弟子入り
んじゃ続きを話すぜ。
えと、どっからだっけな?
お、そうそう、そこからだな? え〜と……
「んだよ、ここ。 狭えなぁ!」
俺はテントに入るなりおっさんに文句を言った。
「元々一人用だからな。 私一人なら狭くない」
「う……ま、まぁそうだけどよ」
俺は頭を掻きつつ頷く。
厄介になるのは俺の方だし……今のは流石に悪かったか。
チラリとおっさんを見ると大して気にしていない様だ。
自分の荷物を片付けたりしている。
おっさんが着替えだしたのを見て、
「ちょっと外の空気を吸ってくる」
既に夜の帳が降りている外。
空は満天の星空だった。
(明日は晴れだな……)
晴れの日は畑に沢山水を撒かないといけないから大変なんだよなぁ……
(以前こんな空を見ながら親父がぼやいたっけ)
『井戸まで距離があるから何往復することになるか……って訳で俺は水を撒くから水汲みはお前に任せたぞ! ルル!!』
(……思い出した、あれから俺がずっと水汲みになったんだった!! 思い出したらムカついて来たぜ)
怒りに拳を握るが……フッと力を抜き拳を降ろす。
そして目線を地面に向けた。
(もう……文句も言えないんだな……)
フッと目の前がぼやける。
(クソッ!!)
俺は再び空を見上げる。
(泣いてねぇ! 泣かねぇ! 親父達は……俺を泣かせるために助けたんじゃない!!!)
満天の星空……滲み、ぼやけ、星の数が不明瞭になる。
(チッ! 止まりやしねぇ……)
俺は自分の両頬を思いっきり手の平で叩いた!!
バシーーン!!!
夜の世界に、大きな音が鳴り響く!!
両頬がジーンと痺れる様に感じ……続いてジンジンして熱くなってきた。
その感覚を覚えながら、
(いっっってぇ!! めっちゃ痛い!! だから……)
涙が溢れた……目の端から跡をつけていく。
(痛いなら……泣いたっていいよな?)
暫く空を見上げ続けた……。
村が全滅した。
そんな最中に出会ったおっさん神官。
名前をダンテと言うらしい。
魔王により、疫病の様に広がる呪い。
呪いに掛かった者は咳などの軽い症状から始まり、高熱を出して最終的に死に至る。
そして、死んだ後に動き出し生きている者達を襲い始める様になる。
ゾンビ……動く死体はそう呼ばれている。
この事態の収拾の為、国では神官や僧侶などに解呪の要請を行っていた。
そしてダンテもその内の一人という事だった。
テントの前に熾した焚き火にあたりつつ、俺はダンテの話を聞いていた。
暖かな光と温度、少しだけ心が落ち着いた気がする。
「そしてこの村で呪いが発現したと聞いてな、急ぎ駆け付けたわけだ」
しかし間に合わなかった……すまないと俺に謝る。
「あんたの所為じゃない。 逆に村の為にすまなかった」
ダンテは黙って焚き火に掛けた鍋から中身を皿に装うと手渡してきた。
少しだけ入った麦と野草、それと芋が見える。
俺は黙ってそれを受け取ると、渡されたスプーンで掻っ込む。
昼間見たものを考えると食欲が出ないだろうと思われたが、意外に胃は受け付けた。
それどころか腹がグゥとなりもっとと要求し始める。
「ふっ……お代わりならまだたくさんある。 まずは食べる事だ。 食べれば元気が出る」
ダンテは少し笑みを浮かべて俺が食べるのを見ている。
「む、ずっと見られると食べづらいぜ。 おっさんのなんだから、おっさんも食べろよ」
俺の言葉に苦笑して、
「ああ、あまりにも良い食べっぷりでな。 それじゃ有難く頂こうか」
そう言って口を付ける。
それからしばらくお互いに無言で食べ進めた。
焚き火がパチパチはぜ、炎が暖かく照らす。
そして空の星達も静かに瞬いていた。
翌朝、テントを片付け荷物をまとめると、
「お前、これからどうするんだ?」
ダンテが聞いて来た。
改めて陽の元で見るとなかなか渋いおっさんだった。
旅をしているせいか無精ひげが少々伸びて鼻の下と顎を覆い隠そうとしている。
目鼻達は深く掘りが入り、少々痩せているのか頬骨が出ている。
髪も目も黒く、肌も日に焼け色黒だった。
しかし神官服が白い所為で対照的に見える。
「俺は……」
どうしようか? 村は無くなり、親戚のところにずっといるわけにも行かない。
かといって一人で生きて行けるかと言われると……。
思案し黙り込んだ俺に、
「もし当てがないなら、お前、俺の弟子にならないか?」
「……は?」
いきなり突拍子もない事を言われた。
「何だよ弟子って?」
「……昨日お前を見た時、お前から聖なる力を感じた」
「聖なる……力?」
意味が分からない。 なんだ? 聖なる力って。
そんな俺を見て察したのか、
「簡単に言うと俺達みたいな神官の適性があるって事さ」
「は? 俺に?」
神官の適正があるって言われても……。
「お前は魔法なんて知らないだろうし、神官の仕事も分からないだろう。 だがもし神官を目指すなら……」
ダンテの目が鋭く俺を捉える。
「俺が教えてやってもいい」
俺は迷っていた……。
(いきなりそんなこと言われても……う~ん)
寝耳に水の展開、孤立して急な話。
迷うもの当然だ。
「なぁ? これって今答えないと駄目か?」
「ああ、俺はまた旅に出る。 こうしている間にも呪いで苦しんでいる人達がいるだろう」
「そうか。 ……ちなみに神官になればその呪いとやらを解けるのか?」
「ああ」
(ならば……話は早い)
俺は腹を括った。
「よし! なってやるよ、その神官とやらに! そうして俺の村の様な悲劇を防いでやる!!」
(親父とお袋……もし俺に神官の可能性があるなら、きっとみんなの様な犠牲を出さない様にしてやるぜ!)
俺は村のあった方向に目を向ける。
(だから、安心してくれよな!!)
そうして俺はダンテに弟子入りしたのだった。