都への途中、荒野でキャンプをしていた俺達。
寝袋に包まりながら俺は隣で寝ている師匠に声を掛ける。
寝袋に入ったばかりだしまだ寝てはいない筈だ。
「……お前は『聖者』のスキルを何だと思っている?」
「ん? どー言う意味だそりゃ?」
「伝えたと思うが、『聖者』のスキルを持つ者は治癒や回復の効果を増加させると共に魔法による負荷を軽減する」
寝袋に入ったまま俺に説明して来る。
「あ〜そう言えば、そうなるのか」
「中には『聖者』スキルがないと使えない魔法もある」
「そうなのか?」
「ああ」
「師匠って結構詳しいんだな」
「こういう知識は神官になる前、教会等で習う事になっている」
うぅむ、それを考えると農村からぱっとでの俺が『聖者』スキルをもらったりして良かったのだろうか?
「……心配するな。 むしろお前が『聖者』スキルを授かり良かったと思っている」
「ぶはぁ! 何で分かったんだよ!? 師匠は人の心が読めんのかよ!!」
「お前は単純だからな。 まぁ、真っ直ぐすぎて私からすると羨ましい限りだ」
「いや〜それほどでも……ん? 今のって褒められたのか?」
「気にするな。 それより話を戻すぞ」
「ん? なんの話だった?」
「呆れたやつだな。 お前が『何故王都に向かうのか』と訊いただろう」
「あ、そうだった」
完全に忘れてたわ。
「魔王にとってお前のそのスキルは障害になる」
「障害?」
「例えば今の呪い。 お前の力が上がれば、村全体を一気に解呪できるやもしれん」
「ほ、ホントかよ?」
「それに回復魔法もそうだ。 多くの人々を一気に治せるようになる。 そうなれば人間達と争う魔王にとっては都合が悪い」
魔王は人間達を滅ぼす為、その戦力を弱体化させようと呪いを撒いている。
それを一気に治す『聖者』は確かに障害だろう。
それにもし争うとなれば強力な回復魔法は厄介に思う筈だ。
「でもよ~。 それと王都に行くのとどんな関係があるんだ?」
「つまり言い換えると、お前は魔王の最大の障害。 お前を殺す為狙ってくる恐れがある」
「あ……え? な、なんだって!!」
そうか、俺が邪魔って事か!!
今気づいたぜ、魔王恐るべし!
「王都に行けばお前を守ってくれる。 そうなれば少しは安心だろう」
「じゃあ、王都で俺を守ってくれる兵士か何かを旅に加えるって事か?」
「いや、そうじゃない」
「?」
「お前が城に残るんだ」
「はぁ?」
思わず起き上がろうとして……寝袋のせいで芋虫が頭を持ち上げた様な恰好になる。
「なんだよ!? 城に残るって!! ふざけんなよ!」
「ふざけてはいない。 私は大まじめだ」
「分かってるよ! そんなこと言ってんじゃねぇ!!」
いつもは気にもしない師匠の飄々とした喋り方。
今はそれが怒りに拍車を掛ける。
「俺は苦しんでるやつらを助ける為に……だから師匠について国を回ってんだ! 城に籠る為じゃねぇ!!」
「……お前の言いたいことは分かる。 しかし、そう言うわけにも行かんのだ」
「師匠!!」
「……もう夜も遅い。 明日に備えて寝ろ」
「師匠ってば!!」
師匠は寝袋ごと俺に背を向けるとそのまま返事を返さなかった。
(くそっくそっくそぉ!! 俺は何の為にここ迄来たんだよ!!)
再び横に寝そべると、テントの天井を見つめる。
(親父やお袋、村の奴らみてーな犠牲を出さない為に……必死に魔法を覚えて来たって言うのに!!)
隣でのうのうと眠る師匠に怒りが湧いてくる。
俺の気持ちを知っていて城に連れていこうとしてたんだ……。
ふざけやがって!!!
心の中で怒りが渦巻く……気持ちも落ち着かない。
(くそー何が『明日に備えて寝ろ』だ! こんな気持ちで寝れっかよ!!)
俺は再び起き上がる。
(あああ~~~~イライラする! 外で頭でも冷やさなきゃ寝れん!)
寝袋からそっと抜け出ると、靴をつっかけてテントの外に出る。
毛皮の寝間着を着ている為かそこまで寒くはない。
空はいつぞやの様に満天の星が輝いている。
新月なのか月は出ておらず、辺りは薄暗い。
消した焚き火の付近からは、未だに薄い煙が立ち上っていた。
(ふぅ……)
外に出て一息つく。
冷たい空気が肺に入り、頭の中や体が冷めていく。
(……静か…………だな)
俺は辺りを見回す。
この辺りは遠くまで荒れ地が続いている。
遠くの方で奇怪な鳴き声が聞こえ、近くの岩場で何かが動く音がする。
まぁ鳥や小動物だろう。
(……このまま……師匠を置いて行っちまうか?)
昔の俺じゃない……今の俺なら一人で旅も出来るし呪われた奴らも助けることが出来る。
(だけどなぁ~修行しないで魔法力の底上げが出来るのか?)
折角『聖者』のスキルを授かり、魔法が範囲化出来るかも知れないのに、このまま一人で旅に出てそれが出来るようになるんだろうか?
(あ~~どうしよう!!)
頭をわしゃわしゃかきむしる!
その度に長い髪の毛が乱れていった。
(はぁ…………寝よ)
ひとまず今日は寝て明日以降で考えよう。
そう思ってテントの方を向こうとした俺の目が何かを捉えた。
目の端の方に一瞬映ったそれ。
(なんだ?)
確認しようと顔ごと視線を向ける。
それは星の明かりしかない中、最初からそこにいたように立っていた。
俺から数メートル離れた所にいたが、いつの間に来たのか分からなかった。
まるで人間の様に二本足で立ち、体の全体も人間の様な大きさだ。
ただ人間とは違い、全身が黒い昆虫の様な……甲殻に覆われている。
顔は鋭い逆三角形に近くまるでカマキリの様だが、二つある目は複眼などではなく赤く光る横線の様な形状をしていた。
髪や髭などはなく触覚の様な二本の角が頭の両側から突き出ている。
逆三角形の下角の部分に口が付いているようで、そこの部分が捲れて鋭い牙がびっしり見えた。
人間の歯とは違い全て犬歯の様に尖っており、歯並びは二重に重なっている。
そしてその背中からバサリと大きな漆黒の翼が広がった。
まるで蝙蝠の翼の様だ。
そんな者がいきなり目の前に現れた。
今まで生きてきた中で見たこともなく聞いたこともない姿。
記憶にあるどの生き物とも合致しない。
俺が唖然となるのも仕方ないと思うだろ?
実際俺はそいつを見つめたまま固まっていた。
(何だこれ? なんて生き物なんだ? それとも一応人なのか?)
そいつは俺と目があっても特に動かず、口を開けたり閉じたりしている。
すーはーすーはーと呼吸しているようだ。
(確かに鼻ねぇし口で息するしかねぇか)
俺の頭の中をどうでもいいことがよぎる。
「なぁ、おい……」
俺が話しかけた瞬間、そいつが俺に向かって腕を突き出した。